122 原点に帰る
「……『ノエル』が客を選ぶことをどこかで聞いたことがあるのでしょうか?」
「いえ、ありませんよ。恥ずかしながら、わたしの周りにこのお店を利用できる財力を持つ人などいなかったので。ただ、マダムの瞳が人を見定める時の色をしていましたからね」
「…………」
わたしは何かおかしなことでも言いました? なぜか気落ちしていらっしゃるように見えるのですが。同時に、感心しているようにも見えますけど……
ちなみに、周囲にこのお店を利用できる財力を持つ人間がいなかったのに商品の縫い目や接客のことが分かる理由は、社交界で着ている人がいたり、こうして直接マダムとお話ししているからですよ。
「だから言っただろう。リーシャを試しても無駄だと。こうなるのは最初から分かっていた」
「いつもこのような感じなのでしょうか?」
「ああ。リーシャはこういう性格だ。おかげで苦労している」
話についていけない。主語がないから褒められているのか貶されているのかも分からないし。なぜか苦笑して哀れむように旦那様を見るマダムと、呆れと若干の気疲れを含んだ笑みを浮かべる旦那様。わたしだけ置いて行かないでいただけます? それと、もしかして旦那様とマダムって顔見知りですか?
「そうでしたか……非礼をお詫び申し上げます、公爵夫人」
「お気になさらず。『ノエル』ほどのお店なら客を選ぶ権利があるのは当たり前ですからね。それで、わたしの回答はご満足いただけましたか?」
「はい、大満足でございます。公爵夫人はただ『ノエル』の人気やデザインなどが素晴らしいと褒めるのではなく、それに至っている理由とも言えることを言及してくださいました。私達は職人ですから、時間をかけて作り上げた物に愛があるのは当然です。言わば我が子のようなものですね」
「人気が出るのには必ず理由がありますからね。作り上げられる物が素晴らしいなら当然職人の腕も素晴らしく、職人の腕が素晴らしいならそれだけ努力をしているということで、たくさん努力をできるのはそれだけの愛があるからです。愛を持って作られた物が愛されるのは当然。結局原点に帰ってきますね」
そんなに難しい話でもないでしょう。簡単に言うなら『積み重ねが大事』ってことです。旦那様も満足そうに頷いておられますし、やはり同席した理由はわたしの回答を聞きたかったからでしょう。何のためにかは分かりませんが。
「公爵様、公爵夫人は素晴らしい方ですね。洞察力も観察力もあり、物事の本質を見抜く力まで持っておられる」
「そうだな」
「ですが一つ厄介なのは平然とした顔で人を褒められることでしょうか? これは多くの方を魅了してきたのが目に見えますわ」
「全力で同意する」
「しないでくださいよ」
これではわたしが素直と言われているようですが、全然そんなことはありませんからね? 特に旦那様のことだと素直に褒めることなどないに等しいと思います。なぜこのような結論になったのか分かりませんけれど……とりあえず、認めていただけたようなので良かったです。
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