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案内人「白雪姫」  作者: 目くじら
第2章 白雪姫と或る野盗
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第23話 再生

 目覚めるなり、ティールは首だけとなった自身を地面に寝かせてくれと頼みこんできた。うつ伏せではなく、仰向けの方が都合が良いという注文付きで。


「念の為、これを……」

 

 何となく嫌な予感がしていた僕は、彼女の言う通りに寝かせた後、近くに倒れているザルバの部下から2、3枚の外套を引っ手繰り、それを彼女に覆い被せた。

 余計なお世話かとも思ったが、どうやらそういう訳でもなかったらしく。


「サンキュー」


 小さく礼を言うなり、彼女は黙り込んだ。それから間もなく、奇妙な事が起こった。

 外套の下には、ティールの首だけ。他には何もない──はずだった。


 唐突に、外套がもぞりと波打った。

 それも、1回だけではなかった。最初のそれを皮切りに、まるで外套そのものに命が宿ったかの様に、うねうねと動き始めていた。

 心なしか、外套で覆っていたものがより大きく、より力強く蠢いている様に見えた。


 一瞬、僕はそれを気の迷いだと、思い込みかけた。

 だが、すぐに頭を振る。

 ある意味では、予想通りの結果なのだから。


「おっ、順調順調! ……いや、思いのほか早かったな」


 外套の下から、ティールの声が聞こえてくる。

 そして僕の錯覚でなければ、先般から蠢いている外套下の膨らみが増していた。

 いつの間にか、人間大のサイズまで盛り上がっている。


 目を見張る僕を余所に、彼女は子供が親に自慢するみたいに言った。

 

「見ててくれよ……ほら!!」


 次の瞬間、人の形をしたそのボロ布から──ニュッと足が生えた。1対の人間の素足に次いで、両腕もボロ布から飛び出す。

 外套のフードが垂れさがっていて、顔は見えないが、その姿は小柄な女性のものだった。

 両腕と両足を得た黒外套は直後跳び上がり、僕の眼前に音もなく着地した。

 接地した衝撃で、外套に付属しているフードが垂れ、その顔が露わになる。


「どうだ! 完全復活だ!!」

 

 ティールが親指を立て、したり顔をするのを、僕は口をポカンと開けて見ていた。


 ──これは、後から振り返ってみても、同様だったが。

 五体満足のティールに対して、この時の僕が何を言えば良かったのか、それは全く分からなかった。


 頭がぐちゃぐちゃになり、何から言うべきか分からなくなる事は、昔から稀に起こり得るものだった。



 

 ※※※


 


『少しだけ思い出したんだよ、昔の事』


 先般、ティールが思い出したという記憶は、彼女の持つ「再生」の力だった。

 ある日、その力を得た彼女は、致命傷であろうと刹那の内に治せる様になったらしい。

 それこそ、今しがた僕が目撃した様に。


「この能力のルーツまでは、まだ分からない──けれど、誰かから受け取った力だってのは、確実だ。薄っすらとだけど、思い出した」

「……受け取った? 自分で習得した魔術じゃあないって事ですか?」


 それまで頭が真っ白になっていた僕だったが、彼女の発したその言葉だけは、聞き返さずにはいられなかった。

 なにせ、回復系統の魔術自体が、数万人に一人というレベルだ。その手の魔術発現者は国から丁重に保護され、将来はエリート街道まっしぐらである。

 その理由は、言わずとも知れている。攻撃魔術と比較して、希少性が高いというのもあるが──一言で言えば、金になるからだ。

 

 その上、ティールはその魔術を他者から譲渡されたと言っていた。そんな裏技、初耳である。

 公になれば、世界の情勢が引っ繰り返る代物だ。

 もし、数万人に一人の技術が広く一般に普及したらどうなるか、想像に難くない。

 

 とてもじゃあないが、一介の狩人に過ぎない僕には手に余る事態だった。

 故に、理解を拒んでいた僕とは違い、彼の方はすんなりと事実を受け入れていた。

 

「受け取った、ねぇ。通りでオレの魔力が見えない訳だ」


 これまで黙って事の成り行きを見守っていたザルバが、ここに来て口を開いたのである。

 指先で葉をクルクルと弄びつつ、得心いった表情をしていた。

 

