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魔族と英雄 〜抗えない運命〜

作者: 本行 梓

人生たくさんの人に出会っていく。その数は人によって違うだろう。関わりたくないと思えば避けることだってできる。幼い私にとっては多くの選択肢があるのに、狭い視野の範囲が正しいと、その時は信じていた。今振り返ると、あの時の出会いが人生を大きく変えるということとなる。だが私は最悪の結末を迎えるとしてもあの時の出会い(選択)を後悔はしないだろう。


「お前はここにいろ。ここから動くな、誰に話されても答えるな。わかったな?」

大柄は男は低いきつい声色でそう伝える。

「かしこまりました」

私はボソッと呟く。これが親子の会話とは、他者から見たら思えないだろうがこれが通常。父は数年前勇者によって滅ぼされた魔王軍の補佐なんだから。私には今の父の役職はわからないけど偉いことはわかる。

そんな父が向かったのは人間が生活する街。勇者は魔王を殺した後、全ての魔族に降伏を宣言させ、人間と魔族の間に平和条約を結ばせた。父はそんな人間との平和条約の話し合いのためこの街にやってきた。ただ、全ての魔族が納得してるわけでもない、だからこそ偉い立場にあった父がこうして出向いて、折り合いをつけにきている。とはいってもこちらは負けたので基本人間の言いなりらしい。私にはよくわからないが。父に公園と呼ばれる器具がたくさん置かれたところに居るよう言い付けられた、だから守る。それだけのこと。人間界に来てみたかった私はわがままを言い連れてきてもらったのだからこれ以上わがままは言えない。

父と別れて2時間、何をすればいいのかわからない私は立ち続けていたのだが、さすがに立っていることに疲れ、揺れる椅子に腰掛けた。今日は曇りが見えるが季節は7月、熱気が出ているが日差しは強い。暑さを感じにくい魔族には関係ない。公園というものの遊び方もわからずただただ座る。子供やお年寄り、通り過ぎる人など数多の人に見られてはいるが不気味なオーラを放つ私に声をかけてくるものはいない。父が何時に迎えにくるかわからないが父の命を全うするのが今の私の役割だ。そもそもどうやって遊ぶものかもわからない私にはどうしようもないことなのだが。

そのまま2時間が経った。私はぼーっと足元を見ていた。

「ねぇ、君、大丈夫?どこか悪いの?」

突然声がかかった。慌てて顔をあげると心配そうな顔をしている少年がすぐ目の前にいた。

気を許しすぎて人間の接近に気づかなかった。何をされるのかわからない恐怖から背中に冷や汗が流れた。このままこの少年を倒して逃げるべきか、いや、この公園から出たら父の命に反することになるため動くのはダメだ。私にできることは一つ、無視だ。

「ねぇ、大丈夫?それとも迷子?」

目線を逸らし一言も発しない私に再度質問される。正直鬱陶しい。

「君の名前は?どこに住んでるの?」

無視。

「お母さんはどこ?君はここで何してるの?」

無視。

「ねぇ、もし暇なら僕と遊ぼうよ!」

無視。

「わーい!ありがとう」

あれ?いつのまに遊ぶことに?私は考えた、まさか彼は無言=肯定と捉えてしまったのだろうか。

「じゃああれで遊ぼ!」

少年は急に私の手を引き斜めの板に連れて行った。

「1人じゃこれ遊べなくて、そこ座って!」

何もわからない私はしぶしぶ板に座り取っ手を握る。

「行くよー!えーい!!」

少年は板の反対側に勢いよく座った。その瞬間私の体は空を舞った、様に思えた。

「きゃー!」思わず声が出てしまった。

「あはは。君、シーソーは初めて?楽しいでしょ!」

少年は巧みに足を屈伸展繰り返して何度も私を宙に浮かす。上下する視界に気分が悪くなる。だが止め方がわからない。この板を破壊するか?少年が衝撃波で勢いよく後ろに飛ぶだろう。このまま空に飛ぶか?羽のない私には不可能であり、滑空術を学んでいないためうまく着地とれないかもしれない。

そうこう考えていると視界が暗くなり

バタン。

シーソーと呼ばれる板から出る音とは違う音を出して、私は倒れた。

「大丈夫?!ごめんね、楽しくてつい…」

気がつくと彼は私を日陰に運び横にしてくれていた。

「大丈夫。ありがとう。」

彼にお礼を伝えると彼の表情は一気に明るくなった。

「どういたしまして!」と少年は元気よく言い小声で「君の目…なんだか不思議だね…」と呟く。小声のつもりだろうが私には聞こえている。魔族ってバレて恐れられるか…そんな心配はあてにならず、彼はすぐさま

