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天空の黄金龍、その伴侶たる者の物語。   作者: 一 止
第1章  年老いた武人は如何にして余生を過ごすのか?
3/3

第3話 始まりの村(その3)


 ハルシカ村の殆どの住人が見守る中、この村の自警団の長であるケビンと模擬戦をする事になったトマクは、何故自分が選ばれたのか疑問に思っていた。対時する相手は体も大きく五つも年上の青年だ、対するトマクは半年前に成人の儀を終えてマイレイル辺境伯軍の従者に昇格したばかりの16歳の少年でしか無い、この歳の5歳の差は大きい。


 トマクの両親はマイレイル辺境伯の領都を拠点に、行商人として生計を立てていた商人だった。辺境での行商は危険と隣り合わせである、王都を中心に栄えている地域の村々は、領境が被るほど近くに村が点在しているのだが、辺境の村々の距離は王都から離れて行くに従って長くなっていく傾向にある。


 村と村の間隔は丸一日歩いてたどり着けるほどの距離に在るのは稀で、2,3日歩き通してようやくたどり着けるのが普通なのだ、酷い時には五日を要してようやくたどり着ける程、村と村の距離が離れている地域がほとんどで、要するに野宿は当たり前なのだ。


 行商をする商人にとって一番の大敵は盗賊で在る、しかし辺境では勝手が違ってくる、魔物という恐ろしい怪物が昼夜を問わず襲って来るのだ。そうなると必然的に複数の商人が集まって隊列を組み村々を移動していく事になる。


 そんなある日、いつもの様に数人の顔見知りの商人と、護衛を雇い村々を渡り歩いていた時に、魔狼に襲われた。


 狼が魔物化した魔獣で、集団で獲物を狩る習性がある、しかもしつこく付き纏って来て、隙をついて襲い掛かって来るので、なかなか厄介な相手なのだ。


 1日歩き通して日が沈むと、馬車を柵がわりにして周りを囲み、野営をしていたのだが、その寝込みを襲われた。当然護衛と共にトマクの父親も応戦するのだが、隙を突かれて囲いの中心で母親と一緒に居た幼いトマクが狙われたのだ。


 幸いにも周りを囲っていた馬車の外に連れ出される前に、母親の悲鳴に気付いた父親に助けられたのだが、単身魔狼と対峙した父親が足に大怪我をおってしまったのだった。


 歩く事が不自由では行商は務まらない、自分の店を大きな街に構える夢を絶たれた父親は、知り合いの伝でマイレイル辺境伯の領都にある商店で働く事になった。


 雇われた身では当然生活は楽ではない、しかも思う様に動けない身体では力仕事をする訳にもいかず、当然座ってする仕事になる。


 雇い主に恵まれた事も有り、また父親が勤勉で良く働く事で信用を得て、支店の一つをまかされるまでになったのだが、下に弟と妹ができた事でトマクは、成人の議を待たずに仕事を求めて、家を出る事にしたのである。


 トマクの希望は両親に連れられて村々を渡り歩いた行商だった、しかしまだ子供の身で、自分の身体を守る事も儘ならないのは如何ともしがたく、取り上げず選んだ仕事は辺境伯軍だった。


 とかく荒事の多い辺境白軍ではあるが、まだ子供のトマクには戦う事は無理な話で、最初は子供でも出来る雑用から始まった。


 両親の教育が良かったのか、父親の真面目な性格を引き継いでいるトマクは、与えられた仕事を勤勉にこなしていった。その事が評価されて、同じ年頃の子供達よりも、重要な仕事を任される様になっていった。


 そうなると他の子どもたちに妬まれる事が日常的に起こるが、辺境伯軍はきちんとした縦割り構造が機能していて、自分達の上司に当たる年配の兵卒の人が、問題が起きる前に早期に解決していく事が常日頃から出来ていたのだ。要するに集められた子供達を教育、育成する過程で、妬みや嫉妬といった自分を貶めていく感情を尽く排除していったのだ、そうする事で子供たちの向上心と責任感、敷いては正義感を育ていく事が目的なのだ。単純に使い勝手が良いからと、幼い子供達に雑用をさせている訳では無い。


 トマクにしても、本格的な訓練を初めてまだ半年にも成らないのだ、訓練と言ってもそのほとんどが、隊列を組み走る事と行軍が主な内容で、戦闘訓練などはほとんどした事は無かった。


