第7話 通り道
今日というか3日前からルチオが推し活で休んでいるので研究は停滞気味だ。
いろいろと考えて作ってみてはそれをノートに書き留めることを繰り返してるけど、実験が出来ないのでどうしてもモヤモヤ感しか残らない。
「そろそろ夕方です。今日も定時になったらすぐに退勤して帰ってくださいね」
作業中に所長から声をかけられた。
ここは必要性が無いというのもあるけど、残業なんて一切ない。
もちろんパワハラなんてものとは無縁だ。
給料は安いけれどもボクとしては充分ホワイトな職場なのだ。
今日の日報を書き終え、定時になるとすぐに帰り支度をして退勤する。
「お疲れ様でした〜」
所長とソニアに挨拶をしてドアから出て急ぎ足で帰宅の徒についた。
何を急いでいるのかって?
早く帰ってアンナとおじいさんと3人で夕食を囲みたいというのもあるけど。
帰宅途中に人通りが少なくあまり雰囲気の良くない通り道があるからだ。
危険というほどではないけど暗くなってくるし早くそこを通り抜けたいのだ。
まあいつも通りに早足で通り過ぎればどうということはないと思いながらその道に差し掛かると、道の両側に若い男が3〜4人ずつたむろしているのが見えた。
近づいても特に何かしてくるわけではないが、こちらをチラ見しながらニヤニヤした顔で笑ったり変な奇声を上げたりして不気味な連中だ。
でもそのまま通り過ぎたのでホッとして歩き続けたのだが、突然後ろから声をかけられた。
「よぉ〜ボクちゃん、チョットこっち来いよ」
安心した直後だったので少し身体がビクッと反応してしまったが、少しスピードを落としながらも止まらないようにした。
そして何か用ですかとだけ歩きながら返した。
雰囲気もだが、話しかけ方も変な連中としか思えないので距離を取りたいのだ。
連中はボクの後を追って歩きながらまた話しかけてくる。
「なぁ〜ちょっと聞きたいんだけどよぉ、市場の掲示板ってどこにあるか教えろよ」
なんだ道に迷ってるのか。
一応距離は取り続けたままで振り向いて言葉と指差しで道案内する。
「それならそこの道をまっすぐ行って3ブロック目で右に曲がればすぐですよ」
「あぁ〜ん? 全然わっかりませーんw いいからチョットこっちへ来て道案内しろよ」
どう見ても人にモノを尋ねる態度じゃないしフザケてる。
何が目的か知らないがどう考えても危険なので誰が道案内などするものか。
「いや急いでるんで無理です、すみませんけど」
そう言って歩いていこうとすると逆ギレの怒鳴り声が聞こえてきた。
「てめえ無視してんじゃねーぞコラァ! いいからこっちに来いっつってんだろーが、あぁ!?」
奴らの一人がそう叫んだ直後にボクの背中を強く叩いたので前のめりに倒れ込んでしまった。
それからボクの身体を掴んで引きずろうとしてきたのだ。
更に連中の一人が紐を手にかけて技を出そうとしているのが見えた。
これはマズい。
ボクはポケットから紐を出すと急いで技を作って連中に向けて発動した。
「な、『7つのダイヤ』!」
奴ら全員の頭にイメージが吸い込まれ、叫び声を出しつつ白目を向いて卒倒してしまった。
連中のあやとりの腕が大したことなくて助かった。
そしてここにいても良いことはないのですぐにその場を離れた。
今日は厄日だな、酷い目にあったよ。
「ただいま〜」
「あ、アヤトおかえりなさい! あら、どうしたんですか。汗びっしょりだけど何かありましたか?」
「いや、なんでもないよ。ちょっと仕事で疲れただけ」
アンナとおじいさんには心配かけたくない。
何も無かったことにしておこう。
夜はなかなか寝付けなかったので翌日は寝不足気味となってしまった。
その上、念の為に通勤経路を変えてかなり遠回りしたので始業前からすでに疲れちゃってるよ。
それでも昼頃にはだいぶ回復したのでお弁当を普通に食べることができた。
そして午後は頑張ろうと考えていた時のことだった。
「おい、所長はおるか! 出て来んかいや!」
ドンドンとドアを強く叩く音と一緒に聞き覚えのあるオッサン声が響く。
これはカァネ一家のダミアーノじゃないか。
面倒だけど取り敢えず応対はしなければ。
恐る恐るドアを開けたボクを見てダミアーノはさらに大きな声で怒鳴った。
「おう、ボウズ! とんでもないことをしくさってどういうつもりじゃワレ!!」
「は? いったい何のことですか」
「トボケんなや! 昨日の晩にウチの若いもん数人をあやとりでボコボコにしたやろうが!」
昨日の晩って、あの不気味な連中のことか。
あれはあいつらが先に手出ししてきたんじゃないか!
