(1} ワタシとボク……
「……え?」
気がついたら自分はある部屋の中に……ベッドの上で目覚めていた。
なんか頭はモヤモヤしている。ここは? ワタシは……。いや、ボクは……? やっぱりワタシ? どっちなのかなぜか迷ってしまうが、なんかどっちも間違いではない気がする。
何が起きたのかを把握するために、まだぼやっとしている頭で最後の記憶を辿ろうとしてみた。そしたら思い出したのは……。
――ワタシ、トラックに轢かれたんだ!
そう。ワタシ、斑鳩瑠理子はどこにでもいるような普通の日本人女子高生だった。15歳で、高校1年生。一応アイドルもやっているが、あまり売れていないらしい。いや、そんなことはどうでもいいけど。
問題は……ある日ワタシが登校の途中ついトラックに轢かれそうになっている猫を助けようとして、自分が代わりに犠牲になってしまって、そして……。
そうか。ワタシ、死んだんだな……。
でも少なくとも小さな命を救ったはずだよね。こんな功績を持って死ぬ場合天国に行けるか……それとも最近のアニメや小説でなら……。
――異世界転生。
まさか……。と思って自分の体を調べてみた。
やっぱり『ワタシ』の身体ではない。ワタシって元々背中の真ん中まで長いロングなのに、今はショートになっている。胸も……元々小ぶりだけど一応存在した膨らみが今は完全になくなっている。そして何より下半身の方……。触ったり見たりしなくても感覚だけで何となく普段存在しない違和感を感じてしまう。
「ワタシ、男の子になってる……!?」
今自分の発した声も女のワタシの甲高い声ではなく、確かに年頃の男のものらしい。
その時誰かの記憶がだんだんと頭に流れ込んでくる。あ……そうだ。思い出した。やっぱり本当に転生したんだ。ここは日本ではなく、別の……所謂剣と魔法のファンタジー世界。そして今のワタシの名前は……。ううん、ボクは……。
「コリル!」
と、女の子の声がちょうどその名前を呼んでくれた。その声の持ち主は今窓の中に飛び込んできた小さな小さな可愛い女の子だった。
「妖精?」
人間の女の子を人形サイズくらいに縮小化した、みたいな姿で背中に蝶みたいな薄くて透明な翅が生えて空を飛ぶ。そのような存在の名前は今口に出した。
体が小さいことと翅を持つこと以外彼女は普通の人間の女の子とあまり変わらない。年齢はワタシと同じくらいに見える。小さくても整った可愛らしい顔ははっきりとわかる。お尻まで伸ばす長い金髪のツインテールはよく似合っている。彼女はまるで夢にでも出そうな天使のようだ。
「え? どうしたの、コリル? 様子が変。もしかしてあたしのことを忘れちゃったの?」
「あっ……」
さっきまで脳内はつい蘇ってきたワタシの記憶に支配されてすぐ思い出せなかったが、この妖精のことをボクは知っている。よく知っているのだ。
「ルㇽカ゚ル?」
そう。これはこの妖精の名前だ。
「よかった! さっきのコリルはなんか他人のように見えるからてっきり記憶喪失とかしたかと思ってびっくりしたわ」
「ごめん……」
「まったく、心配したわよ。いきなり高熱で倒れて、目が覚めたと思ったら様子がおかしくて……。でもただの混乱のようだね?」
「まあ」
彼女はボクの胸のところに飛んできて、ボクは右手で彼女の背中を撫で撫でしたら彼女は気持ちよさそうに笑った。なんか猫みたい。サイズ的にもそうだし。ワタシ、猫が好きだったよね。ずっと飼ってみたいと思っていた。
いや、猫だなんて失礼だよね。だって彼女は、こんなに小さくてもペットなんかではなく、ボクの一番大切なものだ。
「でもコリルはずっと一日中眠ってたんだよ。目が覚めなかったらどうするかと思ったら……。結婚する前に相手が死んだらあたしって不憫すぎるだろう」
