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案内人「白雪姫」  作者: 目くじら
第2章 白雪姫と或る野盗
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第22話 ザルバの魔術

 リドリー視点



 

 ──ザルバは本当に魔術師なのか。

 

 ティールの後を追う道すがら、僕は頭の片隅で、ぼうっとそんな事を考えていた。



 

 ほんの数週間前、ザルバはこの村にやって来た。

 刑務所から脱獄したのが約1カ月前なので、彼は脱獄後、脇目も振らずにこの村を目指した事になる。

 

 彼は何故、この村に来たのか。

 ……クラウンは復讐がどうとか言っていたが、それは何かの間違いだろう。その日暮らしで精一杯のこの村で、盗賊相手に喧嘩売る様な暇人はいない。

 となるとザルバは脱獄後ほうほうの体で、ゴーリ村という何もない辺境まで、「偶然」流されてきたのだろうか?

 

 しかし、特にこれと言った理由もないにしては、些か疑問が残る。

 この村には、金目になりそうな物は何もないし、第一、その程度の考えにすら至らない奴にしては、行動が慎重すぎる。


 それどころか、相手が魔術師であるという点も踏まえると、慎重を通り越して、いっそ、怯えている様にも感じられた。


「……まさかな」


 魔術師とそれ以外の者には、比べるべくもない差があるのだ。一言で言えば、次元が違う。

 呼吸のついでに魔力を練るだけで、彼らは一歩も動かずに、「魔術」というズルを行使できるのだ。

 魔術には、他者を害するものや他者を癒すもの、自分に影響を及ぼすもの等多々存在するが、そのどれもが、超常的な力を有する。

 

 人によっては、魔術師の事を「ヒトの形をしただけの兵器」なんて、呼ぶ輩さえいる。

 酷い話ではあるが、魔術師当人達ですら、それを否定できる者は誰もいない。


 何故なら、この世界で最も人を殺したのは、かつて実在した魔王が操る攻撃魔術だったからだ。



 

 閑話休題、ここで最初の疑問に戻るが、ザルバは本当に魔術師なのか。

 もし、彼が本当にそうならば、わざわざこんな回りくどい手段を取る必要はない。

 気の向くまま、金でも何でも奪ってしまえば良い。


 けれど、奴はそれをしなかった。山中に身を隠し、慎重に事を運ぶ様に動いていた。

 まるで、巣に籠った動物を相手取るようだった。


 故に──その一瞬、僕は判断が遅れた。

 

 僕は、自分に向けられる魔術の気配を。

 ずっと昔から味わってきたはずの、あの刺す様な感覚を。

 すぐに気取る事ができなかった。

 結果として──


「え、あれ。ティール……さん?」


 ──僕は眼前で彼女の首が飛ばされる光景を、ただ黙って見ていた。




 ※※※




 ゴロン、と生首の落ちる音が聞こえるまで、僕はその場に縫い付けられた様に動けなかった。

 胴体から離れたティールの首は放物線を描き、凡そ数メートルの距離を跳んだ。

 幸か不幸か、その落下地点は丁度僕の足元だった。

 

「おい、何だこれは」


 瞳孔を開き、首の根本に鋭利な断面を持つ少女の頭部。

 屈み、目と鼻の先にあるその首へ、僕は手を伸ばす。

 震える指先に髪の毛が触れたその瞬間、限界が来た。塞き止めていたものが、一気に溢れ出す音が聞こえていた。


「ティールさん……ティールさん!!」


 何が起こったのか、それを考える余裕など無かった。自分が此処に来た目的はおろか、その元凶の存在すら忘れていた。

 あの、何もかも取り返しのつかない事を仕出かした際に感じる、嫌な浮遊感を覚えていた。

 

 もっとも、今までにも、何度か似たような事はあった。

 ティールが重傷を負い、それを僕が発見し、コールタール先生の元へと診せに行く。

 その時と同様に対処すればなんとかなるんじゃないかと、頭の片隅ではそう思いこもうとしていた。


 故に、その一撃を躱す事ができたのは、本当に偶然だった。


「しっかりしろ! すぐに先生の処に──」


 ティールの生首を抱き抱えようと、屈んだ僕の数センチ頭上を、魔術の刃が駆け抜けていた。

 当然だが、狙って出来た訳ではない。なにせ、風圧が頬を撫でるまで魔術の存在どころか、魔術師本人にすら気が付いていなかったのだ。

 運も実力の内という言葉があるが、これを実力という程、僕の面の皮は厚くなかった。

 

