少年なら一度は手にする聖剣のお話
1
主にプラモデルのゲートを切ることに特化した聖剣である。
この持ち手が赤のニッパーは、切れ味は中~上、耐久性は上、多少なり粗野な扱いをしても使用者に応えてくれる万能ニッパーである。
「本当に、誕生日プレゼントこれでいいのか?」
「うん! 僕、これがいい」
少年は誕生日に赤のニッパーを父親にねだった。
「ふう、分かった。その代わり大事に使うんだぞ」
「うん、ありがとう。お父さん」
2
少年は、それからプラモデルを買った。
プラモデル自体は千円もしないキットである。
「うわあああ! すっごい! よく切れる」
少年はいままで、ハサミや爪切りでゲート処理をしていた。
プラモデル専用のニッパーの切れ味は、少年の予想を遥かに凌駕した。
ニッパーは嬉しかった。
3
少年は高校を卒業するまで百体近いプラモデルを作った。
ニッパーは何回か研ぎに出した。
まだまだ、現役である。
4
少年は大人になった。
就職してからは仕事の忙しさで、プラモデルを作る時間がなかった。
少年は恋をした。
彼女にはなかなか、プラモデルが好きと言えなかった。
ニッパーの出番はなくなった。
5
少年は老人になっていた。
定年して今後は孫とでも遊びながら楽しい余生を送りたいと思っていた。
ふと、少年時代のニッパーを思い出した。
少年は数十年ぶりにニッパーを握った。
ところどころ錆びていた。
少年はニッパーを捨てようと思った。
だが、捨てられなかった。
亡くなった父が少年の誕生日に買ってくれた思い出の品だ。
少年は、動画を再生して見様見真似でニッパーを研いだ。
6
数十年間、プラモデルを離れていた少年は驚いた。
世の中には少年が想像したより多くのプラモデルで溢れていた。
少年は眼を輝かせながらネットでプラモデルをポチッた。
7
少年はそれからどれくらいプラモデルをつくっただろう。
ニッパーを握らない日はなかった。
ニッパーは嬉しかった。
8
ユラユラ
少年は揺り椅子に揺られていた。
だんだんとお迎えが来るようだ。
「おじいちゃん、お昼だよー」
孫娘の声が遠くに聞こえる。
「おじいちゃん……? おかあさーん! おじいちゃんが動かない!」
その声と共に少年の意識が途絶えた。
ポロッ
老人となった少年の手から赤いニッパーが落ちた。
9
少年の葬儀は厳かに行われた。
孫娘は棺に赤いニッパーを入れた。
少年の相棒であり、友である、聖なる剣を入れた。
役目を終えたニッパーは、少年の手の中で満足しながら眠りについた。
『少年なら一度は手にする聖剣のお話』 完
原作 ヴァリラート様です。
ありがとうございます。