「……どういう意味ですか」

「あ? どうもこうも、こういう事だよ」


 訳も分からず訊ねた僕に向け、ザルバはいきなり、魔力の光線を数本分走らせた。

 その先には、ふよふよと葉が浮いている。葉の表面は魔力によって、刃物同然に鋭くなっている。恐らく、僕がティールの話に聞き入っている間に、仕込み終えた物だろう。

 間違いなく、それは彼の魔術であり、そして明確な攻撃意思だった。


 反射的に構えに入る僕を真っすぐに見据えながら、ザルバは言った。


「言ったはずだ。この魔力が、嬢ちゃんには見えてない」

「は? そんな訳ないだろ──」


 ザルバの発現に対し、僕は内心呆れていた。何故なら、ザルバが自身の魔力を隠蔽していなかったからだ。おおっぴろげだった。

 彼を視界に収めていた僕は、視界の隅でティールを窺った瞬間、思わず息を呑んだ。

 彼女の視線は、唐突に構えた僕を疑る様に向けられていた。その目に、ザルバの魔術への注意はなかった。


「もしかして、本当に……?」

「え、何の話?」

「クク……な? オレの言った通りだろう。そいつは、魔術の事を、なーんにも知らない」


 彼女の表情が心配から困惑に変貌する中、ザルバはニチャっとした笑みを浮かべていた。

 口端が歪んでおり、ねっとりとした笑い方とでも言うのだろうか。見る者に不快感を与える笑顔とはこういうものを指すのだ、と教えられている気分にもなる。

 色々な意味で納得した僕が頷いていると、彼は訊ねてきた。

 

「……でも、お前は違うよな? リドリー君よ」

「何の話──って!?」


 僕は顔を上げるなり、目と鼻の先に一片の葉が迫っている事に気付いた。

 すんでのところで首を捻ると、葉は背後へ飛び去って行く。

 ザルバの方を向き直り、僕は声を張り上げる。

 

「あぶねぇ!! 殺す気ですか、アンタ!?」

「殺す気って、死んでねぇだろ。お前」

「……それは、そうですが」

「?」

 

 その時、僕が落胆した様に目を伏せたのを、ティールは見逃さなかった。

 しかし、そんな表情をした理由を聞くより先に、彼女の声はザルバによって遮られた。


「ほら、やっぱり当たらなかった。思った通りだ。お前、『こっち側』の人間なんだろう? 魔力が目で追えてるからな。オレが言えた話じゃあないが、魔術師がこんな片田舎で何してんだ?」

「魔力? 魔術師?」

 

 ティールの困惑が更に深まる。

 僕は息を吐き、仕方なしに弁明を始めた。

 

「……一応言っておきますが、勘違いですよ」

「しらばっくれても無駄だ。一般人がオレの葉を避けられる訳ないからな」

「えぇ……めんどくさ……」


 ザルバは既に、僕が何を言おうと聞き入れない状態に陥っていた。

 そういえば、彼はこれでも一盗賊団の首領である。自分の考えを簡単には曲げないくらい、ある程度豪気な性を持たねば、務まらないのかもしれない。

 とは言え、面倒くさい事に違いはなかった。

 

「本当に誤解なんですって……確かに視えてはいますけど、そういうのじゃあなくって。……ハァ、結論ありきの人はこれだから……」

「リド君どったの。頭痛いの?」

「いえ、問題ありません。それよりザルバさん。好き放題言って頂いた代わりに、僕からも1つだけ質問してもよろしいですか?」

「いいぞ、お前ら2人共どうせ殺すから。遺言として受け取っておくけど」

「……遺言、か」


 ザルバは穴が空く様な視線を此方に向けていた。そういえば、最初から彼には僕らと仲良くする理由はないのだ。ほんの一瞬でも、人間臭い部分を感じとってしまったが故に、少しばかり勘違いしていたのかもしれない。

 僕は目の前の男に訊ねる。

 

「この村に来たのは復讐が目的だとか」

「……誰から聞いた」

「いえね、貴方の部下のクラウンという方が親切に教えてくれたもので」

「あいつかあぁああ…………」

 

 ザルバは前髪をくしゃりと掴むと、がっくりと肩を落とし、そのまま動かなくなった。

 彼の反応から、クラウンが普段どういう立ち位置にいるのか、なんとなく読めてきた気もするが、今はどうでも良い。

 ザルバを刺激しない様、僕は慎重に訊ねる。

 

「その話、本当なんですか?」

「あぁ、あくまでも不意打ちだったがな。そいつも魔術師よ」


 ……魔術師だって?


