第19話 それでも彼女は生きている
ザルバとその部下による拷問が始まってから、数分が経過していた。
長時間とは言えないものの、現在進行形で拷問されているティールにとっては、その限りではなかった。
彼女の体感時間では、既に半日以上が経過していた。
彼女の左手指からは、5枚全ての爪が剥がされ、これから右手指に取り掛かるところだった。
「ふぁああああっ…………」
部下が粛々と拷問を続ける一方で、長たるザルバは大欠伸をかましていた。
早々に拷問を部下に丸投げしたザルバは、それからというもの、暇そうに指先でくるくると木の葉を弄ぶだけだった。
時折葉を口に咥えたり、草笛の様に用いたりしていたが、ティールの拷問がひと段落ついたところに気付くと、大きく身体を伸ばし、切り出した。
「お、やっと5枚目? んじゃあこれから6枚目となる訳だ……ねぇ。そろそろ教えてくれてもいいんじゃあないの? オレの何が不満なのか」
「……そんな簡単な事も分からないのかい。まぁ、日陰者なら、その程度か」
同じ刺激ばかりだったからか、いい加減ティール痛みにも慣れだしていた。軽口を叩く余裕も生まれる程に。
それに気づいたザルバは、失望したと言わんばかりにがっくりと肩を落とす。
「愛しのリド君から、口の利き方を教えてもらったら良かったのに…………なァ!」
ティールの視界が青に染まる。
数秒遅れて、彼女は自分が空を見上げている事に気付いた。仰向きになって倒れている事にも。
身体を起こすでもなく、自分の顔を撫でた手の平には、血のりがべったりと付いていた。どうやら、鼻の骨が折れているらしかった。
「いづ…………ってぇなあ……畜生が」
悪態をつくティールの口の中は、鉄の味がした。
大の字に寝ている彼女の視界の外で、ザルバが言う。
「顔を殴ったり、手足をもぐ様な真似は避けたかったんだけどな。オレ、治癒魔術使えないし。申し訳ないんだけどさ──片端の女を愛せる自信が、微塵もないんだよねぇ。だから、大人しく言う事を聞いてもらいたいんだけど」
「………………」
「……ホント、強情だね」
ティールは片手で曲がった鼻を治しつつ、ザルバを睨めつけていた。
その目には、彼の要求する服従の色は一滴たりとも含まれてはいなかった。ただ、変わらぬ敵意だけが其処にあった。
「はぁ。そういう態度、個人的には嫌いじゃあないけれど……如何せん、これだけの部下の前だしね。オレにも面子って奴がある──よし、じゃあ、こうしよう」
ザルバは芝居がかった様子で、腕を広げる。
「手始めに、先日、君とリド君から猪を購入した一家を殺す。皆殺しにして、その首を持ってくるとしよう。それを皮切りに、他の村人も一軒ずつ潰していく。順番はどうでも良いか……あ! でも最後の人間だけは決めておこう!」
「最後……?」
「流れで察しろよ。リド君しかいないだろう。彼だけは、君の眼前で首を落とす。こう、生きたままギロチンにかけるみたいにさ。泣き叫び、無様に命乞いする姿が、目に浮かぶ様だよ……想像しただけで、腰の奥が熱くなってくるねェ!?」
「…………」
「うんうん。さっきから何も言わないけれど……どんどん顔色が悪くなっていくね。良いよ良いよ。その調子さ! 君みたいな人間は、自分よりも他人が傷つく方がよーーく効くんだよな!! オレには一生、理解できそうにもないけど!!」
段々とヒートアップするザルバに対して、ティールの顔色は加速度的に悪化していく。
「…………そんなつまらない真似はよすんだ。そうじゃないと、私は──」
「オレを絶対許さない、とでも? おいおい、しっかりしてくれよ! ティールちゃん、頭殴られすぎて、おかしくなっちまったのか?」
「……かもね」
「いいか!? 君には、オレに上から説法する権利なんかないんだよ! 君の命はオレに握られている。オレに従う以外の選択肢は存在しない」
そこまで言うと、ザルバは先程までと打って変わった落ち着いた様子で、囁くように言った。
「もう終わりなんだよ。君にはもうどうしようもない。ただそこで、ミミズ同然に這いつくばっているか、オレの機嫌取りに身体使うか。二つに一つだ」
「……ザルバ、2つだけ言いたい事がある」
「お? 何だ、ようやく気が変わったのか? じゃあ早速──」
「1つ、君はもう少し品性を磨くべきだ。つまらない下ネタばかり言っていると、ただでさえ馬鹿なのに、それがなおさら際立つ。先刻君が気にしていた「面子」とやらにも、響くんじゃあないのかな」
「……何だと?」
「そしてもう1つの方だが……さっさとこの村から出ていけ。ここに、君達の居場所は無い」
「えーーっと、聞き間違いかな? 今、出ていけって聞こえたんだけど」
「ちゃんと聞こえてるじゃん。良かった良かった」
「そうか…………お前ら、もう一遍ぶちのめしてやれ。手加減しすぎたみたいだからよ。今度は、手ェ抜くんじゃねえぞ……ちゃあんと躾けとけよ」
「躾けかーまるで野良犬扱いだな。私」
