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案内人「白雪姫」  作者: 目くじら
第2章 白雪姫と或る野盗
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第24話 草木掻き分けて

 僕がティールから離れ、身体を伸ばしていた時だった。

 いい加減聞き飽きたその男の声は、旧友にでも語り掛ける様な調子だった。


「内緒話は、もう終わったのか?」


 そう言うザルバと僕らの間は、目測にして10メートル程度離れていた。


 ザルバは語り口こそ穏やかだったが、その癖冷徹な目をしていた。とは言え、僕やティールも似た様な目付きだったに違いない。

 少なくとも、僕はこの男をタダでこの村から逃すつもりはなかった。

 

「えぇ、お待たせしました。もう大丈夫ですよ」

「そうか? 随分と短かった様だが……それで? どっちから来る──」

「今だ! 走れ!!」


 ザルバが何か言い終える前に、僕は叫んだ。

 その掛け声を合図に、僕とティールは走り出していた。

 しかし、僕がザルバの元へと一直線に駆け出していた一方で、ティールはその限りではなかった。

 

 彼女は僕が合図を出すより一瞬早く、既に走り出していた。

 その上、彼女が向かった先は、僕とは対になる方角だった。


 有り体に言ってしまえば、村の中心部への方角である。


「成程。リドリー君がこっちに向かって来る間に、お嬢ちゃんを逃がそうってハラか。紳士だねぇ……でも、甘すぎるな」


 勿論、ザルバにとっては想定内の行動だったのだろう。彼は表情をピクリとも動かさずに言ってのけた。

 すぐさま彼は僕の方へと魔力を向けた。

 また、例の葉を飛ばすつもりだという事は、火を見るよりも明らかだった。

 

「その作戦──お前がオレ相手に時間を稼げる事が最低条件だろう。そんな事が出来るのか?」

「馬鹿言わないで下さい。余裕ですよ」


 ザルバの挑発は僕を先に殺してから、逃走するティールを背中から撃つという事に等しかった。

 致命傷を喰らおうにも、一瞬で回復する彼女を無力化ないし殺害する方法があるのかは知らないが──その点については何か考えでもあるのか、ザルバの表情は自信に満ち溢れていた。

 魔力で作られた軌道上に、数枚の葉を充填しながら、彼は言う。


「そうかい。なら、精々あがけよ」


 そう言うや否や、彼は漸く葉を射出した。

 1枚、2枚。若干遅れて3、4枚目が風切り音と共に飛来していた。

 

 最初の2枚は見てから躱す事が出来たが、緩急付けて放たれた残りの2枚に関しては、そういう訳にもいかなかった。

 単に、物量の問題である。

 1枚ずつ叩き落としていると、どうしても2本の腕では足りなかった。

 

 詰まる所、武力を行使するしかなかった訳だ。

 僕は手の甲に力を籠め、残りの葉を叩き落とした。所詮は植物の葉だ。弾丸に等しい速度とは言え、飛んでくる方角とタイミングさえ分かっていれば、栓ない事だった。

 子供同士のキャッチボールと、何ら変わらない。


 当然、ダメージはある。

 一瞬だが、高速の飛来物に触れるのだ。甲の肉は抉れ、血が噴き出ていた。どうやら葉は骨まで達していたらしく、鋭い痛みも押し寄せている。

 骨折しなかったのは不幸中の幸いか。


「こんの……ゴリラ野郎が!」


 拳を握りしめ、走り続ける僕に向け、ザルバが怒声を上げた。

 その目は諦観に染まったものではなく、怨敵へと向ける様な憎しみに満ちていた。

 

 次の瞬間、走る僕の足元から天へと昇る様に、2、3本の魔力の線が地面から現れた。

 

 それは先刻僕を背後から撃った罠と、同種の魔術だった。

 ザルバの指先からではない。何もない座標からの不意打ち。

 恐らく、事前に魔力を塗り込んでおいた葉をそこら中にばら撒き、遠隔で起動しているのだろう。

 

 ただ、一度使用した初見殺しを二度も、同じ相手に喰らわせる事は容易ではない。


 僕は魔力の線を認知した瞬間、真横に跳んでいた。

 直後、其の空間を幾枚もの葉が昇る。

 飛んで行く葉を見送り、僕は言った。


「設置型は、二度目ですからね」

「……この野郎!!」


 攻撃を幾らでも捌き続ける僕に、さしものザルバも肝を冷やしたのか。


「やっぱ埒が明かねぇ……仕方ない。ここは一旦引いて──ブッ!?」


 舌打ち混じりに後ずさりをするザルバだったが、その顔面に拳大の石が命中した。

 

 鼻先に衝突した石は重力に従って、粘り気のある血と共に、やがて垂直に落下した。

 石が剥がれ落ち、ボタボタと鼻血を流すザルバは、曲がった鼻を手で押さえ付け、くぐもった声を上げた。


「うーむ。我ながら、ナイスコントロールだ」

 

