第4話 就活
あれから1ヶ月経過した。
ボクはまだ行く宛も見つからずアンナの家にお世話になっている。
自立したいとは思ってるので、街で仕事を探して色々やってみたのだけど……。
どの仕事をやっても長く続かなかった。
ボクから辞めたんじゃなくて、全部クビにされたのだ。
ボク自身は一生懸命やってるつもりなのだ。
でも飲み込みは遅く、要領も悪く、おまけにヘマしたり滅多に起こらないトラブルを呼び込んだりしてたら当然だよね。
おじいさんは焦らなくていいって言っているけど、本音かどうかはわからないよ。
他人の親切を信じ過ぎると後で嫌な思いをすることになるに決まってる。
アンナだっていつも笑顔で接してくれているけど、それはボクがあやとりだけは『使えるヤツ』だからっていうだけのことだろう。
でなきゃ彼女のような美人の女子がボクみたいなヒョロヒョロ無能男を相手にするはずがない。
「お祖父様、ちょっと相談が……今月の生活費についてです」
「それなら心配ない、足りない分はわしの蓄えから出そう」
朝食を食べ終えて休憩していたボクにあまり楽しくない会話が聞こえてきた。
聞こえないように話しているつもりのようだけど家の中が静かなせいかどうしても伝わってくるのだ。
この家の家計はアンナとおじいさんの内職収入に支えられていて、足りない時は僅かな蓄えを切り崩しているようだ。
ボクも早く収入を得てこれまで世話になった分は返そうと思う。
内職を手伝えばいいだろうって?
始めは手伝っていたけど作業が遅いので途中でやんわりと断られてしまった。
さて、それじゃ今日も仕事を探しに街中へ出かけよう。
市場の近くに求人募集の掲示板が置いてあるのだ。
でもこんなボクがまともにできる仕事があるのだろうか。
少しでも自信が持てる事といったらやはりあやとりしか無いんだけど、あやとりを使って仕事をするなんて都合のいい求人があったら苦労しないよね。
そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にか掲示板の前に到着していた。
だけどいつもより騒がしい。
何だろう、変わった求人でもあったかと覗いてみると『あやとりを使うお仕事特集』と張り紙がしてあった。
なんという都合の……いやタイミングの良さだろうか。
ボクは掲示板に張り出された求人を食い入るように見て回った。
なになに、まずは『あやとり格闘家を募集』だって?
内容としては、あやとりの試合を格闘技ショーとして見せる興業で選手の募集をしているらしい。
要するにプロレスみたいなものだろうか。
ボクにはどう考えても向いてない。
次は『あやとりで賞金稼ぎをしませんか?』って何だこれ。
募集主は賞金稼ぎギルド……つまり賞金首の悪党をやっつけて賞金を荒稼ぎする集団だ。
欠員補充らしいけどなんか怖いしやめておく。
その次は『急募 夜間のあやとり作業員』?
あやとりで夜勤の仕事なんてあるのかな。
『所定の場所で夜まで待機』
『指示されたターゲットに人通りのない場所で高難度の技を披露』
『成功(ターゲットが再起不能)すれば高額報酬を即支払』
これって……どう見ても闇討ち暗殺要員じゃないのか?
