124 愛を知る
「……奥様は公爵様に対して、僅かな恋心も抱いておられないのですか? 先ほどは冷めているように見えると言いましたが、大事な感情ほど隠すのがお上手だということに気付きまして」
「恋心、ですか……興味がありますか?」
「ご不快でしたら申し訳ありません。公爵様とは長い付き合いなので、少し気になっただけですわ」
興味を持たれることに関しては全然構いませんし、これくらいで不快になったりはしませんが……
「……恋愛感情、というものがどんなものかを知らないのです。既婚者ですが恋愛などしたことがありませんし、そもそも誰かを愛したり愛されたりすることがどんなものかも分からないのですよ」
恋愛感情に限らず。母は愛していたし、愛されていた自覚もある。そうでなければお母様はまだ生きていた。ですがもう七年前のことですから、少しずつ記憶が薄れているんですよ。お母様のことを忘れているのではなく、お母様からの愛情がどんなものだったのかが思い出せない。愛されていた時の感覚が分からなくなってきた。
今でも敬愛や親愛を向ける相手はいるけれど、どうしてもお母様には劣ってしまう。わたしはお母様のことが大好きですが、母に執着しているというより母に抱く以上の愛を向ける相手を知らないんですよね。
「そうですか……では、たとえばこの人と一緒にいたら喜怒哀楽を感じる、という人はいますか?」
「ええ、それはたくさん。侍女のリジーを筆頭に使用人達もそうですし、主に怒りが多いですが旦那様も当てはまりますね。他にも何人かいますよ」
「奥様の場合、そのような方々が愛している方なのではありませんか? 一個人の意見に過ぎないので、真に受ける必要はありませんが」
「なるほど……たしかに、感情を動かされる相手という意味ではその通りかもしれません」
ついでに、その人達には何かしらの愛を向けられている自覚がある。今までは『人によってはわたしも親愛や敬愛といった感情を向けているんだろうな』と、どこか他人事のように考えていましたが、案外簡単なものですね。わたしの場合はどんな種類でも愛のない相手に感情を動かされることはほとんどありませんし……こんなものでいいんですね。
「あ……旦那様に関しては、先ほども言った通り怒りの感情を抱くことがほとんどですが、最近は旦那様の良いところも知ったので稀にですが温かい気持ちになることもあります。……これは恋愛感情になるのでしょうか?」
「それが恋愛感情なのかは奥様にしか分かりませんが、可能性は高いかもしれませんね。恋愛をする際に大事なことだと思います。もし恋愛感情だったら嬉しいと感じますか?」
「いえ、全く。旦那様はあんな感じなので恋愛感情を抱いてしまったら大変なことになりそうです。少なくとも今は、旦那様に対する感情だと日頃の恨みで殺意が一番大きいですし、しばらくは恋してしまう心配はなさそうです」
先日のように鼻が触れてしまいそうなくらい顔が接近したりでもしなければ、鼓動が速くなるということもありません。恋愛感情がどんなものかは分からないけど、胸が高鳴ることがない以上、今は恋心は抱いていないと言っていいでしょう。
「あらあら、憎まれ口を叩けるくらいには仲良しなのですね」
「そんなことないです」
「ふふ、そうですか。では採寸も終わりましたし、公爵様もお呼びしてデザインを考えましょう」
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