第25話 或る盗賊らとの顛末
──昔、面倒を見ていた弟子の一人に聞かれた事がある。
『リドリー先生は、どうしてボクたちに魔術を教えてくれるの?』
当時、僕は村の子供たちに魔術を教えていた。
魔術の才ある者には其れを操る術を教え、そうでない者には、魔術から身を守る術を伝授した。
しかし、僕の扱う知識は、その全てが聞きかじった程度のものだった。安売りされていた古書を読み、独学で得たものばかりだからだ。
数年前、僕は村を襲撃しに来た低級の魔術師を叩きのめしたのだが、その実績が無ければ、寺子屋まがいの運営を任されたりはしなかっただろう。
最初はやんわりと断っていたが、その内彼らの親から頭を下げられ、遂に僕が折れる形となったのだ。
日々平和な田舎に住む人々にとって、例え低級であろうとも魔術師という存在は──良くも悪くも大きく映ったらしい。
子を願う純朴な思いからか、金稼ぎの道具として見ていたのか。
果たしてどちらが真実かなど、僕に区別は付かないが。
故に、彼らから金は受け取らなかったし、気が向いた時という条件付きで、僕は魔術を教えていた。
詰まる所──。
『どうしてって……単なる暇つぶしだよ』
『そんな訳ない!』
自嘲気味に言った僕の言葉を、少年は強く否定した。
彼は、魔術師として優れた才能を持つ子供だった。
一般的な魔術師が習得するのに5年はかかる魔力操作技術を僅か2年で会得し、若くして、攻防に優れた土操作の魔術をモノにしていた。
所謂、天才というヤツである。
敢えて欠点を論ずるなら、衝動的に体が動く点だろうか。
正に、この時の様に。
(君に僕の何が分かると言うんだ。子供特有の万能感から来る発言なのか? ……いや待てよ。僕にもそういう時があった気がするなあ)
しみじみと昔を懐かしむ僕に向かって、少年はずいと顔を寄せて言った。
『先生は、時折卑屈すぎる!!』
『えぇ……』
目を丸くする成人男性と、鼻息荒く説教する男児。
これではどちらが先生なのか分からないなと、何となく思った。
居たたまれない空気を作った少年はいきなり怒ったかと思えば、今度はいきなり微笑した。
『ねえ、先生。ボクら……ううん、少なくともボクにとって、先生は恩人さ。先生に魔術を習ったおかげで、ボクは悪い奴らをやっつける事ができるからね!! だから、もうちょっと堂々としててよ』
『……そ、そう言って貰えると助かる』
僕は彼に礼を言った。
何で先生が頭を下げるのかと、少年は笑った。次いで、そういう所だとダメだしをしてきた。
最近の子供はしっかりしているなと、感心させられたものだ。
数年後、少年は首都で兵士になると言い、村を出る運びとなった。
少年が村を出る前夜、小さな宴会が開かれた。
猪の肉を口に頬張りながら、少年は泣いていた。顔をくしゃくしゃにして、「初任給が入ったら、先生に奢らせて下さい!」と繰り返し繰り返し言っていた。
僕は苦笑して、「期待しないで待っている」とだけ返した。
少年の訃報を聞いたのは、それから3日後の事だった。
格上の魔術師相手に喧嘩を吹っ掛けたらしい。近くの村で、小さな女の子を守る為に身体を張ったのだと、其処の村人が証言をした。
成程。最期まで、正義感の強い少年だった。
その知らせを聞くなり、唐突に寒気がした。
同時に、こうも考えた。
僕が殺した様なものじゃあないのか。
僕が魔術の知識を与えなければ、あの少年が死ぬ事は無かったのではないか。
その晩は、浴びる様に酒を飲んだ。
※※※
目覚めると、其処には見慣れた天井があった。
とは言っても、自宅のものではない。
其れは、とある診療所に備え付けられた仮眠室のものだった。
天井にはめ込まれた木板は、夕焼けのせいで橙色に染まっていた。
「リド君! 起きたの!?」
声のする方向へ顔を向けると、金髪の美少女が視界に飛び込んできた。
瞳に涙を溜めこみ、への字に唇を曲げたティールが、此方に身を乗り出していた。
「あのうティールさん、あの後──」
「どこか痛くない? 平気!?」
「へ? い、一体、何をそんなに取り乱しているんですか……?」
「だってさあ! だってだよ!?」
僕が口を開くなり、ティールもそれに被せる様に喋り出した。軽い興奮状態にあるらしい。
慌てふためくティールを見ていて、分かった事がある。どうやら、僕は患者用の寝台に寝かされている様だった。手すりを掴み、ティールが前のめりに顔を近づけてくる事で、漸く気が付いたのだ。
……僕はそれ程までに重体なのだろうか?
