121 『ノエル』
イアン、レイ、フォルトの三人の訓練に混ざった翌日。今日はこの後、オートクチュールと宝石商のマダムが屋敷に来られる。わたしに似合う衣装についてはわたし自身よりリジーの方が詳しいので、デザインは彼女と相談してもらうつもり。
「失礼します。リーシャ様、客室にてお客様がお待ちです。いかがなさいますか?」
「今から行くわ。ロゼ、そこの書類は後ほど自分で片付けるから触れないようにね。見るのも駄目よ」
「承知致しました」
「リジー、行くわよ」
「はい」
今回お呼びしている仕立て屋と宝石商はオーナーが同一人物なので、ここに来られているのもマダム一人だけだそうです。元々わたしとリジーだけでお会いする予定でしたが、急遽旦那様もご一緒されることになりました。採寸の時は問答無用で追い出しますけれど、何のために同席されるのか意図が分からないので、とりあえず同席することについては了承しておきました。
「失礼致します。お待たせしてしまって申し訳ありません」
「はじめてお目に掛かります。この度は『ノエル』をご指名いただき、誠にありがとうございます」
「はじめまして。リーシャ・フェルリアと申します。よろしくお願い致します」
帝国一の高級服飾店であり、有名宝石商でもある『ノエル』。帝国民でこのお店の話を耳にしたことがない人はいないでしょう。
予約を取るにも数年待ちのお店なのに旦那様は一体何をしたのでしょうね。しかも直々に屋敷まで足を運んでくださっているだなんて、皇族でもない限りあり得ない話ですよ……?
「僭越ながら奥様、何点か質問させていただいてもよろしいでしょうか?」
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます。では早速お聞きしますが、奥様は『ノエル』がどのような店に見えますか?」
「そのようなお店……そうですね、わたしは利用したことがないのであまり詳しくないのですが……どの商品も愛を持って作り上げられているように見えますね。衣装の縫い目一つ、接客一つでそれが伝わってくるくらいには。優秀な人が主人を選べるのと同じように、実力のある素晴らしいお店は客を選ぶことができます。『ノエル』が客を選ぶ理由の一つとして、それだけの愛を持って作り上げたものを差し出す相手は、同じくらい商品を愛してくれる人が良いから、というものがあるのでは?」
理解しました。旦那様が同席されたのは、わたしがこの質問に何と答えるか聞きたかったからですね。旦那様ならこの展開も予想はできたでしょう。
わたしはこのお店のことをほとんど知りませんでしたが、マダムの柔らかな笑みに隠れる瞳は人を見定める時の色をしていましたよ。わたし、この手のことには絶対に気付きますので。
まあ試されていることが分かったからといって何と答えるのが正解かなんて分かるはずがないし、とりあえず自分の思ったことを答えてみたんですけど、どう判断されるのでしょうね?
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