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案内人「白雪姫」  作者: 目くじら
第2章 白雪姫と或る野盗
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第20話 飛び道具

 ──さっさと返しを済ませないと。


 ティールは迷っていた。

 威勢のいい啖呵を切ったはいいものの、誰から殴りかかるか。最初の一人をどう選別したものかと、決めあぐねていた。

 無論、そう長時間も迷いに迷っていた訳ではない。さして1、2秒の逡巡。

 当然、彼女が格好をつけたかっただけではない。彼女の名誉の為に言っておくと、一応理にかなっている話だった。


 現在、彼女から僅か数メートルの距離を取って、ザルバの部下である数十名の盗賊がぐるりと取り囲んでいた。

 360度、いずれの方向も、男たちの纏っているボロ布のカーテンが彼女の視界を遮るように。

 

 先刻、彼らの仲間の一人を倒した事で、彼らの中で、ティールへの警戒心は何倍にも膨れ上がっていた。

 ある者は懐から刃物を取り出し、またある者は拳を握りしめ、またまたある者はいつでも地面を踏み込める様にと、踵を地面から浮かせていた。

 頭に巻いている布のせいで表情を窺い知る事は叶わないものの、彼らの一挙手一投足を見れば、自分がどう認識されているかは明白であった。そして、それが分からない程、ティールは阿呆ではなかった。


 皆、殺気めいた表情で、じりじりとにじり寄っていた。

 一触即発とは、今の様な状況を指すのだろうと、ティールは思った。

 今この状況で、何の予告もなく一声あげれば、自分は瞬きする間もなく、血を練り歩くアリの様に踏みつぶされるだろう。

 もっとも、何もせずとも、いずれ始末されるはずだ。

 彼女の足がこの村で一番速いと言えども、この人数相手に逃げ切れる保証などなく、そもそもそんな真似をすれば、怒りの矛先を失ったザルバ達の手は、この村の人間に及ぶ。

 コールタールの忠告に従い、逃げるという選択肢は、あってない様なものだった。


(折角格好つけたのに、しまらないなぁ)


 ティールは震える指先を握りしめ、奥歯を嚙み締める。男達から受けた拷問の傷は「何故か」完治していた。

 腕の骨折は治癒しており、失った爪も生え揃っている。身体的動作を行う上で、不自由な点は何1つない。

 

 故に、殴り合いは出来るのだが、如何せん数の差はどうしようもない。

 仮に、彼らの力量が先に殴り倒した男と同程度だったとしよう。一対一で勝てるものだと見よう。しかし、よしんば一人倒せたとして、二人三人、五人十人と捌けるかと言えば、別の話である。

 

 そこで最初の疑問に帰結する──誰から殴るべきだろうか、と。

 ティールにとっては、殺されるにしても、どうせなら一人でも多く道連れにしたいものである。

 とは言え、無茶な戦力差である。正直、如何なる抵抗も無為に終わるのではないかと、内心諦めていた時だった。

 

 ティールを囲む男達の後方から、荒げた声が聞こえた。


「お前ら、何怖気づいてやがる──さっさと殺せ」

「…………」


 顔を見ずとも、その声を発した者の正体は、手に取るように分かった──ザルバ・ド・ティーチである。

 ザルバの声を聞き、男達の間を漂っていた鈍重な空気は去っていった。先程まで彼らがティールに向けていた、得体の知れない化物を見る様な目は、砕くべき敵を決めた闘志ある眼差しに一変していた。


「「「───────!!」」」

 

 男達は勝鬨とも取れる様な声を上げた。ザルバの命令により、彼らの中からティールに対する恐怖心は既に吹き消されていたのである。

 彼らは一枚岩となり、敵を貫く矛となった。

 たった一言で、ザルバは己の部下をまとめ上げていた。

 

 そして、そんな彼の言葉を聞き、電流が駆け抜けた様な衝撃を受けた者が、もう一人だけいた。

 ティールは、ザルバの部下よりも早く動き出していた。彼らが雄叫びを上げる寸前、既に彼女は駆け出していた。

 彼女の頭には、何の脈絡もなく、あるアイデアが浮かんでいた。

 天啓という奴である。

 

