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案内人「白雪姫」  作者: 目くじら
第3章 白雪姫と薄紫の三姉妹
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第31話 聖騎士がやって来る その2

 今にして思えば、数日前の時点で、既に怪しかった。

 それは、盗賊の身柄引き渡しにわざわざ聖騎士が出張ってくると通達が届いた時だった。


 ザルバがいくら凶悪な魔術師だと言え、奴はそれなりの深手を負っていた上に、こんな辺境で僕なんぞに倒される程度の実力しか持ちえないのだ。

 使い道によっては戦争の道具にもなる程の「通常の魔術師」を相手取るなら兎も角、ザルバの様な「半端者」にかまけていられる様なメンツではないはずだ。

 聖騎士は時間も人員も、足りないぐらいだろうに。


 過剰戦力ではないか。

 それに伴い、幾つかの疑問が脳裏を過ぎった。


 聖騎士を何人も動かせば、そのしわ寄せは何処かに行くはずだ。少なからず首都の守りなんかが崩れれば、大問題に発展するのではないだろうか?

 それを踏まえて、投入される人数とは? 装備の質は?

 そもそもこの速達便に添付された情報の真偽は?

 彼らの到着は、早すぎやしないだろうか、と。


 万が一にも、彼らの目的がティールやゴーリ村の住民に向く様であれば──否、そんなはずはない。

 ……僕の早とちりだ。


 


 しかし、一度過ぎった思考がすぐに消える事など、そうは無い。

 となるとこれらの疑問を解決する方法は、何かないのか。

 

 先刻の通り、僕が気にしすぎているだけなのかもしれない。心配性なだけやもしれない。

 けれど、一度動き出した思考の波を止める術を、僕は持ち合わせなかった。


 故に、僕は念には念を入れて、一時的に身を潜める事にしたのだった。

 ティールを連れ、遠目に聖騎士を眺めるだけに徹しようと。

 



 ※※※




 ゴーリ村に聖騎士が足を踏み入れてから、早30分。

 彼らの歩幅は常に変わらぬペースだった。特段急いでいる訳でもなかったが、その歩調には無駄な点など1つも無かった。


 精密機械の様に疲れ一つ感じさせない無機質な歩みは、それはもう静かなものだった。

 足音が無いどころか、兜や鎧、腰に下げた剣に至るまで、微かに擦れる音さえ聞き取れない程だったのだから。

 

 そして、彼らの行進が長けていたのは隠密性だけでなく、速さにもあった。

 彼らの目的地は村の人間ですら、歩きで1時間以上は掛かる程には離れていた。しかし、彼らはそんな距離を、たかだか四半刻で辿り着いたのである。

 ……気合が入っていて、大変よろしい。


 それはさておき、彼ら聖騎士が向かう先には、僕にとって見覚えのある光景が広がっていた。

 見覚えはある。とは言え、それ即ち好ましい場所だった訳ではなく──むしろ、訪れる度に溜息が漏れる様な、そんな印象を抱いてほしい。


 その建物に通い出したのは、ほんの数週間前から。

 建物自体は以前よりあったのだが、誰も使わずにいたので、長い間埃を被っていたのである。

 それを最近になって僕が掃除し、再び使い始めたのだ。

 ある人物らの拘束場として。

 

 ……まあ、何と言うか。

 ここまで記せば、態々文章に残す意味など欠片も残っていないとは思うが──その建物とは、ここ数日、僕が通い詰めていた仮設住居――盗賊連中の収監施設に他ならなかった。


 当時、有り物で造られたその仮設住居は、至る所から隙間風の吹き抜けるボロ小屋であった。

 しかしそんな中途半端な造りにしては、その小屋は中々の広さを有していた。


 なにせ、活力旺盛の暴徒が5、6ダースは余裕で詰め込まれていたのだから。


 

 

「何だコラ手前ェら! ここが何処だと思ってんだァア!?」

「おうおうおうおう、おいおいおいおい! 良い身なりの騎士様よォ……手前ら何処の誰だか知らねえが、『あの人』の許可も無しに、何をズカズカと入り込んでんだゴラァ!!」


 件の仮設住宅、聖騎士サマを相手取っても、恫喝する様に顔面を突き付ける奴等は一人や二人だけではなく。

 ザルバに付き従っていた頃より一層血走った様な目で、聖騎士に唾を吐く者も居た程だ。


「そ、そうだ……ここの床を踏みてぇなら、その小汚い甲冑を三日三晩洗浄して、全身の垢という垢を刮ぎ落としても足りないぐらいなんだよ!! こ、この──金属臭!! お前らなんか、『あの人』がその気になれば一瞬だからな!!」

「『あの人』ってのが誰を指すのか、お前らには分かるまい? 良いか、耳穴かっぽじってちゃーんと聞くんだぞ!!」


 十や二十では利かない数の小悪党。

 示し合わせ、彼らは恥ずかしげもなく吠えた。


「「「我らがリドリー様よ!!」」」

「……………………」


 小悪党の一致団結した決め台詞を、聖騎士は黙って聞いていた。

 特段何かを言い返すわけでもなく、ただその場に立っているだけで、彼らの声が聞こえているのかも怪しい程に、無言のままに。

 如何なる感情でそうしているのか、彼らは無数の子悪党を見下ろしていた。


「………………マジで止めてくれよ」

 