 ただ槍を扱う上での基本的な動きと、人や魔物に対する槍の扱い方を従者の先輩や、極たまに騎士の方々にご教授してもらった事があるくらいのもので、厳しい訓練をしていたという自覚はまるでなかったのだ。


 模擬戦で使われる槍は刃先の代わりに槍の先には小さな穴の開いた革袋がまかれている、その中身は赤い果実が詰められていて、当たりの判定に使われているのだ。棒の先で突かれたり叩かれたりすると、体や服に赤い色がべっとりと付いて負傷もしくは死亡の判定に使われることに為る。


 ケビンは当初、対峙している年下の子供を、立ち処に打ち据えて勝鬨を上げ、自分の強さをアピールするつもりでいた。しかしいざ槍を突き合わせてみると、トマクに対して攻め入る隙を見いだせずにいた。幼い頃から餓鬼大将で向かう所敵なしのケビンであったが、チャンバラごっこの遊びの延長とはいえ、自分より弱い相手としか、戦った事が無かったのだ。


 どうにも攻め口を見出せずトマクの周りを右に左にと回り出すケビンであったが、トマクは面食らっていた。まだ本格的な訓練を初めて半年でしかないが、戦う事を生業としている大人から毎日の様に指導を受けているのだ、連日叩きのめされて居るのだが、打ち据えられぬ様にと日々工夫を重ねていくうちに、人とは成長して行くもので、昨今のトマクは鍛錬に置いても槍の扱いが様になって来ていたのだった。


 トマクは左に右にと動き出したケビンに戸惑って居た、余りにも露骨に隙だらけで動き回るものだから、誘っているのかと勘繰って居た位なのだ。しばらく様子を見ていたのだが、何時までも警戒していては埒が明かないと、仕掛けて見る事にした。


 ケビンがすり足もせず大きく繰り出した足の先を、一歩踏み込んで払うトマク。いきなり出足を止められたケビンはつんのめってバランスを崩す、すかさず胸に一撃を浴びせ素早く下がるトマク。


 一撃離脱は一対一の基本なのだ、その叩きこまれた修練に従って離れて様子をうかがうトマクだが、大げさに仰向けに倒れたケビンに疑惑の目を向ける。本来であればトマクがし掛けた時点で、間合いを取る成り、足を払ってきた棒を抑える、足への攻撃を無視して必殺の一撃を仕掛けてくるのかと、ケビンの反撃をあらかじめ、予測して居たのだが、見事に胸に一撃を受けて倒れ込んだ相手に対して、自分と一対一で戦う上での技量の差を見出していた、戦う事の鍛錬を受けて居ない素人とは、この様に動けないものかと、今更ながらに思い知ったのだった。


 「ちきしょう! 油断したぜ!!」と言いながら、倒れた時に手放した刃先の無い槍を掴んで起き上がるケビン。胸には真っ赤な斑点が付いているのだがお構いなしである、胸を突かれた時点で実戦なら死んで居てもおかしくは無いのだが、そこは見世物的な意味合いの有る、この場の状況では仕方がないとはいえ、何事も無かったかの如く対峙するケビンに、トマクは少しばかり呆れていたのは内緒の話だ。


 今度はいささか用心しながら動き出すケビン、どたどたと動き回る事が無くなったとはいえ、トマクの眼からしてもまだまだ隙だらけではある。もう一度ケビンの出足を叩きに行くトマク。ケビンも今度は予測して居た様で、足をすくいに来た槍を払おうとしたのだが、すでにトマクの得物は其処には無く、顔面へと迫って来ていた。


 鼻を突かれたケビンは堪らずにもんどり打って仰向けに倒れた、顔は真っ赤に染まってはいるが、それは恥ずかしいからではない。


 いや、大衆の面前で派手に倒されたのだから、顔を赤く染めても不思議ではないが、刃先の代わりに取り付けられた皮袋から染み出した果汁の汁がベットリと付いているのだ。


 もうそこまで来ると恥も外聞もなく、だだ相手を叩きのめす事のみがケビンの心に刻み込まれる。「ちくしょう!」と叫びながら起き上がり、槍を掴むと間合いも関係なく飛び込んで振り下ろして来た、力任せの勝負に持ち込むつもりの様だ。