 皮肉な事に、彼女を絶体絶命の窮地から救ったのは、その元凶そのものだった。

 彼の声を耳にした瞬間、彼女は先刻まで浮かんでいた疑問が氷解する音まで、確かに聞こえたのだから。


 ティールは駆けた。

 誰にも気づかれぬよう、息を殺し、気配を消した。

 音を立てぬよう、無意識に靴を脱ぎ捨て、素足となっていた。

 

 チャンスは今。雄叫びを上げる男達が、ティールから僅かに注意が途切れた数秒のみ。

 悠長にしている暇はないが、これから自分がやろうとしている事を勘付かれてもいけない。

 男達にぶつからない為に身を滑らせ、細心の注意を払い、隙間を抜ける。

 全速力で疾走し続けると、やがて「ゴール」が見えてきた。


「………………は?」


 人混みを抜けてきたティールの存在に、一瞬遅れて「ゴール」が気付く。

 口を半開きにして、眼前で起こっているあり得ないはずの事実に、目を瞬かせる。

 その間抜け面に、ティールが拳を打ち込むのは、訳ない話だった。


「な、何でお前が此処まで来れ──」


 一人混乱する彼は、その言葉を最後まで言えなかった。

 ティールの拳を叩きこまれた「ゴール」もとい、ザルバ・ド・ティーチは錐揉み状に宙を舞った。

 ほんの一瞬の空中散歩の後、彼は仰向けに地面に接地。

 そのままピクピクと手足を痙攣させていたザルバだったが、遂に彼は昏倒した。


 その一部始終を仕出かした張本人、ティールは僅かに顔を顰めて言った。


「ある程度の組織を潰すなら、まずは司令塔を叩く。その司令塔が絶対の力を持っているなら、尚の事だ。子供だって思いつく単純な話だけれど、それだけ有効……ってところかな。さて……」


 ティールは未だに熱狂している男達を見据えて、肺いっぱいに息を吸った。

 倒れるザルバを指差し、彼女は腹に力を籠め、喉を開いた。


「皆さーーーん! 注、目ーーーっ!!!」


 ティールのけたたましい大声が、男達の叫び声を押しのけた。

 突如として、男達の騒々しい振舞いはしんと鳴りを潜め、ティールと彼女が指し示す先に視線が動く。

 男達は数秒状況を理解できずに固まっていたが、徐々に困惑と焦燥の色が広がっていく。

 仲間同士で顔を見合わせ、目の前の光景を理解しようとしているようだった。


 彼らの様子を見ると、ティールは肩をすくめて苦笑する。


「自分達のボスがやられたってのに、何も言わないんだな。さっきまで、あれだけ騒いでたのに……ま、いいか──そんな事より、私から君達に一つ訂正させてほしい」

「「「…………」」」


 男達は、先程までの浮かれた雰囲気とは一転して、冷めた感情で構えを取っていた。

 今でこそ気絶しているが、ザルバは自分の部下達に命令を下している。

 命令は、男達を社会のはみ出し者から、忠実な兵士に変える。個ではなく、群として、その力を何倍にも増幅させて。

 先刻、ティールを背後から襲った件についても、事前にそうする様に、ザルバは指示を出していた。

 

 故に、ティールは初手でザルバを叩いたのだ。

 司令塔を崩し、男達を混乱させる為に。

 

 生憎、ザルバの指示は既に下されており、ティールの目論見はその半分しか果たされなかった訳だが、それでも今の彼女にとっては充分な成果だった。ティール本人は自覚していないが、目の前にいる40~50人程度の男達を相手取るには、それだけの準備があれば事足りるのである。

 何の変哲もない只の一般人であれば、例え逆立ちしてもあり得ない話であったが、彼女にとってはその限りではなかった。

 

 先刻蘇ったばかりの記憶が、今でもまだティールの脳裏にこびり付いていた。

 己が血に倒れ伏し、しかし何事も無かった様に完治した、二度の記憶。

 その裏付けをせんとばかりに、今しがたザルバを殴りつけた際に生じた突き指が、既に完治していた。

 治ったばかりの拳を握りしめると、ティールは歯を剥き出して笑い、言った。

 

「先程、君達にはこの村から出ていけと言ったが、取り消すよ。そんな必要はない。全員ここでお縄についてもらう。長い長いお勤めの時間だ」

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