第35話 そういう一面 前編
「ちょ、ちょっと! 無言で服を着せないで、子供じゃあないんだよ私は!! ひとりで着れるんだからぁああ!!」
「………………」
ぎゃあぎゃあと喚くティールに髪を引っ張られ、抵抗されながらも、僕は何のリアクションも取らなかった。
それどころではなかった。
予想だにしていなかったアクシデントによって、先刻は取り乱してしまったが、現状を声に出してみると、頭はほんの爪先程でも平静になる事ができていた。
そして、冴えた頭で見たからこそ、気付けた──僕が狼狽して良い理由など、何ひとつ無かったのだと。
周囲を見渡す。
眼前、水場には黒外套一枚のティールと石像が在るが、違う。今、見るべきは其処じゃあない。
視野を広げ、元凶を探し出す。水場を囲む木々の間から、此方を見ている姿は、無かった。
再び、石像の元へと視線を落とす。
石像は、およそ10歳前後と思わしき短髪の少年の形をしていた。額には、包帯と思しき布切れが巻かれている。
実物をこの目で見るのは初めてだが、どうやら石化というものは、身に着けている服にも適用されるらしい。原理は分からないが、布切れが身体と一体化している様に、同時に固まっていた。
石像の纏う服装は、この辺りでよくみられる普段着の類で、僕達の様な旅支度ではなかった。
何処から見ても、普通の少年だ。
僅かに覗ける石像の横顔からは、これといった表情の変化は見られなかった。安らかな寝顔でも、恐怖に引き攣った種のものでもなかった。
言うなれば、寝起きにコップ一杯の水でも飲む様な、無表情。
これから自分の身体が石になるにしては、些か能天気ともとれる、そういった類のものであった。
正直なところ、僕は一秒でも早くこの場を去るべきだと思っていたが、それを見てしまったから、落ち着いた。
落ち着けてしまったのだ。
僕は深く息を吐いた後、再びティールの顔を見ると、訊ねた。
「ティールさん。時間が無いので、1つだけ教えて下さい」
「……何だよ」
無理矢理服を着せたせいだろうか。心なしか、彼女の視線が幾ばくか冷たくなったような。
……いや、余計な事を気にしている暇はないか。
先刻よりは落ち着いた、心臓の鼓動を無視しつつ、僕は石像の元へと屈んだ。
次いで、視線を向けずに、僕は彼女自身に選択を委ねる事にした。
「どうしたいですか?」
何を?とは、聞くまでも無かった。
無駄口を叩いている暇が本当に無かったというのもあるが。
彼女の性格も踏まえれば、敢えて訊ねる必要もないだろう、という話である。
そして、やはり、次に発せられたその答えは、一字一句として予想を上回らなかった。
「どうしたいかと聞かれれば、この少年を助けたい。方法は?」
「……………………」
「いや、ないはずがないな。違うかい?」
ティールの口ぶりは、僕ならば、その石像を救う手段を知っているに違いないと、疑っていなかった。
……いや、現に知ってはいるのだが。それを教えた事はなかったはずだ。
信用されているのか、単純に無茶を吹っ掛けてやろうとでも画策しているのか。
僕は溜息でも吐いてみれば良いのだろうかと、口ごもっていると。
「返事は!?」
殺気立った気配が、背後で噴火した。
あなや、ど突かれそうになるも、既のところで背中を守りつつ、僕は大急ぎで懐から護身用の煙玉を取り出した。
次いで間髪入れずに、ふわりと腰を持ち上げた──小脇に一体の石像を抱えながら。
「イエス、マム!」
叫ぶより早く、僕は地面に煙玉を叩きつけていた。
白煙が、噴出する。




