第4話 若いって素晴らしい……?
森で見つけた黄金色の巻き毛の女の子。
あの後、目を覚まさない彼女を担いで、僕は村へ戻っていた。
不幸中の幸いと呼ぶべきか、僕が戻った頃にはとっくに日は暮れていて、村人の殆どは眠っていた。
起きているのは、人目も憚らずに乳繰り合うカップルくらいのものだった。彼らは皆、僕が通りかかったのに気づくと、微笑みながら手を振り出した。
全員、見知った顔だった。
僕は返事をしなかった。一言程度の簡単な挨拶も、手を軽く上げる素振りすらせず、がむしゃらに走っていた。
脇目もふらずにひた走っていると、やがてある建物が見えてきた。
それは、住居が併設された小さな診療所。
やがて、その診療所の前まで辿り着くと、空いた片手で扉を叩いて言った。
「急患なんだ、助けて下さい!!」
※※※
薄暗く、ジメジメとしたカビ臭い室内。
ひびの入ったすりガラスに、古びた医学書が押し込まれた本棚。所々破けて、中から綿が飛び出した長椅子。
光源は一つ。室内をうっすらと、オレンジ色に照らしている。
錆びだらけのランプが揺れ動くのに合わせて、僕の影も陽炎のように揺らいでいた。
椅子に座り、僕は手の中の小箱をじっと見ていた。
時々蓋を開けて、中身を確認する。
中に入っているのは弾丸。9発の実弾。
3日前、出発する前は10発分入っていた。
1発足りないのは、僕があの少女に──。
「お前の方がよっぽど死にそうな面してるぞ、リドリー」
突如として降って来たその声に、僕は顔を上げた。
いつから其処にいたのか、その人物は腕を組んで、僕を見下ろしていた。
眉間に皺を寄せて、むつかしい表情をしている。
元来の仏頂面に、より一層磨きがかかったって感じだ。
所々黄ばんだ白衣にハゲ一つない白髪、中のシャツまで真っ白と、白尽くめの格好をした老人。
でも、彼曰く、自分のイメージカラーは黒なんだそうだ。似合わない――などとからかってくる子どもに、度々彼が拳骨を振り下ろしているのを、村の誰もが知っている。
瞼を擦りつつ、その老人――コールタール先生は言った。
「診断、終わったぞ」
「────本当ですかッ!?」
僕は瞬時に立ち上がると、先生の鼻先に顔を突き付けた。
先生が一歩下がった。
心なしか、鬱陶しそうな表情をしている。
「あ、あぁ……命に別状は無い。安心しろ」
「あの子は無事なんですねッ!?」
曇天に一筋の陽光が差し込んだような気分だった。
僕は一歩踏み出して、空いた距離を埋めた。
先生が再び後退し、今度は額に青筋を浮かべた。僕の質問に首肯を返しつつ、苦しそうな表情をしている。
……どこか具合でも悪いのだろうか。
「大丈夫ですか、先生。顔色が悪いですよ。医者の不養生とはよく言いますけれど、お大事になさって下さいね!」
僕が笑顔で助言すると、先生は苦虫を嚙み潰したように口元を歪めた。
喉奥まで出かかっている言葉を、必死に飲み込んでいる様子で。
やがて先生は諦めたように溜息をつき、口を開いた。
「あぁ、ああ、そう、そうだな……そうだよな、お前は悪気無くそういう事ができちまう奴だよな」
それは、僕には未だ経験の無い顔だった。
怒りと諦観と少しの疲労がない交ぜになっているような相貌。
どことなく哀愁漂うものだった。
※※※
「ところで、一つ聞きたい事があるんだが、いいか?」
去り際に、先生はそう言った。
まだ夜明け前だ。
先生もまだ眠り足りないのだろう。先刻も、眠たげに瞼をこすっていたしな。
ほんの少しだけ、罪悪感に苛まれた。
「何ですか?」
「いや、その、何だ……」
質問すると、先生は言いにくそうに言葉を濁した。
何か躊躇しているのが、僕にも分かった。
お互いに何も言わなかった。
数秒、深い沈黙が生まれた。
「なあ、リドリー」
「はい、先生」
先生が再び口を開いた時、その声には既に迷いは無かった。
宣言通り、先生は一つだけ質問を投げかけた。
「お前さん、最近実家に顔出したのかよ」
「……いいえ」
僕が答えると、先生は何も言わずにポリポリと後頭部をかいた。
そのまま、診療所を出ていった。
去り行く背中に、僕の口から自然と声が漏れていた。
「ですから、僕にあの子を見た覚えはありませんよ。失礼」