「あ、そうだ、これ君のぬいぐるみ?近くに落ちていたんだ!」

彼はそう言って熊のぬいぐるみを渡す。そのオレンジの熊は母からもらったものであった。

「可愛いねこれ!足の裏に何か書いてある!君の名前?」

私は静かに首を横に振り、「誕生日」と告げた。熊の足の裏には【7.June】と記載されている。母曰く人間界で流行っているものらしい。

「7…君は夏なんだね!いいね!名前は?」

名前については答えない。少年に靡いたつもりはない。

「僕たち今日会ったばかりだもんね。また名前教えてね!いつでも待ってるから!」

そんな私の態度に対して少年はキラキラとした笑顔で答える。

「夏なら君は何が好き?」

よくわからない質問だ。好き嫌いというものが人間には存在するのか。

「僕はね〜」

そう言うと彼は近くに落ちてた枝で地面に何か書き始めた。

魔法陣かと思ってると何やら文字をボソッと書いた。

「やっぱプールだね!」

大きな水たまりのことか。人間のことは母の影響で少し学んでいる。

近くに落ちてあった枝を握り『西瓜』と書いた。

「僕読めるよ!スイカでしょ!来年小学生だからっておばあちゃんに教えてもらったんだ。君漢字書けるんだね!」

再びキラキラした表情で見つめてくる。書いて書いてと言わんばかりに。小さくため息をついてそのままつらつらと書き始める。

「すごいすごい!こっちは『あさがお』『なすび』、『きゅうり』…これはなんだろ、見たことある…『ひなた』だ!」

「え?」彼の読んでるであろう文字を見るとそこには『向日葵』の文字が。

「これは『ひまわり』。ひなたは反対」

そう言って正しく書く。

「『ひまわり』ってこう書くんだ!君は今日みたいな素敵な夏みたいだからひなたちゃんって呼ぶね!」

私は目を丸くして驚いた。勝手に名付けられるなんて。少年を止めようとしたが彼は私に向き直り、

「ひなた!」と輝く瞳で話しかけた。

その瞬間胸の辺りがドクンと飛び出しそうになる。そんなことに彼は気づかないまま。

「夏以外の感じも知ってるの?教えて!」

夏の暑さのせいか火照る頬を見せまいとその後はずっと地面に漢字を書き続けた。いつまでもこの時間が続けばいいと思いながら。


何時間経っただろう、大人にしてみれば一瞬の時間だっただろうが、突然彼との別れがやってきた。

公園の子供に向かって「ゆうき」と声がかかる。

「ママだ!」少年は迎えにきたであろう女性の元へ走っていく。そのまま少年は女性と手を繋ぎ、去り際にこちらを振り返った。

「また遊ぼうね!ひなたちゃん!」

大きく手を振る彼に向かって小さく手を振り、またねとつぶやいた。

この時はまた遊べると信じていた。しかし、二度と会うことはなかった。


私は中学を卒業した。父の命により人間に馴染み人間の弱点を掴むために。しかし私の狙いは違った。幼き日に出会った彼に会うために。あの日以降人間界に行くことはなく、ひたすらいつかきたる打倒人間のための鍛錬や文化などを学ばされた。遊びたい時期であったが厳格な父が許すはずもなく、脱走すればお仕置きとして3日間暗い牢屋に閉じ込められ生死を彷徨う感覚に陥らさせられた。鍛錬中、誰が人間界に行くかという話になり、私は熱望した。彼に会いたい、また遊ぶという約束を果たすために。父は厳しい鍛錬に励むその姿を見て人間界行きを許可した。幼き日の恋心を隠して、あの日出会った公園周囲の高校に通うことになった。


しかし、私は入学早々落胆した。人間の子供の数は数知れず、掲示されてあるクラスの名前にもびっしりと文字が書かれている。よくよく考えれば彼がまだこのあたりに住んでいて、高校に通うかどうかすらわからなかったのだ。

「もしいなければ探しに行けばいい」

そう心に決めるも期待することをやめられず全5クラスの名前を確認してしまう。彼の名前は人間界で一般的な様で6人もいた。いただけでもせめてもの救いといえばいいだろうか。


入学式というものはつまらなく、そして長い。人間との交流さえろくにしていないこともあるが何をこんなに語ることがあるのだろうか。魔族は飽き性が多いためこんなに話を聞くものはいないだろう、そもそもこんなことに時間を割くものすらいないが。

皆は早くも友達と話している。同じ学校だったりするのだろうか。私にはいない。魔族は群れることも少ないため新鮮だった。

それ以上に私は6人の“ゆうき”を探さねば。


それにしても人間は全て同じ様見える。特徴が少なく感じる。もっと太いツノがあったり、大きな羽が生えたり、禍々しい鬼火が…いろいろ考えてみたがそもそも“ゆうき”の見分けがつかず全員に声をかけて尋ねるしかないのか。

