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案内人「白雪姫」  作者: 目くじら
第2章 白雪姫と或る野盗
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第19話 それでも彼女は生きている

 ザルバとその部下による拷問が始まってから、数分が経過していた。

 長時間とは言えないものの、現在進行形で拷問されているティールにとっては、その限りではなかった。

 彼女の体感時間では、既に半日以上が経過していた。

 彼女の左手指からは、5枚全ての爪が剥がされ、これから右手指に取り掛かるところだった。


「ふぁああああっ…………」


 部下が粛々と拷問を続ける一方で、長たるザルバは大欠伸をかましていた。

 早々に拷問を部下に丸投げしたザルバは、それからというもの、暇そうに指先でくるくると木の葉を弄ぶだけだった。

 時折葉を口に咥えたり、草笛の様に用いたりしていたが、ティールの拷問がひと段落ついたところに気付くと、大きく身体を伸ばし、切り出した。


「お、やっと5枚目? んじゃあこれから6枚目となる訳だ……ねぇ。そろそろ教えてくれてもいいんじゃあないの? オレの何が不満なのか」

「……そんな簡単な事も分からないのかい。まぁ、日陰者なら、その程度か」


 同じ刺激ばかりだったからか、いい加減ティール痛みにも慣れだしていた。軽口を叩く余裕も生まれる程に。

 それに気づいたザルバは、失望したと言わんばかりにがっくりと肩を落とす。

 

「愛しのリド君から、口の利き方を教えてもらったら良かったのに…………なァ!」


 ティールの視界が青に染まる。

 数秒遅れて、彼女は自分が空を見上げている事に気付いた。仰向きになって倒れている事にも。

 身体を起こすでもなく、自分の顔を撫でた手の平には、血のりがべったりと付いていた。どうやら、鼻の骨が折れているらしかった。


「いづ…………ってぇなあ……畜生が」


 悪態をつくティールの口の中は、鉄の味がした。

 大の字に寝ている彼女の視界の外で、ザルバが言う。


「顔を殴ったり、手足をもぐ様な真似は避けたかったんだけどな。オレ、治癒魔術使えないし。申し訳ないんだけどさ──片端の女を愛せる自信が、微塵もないんだよねぇ。だから、大人しく言う事を聞いてもらいたいんだけど」

「………………」

「……ホント、強情だね」


 ティールは片手で曲がった鼻を治しつつ、ザルバを睨めつけていた。

 その目には、彼の要求する服従の色は一滴たりとも含まれてはいなかった。ただ、変わらぬ敵意だけが其処にあった。

 

「はぁ。そういう態度、個人的には嫌いじゃあないけれど……如何せん、これだけの部下の前だしね。オレにも面子って奴がある──よし、じゃあ、こうしよう」


 ザルバは芝居がかった様子で、腕を広げる。


「手始めに、先日、君とリド君から猪を購入した一家を殺す。皆殺しにして、その首を持ってくるとしよう。それを皮切りに、他の村人も一軒ずつ潰していく。順番はどうでも良いか……あ! でも最後の人間だけは決めておこう!」

「最後……?」

「流れで察しろよ。リド君しかいないだろう。彼だけは、君の眼前で首を落とす。こう、生きたままギロチンにかけるみたいにさ。泣き叫び、無様に命乞いする姿が、目に浮かぶ様だよ……想像しただけで、腰の奥が熱くなってくるねェ!?」

「…………」

「うんうん。さっきから何も言わないけれど……どんどん顔色が悪くなっていくね。良いよ良いよ。その調子さ! 君みたいな人間は、自分よりも他人が傷つく方がよーーく効くんだよな!! オレには一生、理解できそうにもないけど!!」


 段々とヒートアップするザルバに対して、ティールの顔色は加速度的に悪化していく。

 

「…………そんなつまらない真似はよすんだ。そうじゃないと、私は──」

「オレを絶対許さない、とでも? おいおい、しっかりしてくれよ! ティールちゃん、頭殴られすぎて、おかしくなっちまったのか?」

「……かもね」

「いいか!? 君には、オレに上から説法する権利なんかないんだよ! 君の命はオレに握られている。オレに従う以外の選択肢は存在しない」


 そこまで言うと、ザルバは先程までと打って変わった落ち着いた様子で、囁くように言った。

 

「もう終わりなんだよ。君にはもうどうしようもない。ただそこで、ミミズ同然に這いつくばっているか、オレの機嫌取りに身体使うか。二つに一つだ」

「……ザルバ、2つだけ言いたい事がある」

「お? 何だ、ようやく気が変わったのか? じゃあ早速──」

「1つ、君はもう少し品性を磨くべきだ。つまらない下ネタばかり言っていると、ただでさえ馬鹿なのに、それがなおさら際立つ。先刻君が気にしていた「面子」とやらにも、響くんじゃあないのかな」

「……何だと?」

「そしてもう1つの方だが……さっさとこの村から出ていけ。ここに、君達の居場所は無い」

「えーーっと、聞き間違いかな? 今、出ていけって聞こえたんだけど」

「ちゃんと聞こえてるじゃん。良かった良かった」

「そうか…………お前ら、もう一遍ぶちのめしてやれ。手加減しすぎたみたいだからよ。今度は、手ェ抜くんじゃねえぞ……ちゃあんと躾けとけよ」

「躾けかーまるで野良犬扱いだな。私」


 そう言うと、ティールは後ろを向き、「なぁ君達にも1つ良いかい?」と無数に控えているザルバの部下達に親し気に語り掛けた。

 その顔には、先刻まで拷問されていたとは到底思えない程、澄んだ笑みがあった。

 