こんなの公共の場に張り出していいのかな。
タイトルだけを見て許可したとしか思えない。
他の求人も一つずつ見ていったが、ほとんどが似たような怪しい求人だった。
やっぱり都合よくいかないと諦めかけたのだが最後に良さそうな求人が小さな張り紙で掲示してあったのを発見した。
えーと、『あやとり研究員募集』か。
内容的には要するにあやとりの新たな技とかを研究している公的機関からの募集だ。
これならあやとりだけ出来ればいいんじゃないかな。
他の求人と比べてかなり給与が低いからなのか、誰もこの求人には興味なさそうで競争率は低そうだ。
でもボク一人が生活するには充分な額なのだ。
早速書いてある場所を尋ねると、そこは街外れの少し寂しいところだった。
建物も古くてちょっと怪しげだ。
帰ろうかな……でもこれ以上選り好みできる状況ではないのだ。
ドアをノックして掲示板の求人を見ましたと叫ぶと、少し間を置いてからドアが開き大人の女性が出てきた。
「お待たせしました、ウチへの就職希望者ですね……ってもしかしてボウヤがそうなの?」
見た感じ20代後半くらいの人だけどそれでもボクはボウヤ扱いされるんだな。
あんまり面白くはないけどここは就職のため我慢しよう。
「はいそうです」
「そう……まあいいわ、一応面接しますから中に入ってください」
相手の反応はイマイチだったけど、とにかく面接まではこぎ着けた。
あとはあやとりの腕をアピールして採用に漕ぎ着けたい。
でも色々散らかってる部屋に通されてボロボロのソファに座らされた。
求人を出してるくせにやる気が感じられないのは何なんだ。
「私はここの研究員ソニアです。貴方のお名前は?」
「ボ、ボ、ボクはアヤトです」
緊張で舌を噛んでしまった。
落ち着こう、今回は自分の得意分野なんだから変に良く見せようとか考えなくていいんだ。
「それで、どうしてこちらに応募してきたんですか?」
いきなり志望動機を聞かれたけど別に高い志とかないし素直に答えておこう。
「とにかく就職したいんですけど、あやとりで出来る仕事に就きたいと思いまして」
言ったあとに酷い内容だと自分に呆れてしまった。
もっと上手い言い回しをしないと相手にしてもらえないかもしれないのに。
「そうですか、それならあやとりの腕には相当自信があるのですね」
「……あ、はい」
一瞬戸惑ってから答えてしまった。
自信がないみたいに受け取られちゃったかな。
「では、この場でテストを受けていただきます。『網・ハンモック・バリカン』を連続技で見せてください」
連続技としてはポピュラーだけど特に網は手間がかかるし網目をキレイに作るのは難しい。
テストの課題にはピッタリだと思う。
すぐにポケットから紐を出して取り掛かろうとするとソニアにストップをかけられた。
「ちょっと待ってください、時計を用意するので……はい、それでは準備してください」
時間も計るのか、それはそうだよね。
ようし、自己の最速記録を目指そう。
「スタート!」
まずは網を……緊張のせいか指の動きが鈍くて紐を外したり別の指から取ったりが遅い。
形も丁寧に作らないと……出来たら続けて2つの技に繋げていく。
ひと通り作って完了したがいつもより時間がかかった気がする。
これはだめかもしれないが最後まで相手の話を聞いておこう。
「かなりのスピードで完了しましたね。おまけに形が、特に網の網目がキレイでした」
「そうだったんですか、ありがとうございます」
「既に上級者並みの実力を持ってますね。これなら即採用です。早速明日から来てもらえます?」
「え? いいんですか?」
あっさりと採用が決まったのはいいけど、ソニアは研究員なんだよね?
責任者の人とかに聞かなくていいのかな。
「あ、私が独断で決めて大丈夫か不安って顔だね。大丈夫だよ、所長は出張が多くて不在がちだし、もう一人の研究員はしょっちゅうサボって……いや休むから私が採用決めても文句は言われない」
「そうですか、それじゃあよろしくお願いします」
ボクはウキウキ気分で帰り道を歩いた。
単に職が決まっただけでなく実力を認められたのだから嬉しくてしょうがない。
アンナの家に戻るとすぐに彼女とおじいさんに就職決定を報告した。
「おめでとうございます! それじゃ明日からお弁当作らないといけませんね」
「そんなの悪いよ。またすぐにクビになるかもしれないのに」
「そんなことはありません! わたしの勘ですが今回は大丈夫だと思います。それにアヤトに向いた仕事だと思いますし」
やっぱりボク向きなのか、アンナにそう言われたら頑張ろうという気力が湧いてくるよ。
「ちなみに何という公的機関なのですかな」
そういえばまだ言ってなかった。
おじいさんの方を向いてすぐに答える。
「えーと、『未来あやとり科学研究所』です」
「そうですか、聞いたことのない機関ですな。恐らく問題はないと思いますが出来れば先に相談していただきたかった」
「どうしてですか、何かマズかったですか?」
「ご存知の通り、この街はカァネ一家の支配下にあります。ですから街中には一家の息がかかっている公的機関が多いのです」
「じゃあここもやばいんですか」
「いえ、先程聞いた内容からすると規模がとても小さく利益も無さそうな機関ですので大丈夫ではないかと。一家はカネにならんことに興味はありませんから」
良かった、もうあの一家には関わりたくない。
この前みたいな命の危険はもう懲り懲りだ。
「お祖父様、ちょっと心配し過ぎです。アヤトは慎重だから変なところに行ったりしません。さあ、もう夕食にしましょうね」
アンナのフォローが入ったところで話は終わった。
夕食を食べ終わるとボクは明日への期待を胸に早々に眠りについたのだった。