「……何の真似だ」


 自分でも、驚く程に低い声が出た。

 顔を上げ、僕はそこで初めて、自分達を見下ろす男を目撃した。

 

 男は、傍に倒れている己と似た様な恰好の者たちを踏み台に立っていた。

 背筋を伸ばし、右手の第二指の爪先を僕に向けている。

 その男の顔は、例の手配書で見た似顔絵と、瓜二つであった。


「何の真似って……その子とは、オレが先に遊んでたんだよ。順番は守ってもらわんと困りますよ」


 片眉を上げ、下卑た笑みを向ける男は、分かりやすく煽ったつもりなのだろう。

 しかし、この時の僕にとっては、男の挑発は虫のさざめきにも等しく、下らないものだった。

 

「そうか。今、急いでんだ。黙ってろ」

「は? 黙ってろ、だと……?」


 僕は適当に頷くと、ティールの首を抱えた状態で、彼女の胴体部へと駆け寄った。眼前の男が何やら言っていた様な気がしたが、その声を最後まで聞き届ける事はなかった。

 彼女はどう見ても即死だったが、かと言って、何もせずにはいられなかった。一刻の猶予もない──本気でそう思っていた。

 彼女の身柄をコールタール先生の診療所へと運ぼうと試みた。先生なら何とか治療してくれると、縋る様な心情だった。地に伏している連中の合間を縫い、歩くのは予想以上に苦戦したものの、彼女の元へは、案外すぐに到着した。

 辿り着いた僕は膝を折り、腰を曲げると、彼女の前に屈んだ。


 ティールの頭部を抱えている方とは逆の手を、僕は伸ばした。

 そして、その手が彼女の身体に触れる寸前の事だった。反射的に、僕はその手を引いていた。

 熱湯に触れた時に、その人の意思に関わらず、脊髄反射で手を引っ込めてしまう様に、その「線」が目に入った瞬間、僕は考えるまでもなく、回避動作をとっていた。


 手を引いた直後、ほんの数瞬前まで僕の手が存在していた空間を、それが通過していた。

 通過した物は、植物の葉が1枚だけであった。

 しかし、僕の鼻先を横切った葉は、表面を魔力でコーティングされていた。葉自体の切れ味や耐久力の担保、並びに空気抵抗の改善が目的なのだろうと、その魔力を「見た」瞬間に、ある程度察しがついた。

 僕は俯いたまま、葉の飛んできた方角から、その怒声を耳にした。


「オレが先客だって言ってんだろうがよ。物分かりの悪い馬鹿はこれだからよぉ!!」


 今更確認するでもなかったが、僕は再び顔を上げた。

 先程とは打って変わり、男は苛立った様に眉を吊り上げていた。随分と、気性の荒い性格らしい。

 ……急いでるって言ったよな?


「どっちの方が、物分かり悪いってんだよ……」


 聞かれない様に、なるべく声は抑えたつもりだが、他に口を開いている者がいなかった為だろうか。

 顔面を紅潮させ、鼻の穴を膨らませると、男は喚いた。


「手前しかいねぇに、決まってんだろうが!!」


 怒号と共に、男の指先に透明な膜の様な物が集中した。遅れて、2、3枚の葉が膜に吸い込まれる様に、どこからか飛来した。

 葉が膜に触れると、葉の表面にも膜が張り出した。

 すると途端に、葉は先に見た物と同様に、魔力でコーティングされてゆく。


 つまるところ、魔力で強化した葉を打ち出す魔術なのだろう。となると、指先に集中しているのは、射撃時に必要なエネルギーも兼ねているのか。

 ……なるほど。

 

「あのう、その魔術って──」


 断じて、ティールの事を忘れていたつもりではないが、僕が声をかけようとした瞬間だった。

 カーテンの隙間から差し込む朝日の様な1本の光が、男の指先から僕の心臓目掛けて伸びていた。

 

「死ね」


 指先に触れていた葉が射出されると同時に、僕は左に跳び──目を見張った。

 その先に、もう1本別の光線が走っていたからだ。


 今しがた男の放ったばかりの葉は、その全てが、同じ線を通っていた。

 ……であれば、今、僕の跳んだ先にある、この線は?