 戦いの技量で勝ち目がなければそうするしかないのだが、それは悪手だ。大振りの打ち下ろしの見切りなど容易い、軽くかわしてケビンのガラ空きの脇腹に肘を打ち込みつつ自分の腰を相手の腰の下にぶつける、その時槍の持ち手を支点にして相手の脇に差し込んだ槍を捻り上げる。


 槍を使った捻り腰なのだが、槍で相手を投げ飛ばした格好になるので、そのままケビンは地面に叩きつけられる事になる、まともに受け身を取る事が出来ずに地面へと叩き付けられた事で、軽い呼吸困難を起こして気を失い掛けるが何とか持ち直したケビンは、絶望の眼差しでトマクを見据える。


 これだけの体格差で、気力も勝っている自分が、小柄な子供にまるで歯が立たない事が信じられなかった。まるで悪夢を見ている気分のまま動けないケビンに、フォスターが話しかける。


 「気が済んだかね、我々はもう行かねばならんのだが・・・まだ続けるかね?」と戦意を無くしたケビンに確認する、どの道これ以上続けることは出来そうに無いのだが、確認の意味で聞いてみた。


 「なぜ勝てない。体格も力も気力も俺が凌いでいるというのに、なぜこうも一方的にやられるんだ」とフォスターの質問には答えず、独白じみた質問をして来たケビン。


 「なんだそんな事か。それは自覚の問題だな、お前は訓練と称してそこにいる自警団の仲間を散々打ち倒してきたのであろう? 自分より弱い相手といくら打ち合っても、己の技量の糧になる訳がない。それこそ魔の森に入りオークやオーガと対峙するくらい気概で無ければ、強くは為れんよ。其処のトマクはその分恵まれておる、まさしくオーガに匹敵する者に日々鍛錬を付けて貰っているのだからな、強く成らない訳がない」とフォスターが何気に話すが、周りにいるほとんどの村人が”そんな事をするとしたら命がいくつあっても足りない。いや、オーガと好き好んで対峙する村人が居る訳がない”と心の中で叫んでいた。


 「それと、覚悟の違いだな。この者は自分の故郷を守る事を使命として叩き込まれておる、それこそ命がけでな。日々の日常がその緊迫感で満ちている者と、平和と安全を享受している者との違いだ。野生の動物は、捕食される側でも危険に対して敏感だ、逃げ切れぬと為れば無い牙を相手に向けてでも、何とか生き延びようとする。対して家畜は危険が迫っても切羽詰まるまで逃げる事もせず、逃げるにしても何処か必死さが欠けている、己の命が掛かっているというのにな」と国の在り様で変わる、日々の生活の中の人々の切迫感の違いを指摘する。


 当然周りに敵対国がなく平和を享受している国民と、いつ何時敵国が攻めて来るも知れないと戦線恐慌している国民では、心の持ちようも変わってくる。それこそ侵略してくる隣国に警戒している国でも、当事者の辺境の民衆と辺境から距離の有る中央の人々でも、心の中では警戒感が変わってくる、此処は安全だという安心感がこの土地が戦場に為るかもしれないという不安を、払拭してしまうのだ。


 いや妄想してしまうと言った方がしっくりくる、侵略者は侵攻してくる時も場所も自分の都合で決めてしまうという事を忘れてしまうのだ。


 散々打ち据えられて、司祭見習たちに治療を受けて居るケビンをしり目に、村を出ていくフォスター行を見送ていた村人達に仕事に戻るように声を掛ける村長。


 「さあ~さあ。これで気が済んだじゃろう、仕事に戻ってくれ。取り敢えず不埒物の事はこの人たちに任せて居れば安心だ。何かあればその都度考えようでは無いか、今日の所はこれで納得してくれ」と言って村人に解散を促す。


 村を出ていくフォスターを見ていたキルシスに村長のカムクとカルシスが声を掛けるが、少しばかり考え事をしていた様で反応が遅れる。


 「キルシス殿、いかがいたしました?」と尋ねたカルシスに。


 「いや、フォスター殿の事でな。いったい何者であろうか? 只者では無いとは思っていたが、武威だけでは無く民衆を引き付けるカリスマも持ち合わせて居ると為ると、何処かの貴族では無いかと勘ぐってしまうのだが、従者も従えず単独とは合点がいかなくてな」と自分の心境を伝えると。