 傍目に眺めるだけでも気が狂いそうな中、僕は何とかその一言だけを振り絞った。

 わなわなと震える手で額を覆う僕をまるで哀れむ様に、その声は聞こえた。


「いや、リドリー君一体何したのさ。ありゃ狂信者だよ」

 

 首を曲げ、隣の茂みに視線を送ると、其処に潜んでいたティールはやはり予想通りというか。

 ぬるま湯同然に生暖かい目をしていた。

 

 居たたまれない空気を醸し出す少女から、僕はさり気なく視線を外しつつ、言う。


「僕は特に何も──強いて言うなら、ずっと彼らの面倒見てたくらいですよ。あーでも、一回だけ、鹿鍋食べさせてあげた事はありましたね。不思議なことに、それからは手の平返した様に従順になった様な──」

「いや、どう考えてもそれじゃん」

「……………………」


 直後、「野良犬が餌付けされてら」と鼻で嗤うティールを見て、僕は嘆息する。

 笑いごとではないんですよ、と愚痴りたくなる内心を必死で押さえ付けていると、突如として割って入る声が聞こえた。

 

「退け、ゴミ共が」


 それは先般まで静寂を保っていた聖騎士で、その1人が一歩踏み出したのだった。兜のせいで年齢は不明だが、声質から壮年の男性らしかった。

 ミコシを担いでいた聖騎士ではなく、その背後から現れた別の聖騎士。そいつは群がる輩を押しのけ、緩慢に歩を進める。

 表情こそ見えないが、さながら聖騎士代表といった御尊顔をしているのだろうと思う。

 

 ガシャガシャと金物を擦らせながら歩く聖騎士は、やがてある男の前で静止すると、言った。


「──そこのお前……ザルバ・ド・ティーチで間違いないな?」

「何だ、お前ら。随分とむさ苦しいもんだな、オイ」


 その男とは、今回の一件での最重要人物にして、魔術師のザルバだった。

 全身に拘束衣を纏い、四肢の動きを封じられた男。

 

 黒い目隠しを着けられているせいで顔の半分は隠されていたが、目隠し越しにもその視線は聖騎士の方を向いていた。

 苦笑しながら、ザルバは唯一自由な口を滑らかに動かした。

 

「…………オレが言えた話じゃあないが、こんな田舎にわざわざ何の用だよ? 観光名所なんて、ここには一つもねーんだぞ」

「一緒に来てもらおうか、ザルバ・ド・ティーチ。これから貴様の身柄は、私達の預かりになる」

「って無視かい。つれねーな」


 呆れた様なザルバの物言いに気を害した訳でもなく、さながら台本でも読み上げるが如く、聖騎士は淡々と言葉を並べる。

 

「二度は言わぬ。さっさと付いてこい。さもなくば──」

「さもなくば、お前らの持って来た『悪趣味な入れモン』に、オレをぶち込んでみるってか?」

「いいや。どの道、貴様の身柄は拘束させてもらう」

「そーかい」


 やはり、目隠しを付けていたにも関わらず、ザルバは如何なる事か、周囲の状況を把握している様だった。

 身体の自由を奪い、携帯していた武器や魔術の使用ができない様にと、一応は細工したのだが……まだ奥の手を隠していたのだろうか。僕にすら、その仔細はからっきしだが。

 ティールにとってもその疑問は等しくのしかかっていた様で、明後日の方角を向きながら首を捻っていた。


「…………行くぞ」

「へいへい」


 言うや否や聖騎士は、背を掻くゆとりなく、頑健に拘束されたザルバを見下していた。

 拘束具はザルバの四肢を包み込むタイプの、この国では最も一般的な拘束具だった。魔術を乱す効果もあり、術の発動を妨害する安心設計。

 魔術師曰く、拘束具を付けたまま術を発動しようとすると猛烈な吐き気に襲われるらしく、魔力を練り上げる事すら困難になるらしい。……悔しい事に、術師ではない僕にはこれっぽっちもピンとは来ないのだが。


 そして当然ながら、ザルバは拘束具のせいで1人で起き上がる事すらままならない。

 故に聖騎士は彼の胸倉を掴むと、片手で容易く持ち上げ引きずった。


「──ぎゅわああっぁああおおああ!?」


 文字通り、格好の付かない悲鳴を上げるザルバは、床上で全身を擦り続けた。

 土や埃で毛髪をぐちゃぐちゃに乱し、皮フには次から次へと裂傷が刻まれていく。拘束具が壊れないかどうか、それだけが気がかりである。

 顔面にも何度か打ち付けていた様で、鼻血を勢いよく流していたのだから。


「「「………………」」」


 連行されてゆくザルバに対して彼の部下は、何も言わなかった。反応がないどころか、ひどく冷めた目でその一部始終を見届けていた。

 先刻まで、狂信的に僕の名を呼びながら忠犬さながらに吠えまくっていた集団と、本当に同一の存在なのか?

