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案内人「白雪姫」  作者: 目くじら
第3章 白雪姫と薄紫の三姉妹
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第36話 そういう一面 後編

 ──石化を治療する特効薬は、馬車の荷台にあります。

 ──荷台? 食料に水、本……そのくらいしか無いと思っていたよ。

 ──……まあ、慣れた道ですからね。そ、そんな事より、特効薬を持ってくるなら、一つ頼まれて欲しいのですが。

 ──頼み?


 ──ええ、そうです。




 ※※※


 


「なるほどな。馬鹿だお前ら」


 ここまでの経緯を聞き終えたクラウンが開口一番、呆れた様に言い放った罵倒が、それだった。

 束の間の水浴びをした後、僕とティールはクラウンの潜む木々へと戻り、そこで見たものを彼に知らせた。もっとも、僕が報告をしている間、ティールには石化の治療薬を取りに行ってもらっていたので、報告は殆ど僕1人の仕事だったが。

 

 クラウンは軽く息を吐いた後、数秒閉眼すると、再び目を見開き、すぐに細めた。


「リドリーよぉ。お前が居て、何でこうなるかなあ。……メデューサの習性、知らないとは言わせねーぞ」

「メデューサの習性、ですか?」


 嗜める風なクラウンに、僕は目を丸くして、オウム返ししてみせた。

 確かに驚きこそしたが、依然として「いやいや、馬鹿にしないで下さいよ。この辺りの常識ですよ?」と鼻で笑ってみせる程度には余裕があった。

 

 それは、紙の端を使えば、薄皮一枚程度なら容易に切れると、誰もが知っている様に。

 医療に精通していない者でも、大雑把になら、あばら骨の形状をイメージできる様に。

 要するに、メデューサとは魔物の中でもとりわけ有名な種族であり、その存在を知らぬ者など、少なくともこの国においては、人っ子一人居ないという事である。


 メデューサは獲物──この場合、あの子供が該当する──を石に変えた後、巣に持ち帰り保管する。

 癖というか、性質というか。兎に角そういう生き物である。

 通常、獲物に掛けた石化攻撃は時間が経てば解除されるのだが……メデューサは、術が解けた頃合いを見計らって、何度でも術を掛け直すという性質があった。


「──何度でも、ってのは文字通り、何度でもです。奴らが飽きるまで、制限はありません。

 何日、何カ月、酷いもので年単位で保管された例もあるとか。

 ……確か、学者の間では、最長で49年間も石化していた記録がありましたっけねぇ」

「……ンな常識、この国じゃあガキでも知ってる。オレが言いたいのは、そんな事じゃあねぇ!」


 一瞬、森が揺れた様な錯覚を覚えた。

 怒号と共に、大木が僅かに軋む程の力で、クラウンが拳を叩きつけたからだ。

 

