81 幸と不幸
わたしの言葉を聞いても、まだその余裕を保っていられるのは素直に感心します。でもまだ言葉で言っただけですからね。遠回しにわたしの方が強いと言っても説得力なんてないと思う。
「リジー」
「はい」
内容は事前に伝えてあったため、姿を見せないまま返事だけして去って行った。リジーがこの場にいることが分からなかったらしいメルティア子爵の偽物は少し驚いているけど、これで少しすれば旦那様が来てくださると思う。
「彼女は?」
「あなたに言う必要はないでしょう」
「まあな。どうやら誰かここに来るようだし、それまでゆっくり話そうぜ。少しだけこっちの情報を話してやろう」
それは助かる。敵の言葉を完全に信じるつもりはないけどね。それでもゼロより一の方が良いに決まってる。マイナスなってしまったら面倒だけど。
「オレは一人で動いているわけではない。今日は偵察のようなものだな。敵地に乗り込む前に、こうして敵対したら苦労しそうな相手のことを調べておいた方が楽だろう? まあオレ達の邪魔をしないと証明されるまでは敵と見なすから、タイミングさえあれば殺そうと思っているぞ。もちろんあんたもな」
「それは困るわねぇ……わたしが死んじゃったら色々と崩れてしまうから」
「その割には呑気だな。自分に自信がある奴は好きだぜ」
「わたしはあなたのことが嫌いだよ。わたしの実験体になってくれるなら、嫌いから普通くらいにはなるかもしれないけど」
自分の仕事を増やす人物に好感を持てる人って、あまりいないんじゃないですか? それもいつか自分が何かしらの処分をすることになる敵。そもそも敵に余計な感情を持てば任務に支障が出ますし、無関心でいるのが一番なのですよね。
ある意味では仕事人間かもしれないわたしには、冗談であろうと誰かに本気で好意を抱くことなんてできない。主や守るべきだと認識している人はたくさんいても、正直命に代えても守りたいと思ったのは、十七年間生きていてお母様だけでした。これから先のことは分からないけどね。
「敵であるオレが言うのも何だが、誰かを好きになれない人生はつまらないと思わないのか?」
「うーん……わたしの人生はわたしのものであり、我が主のものです。わたしは自分の人生に幸せなんて求めていないし、つまらなくても良いよ。わたしの心を満たしてくれるような幸せは、お母様が亡くなってから諦めました。でもどうせなら楽しく生きたいとは思ってるよ」
貴族でも平民でも、普通の家庭に生まれていれば。何の能力も持たない血筋に生まれていれば、ある程度自由の効く人生だったんだろうね。でも生まれた瞬間から人生が決まっていると、不自由であることが不幸だとも思わない。ユリウスはわたしが最後の一人ですし、それも不自由である理由の一端なのかもしれないね。でも生まれた時から決まっているのは人生の大筋だけで、自分で選択できることもちゃんとあるよ。それだけで幸せなんじゃない? 心を満たしてくれるような幸せは手に入らなくても、その時だけしか味わえない幸せというのは感じられるのですし、それで十分ですよ。
「……せめて自分の運命を恨むくらいのことができれば良かっただろうに。自分の辛さを理解できてない奴ほど早く死ぬ気がするな。自分を犠牲にするから」
「良く分かりませんけど……敵なのに心配してくださるのですね?」
初めてのパターン。情なんて抱かないように気を付けないと。わたしは結局、自分の血筋に逆らうことはできないのですから。別にそれを苦痛に思ってるわけではありませんけどね?
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