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第3話 仕返しと決闘

 うーん、朝までぐっすり眠ることができた。

 おまけにキチンとした朝食まで用意してもらえて、ボクはもうこれで人生終わってもいいくらい幸せだ。


 しかしこれ以上他人の家に厄介になるわけにもいかないよね。

 それに幸せがこれ以上続くと反動で酷い目に遭いそうで怖くなってくる。


「あの、朝食を食べ終わったらここを出ていきますね」


 しかしこの一言で、それまでニコニコしていたアンナが血相変えて詰め寄ってきたのだ。


「どうして? 朝食が美味しくなかったですか? それとも何か気に触ることがありましたか?」


「いや、その、他人の家で世話になりっぱなしは迷惑だと思って」


「アヤト殿、恩人に早々に出ていかれたのでは、わしらの立つ瀬がありません。それに迷惑だなどと思っておりませんぞ」


 おじいさんからも窘められてしまった。

 でもなあ……。


「それではアヤト殿に何処か行く宛が出来るまでというのはどうですかな。昨日のお話どおりなら今すぐ行く宛など無いでしょう」


「そうですね……それじゃあ、それまではご厄介になります、よろしくお願いします」


「さあ、冷めないうちに早く食べちゃってくださいね!」


 ふう、アンナの機嫌は直ったようだ。

 とりあえずは身の振り方を考える時間ができたんだからそれで良しとしよう。


 食事後に食器の片付けを手伝っているとアンナから街への買い出しに付き合ってほしいと言われた。

 別にいいんだけど、街中に行って昨日の奴らに会わなければいいけどなぁ。


「流石に昨日の今日でまた現れたりはしないと思います。それにもしもの時はアヤトにやっつけてもらえばいいんだし」


 なんだか期待されてるけど気が重いよ。


 そんなわけで内心ビクビクしながらアンナの家を昼過ぎに出て街の市場へ繰り出した。

 が、多くの人々で賑わう中、何事も無く楽しく買い物ができた。


 ちょっと心配し過ぎだったかな。

 あえて言えばアンナが沢山買い込むので荷物持ちとしては辛い。


「アンナ、もうそろそろ帰ろうよ〜」


「そうですね、必要な物はあらかた揃ったので帰りましょうか」


 やれやれやっとか、とホッとしたのも束の間だった。

 前から数人の怪しいグループがこちらに向かって歩いてきたのだ。


 特に真ん中で先頭を歩く男は上下白のスーツに赤ワインみたいな色のシャツ、リボンだけ黒で全体は真っ白な中折れ帽といかにもな服装だ。


 その横を歩いてるのは……ゲッ、昨日の暴漢の一人じゃないか!

 確か仲間を置いて一人で逃げてった奴だ。


「あっ、アイツです、あのガキですぜアニキ!」


 奴が指を指した先にいるのはボクだ。

 なんてことだ、仕返しに来やがった。


「そうかわかった。あとは俺が始末をつける。お前ら、コイツを連れていけ」


 白スーツの男が指示を出すとグループのうち二人が暴漢男の横に付いて何処かに連れて行こうとする。


「え、おれは何処に連れてかれるんですか、ねぇアニキ!」


 暴漢男は必死の叫びも虚しく連れて行かれてしまった。

 でもそんなことはどうでもいい、このピンチをどうやって切り抜けるかが問題だ。


「俺はカァネ一家のマウリツィオだ。お前だな、昨日俺の舎弟たちをあやとりで倒したっていうのは」


 白スーツの男に問われたがボクは迫力に気圧されて何も言葉が出ない。


「その舎弟さんたちが悪いんです! わたしは何度もイヤですと断ったのに無理矢理連れて行こうとしたから彼が助けてくれただけです!」


 アンナが堂々とした態度で言い返した。

 こんな奴ら相手によく出来るよ、見た目は可憐な雰囲気だが結構気が強い人だ。


「そうかい、それはすまなかったな。俺は舎弟たちには常日頃から『女に三度断られたら諦めて別を探せ』と言い聞かせてるんだがな」


 なんか向こうが謝った。

 これでこの件は終わりになりそうだな、焦って損したよ。


「だが、それとこれとは別だ。舎弟たちも一家の端くれであることに変わりはない。それがこんなヒョロガキに倒されて、そのまま何もしないのは俺と一家のメンツに関わるんでね」