 何時の間にやら、彼の拳の表面は濃紺の外殻に覆われていた。役割としては、分厚い籠手の様なものだろうか。

 彼自身の拳を保護した上で、それを振るった際の破壊力をも底上げしている。

 尤も、人工物である籠手や鎧と違って、その外殻に人の手は加わっていない。

 外殻、と呼ぶだけあって、それは自然に在るものをそのまま植え付けられていた。


 恐らく、彼の変身魔術によるものだ。

 エビや蟹といった節足動物の殻に、拳だけを「変身」させたのだろう。

 部分的に魔力を流す事で、魔術自体の汎用性を上げている。


 器用なものだと感心する僕を他所に、クラウンは眉を顰めながら、僕の方を──ではなく、その背景を凝視していた。

 彼は先刻まで僕とティールがいた水場の方角を、必死の形相で睨んでいたが、しかし。

 その身体は何時でも逃げ出せる様に、既に準備を始めていた。

 踵は僅かに浮いており、腰も引けていた。一瞬で身を隠せる様に、その身を遮蔽物の傍に置いている。

 いっそ臆病だともとれる姿ながら、彼は昼頃とは別人同然に落ち着き払った様子で、口を開いた。


「……奴らが獲物を長期的に保管しておく理由は諸説あるが、最も有力なのは、『魔力の消費』だ。奴らは魔力を身体の内側に留めておけるが、その一方で、弱点もある。

 奴らには、魔力を自前で発散する手段がない──要は、魔力を溜める器官が体内にはあるのに、それを排出する導線が無いんだ。

 例えるなら、蓋の無いヤカンさ。爆弾と言ってもいい。

 だから、奴らは人間をガス抜きに用いる……ここまで言っても、まだ分かんねえのか?」


 クラウンの言い分は、僕から見ても正当性の高いものだと言わざるを得なかった。ある種予想通りではあったが、彼の持つメデューサについての知識に、誤りは無かったからだ。

 ほんの数カ月とは言え、伊達に、この辺りを根城にしていた訳ではないという事か。

 それはそうと、この人の口が悪い事には変わらない。


「いやあ全然分からないなあ。ご教授願います、クラウン教授」

「………………前から思ってたが、オレの事舐めてんだろ」

「いえいえ、まさかそんな」


 ただ、礼を失した人間には、それに相応しい態度があると思っただけだ。

 口にはしなかったが、そんな僕の思考を彼は読み取っていたのか。

 

「どうだか」


 そう言って、鼻白んだ。

 



 ※※※

 

 

 

 食いかけのメシを取られた肉食獣と同じだと、クラウンは吐き捨てた。


「あいつらは獲物を取られると、地の果てまで追って来る。そのしつこさ足るや……便器にこびり付いて、三日三晩経ったぐらいのクソにも匹敵する。それを解き放っちまったんだお前。馬鹿だお前」


 今日だけで、何度言われたか分からない二文字に、僕は眉を顰めながら「馬鹿だなんだと、しつこいですよ」とささやかな抵抗をしてみた。

 しかし、クラウンはそんな僕の訴えを聞いちゃあいないのか、涼しい顔で。


「それはそうと、あの子。意外と正義感溢れてんのな」

「……アレは正義感がどうのこうのというよりも、イカれてるんですよ。後先考えていないというか」


 自分で言っておきながら、仮にも師匠の台詞とは思えないな、と──僕は自嘲した。

 次いで閉眼。その瞼の裏側には、いつぞやの盗賊連中と戦闘した記憶がありありと映っていた。

 

 尽きぬ悪意と欲望の集合体。

 力を持った人間が結集し、暴虐の限りを尽くさんとこちらに牙を剥く狂気──常人であれば、それに相対した時、何を思うだろうか。

 大多数の反応は想像できる。

 恐れて逃げるか、危険を承知で迎撃するか。その程度だ。

 しかし──。


「ザルバとの交戦時、彼女は真っ先に突っ込んでいきました。実に、意欲的だったそうですよ。あんな『魔術師もどき』でも舐めてかかれば、僕でさえ危険なのに。

 それに加えて、あの不死能力。

 正直言ってね。次に同様の事態が起きた時、僕はもう止められないと思うんですよ」

「……ホントぉおお?」

「僕は魔術師じゃあなく、ただの一般人ですので。戦闘になったら、殴る蹴るしかできません」

「一般人……ねえ?」

「……あの。さっきから、どうしてそんなに訝し気な目を向けてくるんですか。そんなに可笑しい事を言ってますかね、僕は」

「………………………………ま、良いけど」


 了解を取っているとは思えない様な太い溜息を吐き、クラウンは頭を掻いた。

 頭皮が心配になるほど、ガリガリと強く搔きむしりながら、彼はやはり不承不承といった具合に言った。

 