校内を彷徨いていると先生という大柄な男により教室に戻される。

人間はまず自己紹介をするらしい。

順番に並べられた席に順序よく名前や好きな食べ物などを話していく。さて、私は何を話したところか。魔族だとバレないよう皆の内容を参考にしよう。

「西岡勇輝、初恋の子に会うためにこの学校に来ました!」

「ー!!!」

後ろ側から声が聞こえ思わず振り返ってしまったが、皆彼に夢中で私の咄嗟の動きには気づいていないようだった。今の自己紹介はまるで…。いや、こんなに人間がいるなら偶然はあるか。でも…と自分の中で葛藤が生まれた。彼に声をかけよう。


休憩時間になり、声をかけようと動こうとするも、入学したばかりだというのに彼の周りには人がたくさん集まった。目立つことはしたくなく人混みが落ち着くまで待つことにしたが、授業以外で彼の周りが落ち着くことはなかった。


3日経つも彼に声をかけるチャンスはなく、いっそのこと連れ出そうか考えていた。そんな朝、先生が女の子連れて入ってきた。

「急遽予定が入り入学式に間に合わなかったが、彼女も同じ新入生だ。彼女に今から自己紹介してもらうが、各々は休み時間にするように」


席からでもわかるほど白くキメやかな肌を持ち、やや茶髪の髪の長い彼女はニコリと微笑むと

「小田原日和です。諸事情で皆さんと入学ができず残念に思いますが、これから仲良くしていただければと思います。それと、昔はこの地区に住んでいましたが父の転勤で引越し、またこの地区に帰ってきました。だいぶ昔ですけど覚えてる方がいらっしゃったら仲良くしてください」

彼女は深々とお辞儀をすると空いてる席に向かって歩いた。歩く姿も見惚れてしまうほど美しい。皆が彼女を見つめ、彼もまた彼女を見つめるが、彼女を見つめる瞳が…まるで恋をしているかのようだったことに気づいてしまった。


休み時間に彼と彼女は話す。

「初めまして、俺は西岡勇輝。よろしくね。引越しでバタバタしてたの?大変だね。君もともとこの辺りに住んでたんだ。」

「初めまして、西岡くん。そうなの、父の仕事が長引いて引越し予定より少し遅れてしまって…私だけでも行けばよかったんだけどね。そうなの、と言っても小学校上がる前だから覚えてないけど…」

西岡の顔が驚いた表情になる。

「え、そうなの?もしかしたら会ってたりするかもね!公園で遊んだりとかしてた?」

小田原は首を傾げ、頬に手を添え

「うーん、小さい頃だから覚えてないけど、でも小さい頃は母親や兄弟と遊んでたからよく出かけてたかな」と答える。

ただその答えだけで西岡の表情は明るくなった。そんな会話をしていることに私は気づかなかった、否、気づきたくなかったのかもしれない。


この学校には入学1ヶ月でクラス仲を良くするためと山に集団遠足がある。わざわざ人手のないところに行き、右往左往しながら過ごすことに何の意味があるのだろうか。こんなことをすると荒くれの魔族に襲われるのにと思いながら人間たちの穏やかさや楽観的なことを実感した。グループはくじ引き。西岡と同じグループだった。席をくっつけ合って役割決めや自分たちの登山ルートを考えていくのだ。

たまたま隣になった西岡から声がかけられる。

「そういえばまだ話したことなかったよね、西岡勇輝って言うんだ、よろしくね!」

彼の笑顔は眩しく、当時の様だなと感じた。

「よろしく。春園菜月。」

恥ずかしさもあってか簡単な自己紹介しかできない。

その後は彼が中心となって決めていくことになった。私は初めてだからと言い訳して意見はあまり言えなかった。

当日、学校指定のジャージを纏いグループ5人で登っていく。もともと鍛錬を積んだ私には余裕だった。同じグループの小田原はか細いためかペースがやや遅れている。人間の女は弱いのか?どんどんペースが落ちていく。前を歩く男子は気づかない。ため息を一つ吐き、来た道を戻る。目の前に立ちはだかった私を彼女は立ち止まって見上げた。

「ごめんね、私昔から体力なくて。小学生の頃なんて体育見学してたくらい…私のことはいいから先に行ってくれたらいいよ」

そう力無く私に笑いかける。

「助けて欲しい時は素直に言えばいいと思う。人間は皆平等に脆く弱い生き物だから。だからこそ助け合って生きている」と、魔界で習った。そんな言葉を聞いて彼女は一瞬目を丸くしたがすぐさま笑いかけ

「そうね、意固地になってたわ。春園さん、申し訳ないんだけど一緒に歩いてくれる?」

頷き、彼女の肩から下げている荷物も代わりに担ぐも、重さはほとんどない。だが彼女は

「ありがとう!重いから無理しないでね?交互に待ちましょう!」

頂上に着くまで彼女に荷物を渡すことはなかった。


頂上に着くと男子3人が駆け寄ってくる。

「ごめん、リーダーなのに楽しくてつい先々進んでしまって」

眉が垂れ、今にも泣きそうな様子。非常に申し訳ないと思っているのだろう。そんな姿では何も言う気がないのか彼女は「いいのいいの」と返答している。

先生指示のもと、荷物を開け昼食作りをすることになった。私は“米を研ぐ“担当なのだが、米を研ぐとはどういう意味なのか?袋に入った米を入れ物に入れ、水場まで来た。周りを見ると水を入れている様子。見様見真似で何度も何度も水を入れては出してを繰り返す。どんどん米の量が減っていく。どこまですれば…

