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案内人「白雪姫」  作者: 目くじら
第3章 白雪姫と薄紫の三姉妹
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第37話 その名はチーベット。目的地はホーストーロー村

 チーベット。


 僕らの前に突如として現れた少年は、自らをそう名乗った。ほんの数分前まで、確実に石だったはずの喉を開いて。

 『メデューサ』による石化を、自力で解除する方法など一つたりとて無い──絶対無謬の拘束状態、のはずだった。

 それがどういう訳か容易く破られ、今や、少年は僕らと対峙しているとは、夢にも思わなかったけれど。

 



 ※※※


 


「あ、ごめん。話聞いてなかったわ。名前なんだっけ、お前」


 鬱蒼と生い茂る木々の中、20代半ばにしか見えない容姿をした中年──クラウンは鼻をほじりながら、聞くでもなく訊ねた。

 気分を害した──といった風にも見えず、彼は心底どうでも良さそうな顔を浮かべていた。

 

 呆れと苛立ちを折半した感情のままに、僕は嘆息する。


「……いやいや、先刻言ったばかりでしょうよ」

「あん? そーだっけ?」

 

 頭の痛い話だと思いつつも、僕はそれ以上言及せず、事の成り行きを他人事よろしく眺めていた。

 眼前に立つチーベットなる少年から片時も目を離さず──尤も、そんな余裕は微塵も無かった──傍に立つクラウンもまた、視界に収めていた。詳細不明のチーベットも充分危険ではあるのだが、危険人物と断定できるクラウンの方が、僕にとっては面倒だったからだ。

 クラウンの存在は、僕にとって病巣のようなものだ。急ぐ旅に必要だから同行させているが、そういう訳でもなければ、今頃は独房にぶち込んでいただろう。

 ティール程ではないが、彼は手綱を握っておかねばならぬ要注意人物であるからして。


 けれども、そんな僕の葛藤などつゆ知らず、クラウンの方は呑気なもので。何処から引っこ抜いてきたのか、三つ葉のクローバーを咥えて、じろじろと値踏みするような視線を、チーベットに向けていた。

 時折、「フフッ」と鼻で笑ったかと思えば、笑いを堪えるみたいに肩を震わせていた。

 眼前の少年を冷静に観察している様にも見えたその眼は次第に、少年を嘲笑う類のものに変容していた。


「まあまあ、細かい事はどうでも良いじゃあねえの。仲良くしてくれよ」

「な、仲良くとか言われても……ねえ、そこのお兄さん?」

「はあ」


 チーベットは最初こそ相対する中年からの視線に臆せず睨み返していたが、それが今ではクラウンの笑みが徐々に深みを増す程に、怯える様に後ずさりする有様だった。

 しかし、それは当然の反応だろう。怪しさの塊の様な中年に睨みを利かされて、ただの少年が恐怖を感じない方が、どうかしている。

 そんな冷や汗を掻きながらも、チーベットは困ったように、僕に向けてチラチラと視線を飛ばしていた。

 ……助けろと、サインを送っているつもりなのか。「ツレの方は、オツムが駄目になってるよ!」とでも言いたげである。


(今助けないと、これは後で恨まれるヤツだな)


 内心でがっくりと項垂れているのをおくびにも出さない事だけを留意し、僕はチーベットを救援に行こうとして──それより先に、ピンと来た。

 現在進行形でチーベットの浮かべている不安げな表情を、僕はどういう訳だか見慣れていた事に。

 

 何処で見たのだったか。

 しかしその情報だけが不確かで、朧気だ。

 例えるなら、毎朝鏡に映る、面倒な弟子をもった魔術の師匠が浮かべる様な表情に、よく似ていた。


「………………ああ、そうか。親近感だ、コレは」

 

 そう。常日頃、コールタール先生やダイデム、ティール等々に振り回されていた僕自身を俯瞰して見たら、こんな光景が出来上がるのではないだろうか、と。

 ある種の感動をもって、僕は深く首肯した。

 次いで、チーベットに言った。


「そこの君、チーベットと言いましったけ。

 大丈夫大丈夫。お兄さんたちとご飯にでも行きましょうか。何かリクエストがあれば、こっちの中年オヤジが足になって飛んでいきますから!」

「……こっちのお兄さんの方も、駄目になっちゃったんだけど」


 半泣きで頭を抱えるチーベットを見やり、僕はやはり確信する。

 彼から感じ取っていた苦労人の気配。

 言うなれば、それはシンパシーか。こまっしゃくれた表現をすれば、魂の色。

 年齢も離れているが、僕はチーベットに自分自身を投影していたのだろう。


 素性は不明。

 石化を破った方法も不明。

 信用に足る根拠は無し。

 そんな彼にすっかり心を許し、あまつさえ心情に肩入れまで始めた自分自身に僅かな違和感を覚えつつも、不思議と嫌な感じはしなかった。

 

