(2} 現在と過去形……
「つまり、コリルはこことは全然違う別の世界でその……イカルガ・ルリコ? っていう別の人物として生きていて、そして死んでこの世界で今のコリル・ガルカイとして生まれ変わって、さっきついその前世の記憶は蘇ってきたってこと?」
「うん、信じがたいかもしれないけど、その通りのようだ」
ワタシはルㇽカ゚ルに自分が異世界転生者であることを打ち明けた。だけど彼女はそもそも『異世界転生』なんて意味さえわからなかったからそこから説明しなければならない。
どうやらこの世界では転生とか異世界とかの存在は知られているわけではないらしい。ボクも15歳まで生きていた今そんなこと聞いたことないね。だから『異世界転生』というのはあくまで前世のワタシの知識でしかない。
異世界と転生の概念が一般的に知られているわけではないってことは、やっぱりワタシの正体を下手に明かさない方がいいかもしれないね。それでもルㇽカ゚ルに打ち明けたことは後悔するつもりはない。
ちなみに今つい気づいてしまったけど、カタカナでフルネームを書いたらボクの名前は前世のワタシと真逆じゃん! これって神様が仕組んでくれたのか?
それにこの状況は異世界もののテンプレっぽいけど、ボクは別にチート能力とか持っているわけでもない、ただ妖精に恋をする普通の村人少年だ。容姿も身長も体力も魔力も平均値くらい。勇者や冒険者になる素質があるわけでもない。
でも別に戦うことや冒険に特に興味があるわけでもない。ただ普通にこの村で結婚して家族を作ってスローライフを送っていくつもりだ。
「異世界か……。どんな場所かな?」
ワタシから見ればここは異世界だけど、ルㇽカ゚ルにとってワタシの元いた世界こそ異世界だと認識して興味津々で目がキラキラしているよね。
「あっちはここと違って、知能を持つ生き物は人間しかいないね。ルㇽカ゚ルみたいな妖精も存在しない。魔法とか存在しないけど、その代わりに科学が発達して便利な世界だ」
「科学か。難しそうね」
「まあ、でもあっちの世界ではみんな子供の頃から学校に通っていろんな必要な知識を学ぶんだ。教育システムがまだ発達していないこの世界と違って、あっちではこの年齢ならまだ学生だね」
そう。ワタシだって今高校生……。
「コリルも学校に通っていたの?」
「うん、もちろん通っていたよ。……いや、通っている? あっ……」
今つい過去形になっている。あー、そうだった。もうワタシって死んだんだ。だから学校にはもう通えない。ワタシは学校も勉強も好きなのに。まだ勉強したいことがたくさんあるのにね。友達もいて、みんな今どうなっているのだろう?
学校だけでなく、家族……母も父も弟も、ワタシが所属していたアイドルグループも……。まだ全然お別れを言っていないのに突然異世界なんて……。
「コリル、泣いているの?」
「え? あれ? いつの間にか……」
目が熱くなってきた。どうやら今ワタシ、涙を流しているらしい。なぜだろう? 悲しい気持ちになったから?
