表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
案内人「白雪姫」  作者: 目くじら
第2章 白雪姫と或る野盗
30/44

第25話 或る盗賊らとの顛末

 ──昔、面倒を見ていた弟子の一人に聞かれた事がある。


『リドリー先生は、どうしてボクたちに魔術を教えてくれるの?』


 当時、僕は村の子供たちに魔術を教えていた。

 魔術の才ある者には其れを操る術を教え、そうでない者には、魔術から身を守る術を伝授した。

 

 しかし、僕の扱う知識は、その全てが聞きかじった程度のものだった。安売りされていた古書を読み、独学で得たものばかりだからだ。

 数年前、僕は村を襲撃しに来た低級の魔術師を叩きのめしたのだが、その実績が無ければ、寺子屋まがいの運営を任されたりはしなかっただろう。


 最初はやんわりと断っていたが、その内彼らの親から頭を下げられ、遂に僕が折れる形となったのだ。

 日々平和な田舎に住む人々にとって、例え低級であろうとも魔術師という存在は──良くも悪くも大きく映ったらしい。

 

 子を願う純朴な思いからか、金稼ぎの道具として見ていたのか。

 果たしてどちらが真実かなど、僕に区別は付かないが。


 故に、彼らから金は受け取らなかったし、気が向いた時という条件付きで、僕は魔術を教えていた。

 詰まる所──。

 

『どうしてって……単なる暇つぶしだよ』

『そんな訳ない!』


 自嘲気味に言った僕の言葉を、少年は強く否定した。

 

 彼は、魔術師として優れた才能を持つ子供だった。

 一般的な魔術師が習得するのに5年はかかる魔力操作技術を僅か2年で会得し、若くして、攻防に優れた土操作の魔術をモノにしていた。

 所謂、天才というヤツである。

 

 敢えて欠点を論ずるなら、衝動的に体が動く点だろうか。

 正に、この時の様に。

 

(君に僕の何が分かると言うんだ。子供特有の万能感から来る発言なのか? ……いや待てよ。僕にもそういう時があった気がするなあ)

 

 しみじみと昔を懐かしむ僕に向かって、少年はずいと顔を寄せて言った。


『先生は、時折卑屈すぎる!!』

『えぇ……』


 目を丸くする成人男性と、鼻息荒く説教する男児。

 これではどちらが先生なのか分からないなと、何となく思った。

 居たたまれない空気を作った少年はいきなり怒ったかと思えば、今度はいきなり微笑した。


『ねえ、先生。ボクら……ううん、少なくともボクにとって、先生は恩人さ。先生に魔術を習ったおかげで、ボクは悪い奴らをやっつける事ができるからね!! だから、もうちょっと堂々としててよ』

『……そ、そう言って貰えると助かる』


 僕は彼に礼を言った。

 何で先生が頭を下げるのかと、少年は笑った。次いで、そういう所だとダメだしをしてきた。

 最近の子供はしっかりしているなと、感心させられたものだ。

 

 数年後、少年は首都で兵士になると言い、村を出る運びとなった。

 少年が村を出る前夜、小さな宴会が開かれた。

 

 猪の肉を口に頬張りながら、少年は泣いていた。顔をくしゃくしゃにして、「初任給が入ったら、先生に奢らせて下さい!」と繰り返し繰り返し言っていた。

 僕は苦笑して、「期待しないで待っている」とだけ返した。




 


 少年の訃報を聞いたのは、それから3日後の事だった。

 格上の魔術師相手に喧嘩を吹っ掛けたらしい。近くの村で、小さな女の子を守る為に身体を張ったのだと、其処の村人が証言をした。

 成程。最期まで、正義感の強い少年だった。


 その知らせを聞くなり、唐突に寒気がした。

 同時に、こうも考えた。

 

