第2話 森にあるもの 前編
僕とティールさんが初めて会ったのは、今からおよそ1ヶ月前。
意外に浅い付き合いだと思った男子諸兄よ。どうか安心してほしい。おかしな間柄だと思うのは、僕も同じだ。
なにせ、僕たちの出会いは殆ど奇跡みたいなもので、神様が導いてくれたようにさえ感じるからだ。
……この話をすると、ティールさんはいつも鼻で笑うけどね。
雨粒一つ、雲一つない晴れ模様。あらゆる洗濯物は半日干しただけで乾燥しただろう、からっとした陽気な一日。
それが僕らの出逢った日だった。
※※※
――まだ陽の光が差すより早く、しかし手元を見るには不自由しないくらいの時間帯。
鬱蒼と生い茂る無数の木々、深緑に混じる無量の動物。
枝木には数羽の山鳩が留まっている。見えるだけでも十匹以上はいるだろうか。遠くから聞こえている川のせせらぎと共に、彼らもまた一様に心地よい環境音として、其処に在った。
違いがあるとすれば、彼らには目が付いている事だ。静かな森に入り込んだ異物──人間を監視するための、無機質な両の目が。
監視中の彼らの目には、橙色の発光──焚火の中に枯れ木を投げ込む一人の男の姿が映っていた。
轟々と燃え盛る炎の前で、僕が片膝をついて座っていた。
「……やっぱり、味がしない」
そう言って、僕はがっくりと肩を落とした。手には一口だけ齧られたビスケットが握られている。
ぼそぼそとした食感の固形物を水で流し込み、どうにか嚥下する。無理矢理に流し込んだせいで、両目にはうっすらと膜が張っていることだろう。
「うぷっ…………うぇ」
吐き気を堪えるべく押さえた掌は、べったりと土で汚れていた。
水面や鏡で確認するまでもない。身体中、どこも同じように泥まみれだった。
唾液と泥を一緒くたに地面に吐き捨て、さっきよりも深く肩を落とす。
溜め息を一つ溢して、僕は言った。
「…………肉が食べたい」
今にも消え入りそうな程か細く、儚い願いは誰に聞こえるでもなく、ぬかるんだ地面に溶けて消えていった。
僕は背負い袋から一本の瓶を取り出すと、中身をビスケットにまぶした。普段から常備している秘蔵の品。その名も塩瓶だ。
次いで、塩をまぶしたビスケットに躊躇いなく齧り付いた。
しかして直ぐに吐き捨てた。
「……薪にした方がまだマシか」
残ったビスケットも焚き火にくべて、僕は目を閉じた。
パチパチと、火の粉の爆ぜる音だけがその場にあった。いつの間にやら、山鳩の鳴き声は消えていた。
耳を澄ませていると、次第にぼんやりとした気分になっていた。
数秒か、あるいは数分後か、いずれ僕の意識は泡のように溶けて消えた。