 単純に、僕やクラウンが馬鹿なだけなのか。

 それとも、チーベットが人に好かれやすいタチなのか。

 あるいはもっと別の理由なのか──。


 何にせよ、数年ぶりに孫と再会したジジババの様に、チーベットを撫でまわそうとしていた僕とクラウンの背後から、『彼女』はやって来た。

 さながら、夢の終わりを告げるべく派遣された執行者の様に。




「……リド君、クラウン。いい歳こいた大人が2人もいて、何やってんの?」


 両手をワキワキと開閉させて、チーベットへとにじり寄っていた僕とクラウンは、同時にその足を止め、首だけで振り向いた。

 それまでの僕達は、見知らぬ第三者から冷水を掛けられた事で、2人共に威圧的な眼光を放っていたのだが、振り向いた先に立っていた人物を見るなり、その目を玉の様に丸くさせた。

 ポカンと間抜け面を披露した僕らの姿がどんな風に映っていたのか。それは実際に目撃した人物にしか知りようは無いが、大方の推測はつく。

 

「もう一度聞くよ? …………本当に、何をやってたのさ? 馬糞どもめが」


 いつの間にか馬車から戻っていたティールが、極点直下の眼差しをするにも仕方のない絵面だったのだろう。

 それだけは、間違いない。




 ※※※




 僕とクラウンは、その後仲良く正座させられ、ティールからのお有り難い説教を食らった。

 説教の内容については割愛するが、やれ子供を怖がらせるなだの、やれ人使いが荒すぎるだのと、詰まらない言いがかりばかりだったもので──益になりそうな情報は皆無に等しかった。

 ……強いて挙げるならば、一つだけ。


 石化を解除した経緯だ。

 考えてみれば当然だが、チーベットが自力で石化を破った訳ではない。

 

「これ、水場の近くに落ちてたんだ」とティールは背負っていた袋を此方へ放ってみせた。

 チーベットが僅かに遅れて、「あ、僕の鞄」と呟く。


 使い古されて所々ほつれた布袋を反射的にキャッチすると、僕はその中身を覗き込んだ。

 中には、数本の瓶が入っていた。瓶には、ご丁寧に『石化解除薬』なんて書かれているが……これは、馬車に詰め込んでいたものではない。

 となると、チーベットが持参していた物だな。

 成程。文字通り、種も仕掛けも無かったということか。


「折角あるんだし、馬車に戻る前にこの薬品をかけておいたんだ。効果があって良かったよ」

「………………」


 ──それならそうと、出立前に一言くらいあっても良くないですか?

 喉元まで出かかったその言葉を、僕はすんでのところで飲み込んだ。

 彼女を急かしたのは他ならない僕自身であるし、第一今の僕に説得力など微塵もないのは明白だったからだ。


 代わりに、先刻からティールの背に姿を隠している少年に視線を向け、言った。


「チーベット、いいえ、チビ。君は、ホーストーローに住んでいるんですよね」

「え、う、うん。そうだけど……」話しかけられた事で、尚更顔を引っ込めながら、チーベットは恐る恐る返事をした。我ながら、随分と嫌われたものだ。

 

「ホーストーローって何? っていうか、何処?」

「まあまあ、後で説明してあげますから。急かさないで下さいよ」


 キョトンとした顔で訊ねてくるティールを宥めつつ、僕はファーストコンタクトで失敗した小さな紳士に目線を合わせる。

 ……いやホント。仲良くしたかっただけなんだがなァ。ままならないものだ。


「僕達──そこのお姉さんもですけれど、ホーストーロー村に行かなきゃならないんですよ。でも、もうじき日が暮れちゃうし、そうなったら危ないですよね。こんな森で一晩中過ごすだなんて……ね?」

「まあ、確かに危ないけど…………」

「という訳で、そこまで連れてってもらえないでしょうか」

「え、ええ……?」


 相槌を打ちながら、チビは明らかに面倒臭そうな顔をしていた。眉根を寄せ、下唇を尖らせた渋い表情を。

 



 別にこれは負け惜しみだとか、言いがかりだとか。そういった類の妄言ではないのだが──正味、チビがいなくとも村に到着する事自体は可能だろう。

 一応、毎年の様に、僕はこの道を通い慣れているのだから。

 それでも、この辺りの地形に精通したガイドがいた方が、大変都合が良い──そう、取って付けた様な理屈を振りかぶり、チビを口説き落とそう。


 そう思った矢先の事だった。

 僕とチビの間に立っていたティールがくるりと振り向き、両肩をガチリと掴むと、頭を下げた。


「少年! 私からもお願いだ……ダメかな?」


 最後の懇願のみ、上目遣いでおずおずと訊ねる様な恰好で。

 僕には背を向けていたが、実にあざとい表情をしていたのだろうと推察できる声音だった。

 そして、そんなものを至近距離で直撃した少年は、やや躊躇った後にぼそりと答えた。


「…………駄目では、ない……けどォお」

「本当!? ありがとう!!」

「「……………………」」


 何とか絞り出しました、という感じのチビの声を聞きながら、不意に思った。

 チビの年齢は、およそ9~11歳くらいではなかろうか、と。

 そんな若い時分に、ティールという他者の性癖を砕いて回る災害と出会ったら、将来は有望だろう、とも。


 無邪気に感謝の言葉を発するティールを見て、それまでずっと沈黙していたクラウンは、したり顔で言った。


「男って、皆現金だよなぁ。な?」


 同意はするけれど、ムカつくから肩に手を置いてくるのは、止めて欲しい。


 