 僕が殺した様なものじゃあないのか。

 僕が魔術の知識を与えなければ、あの少年が死ぬ事は無かったのではないか。


 その晩は、浴びる様に酒を飲んだ。




 ※※※




 目覚めると、其処には見慣れた天井があった。

 

 とは言っても、自宅のものではない。

 其れは、とある診療所に備え付けられた仮眠室のものだった。

 

 天井にはめ込まれた木板は、夕焼けのせいで橙色に染まっていた。

 

「リド君! 起きたの!?」


 声のする方向へ顔を向けると、金髪の美少女が視界に飛び込んできた。

 瞳に涙を溜めこみ、への字に唇を曲げたティールが、此方に身を乗り出していた。


「あのうティールさん、あの後──」

「どこか痛くない? 平気!?」

「へ? い、一体、何をそんなに取り乱しているんですか……?」

「だってさあ! だってだよ!?」


 僕が口を開くなり、ティールもそれに被せる様に喋り出した。軽い興奮状態にあるらしい。

 慌てふためくティールを見ていて、分かった事がある。どうやら、僕は患者用の寝台に寝かされている様だった。手すりを掴み、ティールが前のめりに顔を近づけてくる事で、漸く気が付いたのだ。

 ……僕はそれ程までに重体なのだろうか?


 そうこうしているうちに、この診療所の主が部屋を訪れた。

 古い建付けのドアを音も立てずに開け、白衣と一体化した様な存在の男──コールタール先生は、ひらひらと手を振りながら言った。


「……ようリドリー、やっと起きたな」


 先生の声は、小さく擦れていた。元々低めのしゃがれ声だった事も相まって、若干聞き取りづらい。

 そして、違和感が生じていたのは、声だけではなかった。

 ……心なしか、顔色まで悪い気がする。さあっと血の気が引いた様に真っ青で、一見しただけで分かる程、不健康そのものだった。

 僕が例の老夫婦宅を出るまでとは、まるで別人の様だった。


「おはようございます。先生」

「あー、寝たままで良い。というよりも、下手に動くな。死ぬぞ」

「? 死ぬって──」


 起き上がろうとする僕を制する様に、先生は手を掲げた。

 先生は3本の指を立てながら言った。その表情は、不思議と怒っている風に見えた。


「お前、自分がどれだけ寝てたか知ってるか? 3日だぞ、3日」

「3日!? えっ、じゃあザルバ達は!!」

「落ち着け。順を追って話してやるから」

「いやいやいや。落ち着いていられるかってぇ話ですよ──って」


 先生の声を振り切り、立ち上がった僕が数秒後、自分の腹の傷に気付き、その後どの様にもがき苦しんだのか。

 あまり、思い出したくはない。

 



 ※※※

 



 その後、軽いパニック状態に陥っていたティールに代わって、コールタール先生から大体のあらましは聞けた。


 結論から言うと、今回の一件、死者は出なかったらしい。

 それも全てティールのおかげだと、先生は言った。

 

 ザルバやその部下達、合わせて数十名を捕らえた後、ただ一人無事だったティールは後始末に奔走したそうな。

 彼女は、ザルバを仕留めるなり気絶したどこぞの無能を先生に診せると、他の村人に協力を仰ぎに行った。


 その際、ティールに最も振り回された人物こそが、我らがコールタール先生である。

 僕が眠っていた3日間、彼は不眠不休で働き詰めだったと言う。

 ゲッソリとした表情は、そういう理由なのだそうで。



 

 その後、ティール達は何とかしてダイデムの居場所を聞き出す事に成功した。

 ……どんな手段を取ったかは知らない方が良いと、2人にははぐらかされてしまったが。

 