「米このままじゃなくなるよ!」

西岡に話しかけられた。それはわかっているがこれが何の動作なのか分からないため首を傾げていると

「これは手で米をこうして…」米を綺麗に洗っている様だった。再度容器を渡され、同じ様に力強く米を押し洗いする。

「もっと優しくていいんだよ、卵を掴む様に」

丁寧にやり方を教わる。ただ、魔族の卵はハンマーで叩いても割れないくらい頑丈なのだが。

米研ぎが終わり、セッティングを先生が行う。他にすることわからず勝手にするわけにはいかないため西岡に尋ねる。

「他何すればいい?」

そう言うと彼は嬉しそうに芋を差し出し「剥こう!」と言われた。結局やり方がわからず食べるところがほとんどなくなったことは言うまでもないだろう。

できたものは、よく聞くカレーというものだった。一口、舌が痺れるように痛く口から火が出るような刺激的なものだがスプーンが止まらない。

「そんなに美味しい?よかった!」彼が笑うとみんなもつられて笑う。作る課程までは大変だがその分美味しいものだと知った。


片付けし、オリエーションの一環として、山を一周しながら下山していく。荷物もやや少なく、降りていくためか彼女の足取りも軽く、男子もペースも合わせてくれている。みんな各々の話をする。

「じゃあ次、春園は?」

私の話…父には何も話さないことが条件としてここに来ている。何が話せるか…昔ここに来たことでも言ってみようか。

「私、6歳ごろに父と公え…」

その瞬間心臓を誰かに握り潰されるような感覚になる。胸を押さえながら座り込もうとする。

「大丈夫?!」

西岡が私を支えようとするも、ここは山だ。鍛えてない者がバランスを保てるわけもなく倒れ込みそうになる。胸の苦しみに抗いながら彼を支えるも結局倒れ込んでしまう。

他のメンバーも駆け寄ってくれる。

「怪我はない?」

「俺は大丈夫だけど…!!春園血が出てる!」

痛くはないが確かに膝から血が出てる、岩か何かで擦ったのだろうか。これくらいなら5分ほどで自然治癒できるか。

「応急処置にしかならないけど、これよかったら使って?」

小田原から一枚のシールの様なものを渡される。

「貼りにくそうだから、手伝うね」

飲み水をかけ、簡単に拭き取ってから熊のシールを貼られる。何だこれは。

「可愛いね、よく持ち歩いてるの?」

「私とろいからよく怪我して。可愛い物の方が痛みが取れるかな!と思って。恥ずかしいよね、ごめんね」

「いや、ありがとう。可愛いね」

彼女にお礼を伝えると頬を赤らめ笑顔になる。体に害はない様だし貼っておいてもいいだろう。それに心なしか痛みも引いた気がする。自然治癒のおかげだろうが。

「熊…」西岡はそう呟いていた。


それにしても過去の話、自分のことを話そうとすると胸が苦しくなったのはなんだろうか。誰かに見張られている感覚だ。

父の書斎に入ろうとすると話し声が聞こえる。

「次にお嬢様の報告です。特に問題はありませんでしたが、一度ご自身の話をされようとされ呪術が発動しました。」

「そうか。やはり危ないな。今すぐ取りやめも検討せねばならないな」

背中に冷や汗が流れた。いつのまにか自分は呪術をかけられており、話せなくなっていたのか。私はどこまで言っても父の操り人形なのだ。その真実に悲しくなり部屋に引き返した。


「ただ勇者の息子はそれに気づいていないようで、お嬢様とも良好な関係を気付けている様です。」

「そうかそうか、それは滑稽だ。一夜報いることができるかもしれんな。引き続き見張れ」

「はっ。」従者は闇に取り込まれるように地面に触れ消える。

「見とれよ勇者。もうすぐ貴様を、貴様の世界を破壊してやる。フハハハハ。」


様々な交流を経てクラスは団結していた。私も喋りはするがどこかのグループに属することはない。そんな私を小田原が気にかけてくれていると思う。西岡とは何も発展しない、否、発展できない。彼に打ち明けたり確かめることは不可能だから。また、見張りもいるため、彼に害が出てもいけない。