そう言うと、ティールは後ろを向き、「なぁ君達にも1つ良いかい?」と無数に控えているザルバの部下達に親し気に語り掛けた。
その顔には、先刻まで拷問されていたとは到底思えない程、澄んだ笑みがあった。
「「「………………」」」
不敵に笑うティールに対して、彼らは一言も応じなかった。
さながらケース内に並べられた人形の群の様に、身じろぎ一つしない。
老夫婦を襲撃したクラウンとは、随分様子が異なっていた。一言でいえば、飼い慣らされている。
……ひょっとすると、クラウンは珍しいタイプなのかもしれないな、とティールは思った。
「返事もできないのか、盗賊ってのは。まぁ良いさ、私だって、君達のリーダーからの要求を、ことごとく突っぱねている。今さら、君達と仲良く談笑する気もさらさらない。けれど、一応忠告だけはしておこうと思ってね……私を殺るなら、一撃で終わらせた方が良い。槌か何かで頭をかち割るとかさ」
「いや、その……なんとなく、そう思うってだけなんだけど。中途半端にいたぶるのは逆効果だよ。いやホント……何故、そうなのかって聞かれても、私にだって説明は不可能なんだけれど。でもね、どういう訳か、そういう確信だけはあるんだ。私は絶対に、こんな処で死にはしないって」
男達に話しかけつつ、ティールは自分にも向けて、言葉を紡いでいた。考えるよりも先に、独りでに唇が動いていた。
理屈は分からなかったが、何故か全てが真実だと、そう思えた。
浅い眠りの中で、夢を夢だと認識できる様に、彼女はそう確信していた。
「そうだよ。何で私はこんな奴らに、いい様にやられているんだ? ……下らない」
「──おい、その女、様子がおかしいぞ。お前ら、早くぶちのめせ!!」
ティールに生じた違和感に、最初に気付いたのは、離れてその場を眺めていたザルバだった。
口に咥えていた葉を落とし、彼は咄嗟に命令を下した。
ザルバの下命に従い、部下は黙したまま頷き、ティールを殴り、蹴り始めた。
顔、首、上肢、下肢、指先、上腹部、下腹部。
先刻まで、彼らが長時間にわたって行おうとしていたのは言ってしまえば、痛みによる個人の管理だった。
子供の教育や犬の躾けに、近いものだった。
しかし、今、彼らが振るっている暴力は、それとは別物であった。
例に挙げると、銃。それがこの場にあれば、彼らは真っ先に引き金を引いただろう。脳天や心臓、その他重要臓器を撃ちぬいたはずだ。
スコップがあれば、頭蓋骨を砕いていた。縄で頸動脈を絞め、脳を酸欠にしただろう。
殺すための暴力だった。
男達の暴力が殺到する中、ティールはゆっくりと口を開いた。
「そうだ、あの日、私は彼に撃たれた。私の胸から血が噴き出して、私はその血溜まりの中にいた。死んでいたはずだったんだ、あの瞬間に」
──でも、生きている。
「昨日の夕方も、そうだった。間抜けな話さ。彼が出かけている間に小腹の空いた私は、作り置きしていたパイを食べようとして……イスに躓いたんだ。そして、転んだ。フォークを手に握ったまま。そして、そのフォークで、誤って自分の喉を貫いてしまった」
──それでも、生きている。
「だから、きっと今回も大丈夫なんだろう。恐らく明日の朝には、何事も無かった様に、私はピンピンしていて──」
己を袋叩きにしている男達の姿を、ティールは1人ずつ順番に見た。ざっと見ただけで、10人以上。
その中の1人、彼女の首の骨を折ろうと、両手で掴んでいる男を見た。特に理由があった訳ではない。なんとなくだった。
その男の顎先目掛けて、ティールは下から拳を振りぬいた。
「いつも通り、彼と朝食を共にすると、決まっている」
その台詞を皮切りに、ティールは跳ね起きた。
ぺっと血を吐き、肩を回す。
彼女の足元には、顎から脳天まで揺らされ、意識のない男が転がっていた。
「「「………………」」」
思わぬ反撃を食らい、仲間を1人倒された男達は口にこそ出さなかったが、動揺があった。
ティールから距離を取るように、すぐに人が掃けた。
彼らの目にあったのは、意識のない男だけではなかったからだ。
そこには、五体満足で涼しい顔をしているティールもいた。
彼女は凝り固まった首や肩をほぐす様に、上半身を伸ばして、ゴキゴキと骨を鳴らしていた。
それが問題だった。
その腕は、彼らに粉砕されたはずの右腕だった。つい先刻負ったばかりの打撲や骨折などは、どこにも有りはしなかった。
おまけに指先には、両手共に綺麗なピンク色の爪が生えていた。
数分前に執行したはずの拷問など、彼らの気のせいだとでも言わんばかりに。
「お前、何者だ?」
比較的、大人しく静観を決め込んでいたザルバが、ティールに訊ねた。
ティールは数秒思考した後、困った様に苦笑して、言った。
「残念ながら、そこまでは思い出していないんだ。けれどそんな事、今はどうでも良いじゃあないか」
ティールはぽきぽきと指の骨を鳴らし、彼女を取り囲む男達を一瞥した。
「さっさと返しを済ませないと」