 「確かにそうですな。不思議な御仁では在りますが、二心は無い様に見受けられました。しかも幼子を連れ歩くともなれば何か事情がありそうですな」と聖職者としての見解に、苦笑しながらキルシスが同意する。


 「それを含めて何れ分かる事でしょう、当面は私達がこの村を含めて近隣の村を哨戒しながら見て回る事に為りますが、根回しをお願いいたしますぞ、カムク殿」と村長に念押しするキルシス。この近辺の村の警備を確約したとは言っても、昨日今日決まった事では有るので近隣の村の承諾を得ていないのだ。


 しかもここ近辺の村の中心的な役割を担っているとは言っても、ハルシカ村単独で決めてしまっているので、近隣の村長を集めて話し合わなければ成らない。


 「分かっています、使いの者は出していますので近日中にここに集まるとは思いますが数日は掛かると思って戴きたい、何分村々の距離が離れていますので連絡するだけでも時間が掛かります」とカムク村長が答えた。


 「委細承知しています。さてその間にこの村の自警団の性根を叩き直さねばなりませんな」と自称自警団の若者に囲まれてふさぎ込んでいるケビンの見て他人事の様に言うキルシスに、「お手柔らかにお願いしますぞ」と冗談めかして村長が話す。




 一方、カルシス村を出て魔の森の中の廃村跡へと急ぐフォスター一行だが、案内役のトマクが先頭なのは当然だが、後ろから付いてくるフォスターの動向が気になる様だ。しばらく何も言わずに歩いていたのだが、いざ街道を其れて森の中へと入ると辺りを警戒しながらも、子供を乗せた馬を引いているフォスターに気がそがれていく、その事に気が付いたフォスターが問いただす。


 「如何したのかな? トマク殿」と丁寧に聞かれてバツが悪そうに言葉を返す。


 「フォスター様。僕は、殿なんて呼ばれるほど、偉くは有りません、呼び捨てにして下さい」と多少は照れて答えると、フォスターは面白そうにクツクツと笑いながら。


 「なに、わしとて偉い訳では無い、ただの老人を様と付けてくれる其方に、敬意を表するのは当然であろう、しかしその事で其方が面はゆい思いをするのであれば致し方無い、これ以降は呼び捨てにするがよいかな、それより何か聞きたい事でもあるのでは無いか?」フォスターは何か含みのある言葉で聞いてきた。


 「どうして僕を選ばれたのでしょうか? 他にも従者として帯同している者もいましたのに、自分が選ばれた理由が分かりません」トマク的には指名されて嬉しいのだが、従者としては経験も浅く一番の下っ端でしかない自分を、フォスターが指名した事が納得出来ていないのだ。


 「なんだその事か、一番の理由は其方の体格だな」とトマクが一番気にしている事を平然と言ってきた、彼は同年代の子供達の中では一番背丈が小さいのだ。


 「ケビンとか言ったか。己の体の大きさに自惚れて、お山の大将気分で自分を強いと勘違いしているその者の、鼻っ柱を挫くには其の方の体格は持って来いの体つきだったからな」とトマクの心の内を気にした風も無く事実を淡々と話すフォスターだが、しばらくの沈黙の後に言葉を続ける。


 「身長の事を気にしているのであれば杞憂でしかないぞ。其方は育ち盛りでは無いか、飯を腹いっぱい食べて鍛錬に励めば、数年で儂をも超える大男に成って居るやもしれぬぞ。それに武器を使った戦いにおいて、体つきは些細なものでしかない、要はいかに己を鍛えその体格をどう生かすかによる、対人戦に置いて体の大きい者が有利となる訳では決して無い」と諭す様に言うが、常識的に見てやはり体格の良い武人の方が見栄えは良いとトマクは考えていた。


 「それに、其方の魔素因子の使い方が少しばかリ特殊なのでな、意識して使っているのか無意識なのか、問いただそうと思っていたのが本音だな」と暗に、ケビンとの一騎打ちよりも二人っきりで話す事の方が重要だったと本音を漏らした。


 「僕の魔素因子? それは何ですか? 聞いた事が無いのですが。それに僕は魔法使いでは有りません」魔法を使った事の無いトマクは当然自分は魔法使いの才能は無いと信じていた。特に今まで他人から言われたことが無いので、それが事実だと認識していたのだ。