「結婚……。そうだね」
あ、そうだ。彼女はボクの恋人だ。そして結婚する約束までしている。
実はボク、妖精であるルㇽカ゚ルに恋している。サイズも種族も全然違うけど、そんなの関係ない。彼女を一人の女の子として愛しているのだ。まあ、この世界ではいろんな異種族が存在して、異種族結婚は前例があるから珍しいというほどではない。
それに実は人間と結婚したら妖精は人間になれるらしい。だからこの結婚はただ2人を結ぶだけのためではなく、ルㇽカ゚ルを人間にするためでもある。
今こうやって指で小さなルㇽカ゚ルを愛撫して幸せで満足だけど、やっぱりただ指だけでなく彼女を両手で抱き締めたい。人間になったら体が大きくなってそんなことができる。全身で彼女を感じたい。
この世界では15歳になったら結婚ができるから、ボクが15歳になったら結婚すると約束をしたんだ。ずっとその時を待っていた。
しかし15歳の誕生日を迎えたその日、突然熱が出て倒れてしまったようだ。そのおかげか、つい前世の記憶が蘇ってきて混乱してしまう今の状況になっている。
そういえば前世死んだワタシも15歳で、今のボクと同じだ。
「っていうか、ただの熱で死ぬなんてそこまでは……。大袈裟だな」
実際に死んだけど、それは前世のことだ。今のボクは生きている。
「それに、人間にとって15歳は大事な岐点で、突然何かに目覚める人もいるそうだ」
これはこの世界の人間の話だ。みんなではないが、15歳の誕生日を迎えると体や精神に何か異変が起きる例が多い。突然前世の記憶が蘇ってきたのもそれに関係があるかもしれない。そして15歳で結婚というルールもこれに関係あるらしい。
「そう? コリルの様子がおかしくなったのはその所為?」
「それは……確かにそうだと思う」
「では熱はもう大丈夫かしら?」
そう言ってルㇽカ゚ルはボクの頭の近くまで飛できて、そして自分の小さなおでこでボクのおでこに当てた。
「……っ!」
ルㇽカ゚ルは小さいから当たっているおでこの感覚は薄いけど、それより今の体勢はちょっと気まずいかも。彼女の背丈はボクの頭よりやや大きい程度で、今こうやって目の前で至近距離になると彼女の魅力的な体は視界いっぱい入っている。
ルㇽカ゚ルの体は人間よりずっと小さいけど、決して子供っぽい体ではなく、大人の……ワタシと同じ15歳くらいの年頃の女の子のように見えるのだ。いい匂いもしているし。
それにしてもワタシよりいい体しているよね。胸だって……。顔も超可愛いし。ワタシなんかよりもこの子の方が日本でアイドルをやったらスーパスターになれるかも。羨ましい。なんて、つい女の子である自分としての考えが出てしまった。
しかし女の子の体を見てこんなに意識するなんてやっぱり今のボクは男の子だよな。こんな可愛い子を自分のものにしたいという欲望も……。いや、今もう彼女になっているし。
「もう、熱はないみたいね。よかったわ」
温度測定は終わったようで、ルㇽカ゚ルはボクのおでこから離れていってしまった。
「てか顔赤いわよ。どうしたの? 本当に大丈夫なの?」
「な、なんでもない。大丈夫だよ」
彼女はちょっと天然でもあるから、今自分の行動でどれくらい男の子に刺激を与えたか自覚がないみたい。
「それで、熱以外に何か問題ないの?」
「あ、それは……」
言っておくべきかな? 前世の記憶のこと?
よくある異世界転生ものでは、前世のことを誤魔化して隠し通す場合が多いらしい。知られたら大騒ぎになって変に思われたり面倒なことに巻き込まれたりする可能性があるから。
でも、少なくとも大切な人にだけはあまり隠し事をしたくない。嘘は吐きたくない。
だから……。
「実はボク、異世界転生者らしい」
こうしてワタシはルㇽカ゚ルに前世のことを教えると決心した。