前世のことを思い出して、もう戻れないと思ったらつい……。
だってワタシはあっちでまだいろいろやりたいことがいっぱいあるし。アイドル活動は上手く行っていなくて辞めるところだったけど、まだ15歳だし。夢があるし。もっと大人になってまだいろいろできるし。
「ごめん、元の世界のこと考えるとこうなってしまった」
「そうなの? あたしこそごめん。こんな話をした。無理ならもう何も聞かないわ」
どうやらルㇽカ゚ルに気を遣わせてしまったようだ。別に彼女が悪いとは思っていない。ルㇽカ゚ルは天然で時々彼女の何気ない言葉はボクに刺激を与えることもあるけど、それは嫌ではない。むしろ何でも気兼ねなく喋ることはいいことだ。
今回の元の世界の話だって、過去形で話すのは当然なのに、ワタシは勝手にそれを認めたくなくて感情的になってしまったよね。ちょっと気を取り直そう。
「ううん、別に元の世界のことを語るのは嫌じゃないよ。ただ、やっぱりちょっとね。後でいくらでも教えるよ。むしろいろいろ話したいよね。涙もただの生理現象で気にしなくてもいいよ」
「そうか。でもそういえばコリルが泣いたところ、初めて見たね」
「あはは。そうなの?」
確かにボクはルㇽカ゚ルに出会ってからまだ一度も泣いたことないよね。だってこんな小さい女の子に泣いているところを見せる男なんて……。
だけど今泣いているのは、男の子のボクではなく、女の子のワタシとしてだ。
「って、何をした!?」
ルㇽカ゚ルはボクの目に近づいて、彼女の小さな口でボクの目尻に付いている涙の一滴を吸い込んだ。
「涙を拭いてあげたわ」
「でも口で? 今吸ったよね?」
「えへへ。コリルの体液ゲット!」
「体液って……」
そんな言い方……。ルㇽカ゚ルのことだから別に深い意味はないつもりだろうけど……。
「それに男の子の涙は珍しいしね。普段あまり泣かないかと思ってた」
「男の子か……」
そうだ。前世が女の子だったから涙が脆いだろうけど、今ボクは男の子。泣くなんてあまり似合わないよね。
ボクは目に残っている涙を拭って気を取り直そうとした。
「ね、コリルの前世について一つ気になること、聞いてもいい?」
「何? 何でも聞いて」
なぜか今ルㇽカ゚ルは真剣な顔になっている。
「コリルの前世って、もしかして女の子?」
「あっ……」
その質問を耳にして、ワタシは困惑した。
そう……。実は自分の前世やあっちの世界のことを語っている時、ワタシの性別のことだけは触れないようにしていたんだ。だって、これは一番知られたくないことだから。
自分の彼氏が実は女の子だったなんて、そんなこと知ってルㇽカ゚ルはどう反応するかわからなくて怖いから。
でもやっぱり隠し通せるわけがないよね。
「なんでわかったの?」
「やっぱり、そうだったの? だってさっきコリルは『ワタシ、男の子になってる』って言ったから」
「あ、それ聞こえてたんだ」
恥ずかしい……! もしかしてその前に自分の体のいろんなところを触りまくっている時も見られていたのかな? ないよね?
「ごめんね」
「なんでコリルは謝るの?」
「だって、ルㇽカ゚ルをがっかりさせてしまったよね?」
「そ、そんなこと……。ない……よ」
「いや、こんな反応、そうは見えないけど」
「それは……」
ルㇽカ゚ルは明らかに不安そうに思い詰めている。彼女の心を読めるわけではないけど、彼女の様子からそう感じられる。
「やっぱりそんなボクは嫌?」
「嫌なんてそんなことあるはずないわ。あたしは別にコリルが女の子だったとしても好きだよ。ただ、あなたが女の子だったらもうあたしのこと興味ないかなと思って不安なの」
「いや、そんなことないよ。やっぱりボクはどうしてもルㇽカ゚ルが好き。愛してるよ」
これについて実はワタシも思い詰めて戸惑っている。女である自分に彼女がいるなんて……。なんか不思議だ。ワタシって今まで自分が普通の女の子だと思っていたから。まだ恋愛経験がないけど、いつか男に恋をして彼氏ができてお嫁さんになる……。そう思っていたのにいきなり男の子に転生して、しかもすでに彼女持ちで、これから花婿になるだなんて。
中身は女の子なのに、女の子と付き合うなんて、やっぱりどうしても違和感が……。これって精神的に百合になるんだろう……。
だけど今の体は男の子だし。15年間コリルとして生きていた記憶もちゃんとそのまま持っている。そしてコリルはルㇽカ゚ルのことが大好き。そこにたとえワタシの記憶や人格が混ざってもやっぱり変わらない。
「本当に? つまり、あなたはいつものコリルで今までと変わらないの?」
「うん、むしろもっと優しくなれるかもね。女の子だった記憶が入っているから女心について詳しくて、どうやったら喜ぶかわかっちゃうから」
「そうか。コリルは女の子を経験したってことになるのね」
「何その言い方!?」
その意味の経験ではないとはわかっているけど。
ルㇽカ゚ルって時々言葉の選び方はおかしいよね。それは本当に天然だからなのか? それともわざとボクを困らせたいとか? まあいいか。
「ルㇽカ゚ルも、こんな彼氏でも受け入れられるのかな?」
「もちろん、さっきも言ったよ。コリルが変わらないのであればあたしも変わらないでいる」
「ありがとう」
それを聞いて安心した。最初は不安だけど、結局2人の関係は変わらずにいられてよかった。