11 どんな時でもこれだけは
この部屋にシエル様の気配が近付いてくるのが分かった。初対面の時とは違い、しっかり気配を覚えたので警戒することはない。防音のために張っていた結界を解き、声が掛かるのを待てば数秒後に扉を叩く音が響いた。
「どうぞ」
「失礼致します。リーシャ様、アルヴィン様がお呼びです。話が終わってからで構わないので私室に来てほしい、とのことでした」
「旦那様が……? 承知しました。ちょうど話が終わったところなので今から行きます」
執務室ではなく、私室ですか……そういえば旦那様のお部屋に呼ばれるなんて珍しいこともあるものですね。わざわざ私室に呼び出すくらいですし、お仕事の話ではないと思いたいですが……
「リジー、今からの予定は?」
「急ぎのものは特にありません。使用人としての仕事くらいです」
「そう。ではルヴィとレイに稽古をつけてもらえる? 先ほど話したことを踏まえて」
「かしこまりました。でしたらユリウス領に向かっても?」
「好きにしなさい。わたしも仕事があるし、後で行くかもしれないわ」
「承知致しました」
ユリウスの訓練場か、あるいは屋敷の敷地内にある森を使いたいんだろうね。実践を想定した訓練ならばフェルリアよりもユリウス領の方が環境が整っている。
普段わたし付きで行動を共にしているリジーは、自分が抜けても問題ないように使用人としての仕事を割り振ってもらっているらしい。レイも同じく。ルヴィのやるべきことはわたしの護衛だから、リジー達とは仕事内容が違う。側近三人がどう仕事をするか、旦那様はわたしの好きなようにすればいいと言ってくださっているから都合がいい。ありがたい限りですね。
「リーシャ様って、やっぱり生まれながらのカリスマ性がありますね。アルヴィン様と同じです」
「そうですか?」
「はい。アルヴィン様はそれが目立ちますが、リーシャ様は静かに周囲を魅了していくタイプだと思います。そうでなければこんなにも忠臣が集まることはないのではありませんか?」
ルヴィがわたしに忠誠を誓ったことを言っているのでしょうか? たしかに、周りの人間に恵まれている自覚はありますね。唯一、実の父親と継母が最悪だったくらいでしょうか。それ以外は母、姉、主人、そして側近にも大切に思われている自覚があります。わたしも大切に思っています。夫も、面倒な人ではありますが自由にさせていただけて本当にありがたく思っています。男尊女卑の貴族社会ですし、本来女性は虐げられないだけマシなんですよ。
母が蔑ろにされても虐げられることがなかったのは父より社会的に力があったからで、姉が幸せな顔で嫁いで行けたのは尊重して愛してくれるお義兄様がいたから。表向きで大きく上回る権力も愛もないわたしが、こうして自由に暮らせているのは他でもない旦那様がお優しいおかげ。実家での暮らしもあったから尚更、自由にさせていただいている感謝を忘れたことはない。
「わたしは特に何もしていないんですけどね」
「それでも、心惹かれる何かがあるのでしょう。かく言う私も、リーシャ様に魅了されている人間の一人ですし」
「あら、ですが旦那様よりは劣るでしょう?」
「そうですね」
「清々しいわね。でもそういうところ、好きだよ」
みんながみんな、わたしに魅了されるはずがない。少なくとも一番にはならない。だけど、全員がわたしのことを一番に想うのは少し怖くないですか? だからこれくらいがちょうどいいんですよ。特にシエル様は、旦那様の一番の忠臣であってほしいと思っていますしね。
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