 なんだよそれ。

 自分の部下が悪いくせにメンツがどうとかボクらには関係ないだろ、いい加減腹が立ってきた。


「そ、そんなの知らないよ! もうボクたちに構わないでよ!」


 しまった、またうっかり口に出してしまった。

 マウリツィオの表情がみるみる険しくなっていく。


「テメエ……ちょいとお仕置きするだけのつもりだったがもう容赦しねえ。俺とこの場で決闘しろ!」


 決闘?

 そんな馬鹿なことやってられないよ。

 なんとかこの場から逃げ出さないと。


 しかし奴の仲間二人がいつの間にかボクとアンナの背後に立ち、どちらもあやとり用と思われる紐を手にしている。


「逃げ出そうとすれば、3人でお前をブチのめし、それからその嬢ちゃんを連れて行く」


「か、彼女は関係ないだろ!」


「お前が決闘を受けない場合の制裁だ、つまりお前が悪いのだ」


 メチャクチャじゃないか、でも悪党にまともな論理を期待するのはハナから無理だよね。


「連れて行ったら奴隷として売り飛ばす。中々高く売れそうだ。お前は見せしめに公開処刑だ、出来るだけ残酷なやり方でな」


 さすがにアンナも恐怖で身体が震えてる。

 やり取りを耳にした周りの買い物客たちも悲鳴を上げながら逃げ出し始めた


 くそっ、もう覚悟を決めるしか無さそうだ。


「わかったよ、決闘を受ければ、いいんでしょ」


「最初っから素直にそう言えばこんな騒ぎにならなかったのになぁ。まあいい、決闘のルールを説明するぞ」


 何がルールだよ、これだけ好き勝手やっておいて。

 だけど今度は余計なことは言わないように唇をギュッと噛んでおく。


「勝負の方法は当然あやとりだ。勝敗は相手をノックダウンさせた方の勝ち」


「ボクが勝ったらどうなるのですか」


「今後俺の舎弟たちはここいらには2度と出入りさせねえようにする」


「負けたら」


「さっきも言っただろう、お前の公開処刑だ」


 そんな、全然不公平じゃないか!

 そう思ったがなかなか声に出せないでいるとアンナが横から必死に叫んだ。


「そんなこと言って、条件が不公平すぎます!」


 マウリツィオは眉間にシワを作りながらその問いに答えた。


「もしもだが、こんなヒョロガキに負けたら俺のメンツは丸つぶれだ。その上、市場に舎弟たちの出入りが出来なくなれば一家での俺の立場も危うくなる。つまり俺にとっちゃある意味死刑宣告も同然なのさ」


「でも彼が勝ってもあなた達が約束を守る保証はないです」


「あやとりで決闘した結果は絶対だ。もしとぼけたりすれば俺は一生不名誉な人間とレッテルを貼られ誰にも相手にされなくなる」


 さすがあやとり上手が正義の世界、それに逆らうことは誰にもできないんだね。

 アンナがもう倒れそうになってるところを後ろから支えつつボクはマウリツィオに言った。


「それじゃあ決闘しましょう」


「よし、それじゃこっちに来い」


 マウリツィオから通りの真ん中に来るように言われたので、アンナを道端に座らせてからゆっくり歩いていく。

 奴と正面から向かい合ったが、どうしたらいいんだろうか。

 いきなり攻撃してもいいのかと悩んでると向こうから切り出してきた。


「抜け」


 抜けって何を……ああ、あやとりの紐を出せってことか。

 ポケットから慌てて紐を出したが奴は出してこない。


「えっと、紐は出さないんですか?」


「お先にどうぞ」


 ニヤついた顔で余裕綽々といった感じで言われてしまった。

 いいよ、お望みどおりにノックダウンしてやる!


