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日常・1

「やれぇーーー!!」

「殺せ!!!」

男どもの怒号が石の壁に包まれた空間に響きわたっている。

ここは、地下闘技場を中心として広がるどこかもわからぬ世界。

オルト・ランディスはここで産まれ、15になる年まで生きてきた。

今、怒号が響くこの世界でオルトはというと。


「待てぇ!!オルト!!俺の金返せぇ!!!」

後ろから聞こえる、禿げたデブのおっさんから逃げ続けていた。

白髪にツンツンした髪型。160センチ程の小さな背丈にビロビロの半袖短パンが彼の服だ。そこから通された腕は男にしては真っ白く、傍から見ると病人のようだ。

「おっさん!!何回俺から金盗まれるつもりだぁ!?いい加減これも勉強代だとおもってくれよ!」

「このガキふざけんな!お前この前盗んだ金どこやった!!あのせいで飯食えなかったんだぞ!!」

「あぁ!?どこやったて、俺の飯に使ったに決まってんだろ!!」


後ろから聞こえる怒号なんていつものことかのように聞き流し、

(このおっさん足遅いし、ズボンの後ろポケットに入れてる財布がデカケツのせいでこぼれ落ちそうだからちょろいんだよなー。)

なんてことを心の中で呟きながら走り続ける。人の財布を強奪することなどまるで悪いこととは思っていないようで、楽しそうに笑っている。さらに追っ手のおっさんを振り切ろうと通路の角を曲がったところで、ドっ!!と鈍い痛みが頭に響き尻餅をついた。


ツンとした目をガン開きその相手を睨みつける。この表情、目つきの悪さこそが実際の悪行と共にさらなる悪人のように見せていた。

「んだっ!!邪魔だコラァ!!」

オルトが痛みを和らげるように叫んだ。

「おーいオルトいい加減に盗みはやめろって言ってんだろ?飯は買ってやってんのに」

今オルトの頭にひどい痛みが走っているのもこの男のせいだ。チリチリボサボサの髪。背丈は180センチとオルトよりも高い。肌は少し褐色じみており胸腰に鉄の鎧を身につけ、腰に剣をひっさげていた。