夏になり文化祭というお祭りの話し合いがクラスで行われた。

一年生は展示メインだそう。様々な案が出るもありきたりなものしかなく皆は悩んでいる。

「このクラスにしかできないことがいいよなぁ」とクラスの1人が呟いたからだ。

沈黙を破るように小田原は言う

「わたし手芸ならある程度できるからみんなで作るのはどう?期間もあるし一日一個なにか作って、終わった後でも記念に家とかで飾れるように」

それはいいね!と口々に話し始める。

何をつくるかとなった時、悔い気味に西岡が

「くま!くまがいい!」と発言した。

男子も女子も飾っても恥ずかしくないからいいのではと。

とある女子が「じゃあ誕生日ベアーなんてどう?足に誕生日入れるやつ!昔流行ってたじゃん!」と話し、みんなが賛同。クラス展示が決まった。


器用な女子が多く、集団遠足でのグループに別れて作業することになった。私のグループはもちろん小田原が主となって教えてくれた。

休憩時間、下校時間などで西岡ともいることが多くなった。何か話せるわけではないがそれだけでもなぜか心が温かい気がした。


「だいぶ形できてきたね!あとは誕生日を入れるだけね!」

小田原は自分の足の裏に“7.October“と刺繍した。

「えっと…7月?」

西岡が尋ねた。

「違うよぉ〜。外国は逆なんだよ!7日!それに7月は英語で“July“だよ!似てるけどね!」

西岡は眉間に皺を寄せて考えているようだ。

「花園さんの誕生日いつ?」

「6月」

「え、春園さん!先月誕生日だったの?!教えてよ!!」

と小田原にしては珍しく大きな声を出し、顔を私に近づける。

「えっと、普通は言うの?」

尋ねると小田原も西岡も激しく縦に首を振る。

そう話していると隣のグループの木庭が話に入ってくる。

「じゃあみんなでお祝いしようよ!西岡も7月で誕生日近いし!」

西岡も小田原もいいね〜と顔を見合わせる。

「じゃあ決まり!次の土曜に西岡の家集合な!」

どんどん話が決まる。あたかも私は強制参加のように。時間も準備物も次々決まる。大変な土曜になりそうだ。


飲み物の用意を言い渡されていたため適当なものを購入して集合場所である公園に向かう。彼と出会った公園ではなくこじんまりとしていた。小田原、木庭はもう着いていたようだ。西岡の家は大きく一度見たら忘れないほど豪華であった。チャイムを鳴らすと西岡の声が返ってきて数秒で扉が開く。

「いらっしゃい!まだ片付けきれてないけど上がって上がって!」


彼の部屋も広く、真ん中に置いてある机に荷物を置く。お菓子やジュースを準備していると小田原は持っていた大きな箱からケーキを出した。

「手作りだから味は保証できないけど…」

売り物かと思うくらい上手だと思った。

そうすると電気が消え、ケーキに火が灯る。

「光った?」

そういうと小田原は笑ってロウソクと教えてくれた。

そうすると3人が一斉に歌を歌い始める。何かの呪文かと思ったが何も起こらず。

息を吹きかけるように言われ西岡とは息を吐く。その後電気がつき、包丁で切り分け食べる。思ってた以上に美味しい。


「春園ちゃんって変わってるよね。抜けてるというか、他の違うと言うか」

ドキッとした。人間でないとバレたか?何か言い返さなきゃと思うが頭が真っ白だ。

「それが可愛いじゃない!母性心くすぐられるのよ」と小田原が笑いながら私を抱きしめられる。抱きつくなと言おうと思ったが、小田原がいい匂いなのと、何より人の温もりが初めてだった。

「そういえばさぁ〜」木庭が話し始めた。

「西岡って初恋の子探してんだろ?見つかったのか?」

私がずっと聞きたかった話題。心臓の鼓動が速くなるのがわかった。

「俺さ、正直小田原がその子なんじゃないかって思った」

心臓が止まったかと思った。…え?

「ひーちゃんって言うんだけど、その子頭いいし、なにより熊のぬいぐるみ持ってたんだ。でも顔と声が全然思い出せないんだよなぁ。なにせ一度しか会ったことないからなぁ。」

彼だ。私の探してた少年は西岡だ。今すぐに言ってしまいたい、それが私だと。胸が苦しくなっても、父にバレるとしても言ってしまって楽になりたい。

「それ…」言いかけた時、木庭が口を挟んだ

「それ自在するの?お前の空想なんじゃねーの?」

「それもそうなんだよなぁ、なにせ夢のような時間だったし、あの一回きりだったし。」と3人笑う。私は笑えなかった。

「それにお前さ、早く見つけないと自由な時間なくなるし、なにより恋愛とかできなくなるんじゃねーの?」

小田原は首を傾げる

「どうして?なにかあるの?」

「だってこいつ、勇者の息子じゃん?もうすぐ魔界との平和条約切れるからその瞬間魔界と戦争になるとか何とか」

……なにそれ聞いてない。

「え?」

木庭は私の方を見る。思わず声が出たようだった。あっと口元を隠す。戦争?人間と魔界が?どうして?