 パパパっと『星』を作る。

 五芒星の形がキレイで満足な仕上がりだ。


 途端に光り輝いて奴の頭にイメージが吸い込まれた、これでボクの勝ちだ!

 と思ったが奴は一瞬身体をガクンとさせただけで倒れなかったのだ。


「なかなかいい出来だったが……そんなチンケな技では俺を仕留めることはできないぜ」


 奴はそう言いながらスーツの左襟を開くが、シャツに装着したホルダーに拳銃があるのが見えてしまいボクは一瞬ビクッと反応してしまった。


「ん? ああこれか、これは紐が切れたときなんかに使う護身用だよ。お前みたいなガキに使ったらそれこそ俺は笑いものだ」


 そして上着の内ポケットから紐を取り出しながら話を続ける。


「お前も銃を持ってるなら使っても構わんぞ。まあ、お前が構えるよりも早く俺の技が決まるがな」


 そう言うと奴は目にも止まらぬ速さで指を動かし技を完成させてしまった。


「喰らいな、8段ハシゴ!」


 凄いな、まず4段を作ってから変形させていくので割と手間がかかる技なのにあんな速さでキレイに作るなんて!

 いや感心してる場合じゃない、そのイメージがボクの頭の中に入ってしまった。


「!?」


 キレイな8段ハシゴが大きくなりながら近づいてきたと思うと実体化し、ボクの足元に入って来た。


 そして次の瞬間、ボクは山の崖みたいな所に架けられたハシゴの上に乗っていたのだ。

 下は奈落の底みたいな深さになっている。


 と、とにかく登らないと。

 足をガクガクさせながら登っていると地震のような振動が起きて踏み外しそうになる。


 怖い、もうイヤだ!

 でもこれが、昨日おじいさんが言ってた『脳への過剰な刺激』による幻か何かじゃないのか。


 それでも本当に崖を登っている感覚で不安が収まらないが、こんなのに負けてられるか。

 何も取り柄がないせいかずっとぼっちだった学校、頼れる大人がいない家の中の生活に比べれば大した不安じゃないよ。


 慎重にゆっくりと登っていき、ようやく崖の上に辿り着くとまた一瞬で決闘の場に意識が戻った。

 かなりよろめいていたが何とか倒れずに踏ん張ることができた。


「……!? コイツ、あの技を耐えるとはどんな精神力してやがるんだ?」


 さっきまで余裕の態度だったマウリツィオに初めて焦りの表情が見えた。

 ここは反撃のチャンス!

 だがすぐに態勢を立て直したマウリツィオは新しい技を作り始めようとしている。


「ならば次は9段にするだけだ。今度こそ潰してやるよ!」


 8段から更に変形が必要な上位技を作るのか。

 さっきよりも手間はかかるがその分威力は大きいのだろう。


 一方、ほぼ同時に作り始めたボクだが、何か吹っ切れたような、何かに取り憑かれたような勢いで指を動かしていく。

 そして奴よりも早く技を完成させたのだ!


「『10段ハシゴ』だと……!? しかも中のハシゴが全く潰れずにとても美しい……!」


 そう呟くマウリツィオの頭にイメージが入り込むと、奴の身体はガクガクと震えだして最後は鼻血を吹き出しながら卒倒してしまった。

 8段でも怖かったのに10段だと一体どんな幻覚を見せられたのやら。

 考えるとこちらまで怖くなってきた。


 それはともかくようやく勝てた、それで安心してボクはへたりこんでしまった。

 そこにアンナが駆け寄って来て身体を支えてもらい、ようやく立ち上がることができた。

 マウリツィオも仲間の二人に抱え上げられて何処かへ消えていった。


 そして翌日以降、街中にはチンピラ風情の連中を見かけることはなくなった。

 マウリツィオの姿も見ないが、悪党がどうなろうがボクの知ったことではないよ。


 ようやく皆が安心して買い物が出来るようになり、ボクが歩いていると声をかけられることも少なくない。

 こうしてボクたちは平和な生活を送っていたのだった。

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