「げっ、アルバート...てか盗みしてるとかまだ言ってねぇし...」

地面に座り込んでいる俺を見下ろしているこの男はオルトの育ての親。アルバート・ランディス。


「ハァ...ハァ...オルトォ...マッテェーーーー」

後ろには息も絶え絶えになった禿げデブが追いつきそうになっている。

「やっべ!」

そう言って今一度逃げようと立ち上がり走りだそうとしたしたとき、アルバートに首根っこを掴まれた。

「こら、やっぱりしてるんじゃないか。ほら、あのおじさんにごめんなさいしなさい」

「あぁ!?なんだごめんなさいしなさいって!!俺はもう15だ!!なんで早く戦わせてくれねぇんだよ!!」

「元々はあのおじさんのお金を取ったお前が悪いんだろ?あと闘戯はまだお前には早い。」


すぐにも逃げ出さなきゃならない場面でする必要もないやり取りをしているうちに禿げデブが追いついてしまった。

「おぉ...アルバートォ...助かったぁ...」

「いいんや、こっちこそ申し訳ねぇ。俺の息子がまた粗相しちまったみたいでな。」

「いや、あんたが謝る事ねぇよ。謝らないといけないのはこのクソガキオルトだ!」

指をさし、俺の方にがんつけながら声を荒げて言った。


「クソガキじゃねーーーよ!!もう15だ!!ケツポケットになんて入れてたら毎回盗んでくださいって言ってるようなもんだろ!!」

「いいか!オルト!この地下闘技場が血気盛んでくせぇ場所だとしてもだ!生きてくうえで必要最低限の節度を持つことが人間重要なんだよ!!」

こんの禿げくそデブ野郎。腹立って言い返したら、もっと怒鳴ってきやがった。


「まぁまぁ2人とも落ち着け。すまんなおやっさん。ここは俺の顔に免じて許してくれ。」

そうやってヒートアップする俺たちの間にアルバートが割って入った。

「チッ、アルバートに言われるなら仕方ねえ。このガキからの謝罪の言葉がないのは癪だがな。」

そう言って禿げデブのおっさんは俺の手から財布を奪い取り、ズカズカと歩いて行った。


「......」

俺が何も言えず、沈黙の時間が続く中周りの奴らからの小言が聞こえてきた。


「あのガキまたやってんのか。」

「アルバートも何がよくてあんなやつ引き取ってんだか。」

腹が立ってそいつらの方を睨み言い返してやろうとしたとこで、アルバートに頭をポンポンとされた。

「オルト帰ろうか。」

大勢から嫌われ荒れに荒れた俺の性格とは打って変わって、穏やかな性格から発せられた言葉にただ、「うん」と返すしかなかった。

   ・

   ・

等間隔に配置された松明を頼りに薄暗い石畳みの道を二人で歩いて帰る。

会話はなく二人の足音が響いている。財布を奪ったことにアルバートは怒っていないようだが、この間だけはなんだか申し訳なくなり、引け目を感じる。


「どうだオルト。今日は何が食いたい?」

足音を遮るようにアルバートが俺に話しかけてきた。

「飯はいつもいいっていってんだろ。アルバートが稼いだ金だろ?自分の飯を豪華にするとか、装備を買い替えるとかそういうことに使ってくれよ。」

この汚い世界でも金がいる。飯を作って売る。体を売る。内臓を売る。様々な金の稼ぎ方があるが、半数ほどは闘戯者バーサーカーとして生計を立てている。闘戯者バーサーカーは年齢問わず、腕っぷしに自身があれば誰だってなれる。

闘戯をすることでファイトマネーがもらえるが、最下層の闘戯者バーサーカーがもらえる金は決して多いとは言えない。むしろ、危険を顧みず闘戯に身を投じているのを考えると少ないほうだ。ましてや、二人の食費を稼ぐなんて...


「お前がそんなこと考えなくたっていいんだよ。それに飯の最高のスパイスは人と一緒に食うことなんだぜ?」

「そんなもんあったとこで腹にたまらねーだろ!!俺が闘戯に出れば稼ぎも増えるんだから早く出させてくれよ!!」

「ダメなものはダメでーす。お前みたいなヒョロヒョロが出ても、ファイトマネーもらう前にお陀仏だよ。それに大人は子供に飯を食わせるのが義務なんです!」

人差し指を上に向け、胸を突き出しながら誇らしげに言った。アルバートの信念なのか断固としてここは譲らない。俺はいつだって闘戯に出れるし、15歳だから子供じゃねぇ!!

続けてアルバートが言った。

「それに金を稼ぐなら他にいくらでも方法はある。なにも命を賭してまですることじゃない。なんでそこまで闘戯者バーサーカーに固執するんだ?」

「別に対した理由はない。みんなから素行が悪くて嫌われてる俺と一緒に仕事をしたいなんて思うやつはいないよ。」

そう答えた俺にアルバートは「そうか。」と静かな反応をみせた。


「ただ、あるとすれば。アルバート。あんたと肩を並べてぇってことぐらいかな。子供としてしか見えてねぇと思うが、大人として肩を並べたい。」

そう続けたオルトの言葉が大変嬉しかったのか、ニマァっと笑って

「かわいいなぁーーーーそんなこと言ってくれるなんて親として嬉しいぜぇ!」

とオルトにヘッドロックを決めながら頭くしゃくしゃして意気揚々と話した。恥ずかしくなってオルトはアルバートを大きく突き放し歯をキリキリしながらアルバートにガンつけているうちに

