第28話 2人だけの宴会 前編
ザルバの一件が終わってからというものの、僕はコールタール先生の指示で、連日の様に村中を駆けずり回っていた。
半壊した住居を修復する為、盗賊連中が盗み隠していた木工具の位置を「穏便に」吐かせたり。
盗まれた食料を盗賊連中から奪い返す為、彼らが自分から喋りたくなるように「お話し」させて頂いてみたり。
ザルバは保険としてこの村にまだ見ぬ魔術を仕込んではいないか、要は奥の手を隠してはいないかを、文字通り村全域を這い回って調べたりもした。
そんな事を続けていたある日、普段通りに、コールタール先生の指示を熟した夕刻の事だった。
夕日に焼かれながら帰路を辿る中、僕は誰かにその背を叩かれた。
「もう、仕事は終わりか? 終わりだよな?」
振り返った先にいた顔を、僕は久方ぶりに目撃した様な気がした。
もちろん、それは僕の気のせいでしかなかった訳だが、その顔は数日前と比べても、随分と痩せこけて見えたからだ。
けれどそれも仕方のない事なのだろう。
聞いた話では、ザルバに捕まった後の彼は、それはもう酷い目に遭っていた様だから。
けれど、彼がよく浮かべる不敵な笑みだけは以前と変わらぬままに。
肩口にそんな彼の姿を捉えつつ、僕は言った。
「こんばんは、ダイデムさん」
「おう、飲みに行こうな」
……この人、まだ耳が遠くなる様な歳じゃあないはずだけど。
※※※
ザルバやその他盗賊から暴行された事によって、ダイデムは全治1カ月程度の怪我を負った。
色黒筋肉ダルマのダイデムでも、一晩中嬲られれば骨折の十数本は負うらしい。
……いや、ひょっとすると、その程度の被害で済んでいる事は異常事態なのかもしれないが。
ティール程ではないが、僕の身体はそこそこ丈夫──らしいので、そこら辺についてはよく分からない。
それはさておき、現在の僕はダイデムに連れられて、彼の保有している幌馬車の前まで来ていた。
一度は完膚なきまでに破壊されたものの、多少は修理する事が出来た。そのおかげで、走らせる事は出来ないまでも、雨風凌いで車中泊する程度なら問題は無くなった。
幌の中は広く、詰めれば大人が十数人は入れる造りになっている。
尤も、今回はその馬車に、直接的な用事があった訳ではない。
大事なのは、積んである中身の方だった。
ザルバ達に襲撃された事で損壊した馬車は、当然その荷台の中身も被害を受けた。
盗まれたり踏み荒らされた事で、大半の商品が売り物にならなくなったらしい。いや、売り物どころか、誰がどう見ても「ゴミ」以外の何物でもなくなっていた。
しかし、それらが全て「ゴミ」になった訳ではない。
僕とダイデムは、さながらピクニックに来ましたという風体で地面に布を敷くと、その上に向かい合って座った。
2人の周囲には、足の踏み場も無い程の食料が鎮座していた。
住居まで運ぶのは面倒だからと、馬車から下ろしただけである。
ただし、周囲に散乱していた食べ物に、子供が遠足で食べる様な、柔らかい印象を与える物はなかった。
酒から始まり、干し肉やチーズ、チキン、ナッツ等々……。
言うまでもなく、遠足の休憩時間中に口に入れる様な代物ではない。
そして、これでは遠足ではなく、まるで宴会も同然だった。
これらは元々、ダイデムが売り物として所有していたものなのだが──感謝の意を示す為だろうか。
それとも打算からか。
あるいは、何も考えずにパーッと飲みたくなっただけなのだろうか。
気前よく、ダイデムはそれらを広げていた。
豪快な見た目の割に守銭奴な彼には珍しい、大盤振る舞いだった。
加えて、僕はらしくない事に、注がれた杯を返す様な真似もせず、その場に座していた。
瓶を逆さに持ち、その中身を身体に流し込み──
「それでですね、あの人何て言ったと思います!? 『色々あってね。死にたくなったんだ』ですって!! ふざけんなって話ですよ!!」
「お、おう……」
この場に普段の僕を知っている者が居たのなら、そいつは呆気に取られた事だろう。