「「「………………」」」

 

 不敵に笑うティールに対して、彼らは一言も応じなかった。

 さながらケース内に並べられた人形の群の様に、身じろぎ一つしない。

 老夫婦を襲撃したクラウンとは、随分様子が異なっていた。一言でいえば、飼い慣らされている。

 ……ひょっとすると、クラウンは珍しいタイプなのかもしれないな、とティールは思った。

 

「返事もできないのか、盗賊ってのは。まぁ良いさ、私だって、君達のリーダーからの要求を、ことごとく突っぱねている。今さら、君達と仲良く談笑する気もさらさらない。けれど、一応忠告だけはしておこうと思ってね……私を殺るなら、一撃で終わらせた方が良い。槌か何かで頭をかち割るとかさ」


「いや、その……なんとなく、そう思うってだけなんだけど。中途半端にいたぶるのは逆効果だよ。いやホント……何故、そうなのかって聞かれても、私にだって説明は不可能なんだけれど。でもね、どういう訳か、そういう確信だけはあるんだ。私は絶対に、こんな処で死にはしないって」


 男達に話しかけつつ、ティールは自分にも向けて、言葉を紡いでいた。考えるよりも先に、独りでに唇が動いていた。

 理屈は分からなかったが、何故か全てが真実だと、そう思えた。

 浅い眠りの中で、夢を夢だと認識できる様に、彼女はそう確信していた。


「そうだよ。何で私はこんな奴らに、いい様にやられているんだ? ……下らない」 

「──おい、その女、様子がおかしいぞ。お前ら、早くぶちのめせ!!」


 ティールに生じた違和感に、最初に気付いたのは、離れてその場を眺めていたザルバだった。

 口に咥えていた葉を落とし、彼は咄嗟に命令を下した。

 

 ザルバの下命に従い、部下は黙したまま頷き、ティールを殴り、蹴り始めた。

 顔、首、上肢、下肢、指先、上腹部、下腹部。

 

 先刻まで、彼らが長時間にわたって行おうとしていたのは言ってしまえば、痛みによる個人の管理だった。

 子供の教育や犬の躾けに、近いものだった。

 

 しかし、今、彼らが振るっている暴力は、それとは別物であった。

 例に挙げると、銃。それがこの場にあれば、彼らは真っ先に引き金を引いただろう。脳天や心臓、その他重要臓器を撃ちぬいたはずだ。

 スコップがあれば、頭蓋骨を砕いていた。縄で頸動脈を絞め、脳を酸欠にしただろう。


 殺すための暴力だった。

 

 男達の暴力が殺到する中、ティールはゆっくりと口を開いた。


「そうだ、あの日、私は彼に撃たれた。私の胸から血が噴き出して、私はその血溜まりの中にいた。死んでいたはずだったんだ、あの瞬間に」


 ──でも、生きている。


「昨日の夕方も、そうだった。間抜けな話さ。彼が出かけている間に小腹の空いた私は、作り置きしていたパイを食べようとして……イスに躓いたんだ。そして、転んだ。フォークを手に握ったまま。そして、そのフォークで、誤って自分の喉を貫いてしまった」


 ──それでも、生きている。


「だから、きっと今回も大丈夫なんだろう。恐らく明日の朝には、何事も無かった様に、私はピンピンしていて──」


 己を袋叩きにしている男達の姿を、ティールは1人ずつ順番に見た。ざっと見ただけで、10人以上。

 その中の1人、彼女の首の骨を折ろうと、両手で掴んでいる男を見た。特に理由があった訳ではない。なんとなくだった。


 その男の顎先目掛けて、ティールは下から拳を振りぬいた。


「いつも通り、彼と朝食を共にすると、決まっている」


 その台詞を皮切りに、ティールは跳ね起きた。

 ぺっと血を吐き、肩を回す。

 彼女の足元には、顎から脳天まで揺らされ、意識のない男が転がっていた。


「「「………………」」」

 

 思わぬ反撃を食らい、仲間を1人倒された男達は口にこそ出さなかったが、動揺があった。

 ティールから距離を取るように、すぐに人が掃けた。

 彼らの目にあったのは、意識のない男だけではなかったからだ。

 

 そこには、五体満足で涼しい顔をしているティールもいた。

 彼女は凝り固まった首や肩をほぐす様に、上半身を伸ばして、ゴキゴキと骨を鳴らしていた。

 それが問題だった。

 その腕は、彼らに粉砕されたはずの右腕だった。つい先刻負ったばかりの打撲や骨折などは、どこにも有りはしなかった。

 

 おまけに指先には、両手共に綺麗なピンク色の爪が生えていた。

 数分前に執行したはずの拷問など、彼らの気のせいだとでも言わんばかりに。


「お前、何者だ?」

 

 比較的、大人しく静観を決め込んでいたザルバが、ティールに訊ねた。

 ティールは数秒思考した後、困った様に苦笑して、言った。

 

「残念ながら、そこまでは思い出していないんだ。けれどそんな事、今はどうでも良いじゃあないか」

 

 ティールはぽきぽきと指の骨を鳴らし、彼女を取り囲む男達を一瞥した。


「さっさと返しを済ませないと」

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