だが、私がスパイに行かされてること、一部を除き自由にできるのは。私がこの学校に通えたのは。全て父が知っていて、全て仕組んでいたということに初めて気づいた。


「ともかく、私だとしても何も覚えてないなぁ。昔の写真とかあるか探してみるね。もしかしたら昔の友達かもしれないし」

小田原は空気を変えるように言い放つ。

「ありがとう!せめてあの時のお礼を言いたくてさ。」

その後は穏やかな空気で終わった。


帰って一直線にベッドに飛び移った。枕に顔を埋めるとそのまま沈んでいくかのような感覚になる。

彼は私の『ゆうき』で、だけど魔族の敵。私は彼と戦わなければならない。それももうすぐ。そのために私は死に物狂いで鍛錬してきたということだ。もうすぐ自由にしてもいいと言われているのはそういうことだったのだ。

「なんで。」頭の中に謎がグルグルと渦巻く。

父に言おう。せめて戦いたくないと伝えよう。


父の書斎に向かった。いつものように机の上の多量の資料に目を通している。従者もいたが構わず話す。

「お父様…話があります」

父は何も言わずに資料に目を通し続けている。

「もうすぐ戦争が起こるんですか?私は戦いたくありません。」

父がチラッとこちらを一瞥したがすぐに資料に目を通し直した。

「私、人間と戦いたくありません。私は人間側につきます、人を守りたいです」

言い終わると同時に父が左手で強く机を叩いた、私はもちろん、従者にも気迫が伝わったのか一歩足が下がる。

「何を言い出すかと思えば…どうやら私の娘だからと甘く育てすぎたようだ。人間界に行かすんじゃなかったな、蹂躙、洗脳されおって」

「そんなことされてな…」

「黙れぇぇぇぇぇ!」

その瞬間書斎の窓が割れ、多量の書類が宙を舞う。

「貴様は穢れた。もう娘なんかではない、捉えろ!」

逃げ出そうとするも、重力が強くかかっているかの如く体が動かない。すぐに従者に捉えられる。

「貴様は人間と戦わせよう。己の手で好きな人間を殺してしまえ。その前に焼印を入れてやる。」

他の従者がやってくる。足元には紋章が浮かび上がる。これは従属の紋だ。

「やめて、お父様!やめて!ごめんなさい!」

どんどん焼印が迫ってくる。

「ごめんない、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

何度も何度も許しをこうもどんどん熱気が近付く。

「ごめんなさい、ごめんなさい。助け…」

ジュッ

「ーーー!ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」

謝罪虚しくうなじに印を押された。氷で冷やすもその後もジンジンと痛む。声が出ないが涙が溢れて止まらない。

初めて父を恨んだ、初めて力のない自分を恨んだ、初めて魔族であることを恨んだ。


夏休みは家から一歩で出れず。とうとう文化祭の日が来た。

「ずっと会えなくて寂しかったよ、元気?」

小田原が話しかけてくる。

「うん。ごめんね、体調崩してて」

彼女は頻繁に連絡をくれた。会えはしなかったが気にしてくれていたのはすごく伝わった。

「文化祭楽しもうね?」

楽しくなる祭りだったはずなのに。人間は人間何も知らずお祭り。私は痛い思いをしていたのに。どこにいても騒がしい。

ドン!「あ、すみません!」

誰かの持つ看板が私の足にぶつかった。何だっていい、静かなところに行こう、今は全てが憎くて仕方ない。その時気づかなかった、小田原が探していたことに。


待機教室に来た。足がヒリヒリと痛むため覗き込むと左足から血が出ていた。看板に擦れて血が出たのだろう。屈んで舐める。皮膚が再生し止血する。

「花園ちゃん!」

急に話しかけられ振り返ると小田原がいた。いつからそこに?見られた?

「怪我したんでしょ?大丈夫?はい、絆創膏。貼れる?」

「足だから大丈夫」そう答えると彼女は笑顔になる。

「よかった!勢いよくぶつかってたから。まだ具合悪い?保健室行く?」

バレてないようだった。

「ここで座ってたら大丈夫」

椅子に座ると真似して彼女も隣に座る

「よかった!私も疲れたから話しよ!」

たわいもない、彼女の話が始まった。するとすぐに教室の扉が開き、西岡が入ってきた。

「2人ともここにいたんだ!」

久しぶりの会話、2人は私のことに深く触れず話をしてくれる。さっきまでのモヤモヤが嘘見たいに晴れていく。居心地がいいとはこのことなんだ。私は父の奴隷だとしても人間を守ろう。大切な人を守ろう。深く自分の心に誓った。この空間を守ろう、しかしその誓いはすぐに破られることになる。


