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案内人「白雪姫」  作者: 目くじら
第2章 白雪姫と或る野盗
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第21話 死の奔流

 ──それは、喧嘩と呼べる代物ではなかった。

 当然殺し合いではあったものの、それは児戯にも等しかった。

 

 例えば、ある男がナイフで少女の首を掻き切るとする。頸動脈が切断され、噴水の様な勢いで血がほとばしる。しかし、少女はそれを気にする素振りもなく、男の鳩尾に拳を刺し込み、その意識を刈り取る。

 膝から崩れ落ちた男と、首がぱっくり切れた少女。どちらの方が重傷であるかなど、比するべくもないが、ほんの一呼吸置けば、そのバランスはすぐさま崩れる。時間が巻き戻ったかの如く、少女の首の傷がみるみる閉じるからだ。

 後に残るのは、無傷の少女と意識の無い成人男性だけとなる。


 一方的な暴力の行使。

 少女はそれを、立ちはだかる全員に与えた。

 

 どのような結果に落ち着くかは、始める前から決まっていた。

 その少女は、如何なる傷もたちまち回復し、凡百の攻撃が致命傷たり得ないのだ。

 拳一つで山を崩せる人間などいない様に、分かり切った事だった。


「……あり得ない、だろ…………こんな──」


 少女は男の呻き声を聞きながら、その顔面を踏み潰した。足を上げると、男の歯が3、4本、ポロリと口から零れ落ちる。

 顔面を覆っていた布が破け、白目を剥いて気絶した表情が露わになる。

 

 少女が最後の1人を倒すまでに、そう長い時間はいらなかった。


 


 ※※※



 

「……終わった。やっと……やっとやっと、終わったかぁあああ……」


 所々、ボロボロにすり切れた上に、返り血で黒く染まった上着を脱ぎ捨て、ティールは深い溜息を吐いた。辺りを見渡すと、そこら中に血まみれの男達が連なって倒れている。

 男達の身体で埋め尽くされたせいで、周囲には他に足の踏み場は無かった。

 彼らは皆、気を失っていたが、命に別状のある者はいなかった。男としての急所を潰されている者、足の骨が逆向きに曲がっている者をはじめとして、殆ど全員が重体であった。しかし、彼らは皆致命傷を避けられており、存命だった。死屍累々という訳ではないのである。

 男達の生死を見届けた後で、ようやく少女は肩の荷を下ろす事ができた。


「はあ、疲れた…………いや、まだ休んでいられない。やるべき事が残ってる」


 ティールは身震いと共に、緊張の糸を再び張り巡らせる。辺りを見廻し、損壊した幌馬車を視界に入れるなり、一目散に跳び出した。

 商人として、ダイデムが乗っていた馬車だった残骸に近寄り、古びた幌布をめくる。

 開かれた先にあったものは、引っ繰り返された灰皿の中身のように陰険な空気と、がらんとした静けさだけだった。

 もぬけの殻となっていた馬車から飛び降り、ティールは思考する。


「……まぁ、期待はしていなかったよ。こんなに騒いでたのに反応無かったし……」

 

 思い返してみれば、先刻ティールの後頭部を殴った男は、その馬車の陰に潜んでいた。

 それはつまり、とっくの昔にこの付近は制圧されていたという訳で──。


「遅すぎた……もう、ザルバ達に捕まった後だったんだ…………畜生っ!」


 近くに倒れていた名も知らぬ盗賊を1人、ティールは蹴り飛ばした。

 蹴られた男はそのままゴロゴロと地を半回転し、ピタリと静止した。サンドバッグ同然に扱われているにも関わらず、悲鳴1つ上げる事はなかった。どうやら、まだ気絶しているらしい。

 ティールは蹴り飛ばした男の人相を拝む間もなく地を蹴り、上擦った声を上げた。


「ザルバなら知っているはず――あいつは何処だ……!?」


 辺りを見渡すも、その居場所は判然としなかった。

 それもそのはずで、周囲には無数の人間が横たわっている。数多の人間が、さながら崩れたドミノの様に重なり合うために、目的の人物1人見つけるにも、骨が折れる有り様だった。