 ザルバの視線の先で、その元凶は投球姿勢のままにガッツポーズを取っていた。投石犯はティールだった。

 ……自分で指示をしておいてなんだが、正直当てるとは思わなかった。

 

「まだいたのか。こんの糞アマがぁあああ……!」


 満足気なティールに対して、ザルバは犬歯を剝き出しにして、怒りを露わにしていた。

 しかし、そんな荒れ狂うザルバを目にしても、ティールは飄々とした態度を崩す事はなかった。

 むしろ気に掛ける余裕すら見せ、彼女は言った。


「そんな事より大丈夫? 私なんかに構ってると……彼が自由だよ?」

「彼? ──あっ!」


 そこで初めて気付いたとでも言わんばかりに、ザルバの顔には驚愕の色が広がっていた。

 信じられない事だが、顔面に投石を喰らった為に、一時的に記憶が混濁していたのかもしれない。

 

「ティールさんの仰る通りですよ! ……ひょっとして、僕って影が薄いんですかね」


 僕の声を聞くなり、ザルバは首を半回転させ、此方を見た。

 ザルバはその時まで気付かなかったようだが、手を伸ばせば握手ができる程の距離まで、僕は迫っていた。

 

 ザルバが此方を見やるとほぼ同時に、僕は彼の顎を拳で打ち抜いた。

 気持ちの良いアッパーカットが決まった──はずだった。

 当たりさえすれば、の話だったが。


「危ねえ!!」

 

 ザルバはこれを間一髪で回避した。かすった為、僅かに顎先が切れたが、その程度気にしている暇は無いはずだ。

 よろめきつつも、ザルバはすかさず距離を取った。意外にも、反応速度は悪くない。


 正直、避けられると思っていなかった為に、若干の焦りを僕は感じていた。

 ただし、動揺は顔に出ていなかったらしい。


 その時のザルバの方が、もっと酷い顔をしていた。

 鼻の骨が折れ曲がり、目尻からは涙を流し、美丈夫が台無しになっていた。


「一度ならず二度までも……どんだけ人の顎を壊してーんだ、クソ共が!!」

「何の話ですか?」

「そこのブスにやられたんだよ! 手前が来る前によお!!」

「……はぁ?」


 一瞬、誰を指しているのか、僕には本当に理解できなかった。

 十数メートル後方にて、不機嫌そうな声を上げる人物がいなければ、もっと時間がかかっていたはずだ。

 

「あぁ、ティールさんを指しているんですね……お察しします」

「はああ!?」


 漸く返事をしたものの、僕は少しだけ後悔していた。後方から向けられている殺意が、途轍もない勢いで膨れ上がっていくのを感じたからだ。

 なるべく、振り返らない様にしよう。自衛の為に──と、そんな僕の葛藤を他所に。


「手前、さっきから何でもかんでも──他人事みてえに言ってんじゃあねえぞ!!!」

 

 ザルバは懐から深緑色の束を取り出した。纏めていた紐を解くとそれらは全て、空中に漂い始める。

 陽光に透け、僅かに淡い色合いに変化したそれらは、人一人を覆い被せる程の──葉。

 大量の葉だった。


 ざっと、10~20枚はあるだろうか。言うまでもなく、表面にはザルバの魔力が付与されている。

 文字通り、これが彼の切り札なのだろう。彼自身、勝利を確信した様に、恍惚とした笑みを浮かべる程なのだから。


「人をコケにしやがって──これで死にな……!」


 ザルバの葉と僕までの距離は、おおよそ2メートル。じきに、それらは銃弾にも等しい速度で射出される。

 射線上には魔力の線が、蜘蛛の巣並みに隙間なく走っていた。逃げ場はないという事か。

 成程、絶体絶命というやつだった。

 

 葉の1つや2つを叩き落とす様な真似はできても、十数枚ともなれば、話は別だ。

 ぶっちゃけ、森に逃がさなければ余裕だと思っていたのだが、こんな隠し玉を持っているとは。

 ……これが一体何を意味するか。


「……もう少しだけ、僕は身体を張らなきゃあいけないって事だな」


 射出まで残り1秒とない。

 溜息を吐きたいところ、僕は足に力を籠め、力の限り駆け出した。

 否、駆け出したというより、それは横に落ちたと形容すべき有様だったと思う。短距離を一瞬で詰める為の術。


 弾丸と同じ速度の魔術を攻略する方法、それは身も蓋もないものだった。

 魔術が起動し、僕の身を切り刻むよりも先んじて、魔術師本人を仕留める。僕なんぞの頭で思いついたのは、その位のものだった。


 瞬きより短い時間でザルバへと跳び、その身体を捕らえ、地面に叩きつけた。

 その後漸く彼が気づいたのは、自分の背中が土に汚れ、肺から空気がひゅっと漏れ出た後だった。

 ザルバは、自分が仰向けに倒れている事に、ほんの一瞬気付いていなかった。


「へ?」


 情けなく、驚きの声を上げるザルバの鳩尾目掛けて、僕は拳を振り抜いた。

 空を切る拳は、今度こそザルバに命中した。避ける余地など無かった。

 組み伏せられ、身体を思いのままに動かせない男はその後、声を上げる間もなく昏倒した。




 ※※※




 ザルバを倒した後、屈んで作業をしていた僕を、背後から呼びかける声があった。

 