昼頃になり、クラスの人が徐々に増え、教室で食べる人が増えてくる。出店で食べ終えたらしい木庭が私のもとにやってくる。

「今日暑くね?やっぱ夏だなぁ。春園ちゃん髪下ろしてて暑くない?あげたほうが…」

彼が髪に触れようとした瞬間吠えるような声で

「やめて!」と拒否してしまった。彼はすぐに手を止めた。

「体調悪いし、急に触れたらダメだろ?」

西岡は木庭を叱る。彼は悪くない、でも焼印を見られたら私は…。

「確かに暑いよぉ、ほら!」

小田原に急に抱きつかれ、そのまま髪が、片側に寄る。それは焼印が見えることを意味していた。

「え?」

彼の瞳から光が消える。魔族の奴隷の象徴であるものだ、勇者候補が知らないはずがない。その瞬間に私は覚悟した。もう終わりだと。

荷物を手に持ち逃げるように帰る。後ろで待ってと言われてるが振り返らない、足を止めない。それが死を意味すると教えられているから。西岡や小田原を守ろうとした、幸せになろうとした、父を裏切った。だからこれが報いなのだと。これが彼と人間に模して出会った最後となった。 


ーなぁ、あれ魔族の紋章だよな。

ーあの子魔族だったの?騙してたの?

クラスが騒めく。誰も止めることはできない、真実を知るものはいないから。

西岡は彼女が魔族だと気づかなかったことより、彼女のことを何も知らないことにショックを受けた。

「俺は花園こと何も知らなかった。彼女が話すのを聞いてなかった。聞こうとしてなかった。あれ?」

なんだこれは、彼は頭を素早く回転させた。自分のことを話したがらない、いや、話せなかった彼女。何か知ってる、何か覚えてる。

小田原が話しかけた

「彼女は悪い子じゃないよ。じゃなかったら、私たちに害あるはずだし、たとえ隠してる言われても、あの子はそんなに器用じゃないよ。私は信じてる、何か事情があるんだよ。それにほら!」

小田原は西岡に見せた。彼女の熊のぬいぐるみを。

「あんなに不器用なのに夏休み1人で頑張った子なんだよ!!」

足には“7.JUNE“の刺繍、そして手にはヒマワリを持っていた。

「ヒマワリ…?あれ?漢字ってかどう書くんだけっけ?」

急な西岡の発言に小田原は首を傾げるも黒板に書く、『向日葵』と。

その瞬間彼は思い出した。少年の時の自分が何を言ったのか。

「ひなた…」

「あれ?私漢字間違えてた?」

「いや、何でもない。間違ってない、俺が間違ってたんだ、俺がわかってなかったんだ。」

花園が探し求めていた少女だということに。


家に着いた私はそのまま父に連れて行かれる、ジメジメとした薄暗い牢屋に。私の自由期間はなくなった。父の娘でもなくなった私は兵器として生きていくだけだ。

食事は1日1回、パン一つ。もらえるだけでもありがたいと思おう。そして魔素を注入された薬を飲まされる。魔素は魔族のエネルギーだが、取り込みすぎると自我が保てなくなり、力が暴走する。だからこそ幼い時から魔素コントロールの鍛錬を受ける。魔素を自在にコントロール且つ多量の魔素をもてるものが比例して強いとされている。もちろん、魔素吸収に薬を用いられるが、服薬中毒や依存を起こし、そのまま自我を失った人を何人も見てきた。

「私もこうなるのか。」

勇者が攻めてくるその日まで、強制的に飲まされ続ける。徐々に自我がなくなっていくのか、記憶や気持ちが薄れていく。彼が来る前に私という人格が無くなりませんように。あの時のぬいぐるみを抱きしめ眠り続けた。


何日、いや、何ヶ月経っただろうか。半袖では明日寒くなってきた頃、父の従者と名乗るものがやってきた。両手は鎖に繋がれたまま連れて行かれる、眩しい。ただぼーっとしていた。

父と思われる人に土下座をさせられた。なんだっていい。ただただ思うのは「殺したい」それだけだった。


外はうるさかった。爆発音、誰かの叫ぶ声、何かが崩れる音。 


父と思われるものに命令される、「部屋に入ってきたものを殺せ、何をしたって構わない」と。

大きな広間に佇む。激しい衝動欲求に駆られながら待ち続ける。

何日待っただろうか、外の音は小さくなってきたが多くの足音が聞こえる。

足音が聞こえたら飲めと言われていた最後の「理性」を奪うため薬を飲む


飲み終えたころ、扉が勢いよく開かれる。

「いたぞ、化け物だ!やれ!」

男が叫ぶと周りの人間が雄叫びを上げながら向かってくる、細い何かが飛んでくる。

私と呼ばれた何かは数倍大きく、禍々しい紫色のオーラを放ちながら人々を薙ぎ倒す。


タノシイタノシイタノシイ


倒しても倒してもやってくる


モットモットモットモット


やがて誰も立ち上がっているものはいなくなった。

「あーあ。つまんない。」

すると再度足音がする

おもちゃが来た。もっと遊びたい。

「勇者一行が来てくれたぞ」

瀕死の戦士が喋る。捻り潰し足りなかったか。

倒れている戦士は虫のように這ってその場を離れようとする。させるか。

ぐちゃぐちゃと音がする。あー、気持ちいい。

その時矢が飛んできた。

振り返ると勇者と名乗る男がいた。その周囲にも3名ほどの人が。これが父と名乗る男の敵か。どれほど強いのだろう。そう考えていると後ろに控えていた男がこちらに向かってくる。今までと同じように薙ぎ倒そうとするが力が拮抗しているのか動かない。