 そんな些細な事すら気になってしまう程には、別人が集会している様にもみえた。


 一体これまで、彼らは如何にして関係を構築していたのか。

 面倒を見ていた間、直接訊ねた事は一度も無かったが、ある程度の察しは付いた様に思う。




 


 ……終わりゆくザルバの姿は、何というか哀れなものだった。

 一盗賊団のリーダー。数十人規模の部下を従える指名手配犯にして、植物の葉を操る魔術師。

 肩書だけみれば大物なのに、今やかの男はあれだけ多く持っていた部下とその信頼を失い、頼みの綱の魔術をも封じられている。

 トドメに、ボロ雑巾よろしく引き摺られている現状ときた。

 

 ──だからなのか。

 彼にもう喋る余力は無いだろうと、愚かしくも僕は決めつけてしまっていた。

 その声は、まだ微かに力を残していたのに。


「聞いてるか、リドリー先生よお!? どうせ近くで見てやがるんだろう!! そーゆー性格だ、お前は!!!」


 聖騎士に引き摺られ、刻一刻とミコシに迫っている中でも、彼は笑っていた。

 嘲る様でもあり、何も感じていない様でもあった。


「スズカケによろしく言っといてくれよ。俺が絶対に殺すからってなぁ!! それまで頼んでやるよ、リド──」


 ミコシ内部にぶち込まれるまで、ザルバの笑い声は一帯に響き渡っていた。

 けれども、彼がミコシに押し込まれてからというものの、その声は二度と聞こえなくなった。

 スイッチでも切り替わった様に、悲鳴がピタリと止んだからだ。


 ザルバが吸い込まれるまで、誰も口を開かなかった。

 周囲がようやく静寂を取り戻した事で、聖騎士は一度だけ深く首肯すると、ミコシを軽く叩き、言った。


「皆の者、安心してほしい。現在進行形でザルバ・ド・ティーチが纏っていた拘束具と同様に、この篭に入れられた者は魔術を封じられる。今の彼奴はもう、魔術師としてカウントしなくても良くなったのだ。最大の脅威は無力化されたと言えよう」

「……………………は?」

 

 ──瞬間、僕らはミコシの正体を理解した。

 あのミコシは魔道具だったのだ。ザルバの声が途絶えたのはそのせいだった、と。

 

 聖騎士は詳細説明までは省いたが、あのミコシは魔術を封じただけでなく、空間や時間の流れまで遮断していたのだ。

 無論、この時の僕らに其処まで断定できるはずもない。

 裏を取れたのはずっと後の話である。


 けれど、ミコシの中に吸い込まれる様に消えたザルバが、これを最後に消息を絶ったのだけは確かだ。

 少なくともこの日を最後に、記録上、彼が表舞台に立つ事は二度と無くなったのだから。




 ※※※




 ザルバがミコシに投獄されてからほんの数分後、彼の部下も殆どがミコシ内部に幽閉された。

 それだって、あっという間の出来事だった。


 ちなみに、ミコシに投げ込まれた人数は、明らかに物理法則を無視していた。

 多く見積もっても2、3人しか入れないであろう外観からは、とてもあり得ない大人数──数十人単位で、人間を収納していたのである。


『首りょ──ザルバをどうするつもりだ』

 

 ミコシに連れ込まれなかった内の1人が聖騎士に訊ねたが、その答えは終ぞ帰ってくる事は無く。

 

 また、幽閉を逃れたのは、未だ怪我が完治していない数人だけだった。

 逆に言えば、健康的な人間は大概ブチ込まれた訳だから、何か理由があるのだろう。その他に受け入れられない条件とはどんな事象なのか、直接聞きに行く機会は無かったが。

 

 魔道具にしても異質な能力。

 能力が不気味なのもあるが、何より情報が少なすぎた。

 ミコシ型の魔道具など、僕だけではなく、情報に聡いダイデムでさえ聞いた事が無いという。

 

 とどのつまり、ミコシは最新性の魔道具であり、その存在は世間には公表されていない。


 原則として、新たに魔道具を作成した場合、それを試験的に運用するだけでも、まずは国に認可を取らねばならないはずだが、例のミコシはそれをパスしているのだ。

 個人が軍隊を持てば、国は機能しなくなる。

 それだけの単純な理由だが、故にただの一度も例外はなく、魔道具の力は厳しく管理されていた──はずなのに。


 世間的な、魔道具の認知。


 ある意味では、可能性を摘み取るルールだったが、権力者からしてみれば、個人の感情までを便宜してやる余裕などないのだろう。

 ……正直面白くない点もあるが、仕方のない事だと割り切れる。

 政治なんて、僕にはさっぱりだが、お役人なりの苦労があるのだろう。

 

 ──なんて、他人事の様に構えていた頃が、僕にもあった。


 力を求める者。

 目の前に可能性が転がっていれば、それが如何なるモノであろうと、拾いに行こうとする人間の存在を。

 その危うさを、僕は身をもって体験するハメになる。

 


 

「あの魔道具、欲しいなァ……」


 自称ヴァンディット家のご令嬢、ティールのせいで。

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