そうこうしているうちに、この診療所の主が部屋を訪れた。
古い建付けのドアを音も立てずに開け、白衣と一体化した様な存在の男──コールタール先生は、ひらひらと手を振りながら言った。
「……ようリドリー、やっと起きたな」
先生の声は、小さく擦れていた。元々低めのしゃがれ声だった事も相まって、若干聞き取りづらい。
そして、違和感が生じていたのは、声だけではなかった。
……心なしか、顔色まで悪い気がする。さあっと血の気が引いた様に真っ青で、一見しただけで分かる程、不健康そのものだった。
僕が例の老夫婦宅を出るまでとは、まるで別人の様だった。
「おはようございます。先生」
「あー、寝たままで良い。というよりも、下手に動くな。死ぬぞ」
「? 死ぬって──」
起き上がろうとする僕を制する様に、先生は手を掲げた。
先生は3本の指を立てながら言った。その表情は、不思議と怒っている風に見えた。
「お前、自分がどれだけ寝てたか知ってるか? 3日だぞ、3日」
「3日!? えっ、じゃあザルバ達は!!」
「落ち着け。順を追って話してやるから」
「いやいやいや。落ち着いていられるかってぇ話ですよ──って」
先生の声を振り切り、立ち上がった僕が数秒後、自分の腹の傷に気付き、その後どの様にもがき苦しんだのか。
あまり、思い出したくはない。
※※※
その後、軽いパニック状態に陥っていたティールに代わって、コールタール先生から大体のあらましは聞けた。
結論から言うと、今回の一件、死者は出なかったらしい。
それも全てティールのおかげだと、先生は言った。
ザルバやその部下達、合わせて数十名を捕らえた後、ただ一人無事だったティールは後始末に奔走したそうな。
彼女は、ザルバを仕留めるなり気絶したどこぞの無能を先生に診せると、他の村人に協力を仰ぎに行った。
その際、ティールに最も振り回された人物こそが、我らがコールタール先生である。
僕が眠っていた3日間、彼は不眠不休で働き詰めだったと言う。
ゲッソリとした表情は、そういう理由なのだそうで。
その後、ティール達は何とかしてダイデムの居場所を聞き出す事に成功した。
……どんな手段を取ったかは知らない方が良いと、2人にははぐらかされてしまったが。
ちなみに、ダイデムは息も絶え絶えといった様子ではあったが、なんとか発見された。
僕程ではないにせよ、それなりに重傷を負っていたようで、先生の処置を受けて尚、今に至るまで昏睡状態にあるらしい。
当然、いまだにダイデムの意識が戻っていない点に関して、僕は先生に訊ねた。そして、それに対する先生からの返答は、それはもう淡白なものだった。
「お前の回復速度が早すぎんだよ。ダイデムが遅い訳じゃあねえ」
「じゃあ何ですか、僕がおかしいって言うんですか?」
「だからそう言ってんだろ……」
先生は額に手をやり、嘆息を漏らした。
やや疲れた表情のまま、今度は僕ではなくティールを見やい、先生は言った。
「ティールちゃん。本当は魔術を他人に使えるんじゃあないのか? 使えるけど、黙ってるだけとか……」
「いや、申し訳ないけど。私の魔術は、自分自身にしか発動しない。永続的に発動するタイプで、私本人にも自由に行使する事はできないんだ」
「ふむ。つまり、リドリーの異常なタフさは自前って事か」
「うん。単純に、馬鹿みたいに固いだけだよ。リド君は魔術師じゃあないんでしょ?」
淡々と自身の魔術についての説明を続けるティールと、それに乗っかる先生。
引き攣った笑みを浮かべつつ、僕は2人に訊ねる。
「人を異常だの馬鹿だのと……一応、病み上がりなんで、もう少し手加減してもらえませんか?」
「断る。それにしても……まさかリド君があそこまで強かったとはねェ。驚いたよ」
「あ、え? そ、それは」
「コールタール先生から聞いたよ? 魔術師の先生やってたんでしょ! 凄いじゃん。何でもっと早く教えてくれなかったのさ!! ハハハハハ!!」
「は、ははは……」
苦笑する僕の肩を、ティールは全力でバシバシと叩く。僕が病人である事も、既に彼女の頭には無いのだろう。
こんな風になるから嫌だったんだよ、とは言えないもので。
「あっ! そう言えばティールさん、記憶が戻ったって──」
下手なりに話題を変えるべく、僕は試みた。
だが、慣れない事はそう都合よくいかないもので。
僕が最後まで言い切るより先に、その言葉に食って掛かる勢いで、彼女は言った。
「昔の話はさ、記憶が全部戻ってからでも良いかな? 本当にさ、もう少しで全部思い出せそうな気がするんだ……頼むよ」
珍しく必死な様子のティールに、僕は何も言えなかった。
ティールが魔術を有する事は、確定したのだ。その一点において、彼女の危険度は数日前までとは比にならない程、跳ね上がっている。
不死身とは言え、僕がその気になれば、力づくで吐かせる事は容易だった。
ただ、どういう訳か、身体が思う様に動かなかったのだ。
傷はある程度塞がっている。
先刻は多少驚いたが、動けないレベルではない。
針で縫っただけなので、無茶をすれば傷口が開く恐れもあるが、年若い少女一人をねじ伏せるだけなら、余裕のはずだった。
けれど、どういう訳だか、僕の手足は全く動かなかった。
何カ月、否、何年何十年掛かろうとも、お前に発言権はないとでも言われている様だった。
ティールは、追い詰められた獣の様な形相をしていた。
ヒトそれぞれが持つ譲れない一線に、僕はこの日、初めて触れた気がした。
「仕方ないか」
結局、僕が折れるだけで良い話なのだ。
彼女の記憶に、僕はノイズでしかないのだから。
僕はこの日、いつ果たされるかもしれない約束を、ティールと契った。
……と、思っていたのだが。
意外なことに、その約束は早々に果たされる事となる。
ザルバを倒してから、早2週間。
ティールを拾ってからだと、そろそろ1ヵ月が経った頃。
とある昼下がりの事だった。
洗っていた皿を手から溢し、パリンと割れる音も耳に入っていない様子で、ティールはゆっくりと口を開いた。
「ティール・フォン・ヴァンディット。私のなまえ……らしいよ?」
次回、第二章終了予定です。
もうしばらくお付き合い下さい。




