第34話 白鯨の墓⑤
ダンジョン配信における最悪の事態が全員の頭によぎった。
配信者の死。それも、身近な存在が。
恐怖という感情が微振動となって、全員の背骨から仙骨部にかけて響いていく。
騎士竜ウィルゴーの超念動により、彼女は帰らぬ人となった。
首があそこまでうしろ向きになるのにどこまでの力が必要なのだろう。
流れるようなうしろ髪が胸をおおい、肩に横髪がねじれるようにかかっていた。
「エミィィィィイイイイイ!!」
ユウジの声が響く。
その叫びに呼応するようにウィルゴーの咆哮が空間をつんざいた。
さらなる超念動がユウジたちを襲う。
今度は宙に浮かぶ船が雨のように降り注いできた。
"嘘だろ……?"
"え、エミ・アンジェラ?"
"待ってどういうこと?"
”クソッタレ!! セブンスター陽介がやらかしやがった!!!”
”は? どういうこと?”
”俺もさっきまであっちの配信見てた。アイツ、エミ・アンジェラ傷つけといて置いてけぼりにしやがった!!”
"ふたりともD・アイは破壊されてるからあれだけど……自分も見てたよ。変なキューブでバケモノになって、エミを傷つけて……ウィルゴーから逃げやがった"
"やだ、ヤダヤダヤダヤダ!!!! なんで!? ねぇなんで!?"
「────」
コメントが見えてしまったユウジは黙りこくってしまう。
そして、黙ったままサムライ・フォームへと変化した。
「ゆ、ユウジ? ねぇユウジどうするの!?」
「────」
「ユウジ君……?」
(こ、この、気配は……!?)
ややうつむくように一歩ずつ踏みしめながらゆっくりとウィルゴーに迫るユウジ。
彼の周囲を渦巻く黒色のオーラが龍をかたどり、周囲の魔物を威圧する。
あくまで幻影でそんな感情などないはずなのに、魔物たちはいすくんでしまった。
「ウオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ!!」
ユウジらしからぬ声色だった。
鬼神のような咆哮とともに全速力で躍り出る。
「ウェア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!! ウワァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ! ガァァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」
もはや斬撃そのものが乱流を駆ける黒い龍そのものだ。
斬るというよりも喰い散らすといったほうが正しいかもしれない。
墨汁のような斬撃エフェクトがその荒々しさを物語る。
降り注ぐ残骸も、たちすくむ魔物も容赦なく塵と化していった。
"なんだこの声…………"
"地獄から響き渡るようなって感じだ"
"これ、泣いてるのか? 怒ってるのか?"
"……両方だよ。これはあまりにも…………"
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!」
「やめ、てよ……やめてよユウジ。こんなの、ユウジじゃないよ!」
「ウオォオォアアァアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「ダメよキララ! 今近づいたらアナタまで斬られてしまう!」
「で、でも!!」
「今は危険です。それに、ウィルゴーもまた動き始めたようです!」
ウィルゴーの瞳が光ると、これまでの強敵を召喚してくる。
芦辺天魔波旬、カンディードとキュネ、アウター・ダンジョンのボスだったシュセプ=アンフ。
そのほかキララや姫島、シスター・アルベリーがかつて戦ったであろうダンジョンボスの数々。
「ま、まさか、あれを相手にしろっての!? 無茶だよ! アタシら集団で戦ってようやく勝てた奴だっているのに!」
「ユウジ君、怒りはもっともだけど、ここは撤退を……」
「逃げたきゃ逃げればいい。俺は止めない。いや、逃げてくれ。俺は……俺を抑えられる自信がない」
ドスの利いた声がおさえられない。
心配してくれる人たちの声が、存在がわずらわしくて仕方がない。
それだけ身体中にドス黒いものが龍のように満ち満ちていた。
────感情が暴走している。
「めんどくせぇ。もう全員でかかってこい」
静かな宣言を皮切りに、魔物たちが一斉に襲いかかる。