「その人の特徴は?」

「特徴? あー何て言うか、暗くておどおどした黒髪のガキだよ。丁度そこの嬢ちゃんと同い年くらいの奴だ」


 突然指先を向けられたティールは反射的に身構えていたが、僕は別の意味で身体を強張らせていた。

 身体に電流でも走った様に、ある考えがよぎったからだ。

 反射的に、僕は訊いていた。

 

「ザルバさん、その……貴方が負けたという魔術師の事なんですけど」

「ん?」


 喉が痛いくらいに渇き、背中を冷や汗が伝う。

 それでも、いくら舌先が震えていようが、それを確認せずにはいられなかった。

 

「その子──スズカケ・コトハって名前の、女の子だったんじゃあないですか?」

「……ほう」

「スズカケ…………?」


 僕の質問に、ザルバは顔を上げると、「よく知ってるな」と感心した様に手を叩いた。

 聞きなれない名前に面食らうティールはさておき、ザルバは口端を吊り上げると、額に血管を浮かび上がらせた。

 

「あぁ、そうだよ。スズカケ・コトハ――あの小娘にしてやられたせいで、オレは半年も臭い飯を食う羽目になったんだ。なぁ、お前がそれを知っているって事は……」

「えぇ、お察しの通り。この村は彼女の古巣ですよ」

「ク、クク…………矢張りそうか!!」


 突如として彼は天を仰ぎ、嗤い始めた。

 先刻までの不機嫌極まれりな態度は何処へやら。喜色満面で小躍りすらしていた。

 踊りながら笑い声を上げ、挙句彼がそんな態度を取る理由は、実に下らないものだった。


「ありがとうありがとうありがとう! 安心したよ。これでオレは漸く、あの娘に復讐できる!! 手始めにお前らを殺し、その首を──」


 ザルバが最後まで言い終えるより、僕がその声を遮る方が早かったのか。

 彼の部下が使用していたと思わしきナイフを拾い、彼目掛けて投擲していた。

 慎重に狙わなかった為か、ナイフの軌道は数センチ逸れ、ザルバの顔面に突き立てる事はできなかった。


「……何の真似だ?」


 ザルバは小躍りこそ止めたものの、顔に気色の悪い笑みを貼り付けたままだった。

 此方をじっと見て、機嫌良さげに腕を組んでいる。

 僕は軽く頭を下げ、謝罪した。

 

「……いえ、すみません。どうしても、我慢できそうになかったんです。浮足立ってしまったものですから」

「浮足立った? これから死ぬってのに? ……自殺願望というもんか。オレには到底理解できないな」

「そういう訳ではなく。貴方がスズカケ・コトハに負けた事が、ですよ」

「……なんだと」

「リド君!?」


 僕は顔を上げ、ザルバの顔を見た。

 期待通り、彼の顔から薄ら笑いは消えていた。むしろ、余計な茶々を入れるなとばかりに、苛立っている様に見える。

 別に嘘は何一つ言ってないが、ザルバを手玉に取った様で気分の良くなった僕は、更に調子づいていた。


「スズカケ・コトハが貴方を打ち破ったと言うのなら、僕にも同じ事ができるって事ですよ」

「気に食わねーな。詰まらん見栄を張るんじゃあねーよ」

「見栄なんかじゃないですよ。それに貴方の魔術の使い方──ん、何です。ティールさん? 何故にそんなに冷たい目を?」


 気付くと、ティールが僕を薄目で見つめていた。

 それが、良い意味ではないという事は、すぐに分かった。丁度、軽蔑の一歩手前の様な表情だったからだ。

 

 返事を促すと、ティールはすぐに答えた。


「……いや、急に調子乗り出したから、気持ち悪いなって」

「…………キモチ、ワルイ?」


 我ながら、随分マヌケな表情をしていたと思う。例えるなら、表情筋の力の入れ方を忘れてしまった様な感じだろうか。

 気を抜けば、足から崩れ落ちていたはずだ。

 片膝をつく程度で済んだのは幸運だった。意識が暗転する寸前に、無意識に下唇を嚙んでいなければ危ないところだった。

 僕はこの日、最も真剣な声を出した。

 

「い、いや、違うんですって。お願いですから、その疑心に満ちた目を向けるのを、今すぐ止めて下さい。死んでしまいます」

「大袈裟だなあ。……そんな事より、先般の発言の根拠は何だい? あいつを倒す算段、本当にあるんだろうね? 無かったら、ただ恥ずかしいだけだよ」

「そこはご心配なく。単純明快かつ、これ以上ない策を講じてありますよ。お嬢様」

「ほう……では、その策とやらを聞かせてもらおうか。下男よ」

「誰が下男ですか」


 ティールに策を話すべく、僕は軽く手招きする。

 彼女はふっと笑うと、存外素直に耳を寄せてきた。

 僕は小さく口を開いた。

 

「まず、ティールさんが──」



 

 ※※※



 

 やがて僕の話を聞き終えるなり、欠片の逡巡もなく、ティールは目を輝かせて言った。

 

「よし、乗った!」

「…………」


 ……間髪入れず返事をした彼女に、もう少し思慮深くなって欲しいと感じたのは、僕の我儘なのだろうか。

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