 ちなみに、ダイデムは息も絶え絶えといった様子ではあったが、なんとか発見された。

 僕程ではないにせよ、それなりに重傷を負っていたようで、先生の処置を受けて尚、今に至るまで昏睡状態にあるらしい。

 当然、いまだにダイデムの意識が戻っていない点に関して、僕は先生に訊ねた。そして、それに対する先生からの返答は、それはもう淡白なものだった。


「お前の回復速度が早すぎんだよ。ダイデムが遅い訳じゃあねえ」

「じゃあ何ですか、僕がおかしいって言うんですか?」

「だからそう言ってんだろ……」


 先生は額に手をやり、嘆息を漏らした。

 やや疲れた表情のまま、今度は僕ではなくティールを見やい、先生は言った。

 

「ティールちゃん。本当は魔術を他人に使えるんじゃあないのか? 使えるけど、黙ってるだけとか……」

「いや、申し訳ないけど。私の魔術は、自分自身にしか発動しない。永続的に発動するタイプで、私本人にも自由に行使する事はできないんだ」

「ふむ。つまり、リドリーの異常なタフさは自前って事か」

「うん。単純に、馬鹿みたいに固いだけだよ。リド君は魔術師じゃあないんでしょ?」


 淡々と自身の魔術についての説明を続けるティールと、それに乗っかる先生。

 引き攣った笑みを浮かべつつ、僕は2人に訊ねる。


「人を異常だの馬鹿だのと……一応、病み上がりなんで、もう少し手加減してもらえませんか?」

「断る。それにしても……まさかリド君があそこまで強かったとはねェ。驚いたよ」

「あ、え? そ、それは」

「コールタール先生から聞いたよ? 魔術師の先生やってたんでしょ! 凄いじゃん。何でもっと早く教えてくれなかったのさ!! ハハハハハ!!」

「は、ははは……」


 苦笑する僕の肩を、ティールは全力でバシバシと叩く。僕が病人である事も、既に彼女の頭には無いのだろう。

 こんな風になるから嫌だったんだよ、とは言えないもので。


「あっ! そう言えばティールさん、記憶が戻ったって──」


 下手なりに話題を変えるべく、僕は試みた。

 だが、慣れない事はそう都合よくいかないもので。

 僕が最後まで言い切るより先に、その言葉に食って掛かる勢いで、彼女は言った。

 

「昔の話はさ、記憶が全部戻ってからでも良いかな? 本当にさ、もう少しで全部思い出せそうな気がするんだ……頼むよ」


 珍しく必死な様子のティールに、僕は何も言えなかった。

 

 ティールが魔術を有する事は、確定したのだ。その一点において、彼女の危険度は数日前までとは比にならない程、跳ね上がっている。

 不死身とは言え、僕がその気になれば、力づくで吐かせる事は容易だった。

 ただ、どういう訳か、身体が思う様に動かなかったのだ。


 傷はある程度塞がっている。

 先刻は多少驚いたが、動けないレベルではない。

 針で縫っただけなので、無茶をすれば傷口が開く恐れもあるが、年若い少女一人をねじ伏せるだけなら、余裕のはずだった。

 

 けれど、どういう訳だか、僕の手足は全く動かなかった。

 何カ月、否、何年何十年掛かろうとも、お前に発言権はないとでも言われている様だった。

 

 ティールは、追い詰められた獣の様な形相をしていた。

 ヒトそれぞれが持つ譲れない一線に、僕はこの日、初めて触れた気がした。


「仕方ないか」


 結局、僕が折れるだけで良い話なのだ。

 彼女の記憶に、僕はノイズでしかないのだから。

 

 僕はこの日、いつ果たされるかもしれない約束を、ティールと契った。






 ……と、思っていたのだが。

 意外なことに、その約束は早々に果たされる事となる。


 ザルバを倒してから、早2週間。

 ティールを拾ってからだと、そろそろ1ヵ月が経った頃。


 とある昼下がりの事だった。

 洗っていた皿を手から溢し、パリンと割れる音も耳に入っていない様子で、ティールはゆっくりと口を開いた。


「ティール・フォン・ヴァンディット。私のなまえ……らしいよ?」

 次回、第二章終了予定です。

 もうしばらくお付き合い下さい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