9 公爵様の女性関係
「では、契約内容はこれで確定で良いな? 変更したいことがあれば要相談ということで」
「はい」
公爵家に着くまでの間、時間はたっぷりあるので契約内容をしっかり話し合い、とりあえずこの契約内容で確定ということになった。
一、この夫婦関係は結婚から三年後に切れ、離婚とする。アルヴィン・フェルリア(以下、甲とする)はその際、リーシャ・フランクス(以下、乙とする)に契約金を支払うこと。
二、乙は公爵夫人に見合った振る舞いをし、甲はフランクス伯爵家の現在の借金を全て返すこと。
三、乙の社交は最低限で良いとする。
四、お互いの本業について詮索しないこと。破った際は契約とは別に厳しいペナルティを科す。
五、乙は甲に愛人を持つことを許可するが、乙を巻き込まないこと。
「五番目の内容、私は愛人を作る予定はないぞ?」
「まだ分からないじゃないですか。後で問題にならないように一応書いておきましょう」
「……まあ好きにすれば良いが」
そんなに不倫してほしいのか? とか何とか呟いていますけど、あなたが後で後悔しないためですよ、公爵様。感謝するならともかく、呆れないでほしい。きっと一ヶ月後にはわたしに感謝することになるはずです!
「…………」
「なんだ?」
「いえ、綺麗なお顔をしていらっしゃるなと思っただけです」
「今更だろう」
「わたしの好みではないですけどね」
黒曜石のような漆黒の髪に同じ色の瞳。本当の色は赤と金でそちらもすごく綺麗だけど、黒は黒で似合っている。端正なお顔立ちで、高身長だし、容姿はこれ以上なく素晴らしい方だとは思うんだけど性格は残念。
「私の顔が好みではない? なら、どういうのが好みなんだ?」
「秘密です」
特に好みなどない。何となくこの人には拒否反応が出るだけです。あなた、昔わたしに何かしたのですか? 顔を合わせた記憶はありませんが、どこかで見たことがあるような気がするんですよ。社交界で女性に囲まれているのを見ただけかもしれませんが……
「好きな男はいないのか? 私は愛人を持つことを許可できないが」
「安心してください。わたしにそのような相手はいませんよ。愛人を持つつもりもありません」
そもそもわたしなんかに寄って来る物好きはいないと思います。魅力の欠片もない容姿ですから。お母様似なので磨けば光るかもしれませんがまだ分かりません。可能性は高いですし、期待しておきましょうか。
それはそれとして、えら公爵が愛人を持たないと言い張る理由は分からない。
「そういう公爵様は想いを寄せている方などいらっしゃらないのですか? 離婚予定なのですから、新しい奥様を決めなければなりませんよね」
「どうだろうな。今のところ再婚は考えていない。親族あたりから養子でも取れば良いだけだからな」
「せっかくおモテになるのにもったいないですね。美しいご令嬢と結婚して、ついでに愛人も作って、両手に花はしないのですか? 男性の夢ではありません?」
「するわけないだろう。夢だと思う奴もいるだろうが、少なくとも私は女好きではないからな。君は未来の夫がそんなことをしていて何とも思わないのか?」
未来の夫とはきっちり三年で別れることが決まっているんだし、何も思わないかな。わたしはこの方に好意を持って結婚するわけじゃないし、愛人もご自由にって言ってあるから気にするだけ無駄では? それとも、自分が愛人を作った時にわたしとその相手で揉めてほしいの? だとしたらちょっと……
「なんだその目は。失礼なことを考えていないか?」
「いえ、なんでもないですよ。おほほほ……」
「白々しいな」
だって、ね? さすがに勝手に想像して勝手に引いたとは言えないじゃないですか。だから目を逸らしながらわざとらしく笑ってしまうのも仕方ないと思うんですよ。正直に言ったら絶対怒られるじゃないですか。そんなの絶対嫌だからね。美形は怒っても美しいのでしょうけど、迫力があって怖いのはお母様やお姉様から学んでおります。
「でしたら公爵様、好みの女性のタイプは? 女性との交際経験などはあるのですか?」
社交界の女性達の良い餌になるんじゃない? それでこの方の弱みでも握れたら最高なんだけど……女性との交際経験はなさそうだよね。あったら社交界が大騒ぎになるはずですから。
「交際経験はない。好みのタイプは笑顔が可愛い子。なぜこんなことに答えなければならないんだ」
「別に良いじゃないですか。わたしは未来の妻ですので。それにしても女性のタイプは意外ですね。てっきり『利用価値のある女』とか『仕事ができる女』とか、後は『言いなりにできる女』とでも言うと思っていましたが」
だってこの方、悪人面……はしてないけど性格が残念だし。わたしがこんな想像をしてもおかしくないですよね? その性格で笑顔が可愛い子、というのは本当に意外だ。ギャップがすごい。
「ものすごく失礼なことを言われたが、悲しいことに否定できないな」
「契約結婚の話を持ってきたぐらいですしね」
「ノリノリだったのは誰だったか」
はい、わたしですね。だって言い訳させてくださいよ! ちょうど、悪くない条件で契約結婚してくれる下は二歳、上は十歳以内くらいの男性はいないかなと探していたところに、タイミング良く目の前のお方に結婚を申し込まれたのです。これを断る馬鹿はいないでしょう?
ちなみに下が二歳なのは、この国の成人が十五歳とされているからです。体の関係を持つのは十七歳以降が良いとされていますが、これは法で定められているわけではありませんので絶対ではありません。ですが結婚は成人してからになるので、現在十七歳であるわたしは二歳下が限界というわけです。
「むしろ私に言ったようなタイプを好むというか、結婚相手に選びそうなのは君の方だろう。デメリットが少なく、利益があるなら多少自分を犠牲にしてでも行動を起こしそうだ」
「そ、そんなことは……」
ない、はずです。お願いですからそんな呆れた顔をしないでくださいよ! わたしだってしっかり条件を確認するくらいはしますよ。多少自分を犠牲にしてでも行動を起こさなければならない時というのは、ほとんどの人が一度はあるんじゃないですか? それはそうと、いつの間にか会話の主導権を握られているし、この公爵様油断ならないね。
「まあ契約内容が破られなければ私はそれで良い」
「それはわたしのセリフなんですけどね。……ちょっと、含みがある視線を向けてこないでください!」
公爵様はからかってきて、喧嘩は買いますよ! とわたしが応戦するので婚約初日からぎゃあぎゃあと騒ぐことになり、今後の結婚生活が早速不安になった今日この頃でした。
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