「まあ、良いや。本人がそーゆーなら、そうなんだろう。……えっと、どこまで話したっけ」


 クラウンは首を傾げ、うんうんと唸った後、「ああ、そうだ。あの子がイカれてるって話」と、指をパチンと鳴らして言った。


 我ながら、実に身も蓋もない表現をしたものだ。

 彼女本人には絶対に聞かれない様に、後でクラウンには口止めをしなくちゃあいけないな。

 ……それはそうと、話の続きをしなければ。


「えっと、気付いたんですよ。彼女は物語でいうところのトリックスターである事を。彼女がトラブルを引き寄せ、其れを肥大化させる性質を持つ以上、「トラブルを発生させない努力」ではなく、「起きてしまったトラブルを最小に留める努力」をすべきだとね。

 だから、僕は──」

「あの子を弟子にしたってのか? 弟子にすれば近くで守れる──否、監視できるから、と。……お前、最低だな」


 僕の話を勝手に遮った挙句、勝手に推し量ってきたクラウンだったが──どうやら本当に、彼の勘は良いらしい。

 正直なところ、的を射ていたからだ。

 

「何とでも言えば良い。僕には僕のやり方があるんですよ」

「……そうだな。オレが口を出す様な話じゃあなかったか。その点に関してだけは、悪かった、な」


 これっぽちも謝意を感じられない謝罪を示すと、彼は話題を変える様に、その指を振った。

 体外に流れ落ちた血液よろしく、冷え固まっていた目を柔和に変貌させ、彼は僕の肩を組んできた。


「それはそうと、だ。もっと大事な事を聞かなきゃあいけなかったんだ。なあ、リドリーよ。我が友よ」

「何ですか、急に。気持ち悪いんですけど」


 ずずいと顔を寄せてくるクラウンを押し退ける様にして、僕は抗議した。

 しかし引き剝がそうにも中々外れない上に、クラウンはニヤニヤと下卑た笑みを浮かべている。鼻孔は大きく膨らみ、生温かい鼻息が髪にかかってくる。

 

 不意に、ゴーリ村で腰を据えて彼と対話した時を思い出した。

 遠目に見ると、そこまで年齢差を感じない若々しい容姿なのだが、彼の実年齢はそうではないのだ。

 こういったダル絡みをされていると、その都度痛感する──彼がおっさんと呼ばれる歳である事を。


 クラウンは少年の様に光り輝く眼差しをこちらに向け、ノリノリで言った。


「──ティールちゃんの裸は見れたか? どうだった?」

「……下世話ですねえ、っと!」「いたぁ!?」

「ホントにねえ」


 手袋を着用した手刀をクラウンの頭頂部に叩き込むと、緩んだ隙を突き、僕は彼から距離を取った。

 クラウンは「いてぇ、いてぇ」と言いながら、しばらくその手で頭を押さえていたが、やがてその動きを静止させた。

 何か大事な見落としに気付いた、とでも言わんばかりに、纏う雰囲気を一新させていた。


「よぉ、ちょっと待てや」

 

 次いで緩慢に顔を上げると、滑らかに周囲を見渡し、ある一点で視線を固定した。

 さながら──脈絡もなしに虚空を見つめる猫のように。

 

 視線の先を、僕も追った。

 その時、クラウンの表情が凍り付いた理由が、僕にも分かった。


「…………君、誰?」


 現在、この場には可笑しい点が、一つあった。

 先刻、僕達の会話に相槌を打っていた──僕は聞き逃していたらしいが──或る人物の存在。

 

 僕はその人物を、少なからず知っていた。

 これから向かう『村』に住んでいるであろう人物な訳だが──僕が彼を認知していたのは、それが理由ではない。

 というか、厳密には今が初対面だ。

 けれど、僕は一方的に知っていた。

 あくまでも──ほんの数分前の記憶が誤りでなければ、だが。


「初めまして! チーベットと言います。よろしく!!」

「……ティールさん、まだ戻って来てないんですけど。君は、どうやって『石化から』復活したんです?」


 つい数分前まで、石像として草むらに転がしていたはずの少年が、其処には立っていた。

 間髪入れず、僕は構えた。

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