 「ふむ、まずはその認識の過ちから正さねば話が進まぬな、」と独白した後に。


 「トマクは、魔法に関してどの程度の認識が在るのかな? 世間一般に言われている魔力とは、自分の中にある魔素因子を指している、魔力と称した方が理解しやすいためその様な表記をしているが、厳密に言えば力を持った魔素因子を魔力と称しているに過ぎない、つまり内包している魔素因子を何らかの形で万物に影響を与得る形にしたものを魔力と称しているわけだ。それを踏まえると、万物全てに影響を与える魔力、魔素因子は此の世界の万物全てに宿っているという事になる」と、フォスターがあえて認識と聞いたのには訳が有る、魔法に関して知識として認知されている事柄の多くは間違いなのだ。聞かれて、すぐさまトマクは答える。


 「それは知っています、教会の礼拝日に司祭様から教えていただきました。自分の中にある魔力……魔素因子? を使って、属性という形で体の外に顕現できる人が選ばれた魔法使いに為れるのだと教わりました」と素直に答えると。フォスターは少しばかり顔をしかめながら答えた。


 「確かに間違っては居ないが、そこは認識の違いがそう言わしめているだけに過ぎない、


 確かに内包する魔素因子が多い人ほど、魔法を行使し易い事は事実で、魔法の事象が顕現する規模も大きくなるのだが、それだけでは無いのだよ、……。時にトマク、其方”魔法の干渉力場”が見えているのでは無いか?」と言ってフォスターは手のひらを上に向けて、事も無げに魔法で作った炎を顕現させた。


 一般的に、魔法を使える人は多いがしかし程度による。この世界の約半数の人が魔法を使う事が出来ない、人口の半数なら上出来だと思うだろうが、その半数の人達でさえ火種を作るために火花を飛ばすといった”着火”の魔法や、渇きを癒す程度の少量の水を出す”潤い”の魔法や、数十秒間暗闇を照らす”明かり”の魔法が限界なのだ。


 ”着火”であれば火打石で代用できるし、”潤い”に至っては水筒や水袋を持参すれば済む話で、”明かり”などは暗闇の中で数秒程度の照明など役に立つ事など無いのだ。


 しかしフォスターが掲げている炎は純粋な魔法の行使に他ならない、それこそ数千人に一人の純然たる魔法使いに他ならない。彼は事も無げに炎を顕現させているが、これ程の揺らぎの無い炎をトマクは見た事が無い。大きさもそうだが微動だにしない揺らぎの中で、焚火の様な赤色では無くまるで太陽の様な青白い炎が立ち上っているのだ。その事はその炎が物凄く温度が高い事を示しているのだが、今のトマクには知る由も無い。このフォスター為る人物は、類まれな魔法の行使者なのだ。


 トマクはその炎から目が離せなかった。確かに辺境軍にも魔法を使う人は居るが、魔法の行使は一瞬で終わってしまうのが常だった。トマクが見入て居るのはその魔法そのものでは無く、その現象を維持している力場の曲線の美しさに見惚れて居たのだ。


 「ふむ、やはり見えているか」と言いながら掌に掲げた炎を消したフォスターは、「こらへんで休憩でもしようか」と言いながら少し開けた場所でエクセレントを止めた。


 鞍の上でフォスターとトマクの話を興味深げに聞いていたアベルをひょいと持ち上げて地面に下ろすと、鞍に括り付けていた水袋の一つと軽い食事の足しにと、硬めのクッキーの様な食べ物を分け与える。アベルは倒木を椅子代わりに座るが、座る前に毒性の害虫がその倒木に居ないか確認しているのを見て、”旅慣れている子だな”と思いながらもトマクもその近くに腰を下ろす。


 「さて、何故多くの人が魔法を使う事が出来ないのかトマクは分かるかね?」とフォスターはアベルの傍らに座りながらトマクに尋ねた。


 「自身の内包する魔力、いえ魔素因子が少ないからでは無いんですか?」と一般的に言われてい事を聞いてみた、どうやらトマクが教わった事は間違いでは無いが、表面的な事柄の様な気がして来たのだ。


