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案内人「白雪姫」  作者: 目くじら
第3章 白雪姫と薄紫の三姉妹
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第28話 2人だけの宴会 前編

 ザルバの一件が終わってからというものの、僕はコールタール先生の指示で、連日の様に村中を駆けずり回っていた。

 

 半壊した住居を修復する為、盗賊連中が盗み隠していた木工具の位置を「穏便に」吐かせたり。

 盗まれた食料を盗賊連中から奪い返す為、彼らが自分から喋りたくなるように「お話し」させて頂いてみたり。

 ザルバは保険としてこの村にまだ見ぬ魔術を仕込んではいないか、要は奥の手を隠してはいないかを、文字通り村全域を這い回って調べたりもした。


 そんな事を続けていたある日、普段通りに、コールタール先生の指示を熟した夕刻の事だった。

 夕日に焼かれながら帰路を辿る中、僕は誰かにその背を叩かれた。


「もう、仕事は終わりか? 終わりだよな?」


 振り返った先にいた顔を、僕は久方ぶりに目撃した様な気がした。

 もちろん、それは僕の気のせいでしかなかった訳だが、その顔は数日前と比べても、随分と痩せこけて見えたからだ。

 けれどそれも仕方のない事なのだろう。

 聞いた話では、ザルバに捕まった後の彼は、それはもう酷い目に遭っていた様だから。

 

 けれど、彼がよく浮かべる不敵な笑みだけは以前と変わらぬままに。


 肩口にそんな彼の姿を捉えつつ、僕は言った。

 

「こんばんは、ダイデムさん」

「おう、飲みに行こうな」


 ……この人、まだ耳が遠くなる様な歳じゃあないはずだけど。




 ※※※



 

 ザルバやその他盗賊から暴行された事によって、ダイデムは全治1カ月程度の怪我を負った。

 色黒筋肉ダルマのダイデムでも、一晩中嬲られれば骨折の十数本は負うらしい。

 ……いや、ひょっとすると、その程度の被害で済んでいる事は異常事態なのかもしれないが。

 ティール程ではないが、僕の身体はそこそこ丈夫──らしいので、そこら辺についてはよく分からない。


 それはさておき、現在の僕はダイデムに連れられて、彼の保有している幌馬車の前まで来ていた。

 一度は完膚なきまでに破壊されたものの、多少は修理する事が出来た。そのおかげで、走らせる事は出来ないまでも、雨風凌いで車中泊する程度なら問題は無くなった。

 幌の中は広く、詰めれば大人が十数人は入れる造りになっている。


 尤も、今回はその馬車に、直接的な用事があった訳ではない。

 大事なのは、積んである中身の方だった。


 ザルバ達に襲撃された事で損壊した馬車は、当然その荷台の中身も被害を受けた。

 盗まれたり踏み荒らされた事で、大半の商品が売り物にならなくなったらしい。いや、売り物どころか、誰がどう見ても「ゴミ」以外の何物でもなくなっていた。

 

 しかし、それらが全て「ゴミ」になった訳ではない。


 

 

 僕とダイデムは、さながらピクニックに来ましたという風体で地面に布を敷くと、その上に向かい合って座った。

 2人の周囲には、足の踏み場も無い程の食料が鎮座していた。

 住居まで運ぶのは面倒だからと、馬車から下ろしただけである。

 

 ただし、周囲に散乱していた食べ物に、子供が遠足で食べる様な、柔らかい印象を与える物はなかった。

 酒から始まり、干し肉やチーズ、チキン、ナッツ等々……。

 言うまでもなく、遠足の休憩時間中に口に入れる様な代物ではない。

 そして、これでは遠足ではなく、まるで宴会も同然だった。


 これらは元々、ダイデムが売り物として所有していたものなのだが──感謝の意を示す為だろうか。

 それとも打算からか。

 あるいは、何も考えずにパーッと飲みたくなっただけなのだろうか。


 気前よく、ダイデムはそれらを広げていた。

 豪快な見た目の割に守銭奴な彼には珍しい、大盤振る舞いだった。


 

 

 

 加えて、僕はらしくない事に、注がれた杯を返す様な真似もせず、その場に座していた。

 瓶を逆さに持ち、その中身を身体に流し込み──


「それでですね、あの人何て言ったと思います!? 『色々あってね。死にたくなったんだ』ですって!! ふざけんなって話ですよ!!」

「お、おう……」


 この場に普段の僕を知っている者が居たのなら、そいつは呆気に取られた事だろう。

 勢いよく酒を飲み干すなり、上気した様子の僕に、ダイデムすら気圧されていたのだから。




 ※※※




 僕は酔っ払っていた。

 酔っ払っていたので、仕方のない事だが。


 僕は叫び、平穏な日常に立ちはだかる、些細な不満を吐き出していた。

 

