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第5話 初出勤

 うーん、よく寝た。

 久々に心配事がなくグッスリと眠れた。


 早く目が覚めたので早々に出勤準備を済ませる。

 それから朝食を食べ終えると、少し早いけどアンナとおじいさんに見送られて家を出た。


 ゆっくりと歩きながらどんな仕事をするのだろうかと期待を膨らませるのは楽しい。

 なぜならようやく自分の得意分野を生かせる仕事に就けたからだ。


 そうしてようやく研究所に着いた。

 昨日も来たのになんだか緊張するが、思い切ってノックして叫んだ。


「アヤトです、出勤して来ました」


 少し待つとドアが開きソニアが出迎えてくれた。


「あっ、おはようございます。ちゃんと時間通りに来てくれたね〜」


「お、おはようございます。今日からよろしくお願いします」


「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。さあさ中に入って」


 今日は昨日とは違う部屋に通された。

 散らかってるのは変わらないが事務用デスクと椅子がいくつか置いてある。

 その端っこの席がボク用の作業机となった。


「今日は所長が来てるから、まずは挨拶とここの事業内容の説明があるよ」


 ソニアからそう聞かされたすぐ後に部屋のドアがノックされて一人の男性が入ってきた。

 見た目は50代前後でオールバックに鋭い目つきのコワモテ顔だ。


 うわ、なんかヤバそうな感じだ。

 まさかやっぱりここもカァネ一家の息がかかったところなのかな?