「オルト何が食いたい?今日は俺が選んじまおうかなー」

と二人の行きつけの店の前に着いていた。


「おおぉ!!やっと稼ぎ頭がきてくれたぞ!!」

「おやじー常連客って言ってくれよー。あと稼ぎ頭って客には普通使わないぜ?」

「お前らが俺の店に利益をもたらしてくれてんだ。あながち間違いではないだろ?」

飯屋の店主がアルバートと冗談を交えながら雑談をしている。スキンヘッドで筋骨隆々の体躯は飯を作ることより、闘戯をしている方が似合っているといつも思う。


「よぉオルト!今日もおとなしくお留守番できたかなー?アーハッハッハッ!!お前がそんなことできるタマじゃねーか!!」

「馬鹿にすんじゃねー!!俺だっていつでも闘戯に出れるよう鍛えてんだ!!」

「そんなヒョロヒョロの体で鍛えてんのか!!俺が体当たりしただけで折れちまいそうだぜぇ!!」

「俺は細マッチョってやつなんですうーーーーーーー!!」

俺らがそう言い合っているのに割って入ってアルバートが店主に注文した。

「二人とも子供みたいな言い合いしないの。おやじ、その焼いた肉1つと蒸したジャガイモ4つ、トマトスープを二人分くれ。」

「あいよ!!オルト君は無償で飯食わせてくれるアルバートに感謝することだな。」

「オルト君!?君!?おいてめぇーガキ扱いしてんじゃねーぞォ!!」

「二人ともさっき止めたのにまた言い合いをするのはやめてくれよ。おやじもよしてくれ。俺が好きでオルトのこと面倒みてんだ。」

困り顔のアルバートが言い合う二人をまた仲裁する。


言い合う奴と止める奴。この世界ではそんな風景見慣れて何とも思わないが、この瞬間だけはなぜか心がポカポカするんだ。

「さあオルト。帰って楽しい美味しいご飯の時間にしよう。」

そう思うのもアルバートがいるおかげなのだろうか。


家に帰って買った飯を広げる。家と言っても、壁をくり抜いて二人ほど寝れる空間に入り口を布でふさいだ簡素なものだが。

「今日も美味しそうだぞーオルト。あの見た目からこの料理が作られるなんて信じられないな。」 

「アルバートもそう思ってたのかよ。」

飯を広げ、二人の飲み物を用意する。俺は水だがアルバートは飯のときはいつも蒸留酒を飲む。闘戯を無事終えれたことに対しての感謝と次の闘戯を無事に終えれることへのゲン担ぎなのだそうだ。


飯を思いっきりかき込み口をパンパンにしながらアルバートが話かけてきた。

「うん!!今日もうまいなぁーーー!とはいってもどれを買ったって似たような味だけどな。」

俺も飯を食いながら話し返す。

「味付けがほとんど塩だけだからな。これ以外の飯の味なんて知らん。」

「お前みたいな馬鹿舌だと味の違いなんてわかんねーだろ?」

「あぁ!?さっっっすがにわかるね!!そこらへんにいたゴキブリ食ったけどうんこの味がしたの分かったぜ!!」

そう言い返すとアルバートが軽蔑の目で俺を見ながら言った。

「オルト。ほんとにそれはやめてくれ。自分の息子にいうのもなんだが、その、俺情けないよ...」

「そうだよな...ごめん...アルバート...」

この会話を境にあれだけ弾んでいた会話もピタリと止み、二人静かに飯を食った。誰かと飯を食うだけじゃなくて、何を話すかも最高のスパイスにするには必要なんだな。とオルトは考え込み、また一つ大人になった。