勢いよく酒を飲み干すなり、上気した様子の僕に、ダイデムすら気圧されていたのだから。
※※※
僕は酔っ払っていた。
酔っ払っていたので、仕方のない事だが。
僕は叫び、平穏な日常に立ちはだかる、些細な不満を吐き出していた。
「死にたくなったって何だよ、そう簡単に死ぬんじゃねーよ! つーかよぉ、死ねないからって死ぬんじゃあねーよ!!」
「お、おい。今日はもうこの辺にしといた方が良いって……」
「ハッ!」
ダイデムが引き気味に宥めてくるものを、僕は鼻で笑い、杯の中身を彼に見せつける。
「この辺も何もねえ、僕ぁまだ3杯目ですよ! 知ってるでしょーよー!!」
「あぁ、そうだったなあ。そうなんだよなあ……何で飲ませちまったのかね、俺は」
「ダーイデムさん、何しょんぼりしてんすか。アンタこそちびっとも飲んでないじゃあないすか。何すか、僕の注いだ酒が飲めねーんすか」
「……いや、まあ。これでも一応病み上がりだからな。一滴でも飲んだらコールタール先生にシバかれちまうもので」
「へーー」
僕は相槌を打ちながら、冷水を口に含んだ。
飲み込み、食道を流れ落ちる冷めた感触を味わうと、鼻からゆっくりと空気を出す。
一呼吸を意識して、神経を研ぎ澄ます様な感覚だ。
すっかり日が落ち、ランタンの灯りが際立つ中、僕は訊ねた。
「……それで? そろそろ僕を誘った理由を聞いても良いですか? もう暗くなってきたのでね」
「理由も何も、何となくだよ。……強いて言えば、ザルバを倒してくれた礼とか? お前がいなかったら、俺は死んでたかもしれんからな。だから奢るって言ってんだろ」
先程までと寸分変わらぬ様子──それをダイデムが装うとしている事は、もう分かり切っていた。
普段通りに飄々とした態度を取っているつもりだろうが、彼は額に脂汗をかいていた。
大きく息を吐いて、僕は頷く。
「そうですか……なるほどね」
「何だ今の溜息は? おまけに胡散臭いものを見る様な目を向けやがって……」
「そりゃあ、向けるでしょう。腹に一物抱えた人間と喋るのは、疲れますからね」
「……どういう意味だ」
何となく、だとか。
助けてくれた礼だとか。
「何かしっくりこないんですよね。ダイデムさんがそういうのを理由に、僕を飲みに誘う事が」
「……………………そうか?」
「アンタ、誰とでも飲もうとするけど、飲めない人には滅多に声を掛けないじゃあないですか。まして、本当に僕へ礼をするのが目的だったら──その積み荷の山から、1、2冊、本を売ろうとしていたはずです。……普段なら、そうだったじゃあないですか。それだけで、充分だったはずでしょう」
先刻、ダイデムを手伝って馬車から食料品を運ぶ時、其処には数冊の本もある事に、僕は気付いていた。
4、5冊の古めかしい小冊子が、積み荷の下からはみ出ていたからだ。
そして、僕の「おもり」なら、それで十分のはずだった。
しかし、彼がそれらを売りつけようとする素振りは、全く無かった。
此方がさり気なく訊ねようとしても、そうなる前に、彼は意図的に話題を変えている様に見えた。
「……何だ、気付いてたのか」
案の定、ダイデムは一瞬目を丸くすると、若干俯き、影を落とした様な表情を浮かべた。
次いで、観念したと言わんばかりに白旗を上げた。
「──最後だと思ったんだよ。こんな事やれるのも」
「……最後?」
ダイデムが言わんとしている事は、よく分からなかった。
けれど、分からないなりに、何となくの直感はあった。
人に剣を突き立てれば皮膚が裂け、場合によっては命を散らす──それぐらい当たり前の事を、これから先、彼は述べるのだという予感が。
質問とも形容できない、僕の口から擦れ、漏れ出ただけの戯言を、彼は拾って答えた。
「リドリー、お前と酒を酌み交わす機会は多分もう二度と来ないんだろうな、って思うんだよ」
そう吐露する彼の酒杯の中身は、宴会が始まった時からずっと変わらぬまま。
一滴も、減っちゃあいなかった。
「お前はティールちゃんに付いていくからな」