「死にたくなったって何だよ、そう簡単に死ぬんじゃねーよ! つーかよぉ、死ねないからって死ぬんじゃあねーよ!!」

「お、おい。今日はもうこの辺にしといた方が良いって……」

「ハッ!」


 ダイデムが引き気味に宥めてくるものを、僕は鼻で笑い、杯の中身を彼に見せつける。


「この辺も何もねえ、僕ぁまだ3杯目ですよ! 知ってるでしょーよー!!」

「あぁ、そうだったなあ。そうなんだよなあ……何で飲ませちまったのかね、俺は」

「ダーイデムさん、何しょんぼりしてんすか。アンタこそちびっとも飲んでないじゃあないすか。何すか、僕の注いだ酒が飲めねーんすか」

「……いや、まあ。これでも一応病み上がりだからな。一滴でも飲んだらコールタール先生にシバかれちまうもので」

「へーー」


 僕は相槌を打ちながら、冷水を口に含んだ。

 飲み込み、食道を流れ落ちる冷めた感触を味わうと、鼻からゆっくりと空気を出す。

 一呼吸を意識して、神経を研ぎ澄ます様な感覚だ。



 

 すっかり日が落ち、ランタンの灯りが際立つ中、僕は訊ねた。


「……それで? そろそろ僕を誘った理由を聞いても良いですか? もう暗くなってきたのでね」

「理由も何も、何となくだよ。……強いて言えば、ザルバを倒してくれた礼とか? お前がいなかったら、俺は死んでたかもしれんからな。だから奢るって言ってんだろ」


 先程までと寸分変わらぬ様子──それをダイデムが装うとしている事は、もう分かり切っていた。

 普段通りに飄々とした態度を取っているつもりだろうが、彼は額に脂汗をかいていた。


 大きく息を吐いて、僕は頷く。

 

「そうですか……なるほどね」

「何だ今の溜息は? おまけに胡散臭いものを見る様な目を向けやがって……」

「そりゃあ、向けるでしょう。腹に一物抱えた人間と喋るのは、疲れますからね」

「……どういう意味だ」


 何となく、だとか。

 助けてくれた礼だとか。


「何かしっくりこないんですよね。ダイデムさんがそういうのを理由に、僕を飲みに誘う事が」

「……………………そうか?」

「アンタ、誰とでも飲もうとするけど、飲めない人には滅多に声を掛けないじゃあないですか。まして、本当に僕へ礼をするのが目的だったら──その積み荷の山から、1、2冊、本を売ろうとしていたはずです。……普段なら、そうだったじゃあないですか。それだけで、充分だったはずでしょう」


 先刻、ダイデムを手伝って馬車から食料品を運ぶ時、其処には数冊の本もある事に、僕は気付いていた。

 4、5冊の古めかしい小冊子が、積み荷の下からはみ出ていたからだ。

 そして、僕の「おもり」なら、それで十分のはずだった。

 

 しかし、彼がそれらを売りつけようとする素振りは、全く無かった。

 此方がさり気なく訊ねようとしても、そうなる前に、彼は意図的に話題を変えている様に見えた。

 

「……何だ、気付いてたのか」


 案の定、ダイデムは一瞬目を丸くすると、若干俯き、影を落とした様な表情を浮かべた。

 次いで、観念したと言わんばかりに白旗を上げた。

 

「──最後だと思ったんだよ。こんな事やれるのも」

「……最後?」


 ダイデムが言わんとしている事は、よく分からなかった。

 けれど、分からないなりに、何となくの直感はあった。

 人に剣を突き立てれば皮膚が裂け、場合によっては命を散らす──それぐらい当たり前の事を、これから先、彼は述べるのだという予感が。

 

 質問とも形容できない、僕の口から擦れ、漏れ出ただけの戯言を、彼は拾って答えた。

 

「リドリー、お前と酒を酌み交わす機会は多分もう二度と来ないんだろうな、って思うんだよ」


 そう吐露する彼の酒杯の中身は、宴会が始まった時からずっと変わらぬまま。

 一滴も、減っちゃあいなかった。


「お前はティールちゃんに付いていくからな」

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