「おはようございます、私がここの所長を務めているフルビオです。君がアヤト君ですね、ソニア君から話は聞いてますよ」


 ニコッと優しそうな笑顔と丁寧な口調で挨拶された。

 良かった、コワモテなのは顔だけで怖い人では無さそうだ。


「これから事業内容を説明しますけど……その前に一つ質問です。アヤト君はあやとりを喧嘩などで人への攻撃に使ったことはありますか?」


「あ、はい。街中で不良の人たちに絡まれたときに身を守る為にちょっと」


 間違いではないと思う。

 それにカァネ一家の幹部らしき人と決闘したとか言っても信じてもらえないだろうし。


「なるほど、それは災難でしたね。でも私はあやとりが戦いにばかり使われている現状を何とかしたいのです」


「すみません、ボクにはよくわからないです」


「ああ、すみません。詳しく言いますとあやとりが脳と身体に及ぼす影響をもっと良いものに変えたいのです」


「はあ……」


「現状はあやとりの技を受けた側が精神的ダメージを負ったり、それが身体にまで影響が出たり、酷いものだと魂が奪われたかのように永久に意識が戻らなかったりします」


 聞いてて身体が震えてきた。ボクが技を喰らわせた相手たちは今でもダメージが残ってるのだろうか。


「でも、心や身体を癒やしたり興奮を鎮めたりといった平和的な技の使い方は無いものかと私は思っていたのです」


「素晴らしいと思います! あやとりをもっと平和のために使うべきです」


「おお、わかってもらえましたか。そしてそれを実現するための新技や作り方を研究するのが当研究所の事業内容なのです」


「わかりました。ぜひボクもその実現に協力させてください!」


 思っていたよりとても良いところだよ。

 いつも平和が一番に決まっているからね。


「こちらこそよろしくお願いします。で、しばらくはソニア君の指示に従って作業してください。それでは私はこれで」


 所長は別の部屋に行ってしまった。

 いろいろと忙しいのだろう。


「ソニアさん、ボクは何をしたらいいですか」


「そうね……まずは所内の掃除と片付けをやってもらおうかしら。普段はほとんど私一人だから手がまわらなくてね、それでこんな状態なんだよ」


 まあ、新入りがやらされる最初の作業はこんなものだよね。


「急がなくていいから。自分のペースでやって頂戴」


 お言葉に甘えて自分のペースでやらせてもらった。

 時間配分とか段取りとか考えずにとにかく丁寧にやることに専念できる。

 それはいいが所内の至るところが酷い有様なので今日は一日がかりになりそうだ。


 そうして重いものを動かしたり何度も雑巾で拭いたりしてたらさすがに疲れたし腕が痛くなってきた。

 けどもうすぐお昼休みだし何とか頑張ろうと思った矢先のことだった。


 ドンドンとドアをノックする音と男の野太い大声が所内の奥の方まで聞こえてきたのだ。


「所長はん、今日はおるんやろ? ちょっと話しようや!」


 訛りというか何処かの方言かな。

 ちょっと怖い感じがするけど取り敢えず応対しないと。

 ボクは恐る恐るドアを半分だけ開けた。


「あの〜、どちら様で」


「あぁん? なんや見かけん顔のボウズやな。ここの所長呼んできてーな」


 見た目40代のオッサンかな。

 浅黒い肌の上に派手な柄シャツとネックレスを身に着け、おまけに目つきが悪くとてもカタギには見えない。

 その上横柄な態度で一体何なんだろうか。

 押し売りかもしれないし簡単には取次がない方がいいよね。


「あの、だから、お名前を教えていただかないと」


「何やと、ワシを知らんのか! ……ってまあ知らん顔やからしょうがないか。『ダミアーノ』と所長に言うたらわかる」


 なんか物分りがいいのか悪いのかよくわからんオッサンだな。


 どちらにせよ怪しすぎるオッサンだしまずはソニアに相談してからにするか。


「すみませんソニアさん、ダミアーノっていうオッサン……男が所長を呼んでくれって来てるんですけど」


「ああそう……あとは私と所長でなんとかするからアヤトは引き続いて掃除をお願いね」


 ソニアはそう言うと少し険しい表情で奥へと入っていき、所長を連れて戻ってきた。

 そしてさっき掃除が終わったばかりの応接室にオッサンを招き入れて何やら話し始めた。


 部屋の外にいるボクにはハッキリとは会話の内容がわからないが時々オッサンの怒鳴り声が聞こえてくる。

 そうして30分くらい経ったあとに部屋から3人が出てきたが話は纏まらなかったようだ。


「所長はん、ワガママも大概にしとかんとそのうちバチが当たりまっせ。せいぜい夜道は気ぃつけや〜!」


 オッサンは捨て台詞を吐いてバタンと強くドアを閉じながら出ていった。

 ヤクザみたいな台詞だったけどやっぱりそういう類の輩なんだろうか。


 聞こうかと思ったが昼休みになったので取り敢えず昼食を食べるのが先だ。

 アンナに作ってもらった弁当のサンドイッチを頬張ってるとソニアから話しかけられた。


「そのお弁当、お母さんに作ってもらったの?」


「あ、いえ、実は事情があって知り合いの家に居候してまして。その家の人が作ってくれたんです」


「へぇ〜、それにしては丁寧に作ってあって愛情を感じるわね。もしかして彼女?」


「いや、全然そうじゃなくてただの知り合いです」


「ふ〜ん、まあプライベートを詮索するつもりはないから。それにしても美味しそう、一つちょうだい!」


 返答する前に一つ持っていってしまった。

 まあボク一人だと多いくらいだったから問題はないけどね。


 さて、食べ終えたしさっきのことを聞いてみよう。

 やっぱり気になって仕方ないのだ。


「さっきの変なオッサンは何だったんですか? 一体何の用事で来たんです?」


「アレね……ところでアヤトはカァネ一家って知ってる?」


 ゲゲ、まさかとは思ったがやっぱりこの名前が出てきたか!

 でもここはあまり知らないフリをしよう。


「はあ、聞いたことくらいは」


「その変なオッサン、ダミアーノは一家の幹部の一人よ。以前からウチにちょっかいかけてきて、ホント迷惑してるのよ」


「ちょっかいですか」


「ウチの事業内容が気に入らないから変えろって。あやとりの効果を癒しにするような研究は止めて、もっと殺傷能力を高める研究をしろっていうのよ」


「何ですかそれ、無茶苦茶ですね」


「そう思うでしょ? もちろんそんな要求は飲めないってガツンと断ってやったけどね」


「え、でも帰り際に捨て台詞吐いていきましたけど大丈夫なんですか」


「それなら心配ない。ウチの所長はああ見えて昔はあやとり賞金稼ぎギルドで活躍した人だから、そのへんの悪党になんか負けないわよ」


「はっは、でもそれはかなり昔のことですから。今はもうしがない所長のおっさんですよ」


 通りがかった所長が笑いながら話を受け流した。

 でも朝会ったときに感じた怖さは昔の名残なのかもしれない。


 そしてそろそろ昼休みが終わろうとした時に、通路からドタドタと足音がしたかと思うと、部屋の入り口にかなりの肥満体の男がいきなり入ってきて叫びだした。


「久々の出勤でおれさま参上! 会いたかったよソニアた〜ん!」


「だからその呼び方やめろって言ってんだろうが! 私は嫌なんだよ!」


 ソニアが怒鳴りながら男をぶっ飛ばすとその巨体が壁に叩きつけられてしまった。

 この人あやとり無しでも強そうだ……。


 しかし肥満男も何事もなかったように立ち上がり喋り続ける。


「んもう、ジョークなのにそんなに怒らなくても。いや、ホントは照れ隠しなのかな?」


「誰がアンタになんか照れるか! いい加減にしろ、このキモオタデブ男が!」


「ヒドい! おれの見た目や身体的特徴をあげつらって罵倒するなんて! パワハラ、セクハラだ! 訴えてやる!」


 へえ、この世界でもちゃんとパワハラとかの概念はあるんだな。

 それはいいけどソニアがワナワナと身体を震わせながら爆発寸前といった状態だ。


「……アンタねぇ〜、本当にこれくらいにしときなさいよ?」


 危険を感じたのか肥満男は両手を前で振りながら事態を沈静化しようと試みる。


「いやもう本当に冗談だって……それにソニアのような美人に罵倒されるのはおれにとってはご褒美だし」


「ハァ、もう呆れてなにか言う気も無くなった」


 やっと収まったか。

 でも肥満男はボクの姿を見てまた余計なことを言い出した。


「ん、誰だいこの少年は? はっ、まさか自分好みの少年を職場に連れ込んであんなことやこんなこと……」


「違うわ! アタシはもっと逞しくてワイルドなオトナの男が好みなんだよ! 今度こそぶっ飛ばす!」


 再度ぶっ飛ばされた肥満男はさすがにすぐには立ち上がってこなかった。

 そしてボクもソニアの豹変ぶりに言葉を失ってしまった。


「あっ、ゴメンねアヤト。お見苦しいところを見せてしまって」


「で、真面目な話ソイツ誰なのさ?」


 肥満男がもう復活してきた。

 いったいどれだけ打たれ強いんだ?


「この子は昨日ウチの新しい研究員として雇ったアヤト。そして今日が初出勤」


「ふーん、それじゃあやとりの腕は確かってことだね」


「もちろん。アヤト、コイツは昨日話したサボりまくりのもう一人の研究員ルチオ。こんなんだけど私より10コも年上なんだよ」


「あ、アヤトです、よろしくお願いします」


「そんな畏まらなくていいよ、おれの方こそよろしく」


 初日の、しかも半日しか経たないうちに色々と起きてわけがわからないよ。

 ボクはこのままこの職場で勤め続けられるだろうか。

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