面白い。

殴る回数を増やすも相手は盾を持ったまま維持する。やりがいのある。

だが、押し相撲もすぐに飽きて盾ごと持ち上げ遠くに飛ばす。壁にぶつかりガクリと項垂れた。

他の女や男はもっと簡単に弾き飛ばせた。

何だ一緒か。

その瞬間背筋に悪寒が走った。勇者と名乗る男が背後まで迫り剣を一振りした。

背中に大きく傷が入る。

痛い痛い痛い痛い痛い。

焼印を思い出した。

いたいいたいいたいいたいいたいいたい

自分が多くの人を倒していた

クルシイクルシイ、どうして?

「うわぁぁぁぁぁ!!」背中はなかなか再生されず声を上げた。溢れる気持ちが止まらなかった。右手をあげ力を溜める。黒いオーラが空気を含みながら集まっていく。


コンナハズジャナカッタノニ

何が?


タダアイタカッタダケナノニ

誰に?


「今楽にしてやる。」

勇者が魔族の核に向けて剣を向け力を溜めている


誰ってそりゃ

「ゆうきに会いたい」


幸せになりたかった。


彼にあったら幸せだったんだよね?すごく温かい気持ちになれたんだよね?

シアワセ…


目に涙が溢れ、意識が僅かに戻ったのか、私を覆っていたオーラが少し揺らぐ。視界が僅かに良くなった。

そして目の前には恋焦がれていた『ゆうき』がいた。


あ、会えた。


力がわずかに緩んだ瞬間勇者が剣を私の体に突き刺す。そして目が合う。勇者は目を丸くする。「ひなた」とそう呟いて


勇者の剣は核の真ん中には当たらずすぐに体は分散しなかったが、足が完全に消失した。そんな私を抱きしめる。

「ひなた、ごめん、ずっと探してた。気づけなくてごめん。あの日追いかけられなくてごめん。次会ったら聞こうと思ってた自分がバカだった。」


ゆうきは泣きながら私に話しかける。

「ごめんな、きちんと話聞くって、話するって約束したのにな。俺は…」


私の命は長くないようだ。そして今は全ての呪縛から解き放たれているようだ。


「ルーシュ」

「え?」

「次は名前教えてって約束してたから。ルーシュ。」

彼は泣きながら笑顔になった。

「私こそごめん、もっと早く伝えたかった。もっと早く会いたかった。あの日私は救われた、人を好きになれた。あなたの笑顔が好きだった。私と出会って、私を探してくれて…ありがとう。父を…倒して。」


彼の笑顔が崩れる。

私の体はもうほとんど崩れているんだろう。

ああ、幸せだ、好きな人の腕の中で死ねるなんて。伝えたいことはつたえられた。もし一つ後悔するなら、もっと学校に行きたかった。もっと人に触れたかった。でもきっと後残りになったとしても私は高校に行ったことも、あの公園に行ったことも後悔はしない。


ゆうきに出会えてよかった。


そうして私は魂ごと世界から消えた。


エピローグ

18歳の勇者はそのまま魔王を倒した。

残党は前勇者である父親の命により魔族を完全に制圧した。

勇者は何も褒美を受け取らなかった。持ち帰ったのは一つ、糸がほつれ薄汚れたオレンジのクマ。


小田原の手により修正はされたが、10年以上の年月には抗えなかったが、新しいものに変える予定はない。


彼はずっと後悔した。彼女の悩みに気づかなかったこと、彼女の気持ちを知ろうとしなかったこと、探していた少女だと気づかなかったこと。

多くを後悔した。自分が勇者であること、彼女をこの手で倒したこと。

いつまでも悩み続けた。あの時どうしたら良かったのか、何をするべきだったか、何をしたらよかったか。いくら考えても答えは導き出せなかった。


悩み後悔した結果、彼はこの世に未練がなくなった。勝者の栄光も彼女がいないなら意味がない。魔族の魅了にやられてるならそれでもいい。


命を断とう、形見のぬいぐるみを持ちあげた。


「死ぬならやり直しちゃえば?」


どこからか声がした。いや、はっきりとわかった、クマからだ。


「死ぬくらいならやり直しちゃえば?代償は大きいけど」


やり直せるのか。それならどんな代償だって払う。彼女を助けるためなら何度だって何にだって立ち向かってやる。厳しい道だろうが突き進んでやる。


「アハハ!決まりだね!さあ、行きなよ、彼女を救う終わりのない旅に」


そうして彼は小さなクマと共に姿を消した。


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