ある程度飯を食い終わり、酒を飲み干して出来上がったアルバートが言った。

「オルトォーこの何層にもなる地下闘技場の上にはここで生きていたら考えられないほど美しい世界があるらしいぞお~」

「またその話かよ。俺らには縁のない話だよ。」

「そうなんだけどなぁ。どうしても夢見ちまうんだよ。」

酔うといつもこの話をする。部屋の片隅に積まれた本。その本すべてが上の世界について書かれた記述書のようなものだ。

「文字で読むだけでは足りない!この目で!体で!上の世界を感じたい!!オルトもそうおもうだろぉ~ん?」

「うーん。そう思うよー。」

適当にあしらいながら後片づけをする。

「なんだよー。つれないな~んオルトくーん。」

こうなったアルバートは正直めんどくさい。普段は寡黙な大人という雰囲気が一変ネチネチネチネチと同じことを繰り返し話すおっさんと化す。


「上の世界は素晴らしい。ここみたいに臭いにおいはしない。人の血も流れない。飯も塩の味だけじゃなくいろんな味がする。」

「そうやって断言してるけど、所詮本に書いてある話だろ?本当かどうかあやしいぜ?」

その発言に対して俺の目を見てアルバートははっきりと「あるさ」と答えた。その目はさも当たり前だろとでも言うようにまっすぐ俺に伝えてきた。その目を向けられるとどうしても上の世界は素晴らしいものだとこちらも信じてしまいそうになる。


「毎度思うけどよーなんでそんなに上に固執するんだ。上に出るなんて夢のまた夢だろ。」

「オルト。俺はな。理由が欲しいんだ。この世界で未来に向かって生きる理由が。」

「生きる理由?」

そんなこと考えたこともなかった。この腐った世界では一日生き抜けるだけで精一杯だ。自分が何のために生きているのか。そんなもの死にたくないだけで十分だと思ってた。ただ、アルバートはさらに先を見ていた。


「この世界はたしかに腐ってる。男は上の金持ち達の娯楽道具。女は性処理要員。子供は闘戯者の傷ついた内臓のストック。飯が食わせてもらえる時点で御の字。そんな世界を好きで生きている物好きもいる。ただ、俺は無理だ。ここで生きていると頭がおかしくなる。そんな中で希望が欲しいんだ。ここをいつか出れる。血なんて流れない世界でゆっくりと本が読める。その夢を叶える理由が。」


アルバートがここまで上の世界を目指す熱意を初めて聞いた。いつもは上の世界のあれはすごいこれはすごいというような話しか喋らなかったのに、自身の思いの丈を喋るなんてこれまでのアルバートからは考えられずオルトは少し考え込んでいた。


「じゃあ、俺が闘戯に出る理由をアルバート。あんたを上に連れていくためにするよ。金を稼ぐため、飯を食うため、肩を並べるためだけじゃない。あんたを俺の理由にするよ。」


下を向いたオルトは決心したようにそうアルバートに告げた。

「なぁ、アルバートだからそろそろ闘戯に...」

出てもいいだろ?そう言い切る前にアルバートから大きなイビキが聞こえた。思いの丈を喋るだけ喋り酔いつぶれてしまったのだ。

あのオルトが、自分の好きなように生きていたオルトが意を決して喋った内容を一切聞いていなかった。そんなもんだからオルトはカーっと恥ずかしくなり「ふざけんな!!」と一蹴しアルバートの反対を向いてふて寝をした。

しかし、アルバートは寝落ちする刹那、確かにオルトの決意を聞いていた。アルバートの中で守るべきものだと思っていた者からの告白。その告白に笑みが零れると同時に確固たる決意がアルバートの中に定められた。

「オルトも上の世界に連れていく」

自身の生きる意味を忘れないためにこれまで上の世界に行くことを考えていた。ただ、その目標をオルトも持ってくれた。アルバートはオルトを上に連れていくために、オルトもアルバートを上に連れていくために、同じ目標を持ちこれからもこの地下闘技場を生き抜いていくのだ。

  ・

  ・

  ・

「アルバート?」

オルトが決意を固めてから後日の闘戯。

闘戯場からはオルトに向けられる、アルバートの冷たい視線がそこにはあった。












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