そう思いつつもうまく言い返せないでいると所長とソニアが駆けつけて間に入ってくれた。
「落ち着いてくださいダミアーノさん。一体何があったのか中で話を聞かせていただけますか」
「……まあええやろ、どっちにしてもこのボウズでは話にならんからのう」
応接室にこの場にいる4人で入り、昨日起きた出来事を隠さずに説明したがダミアーノがしつこく反論してくる。
「嘘を言うな! ウチのもんはお前に道を尋ねただけやと言うとるぞ!」
「で、でも急いでるから案内できないって断ったらいきなり背中を突き飛ばされたんです」
「それもお前が無視して通り過ぎたから仕方なく肩をポンと叩いて引き留めただけやと言うとる」
「その後そっちの人が紐を出して構えようとしたんです。だからボクはやむなくあやとりバトルを受けて立っただけです」
「誰もそんなことしてへんって聞いとるで。相手に何か攻撃されたんならまだしも、肩を叩いただけやのにバトル成立とは言えんやろ」
「いや、だから攻撃されたんだって!」
思わず身を乗り出しかけたボクを制止して所長が話を代わってくれた。
「その辺りの事を証言出来る目撃者の方とかはいないのですか」
「所長はん、あそこは人通りがほとんどないしそれは無理な相談でっせ」
話が堂々巡りで一向に進まない。
くそ、こんなことになるなら遠回りになってもあんな道を通らないようにしておけばよかった。
ダミアーノは少し黙っていたが溜息をついてからやれやれといった感じで話を再開した。
「所長はん、実際にその場で何が起きたかなんて水掛け論にしかならん。しかしウチのもんがそこのボウズにあやとりでダメージを負わされたっちゅうのは紛れもない事実や」
「それはそうですが……」
「昨日全員が病院に運び込まれてな、3人はまだ入院中なんや。ボウズの雇い主はアンタやろ、この落とし前はつけてもらわんとワシは帰られへんのや」
「……」
ダミアーノは足を組み直してソファの背もたれにより深くもたれ掛かりながら、糾弾するというよりも交渉を纏めにかかる感じで話を続ける。
「そやけどまあ、ウチの奴らも暗い夜道でいきなり声かけてボウズを怖がらせてしもうたかもしれん。つまりウチにも多少の落ち度はあったことは考慮せんといかんわな」
「……それで結局私にどうしろと?」
「そこでや、アンタとウチのもんとで『あやとりバトル』で恨みっこなしで決着をつけるというのはどないや」
何なんだ一体、このオッサンは何が狙いなんだろうか。
嫌な予感がするからうっかり受けないほうがいいと思うが所長はどうするんだろう。
「イヤといったら」
「その時はボウズに何が何でも落とし前つけさせるだけや」
一瞬背筋がゾクッとした。
けどそもそもボクが招いた事だから自分で決着をつけないと。
そう思っているのを察したのか所長がボクの肩に手を置いて諭すように話す。
「アヤト君の責任ではありませんよ。彼の狙いは最初から私とこの研究所にあるのです。君はそれに巻き込まれたに過ぎません」
「つまりワシの提案を受けるっちゅうこっちゃな。さすが所長はん、男やのう」
「そんなことより何を賭けるんですか」
「こちらが負けたら今回のボウズの件は全て水に流す」
「私が負けたら」
「ワシの言うことを聞いてもらう。といってもここの事業内容をちょっとばかり変更してもらうだけや」
何がちょっとだ、完全に反対方向に変更させるつもりのくせに。
「それじゃワシはもう帰るわ。明日の昼過ぎ頃にまた来るからせいぜいバトルの準備しときや〜、カッカッカ!」
ダミアーノは上機嫌で帰っていった。
もう勝った気でいるみたいだな。
「すみません所長、何も援護出来ませんでした」
「いえいえ、ソニア君にはここにいてもらうだけで心強かったですよ。それに明日私が勝てばそれで全て解決するのですから」
ボクも申し訳ない気持ちで一杯だが、もうボクだけの問題ではなくなってしまった。
所長が勝つように祈るのが今のボクにできる精一杯のことだ。
そして来てほしくない時間というのは早く来るものだ。
あっという間に今日が終わり、よく眠れないまま翌朝を迎えたのだった。