 その上、ティールはザルバを真っ先に倒していた。今、彼の身体は部下の下敷きになっている。

 つまるところ、ティールが彼を見つけるには、件の人間ドミノを最下層まで掘り進める必要があった。

 ティールの口から、重たい溜息が込み上げる。


「よぉ。これ、全部引っ繰り返すのぉ…………?」

 

 ティールは、己がこれから行わなければならない作業を想像して、むせ返るような吐き気を覚える。

 むっつりとした表情を浮かべながら、彼女は腰を下ろすと、手始めに、足元に寝転がった男の身体を起こし始めた。

 ぐったりと横たえる男の腰と膝下に両手を差し込み、絨毯を丸める要領で、男の身体を引っくり返す。失神して完全に脱力した男はティールの想像以上に重く、苦心して裏返した後には、得も言えぬ充足感さえあった。

 しかし、そんな小さな感慨も、すぐに散る。彼女はこれから、先と同様の作業を数十人分は続けなければならないのだ。一仕事やり終えたという達成感に酔いしれる暇など無かった。


「……よし」

 

 ポンポンと背中を叩きながら、「次」を探そうと辺りを見渡した頃だった。

 何処からか、ティールはその声を聞いた。


「まさか、ってえ感じだよ。こんな辺境で「回復」の魔術に御目にかかれるとはな――そうなんだろう? お嬢ちゃん」


 太く張った男の声は少女の後方、数メートル先から聞こえていた。

 振り向き、目を凝らし、ティールは戦慄した。

 

 ティールの付近には、倒れた盗賊の山が出来上がっている。一見した限りでは、それらの他には何も無かったものの、ある一点において、違和感があった。

 重なり合う男達の隙間を縫って、1本の指が地面と平行に沿うように、真っ直ぐと伸びていた。

 確証は無かったが、奇妙な確信があった。

 あの指を持つ男こそが、今しがた自分に声をかけた者であり、その正体は、ティールにとって明白だった。

 一度深呼吸してから、ティールは苦々しげに口元を歪めると、その名を呼んだ。


「存外しぶとい野郎だね…………ザルバ」

「あぁ、よく言われるよ。ま、お互い様だと思うがね……無敵かよ、君は」


 名を呼ばれた男──ザルバは、静かにそう答えると、慌てた様にもう片方の掌を少女に向けた。

 犬に芸を仕込む飼い主かよと、ティールは思った。

 彼は未だに顔を伏せていて、表情は見えないが、どうせヘラヘラと嘲っているだけなのだろうとも、ティールは思った。


「おっと、間違っても今の俺を蹴り飛ばしてやろうだとか……そんな馬鹿な事は考えるなよ。良いか? これはお前の為なんだぜ…………まぁちょっぴりだけ、オレの身の安全の為でもあるがな」

「……どういう意味だ」


 勿体ぶった物言いのザルバを急かす様に、ティールは矢継ぎ早に訊ねる。

 しかし、そんな少女の質問に、ザルバは呆れた様に深い溜息で返した。さながら、物分かりの悪い生徒に難儀する教師の様な声音だった。


「どういう意味だ……って、ホントに分かってないのか? 素っ惚けている様には──見えないンだよなァアアーー……。演技派にも見えないしなァアアア…………どういう訳なんだか」

「だから……さっきから何を言って──」 

「はぁ……ティールちゃん、まだ気づかんの? ……あっち向いてみ」


 ザルバはぴんと指先を伸ばした右手はそのままに、先程から空いていた左手である場所を示した。

 面倒な説明を省くためだったのか、ザルバは億劫そうに左手をだらりとぶら下げつつも、ある方角に向けていた。

 その先には、先刻ティールが此処に来る途中で通ってきた道があり、其処を、ザルバの右手の指先はじっと狙っていた。


 ザルバの指先には、村から此処へ向かってくる1人の青年がいた。

 その青年は、ティールの良く知る人物で──その姿を見た直後、少女は自身の頬を思いっきり抓った。夢幻のたぐいではないかと、そう思ったからだ。

 青年の姿を視界に入れたティールは、突如として頭から冷水を浴びせられた様な、呆然とした表情で小さく呟いた。

 

「リド君……?」

 

 その正体は、ほんの数十分前まで少女と共にいた青年であった。

 彼とは、盗賊を自称する不審者を共に捉えた後で、一旦別れている。そして、今は不審者らを見張っているはずであった。

 故に、どうしてここに彼が来ているのか、全くもって、訳が分からなかった。

 