「お疲れ様、リド君! ……って、何してるの? それ」

「何って?」


 満面の笑みで話しかけてきたはずのティールが、何故だか当惑した様に眉根を寄せていた。かと思えば、彼女は両手で自分の顔を覆い隠してみせた。さながら、見たくもない物から、目を背ける様に。

 僕が質問すると、彼女はこれまた気まずそうな様子で。

 

「いや、だから、その……それだよ」

「ですから……それそれ言われても、分かりませんて。具体的に──」

「──だからさあ! 何でザルバを全裸に剥いてんだ、って聞いてんの!!」

 

 そう叫ぶティールの頬は、林檎の皮の様な朱色に染まっていた。

 そして同時に、僕は彼女に何の説明もしてない事に気が付いた。


 ティールの言う通りだった。僕らの前には、全裸な上に目隠しまでされたザルバがうつ伏せで倒れていた。

 尚且つ、気絶したザルバに対して僕はと言えば、手近にあったロープで両手両足を縛っているのだ。

 確かに。第三者からしてみれば、僕の方が余程危険人物に見えるだろう。


 仕方なしにだが、僕は釈明するべく、口を開いた。


「ティールさん。魔術師と戦った経験は?」

「……無い、と思う」

「そうですか。先刻自白したらしいですが、こいつの魔術は、「植物の葉を操る」というものです。散々好き放題やってくれましたが、恐らく魔術を発動する為には、葉に一度は直接触れて、魔力を流さなきゃあならないはずです。厄介な力ですが、人によって振るわれる力には、必ずルールがある。どんな魔術にも、弱点はあるという訳です……これがどういう事か、分かりますね?」


 そこまで説明すると、ティールも合点がいったらしい。

 彼女は目を見開き、納得した様に頷いた。


「ザルバが予備の弾薬を持ってないか、調べる必要がある!」

「弾薬ではなく、葉っぱなんですが……。まあ、其処はどうでも良いか。ティールさんの仰る通りです。反撃されない様に、全て没収する必要があります」

「成程なあ。胃袋の中身も空にした方が良いのかな?」

「確かに。用心するに越したことはありませんからね──っと」


 その瞬間、くらっと視界がブレた気がした。どうやら、時間はあまり残されていないらしい。

 僕は懐から髪束を取り出すと、1枚捲り、其処にペンを走らせた。

 メモは直ぐに書き上がった。僕は下唇を噛みつつ、それをティールに手渡す。


「このメモの通りにすれば、ザルバが意識を取り戻した後でも、問題なく捕縛できるでしょう。こいつの部下たちに関しては魔術師ではないので、そこまで心配要らないと思いますが……一応、用心して下さい。もしもの時には、自分の身を一番に考え、て……」

「え? う、うん」


 なるべく早口で説明していたのだが、段々舌が回らなくなってきた。視界も狭まっている事だし、そろそろ限界の様だった。

 どうやら僕の異変にティールは勘づき始めているらしく、顔には戸惑いの色が濃く出ていた。

 ……この人、実は結構鋭いのか?

 

「ま、まぁ、ひと段落付いた後で良いので、ダイデムさんの事も、適当に聞き出してくれると助かります。あの人がそう簡単にくたばるとは思ってませんが、あまり長時間放ったらかしにしておくと、拗ねるかもしれません。落ち着いてからでも良いので、どうか……」

「? そんなに気になるなら、自分で探しにいけば──」

「どうか、後は頼みます。僕は、ちょっと、ムリそうなんで」


 そこが限界点だった。次の瞬間、僕の視界は横向きに反転していた。視界の右半分が黒く塗りつぶされていた。

 自分の身体が倒れている事に気付いたのは、その直後の事だった。


「リド君? えっ、何? その血は……」


 どうやら、ティールに気づかれてしまったらしい。彼女の視線は、僕の腹部に向けられていた。

 其処に存在するのは、先刻のザルバの魔術による傷だった。

 そのせいで、僕の身体の前面部が赤黒い血に染まってる事にも、気づかれたのだろう。

 

 あの時、僕は葉を全て避け切った訳ではない。腹や手足には、回避できずにぱっくりと割けた様な傷が出来上がっている。

 数枚は致し方ないと割り切り、捨て身の攻撃に出たのだが──失敗だったかもな。

 どうやら、僕も相当鈍っていたらしい。


「リド君! リド君!!」


 遠のく意識の中で、ティールの呼びかける声だけが、薄っすらと耳に残っていた。






 ……スズちゃんだったら、もっと上手くやれてたんだろうなあ。

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