 「そう言われているが、逆だな。自分の中の魔素因子の存在が強すぎて、周りに在る希薄な魔素因子を認知する事が出来ないと言う方が正しい。そうだな例えばこの水袋に例えると、長い時間をかけて人がため込んだ魔素因子が此の水袋の中の水だとしたら、その存在が勝ちすぎて、周りに有る水……正確には水の成分の存在が認識できなくなる。そこまではイメージできるかな?」と一旦言葉を止めてトマクを観察するフォスター。


 トマクは自分の水袋を見つめながら思考する。確かに水袋の中に此れだけの水という存在が有れば、周りに在る水の成分という存在も認識する事は難しそうだ。しかしそう考えると、魔法の行使に例えて、水分の補給という水を飲むという行為は、水袋から飲まなくては出来ない、周りに在るという水の成分では喉を潤す事は出来ないのである。その事をフォスターに聞くと、嬉しそうに頷いて。


 「そう、確かに周りに在る希薄な水分では水を飲む事は出来ない。そこで簡単に内包している水で喉を潤すわけだが、当然水袋の中の水には限りがある。使い切れば無くなるわけだ。魔法の使い手はその限りある魔力の効率的な使い方を学ぶことから始める訳だが。時にトマクは周りに在る水の成分は何だと思う?」といきなり聞かれて戸惑うトマク、此れから魔法の講義が始まると期待して居たのだが、水の話に戻ってしまった。


 「分かりません。周りに水が浮いている事が想像できません」と正直に答えると。


 「物質は、温度によって性質が変わってくる。一番わかりやすいのは水だ。トマクは従者の仕事で水を沸かした事も有ろう、沸騰した鍋の蓋に水滴が付く事は知っているな、それは水という液体から、熱せられて沸騰した水が水蒸気という気体に成り、鍋の蓋に遮られて冷やされてまた水滴という液体に変わるだけに過ぎない。鍋の蓋が泣けれがばその水蒸気は拡散して周りに漂う事に為る、それが周りに在る水の成分だ。まー要するに希薄な水蒸気だな。要は魔力に限らず、目には見えないが此の周りにはいろいろなものが漂っているわけだな。」と締めくくる。


 トマクは知る由も無いが、自分たちのいる今いる空間の周りには数多くの眼には見る事の出来ない極小の物質が数多く存在している、その代表的なものが水分であり生命活動に必要な酸素である。要は我々は此の周りの空間から日々生きる為に必要な物質を空気と一緒に取り込んで活用しているわけだ。


 「人であれば種族の違いで、内包している魔素因子の量も変わりはする。魔力の多さから言うと、魔法に長けている魔人族を筆頭に、精霊に加護を授けられた森の賢者エルフ、そして私達ヒューマンと大地の恵みを享受するドワーフ、最後に身体能力の高い獣人といった所かな。しかし魔人とエルフ、ヒューマンとドワーフ、獣人の内包できる魔素因子の量には大した違いは無い。それこそ生き物の王であるドラゴンの魔素因子の量と比べると、どんぐりの背比べ程度のものでしかない」


 「時にトマクは、この水袋にある水と、周りに在る水蒸気とでは、どちらが多いと思うかね」と聞かれて、感覚的に周りの気薄な水蒸気を思い浮かべて。


 「この中の水でしょうか」水袋を掲げて答えると。するとフォスターは笑みを浮かべて。


 「それは周りの空間の桁を間違えておるよ、わしが言っているのは、この森を含めた広大な空間の話だ。森に蓄えられた水蒸気は、太陽の熱で温められて、空へと昇り雲を作り雨を降らせる。時にその雲が、けた違いに増え大雨と為る、すると洪水を引き起こし大地さえ変える。そう考えると膨大な力に思えてくるのでは無いか」とおどけて答えるが、そんな力を行使する事こそが、人の力を超えている様に思えるのだが、フォスターは大まじめだ。


 其れから暫くは、フォスターの話す魔法談義を聞きながら時をすごしていた。


 「おおお、ついつい話し込んでしまったな、そろそろ向かわねば日が暮れてしまう」と言いながらフォスターが腰を上げる、トマクもアベルも、まだまだ彼の話を聞いて居たいのが本音では在るが、話し手が終わりを告げたのだから仕方が無かった。


 アベルはフォスターに抱き上げられて、エクセレントの鞍の上に載せられて、廃村跡に向けて出発する一行だった。




 


 






 


 






 




 

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