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案内人「白雪姫」  作者: 目くじら
第2章 白雪姫と或る野盗
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第22.5話 その頃、居残り組は

 リドリーが発ち、間もない頃。件の老夫婦宅にて。

 後ろ手に縛られた男──クラウンは床上に寝ころび、頭上にいる白衣の老人に呼びかけた。

 

「…………なぁ」

「…………」

「…………おい、聞いてんのかよ。センセーよぉ、見てわかんだろ。俺ヒマなんだよ、あんたらのせいでな。話し相手くらいなってくれよぉ!?」


 センセーと呼ばれた老人は、先般まで目を通していた古書を閉じ、嘆息を漏らした。

 老眼鏡を外し、眉間を揉み、老人は言う。

 

「……大の男がピーピー喚くな。見ての通り忙しいんだ、俺ァ」

「忙しいって……何もしてねーじゃんか、センセー。さっきまでは、倒れてるジジババの面倒見てたけどよ。今はずーっと、そのブ厚い本読んでばっかりだしな!! 俺の目には、大概暇そうに見えるぜ」


 欠伸を噛み殺しつつ、クラウンの溢したその言葉に対して、老人は舌打ち混じりにぼやいた。

 

「暇そう、とはな……誰のせいだと思ってんだ。この糞ガキが」

「え、俺のせい? ……あぁ、そういう事」

「そうだ、お前にやられた2人が目を覚まさんからな。ひょっとすると、お前さんのボスによる魔術の類かもしれん。だから、今、調べてるトコだ。」


 老人は閉じたばかりの古書を軽く叩くと、部屋の隅で眠っている2人の方を見やった。

 彼らは、先般クラウンらによって意識を断たれた老夫婦である。現在は、2人仲良く客用のソファで横になっている。

 その彼らを横目に、クラウンは1人得心が行った様に頷いた。

 

「あー、それ魔術書か。成程、納得……いや、俺に直接聞いた方が早くない?」

「…………」

「スルーかよ、信用無いなぁ……別に良いけど。俺たち、魔術なんて使ってないし。時間の無駄だと思うけどねぇ……そんな事よりも、だ」


 クラウンは寝ころんだまま、白衣の老人へと顎をしゃくってみせる。

 

「……何だ。俺の顔に何か付いているか?」

「ち、が、う。センセーじゃあなくて、本だよ、本。それ、一体誰から貰ったものなんだ?」

「魔術書の事か? というか貰ったって……何故そんな事が分かる」

「そりゃあ分かるさ。アンタ魔術師じゃあないからな。ただのお医者様に、魔術書なんて不要だろ。入門書1冊ですら、法外な値段がつくからな。興味本位で購入する様な代物じゃあない。なら──」

「盗んだか、それこそ貰ったって言いたいのか。まぁ、その通りだよ。これは、リドリーから貰ったもんだ」

「リドリーって……あの兄さんか。……え? あいつ魔術師なの? マジで?」


 クラウンは、ザルバの命令に従い、村民の情報は可能な限り集めていた。その為、村人についての大まかな情報や、最近になって、或る青年が1人の居候を預かっている事までは、承知していた。

 しかし、彼は全てを知っている訳ではない。その上、情報の真偽を瞬時に判別できる程、念入りに下調べをしている訳でもない。

 思いもよらない情報に、クラウンが面食らっている一方で、白衣の老人は首を振ると、答えた。

 

「いや、違う」

「は?」

「あいつは魔術師じゃあないって言ったんだ」

「ただの狩人って事だろ。その程度、既に調べてる。だから、どういう──」

「……二度も言わせるな。「あいつ」は、魔術師じゃあない」

「? ……まさか」


 あり得ない、とでも言いたげなクラウンに、老人は「そのまさかだ」と返し、古びた表紙を撫でながら苦笑した。

 

「この村には数人の魔術師がいた。何年も前の話だがな──リドリーは、そいつらに魔術の手ほどきをしていた。いわば、魔術の師匠だな。この本は、当時のあいつが使っていたものだ」


「リドリーは魔術に精通した、非魔術師だ」



 

 ※※※


 

 

「魔術の師匠ねぇ」


 天井を仰ぎ、深く息を吸うと、クラウンは言った。

 

「にわかには信じ難いが、目の前にンな代物突き付けられたら、認めるしかないな」

「あぁそうだ。分かったなら、いい加減黙ってくれんか。作業の邪魔だ」

「邪魔って……ぐうの音も出ない正論だがな。一つだけ聞かせてくれ──センセー、魔術の知識はどの程度で?」

「…………」


 白衣の老人がむっつりと押し黙るのを確認すると、クラウンは晴れやかな笑顔を浮かべた。

 次いで、芋虫の様に身体をくねらせ、テーブルの足元まで動き始めた。

 

「オーケーオーケー! 皆まで聞かないよ。そういう訳なら、丁度良いな」

「……丁度良い?」

「あぁ、そうさ。どういう意味だって顔してるけど、今、アンタが直面している問題に際して……俺以上の適任者はいないよ! 何を隠そう俺の正体は……魔術師なのだから!!」

「……へぇ」

「全然興味なさそうだな。さてはホラだと思ってる……?」

「そりゃあそうだろう。お前みたいな口の軽いガキ、信用できるはずがない」

「確かにね。……なら、こいつはどうだ」


 言うが早いか、クラウンは懐に手を伸ばし、テーブルに叩きつける様に、老人の前に1本の酒瓶を置いた。手足を拘束していたロープはいつの間にやら解かれ、床に放り捨てられている。

 眼前のクラウンから興味を失いかけていた老人も、思わず顔を上げ、其処に立つクラウンを見た。


「ガキ……手前いつ縄を──いや、そんな事よりも、何の真似だ」

「センセーはさ、お酒飲める人?」

「何? この期に及んで──」

「飲み比べしようって言ってんの」

「……ほう」

「つまりはこういう事だ。センセーは魔術書を読む為の知識が欲しくて、目の前にはその知識を持つ男が──」

「乗った」

「え?」


 クラウンが言い終えるより先に、老人は何処からか2つの杯を取り出していた。

 その目はギラギラと輝いている様に、クラウンには見えた。

 戸惑うクラウンを手招きしつつ、老人は片手で酒を注いでいた。

 

「乗ってやると言ったんだ。ほら、黙っとらんと、さっさと座れ」

「あ、いやだから、まだ話が──」

「勝った奴が、負けた方に好きに命令できる、で良いだろう? ほら、はよ」

「……あぁ、はい」

「つまみもあるぞ? 豆しかないが」


 予想以上に目の前の餌に食いついた老人に、クラウンは生返事を返す事しかできなかった。老人に促されるまま、向かいの席に座る。

 自分から誘っておいて、おかしな話だったが、彼は訊ねずにはいられなかった。

 

「……俺が言えた話じゃあないけどさ。アンタ、医者というか、人として、それで良いのか?」

「良いんだよ、ほら! 乾杯!」


 間髪入れず杯を上げる老人に対して、おずおずと杯を持ち上げ、クラウンは呟いた。

 

「……か、乾杯」

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