 しかし、混乱の最中にあるティールとは逆に、ザルバは得心いった様子だった。

 

「ほうほう、矢っ張り彼が愛しのリド君に相違ないと……。でも、まだこっちの事態には気づいていないみたいだ。まぁ、ほぼ全員寝転がってる訳だからな。丁度、見えにくい角度なんだろう」

「…………」

「その反応から察するに、想定外の事態ってところだろうな。大きなお目々をパッチリ開けてるもんなぁ!」

「──ッ! ちょっと黙っ」


 煽るような態度のザルバをいい加減に黙らせようと、ティールが男達の身体を絨毯代わりに歩き始めた頃だった。

 それまでと同様に軽い声音で、ザルバが言った。

 

「ところでティールちゃん、オレが魔術師の端くれだってのは聞いてるか?」

「……………………何だそれ」

「おや、手配書には書いてない情報だったか……それとも単に、呆けているだけなのか……。まぁ、どっちでもいいが」


 そう乾いた笑い声を上げるザルバの指先には、いつの間にか、ふよふよと何か薄っぺらい物体が漂っていた。

 彼が伸ばした指を軸として、その周りを円形軌道上に回転していた。

 薄緑色で、紙片よりはやや肉厚。中心部にはうっすらと白い筋の走るそれは、まごう事なき──植物の葉であった。

 

「見ての通り、オレの魔術は葉っぱを操る事ができるのさ。そして、その葉っぱを──鉛玉みたいに発射できる」

「……何だって?」

「いや、弾丸ってよりかは刃物に近いか。葉先を魔力でコーティングして飛ばすからな。見た目の割には、よく切れるんだ。人間の首くらい、簡単に切断できる程にな」


 ザルバがそう言った次の瞬間、彼の指先にあった1枚の葉は、見えない壁にぶつかった様に、その場に静止した。

 空中でピタリと固定された葉は、此方に向かって来る青年の方向へと角度を整えていた。

 続くザルバの声に、ティールの心臓は音を立てて跳ねた。

 

「射程距離は大体……あれくらいなら余裕だよ。……万に一つも、外しはしない」

「は? ……おい、まさか」


 青ざめるティールを視界に入れる事もなく、ザルバは微笑んで言った。

 

「何だ、やっと気づいたのか? 鈍いんだな、ティールちゃんは」

「やめろ」


 ザルバの元に向かおうとするティールだったが、終ぞその足が前進する事はなかった。

 彼女の足元に広がる男達の身体、血や汗で濡れた衣類に足を取られ、ザルバの凶行を止める事はできない──それは、彼女には周知の事実だった。

 自分の事は、自分が一番分かっている、とでも言わんばかりに。


「畜生!」

 

 故に、諦めはすぐに付いた。

 彼女はザルバの元に向かう事を諦めた。彼に背を見せ、駆けていた。

 ザルバはティールの後ろ姿を見ると、満足そうに深く頷き、言った。


「よし、それで良い。100点満点だ」




 ※※※



 

 ──ザルバはずっと待っていた。

 無敵のティールを崩す絶好の機会を。

 

 リドリーとザルバの射線上。

 遮る物など何も無かったはずのその道に、その少女が割って入ってくる事を。


 


「逃げろ! リドく──」



 

 ティールはその言葉を最後まで喋る事ができなかった。

 ザルバが放った葉の斬撃は、彼の宣言通り、ティールの首を根本から切り飛ばしていた。やがて、宙に舞ったティールの首は、ゴトリと音を立て落ちた。首から上を失ったティールの肉体は崩れ落ち、力なく地面に突っ伏した。

 今しがた、自分で切り落とした首を遠目に眺めながら、ザルバはゆっくりと起き上がる。

 

「なぁ、「回復」の魔術ってのは、首から下が無くなっても使えるのか? 実物見るのは初めてだからよ。生きていたら、教えてくれや」


 ザルバは上着についた砂埃や汚れを払い落し、大きく伸びをする。

 パキポキと骨の鳴る音を聞きながら、先程少女に殴られた鼻を撫で──ある事に気が付いた。


「…………骨、曲がってんじゃねーか」

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