 ※※※



 

「そういえば、ティールさん。頼んでいた物は持ってきてくれましたか?」


 無事に現地ガイドを手に入れ、森を抜ける事が確定したもので、僕はずっと気にかかっていた事を訊ねることにした。

 『馬車に置いてきた石化解除薬』をティールに取って来てもらった際、ついでに注文しておいた物があったのだ。

 ティールは最初こそ、なんのこっちゃとでも言わんばかりに首を傾げていたが、すぐに「あぁ、コレのこと」と思い出した風に、その荷物を取り出した。


「ほい。どーぞ」


 チーベットが持っていた物と同質の石化解除薬が数本分と、数冊の本が、僕の手に置かれた。

 その様子を見ていたクラウンは、呆れ果てた様に言った。

 

「おいおい、嘘だろ。こんな時まで読書かよ!」

「……………」


 僕は手渡されたうちの一冊を捲り、内容を検める。

 年季ものの一品であるが故に、ページは所々黄ばんでおり、破れている箇所もあった。

 ……けれど、現在見る分には、問題はなさそうだ。


「よし。ティールさん、落ち着いたら、この図鑑をちゃーんと読んでおいて下さい。お願いしますね」僕は手中の本を閉じながら、それをティールに差し出す。

「図鑑……って、これ。魔物の本だけど…………」人を殴り殺せそうな厚みの本を前に、ティールは引き攣った笑みを浮かべていた。「ま、まさか……これ全部──」と、その顔は徐々に青ざめていく。


 ……とは言え、別に驚かせるつもりはなかったのだが。

 絶望に顔を染めてゆく少女を安心させる様に、僕は告げる。

 

「安心して下さい。全ページ読めって訳ではありません。ほんの数ページ……いや、数十ページだったかもしれませんが。何にせよ、1時間もかかりません。読んでもらう項目は──『メデューサ』のみで構いませんので」

「メデューサって、さっき水場で言ってたやつか」

 

 569ページから、と僕は短く付け加える。

 ここで僕が全て説明するよりも、自分で読み、調べた知識の方が役に立つ。

 メデューサという目の前の危機だけではなく、これからの彼女自身の為にも。


 暫くの間、ティールは詰まらなそうに図鑑を眺めていたが、やがてハッとした様に顔を上げると。


「もしかして、この図鑑には、その魔物の倒し方も書いてあるのかい?」

「え? まあ、載っていますけれど……?」


 驚異の食いつきを見せたティールに、僕は戸惑い半分のまま返答した。


「サンキュー! リド君!!」


 呆然とする僕に目もくれず、先刻までの他人事っぷりが嘘の様に、ティールは図鑑を凝視した。

 どうやら知らぬ間に、スイッチを入れてしまったらしい。

 彼女はそれから完全に御執心になってしまわれた様で、周囲に目もくれず、読書に耽り出した。


「……何なんですか。まったく」


 一言も喋らなくなった彼女に、僕は嘆息交じりに愚痴るしかなかった。

 勤勉なのは構わないが、情緒不安定気味なのだけは何とかならないものだろうか──と、そう思った僕が彼女から目を離した矢先、その声は聞こえた。

 

「倒し方、か」


 声の主は、チビ。顔色をさあっと青ざめさせた少年が元凶であった。それも、おかしな様子で。

 先刻までの、僕とクラウンに苦手意識を感じていた様なものではなく、言うなれば、目の前の「何か」に落胆している様な顔つきだった。

 

「……いや、でも、そうだよね。そういう反応が普通なんだ」


 彼が落胆している「何か」とは何なのか。禅問答の様ではあるが、その正体は僕には分からなかった。

 僕やクラウン、ティールといった個人なのか。

 今、この場にいないメデューサに対して、なのか。

 あるいは、個ではなく群、群でもなく国といった単位を指すのか。


 いや、もっと言えば──それは生き物ですらなかったのかもしれない。

 命ある者が縛られるべき、目には見えない概念と言うか。

 

 何にせよこの時、チビの目に映っていた景色は、齢9つの少年が背負って良いものではなかったのだと──僕はこの後、全てが終わってからようやく悟ったのである。

 正座については、リドリーが収集していた極東の小冊子に記載してあったそうです。

 土下座一つで世間を渡り歩いた偉人の伝記ですが、リドリーにはあまり刺さらず、ティールは耽溺していました。

 本の好みは人それぞれなんですかね。

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