 視界の外で、男が小さく笑んだ気がした。


「糞が……!」


 罠に嵌まったと気付いた瞬間、僕は空中で思いっきり身体を反らしていた。

 すぐさま、背後から別の葉が、高速で頭上を過ぎ去る。

 先に撃った弾丸なのかは分からないが、葉はやがて目に見えぬ程、遠方まで消えていった。

 

 総じて、僕は男の飛ばしてくる魔術を、なんとか重心を逸らして避けたのだが、ティールの頭部を庇う様な格好で転んだのは、流石に無理があったらしい。

 足を滑らせ、まともな受け身も取れずに、頭から落ちたのだ。

 

「……この餓鬼、何でオレの魔術が見えてんだ」


 遠くなる意識の中で、戦慄くような呟きが耳に残っていた。




 ※※※


 


「──君、リド君ってば」

 

 意識を失ったのは、時間にして、数秒にも満たなかったはずだ。

 けれど、その声が聞こえなかったら、僕はいつまで眠っていたのか分からない。

 

「起きろ! リド君!!」

「……糞、耳鳴りまでしてきやがる。あの人の幻聴が聞こえてくる」


 僕は跳び起きた。

 頭でも打ったのか、視界は狭まり、酔ったみたいに揺れていた。平衡感覚が狂い、足元も覚束ない。

 その上、死んだ女の幻聴まで聞こえているのだ。

 ……正直な話、僕の人生はここまでだと、諦めていた時だった。

 

「こっち見ろ、リドリー!」

「ふぇ? ティール、さん……」


 声のする方を見下ろすと、そこには両の瞼を開き、真っ直ぐに此方に視線を向けるティールの顔があった。

 首一本だけになったに関わらず、未だ芯の宿る目。

 その目を前に、僕は一人納得した。


「これは幻覚……いや、走馬灯ってヤツなのか」

「さっきから何言ってんの。寝ぼけてないで、ホラ!」


 言うが早いか、彼女は口から唾を飛ばす要領で、小石程の大きさのそれを吐き出した。一瞬の出来事ではあったが、白い歯が飛んできた。何本か歯が折れているらしい。

 吐き出された歯は僕の額に飛来すると、軽い痛みを伴い、跳ねる様に弾かれた。

 空いた手で額を抑え、僕は震える声で言った。

 

「痛……え、夢じゃない? 現実?」

「……なんともまぁ、ベッタベタな台詞だねぇ」


 眼前の女性は、首から下があれば、間違いなく肩をすくめていたであろう呆れ顔を見せていた。

 言葉を選ばずに言うと、彼女の顔を見て、僕は心底怯えていた。

 到底、人間に向ける様な表情ではなかった様に思う。

 

 だってそうだ。

 さっきまで死んだと思っていた人間が、平気な顔して冗談言ってたら、誰だって腰を抜かすはずだ。

 それは、この時の僕も例外じゃあなかった。

 

「で、でも首だけだし……何で生きてらっしゃるの? それともゾンビ?」

「ハハ……鉄砲で撃たれた鳥ちゃんみたいな顔してるトコ悪いんだけどさ、ソレに関しちゃ後で説明を──いや。これだけは言っておこうか」

「へ?」


 生まれたての四足動物よろしく、小刻みに足を震わせる僕を余所に、ティールは言う。

 その顔には、年不相応に大人びた笑顔を携えていた。


「少しだけ思い出したんだよ、昔の事。」

「…………」


 それは、僕がずっと彼女の口から聞きたがっていた言葉だった。

 聞きたがっていた──はずだった。

 

 もっと、喜ばしい事だと思っていた。

 けれど、その言葉を耳にして、僕は何も言えなかった。

 彼女の浮かべるその寂し気な笑顔の前で、返せる言葉などなかった。


「だから、ほら、大丈夫だよ」


 首から上だけの姿となったティールは、以前よりも、どこか遠い存在の様に感じられた。

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