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案内人「白雪姫」  作者: 目くじら
第2章 白雪姫と或る野盗
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第18話 不意打ち

「そう、その手配者に描かれているのは、オレの事だ。ザルバ・ド・ティーチ……イカした名前だろう。偽名だけど」


 鼻の穴を膨らませ、ザルバはそう宣言した。

 彼の前には、1人の少女と、全壊した元・幌馬車があった。

 馬車を背に、少女はザルバを睨み付けている。その上、いつでも動けるためにと僅かに腰を落とすその様子が、まるで我が子を守る母親みたいだなと、ザルバは思った。

 もっともこの場合、子は全壊した幌馬車となる訳だが。

 

「ところでお嬢さん、お名前は?」

「知らない人とは、口を聞くなって言われてるんだ」

「何を今更……オレたちはもうすっかり打ち解けてるじゃあないか。ティールちゃん?」

「……どうして私の名前を知ってる」


 名乗っていないはずの名を呼ばれた少女は、当惑に眉を顰める。

 眼前の男へ一歩にじり寄り、穴が開くほどの視線を浴びせていた。

 しかし、男の方はと言うと落ち着いたもので。すぐに右の指で目尻を引っ張り、左の指を鼻孔に突っ込むと、とぼけた様に言った。


「目鼻が利くモンで。あんまりオレには歯向かわない方が良いと思うよ?」

「犯罪者はいつだってそう言う」


 少女が間髪入れずに吐き捨てると、ザルバは顔の前で「違う違う」と手を振った。

 

「そーゆー意味じゃあない。悪党お約束の常套句とは、別モンさ」

「……何が言いたいのかな?」

「そうだな。つまり──」


 少女からの問いに、ザルバはしばし返事に窮した様に、沈黙して、首を捻る演技をした。

 それが眼前の少女を嘲るものである事を、少女自身も重々承知していた。あえて、返事を先送りにしているのだと。

 ザルバが答えを吐くまでの数十秒、少女は貧乏ゆすりと共に「勿体ぶりやがって……」と愚痴をこぼす他なかった。

 

 ただ、少女がそんな態度をとれていたのは、少女本人が僅かに余裕を残していたためだった。

 体力的にも精神的にも、少女は力を温存していたが故に、ザルバの横柄な振舞いに苛立ちを覚えても、冷静さを損ないはしなかった。

 

 それが崩れたのは次の瞬間。ザルバが思い出した様に放った一言が原因だった。

 

「リドリー君だっけ、君の居候先。ガタイ良いよね、彼氏とか?」

「………………は?」


 内臓を素手で鷲掴みにされている様な感触だった。

 先刻、自分の名を口にされた時よりも、数段上の不快感。

 それが何を意味するのか、少女自身もよく分からないまま、震える声で訊ねた。

 

「…………どうして、彼の事も知ってる?」

「言ったろう? 目鼻が利くって──そいつらが教えてくれた」

「そいつらって、誰の事だ。複数いるのか?」


 口端を上げて、ザルバが嗤う。

 

「何だ、瞳孔開いてるよ? もしかして、本当に君たち2人ってそういう仲なのかな? 冗談のつもりだったんだけどなー」

「お前と長話する気はないんだよ。さっさと答えろ。お前にリド君の情報を渡したそいつらとは、何者だ」

「へぇ! リド君って呼んでるのかぁ! かわいい愛称だねぇ、オレもそう呼ぼうかな」

「うるせぇ、早く答えろ!! 私達を調べたのは、何処のどいつなんだ!?」

「ハハ、そういう君こそうるせーっての。そこだよ、そこに居るよ」


 ザルバが手指を前に伸ばした。

 その指先は、彼の真正面に伸びていた。

 当然の反応として、彼の正面にいた少女──ティールは声を荒げる。

 

「どういう意味だ」

「そこに居るよ」

「……だから、何で私を指差すんだ! ふざけてないで、真面目に答えろってんだ!!」


 声を荒げ、怒りを露わにするティールを前に、ザルバは少し引いていた。

 肩をすくめつつ、彼は再三告げる。

 

「あの、ティールちゃん……ちょっと鈍すぎじゃない? ほーら、う、し、ろ」

「うしろって──」


 食い下がるティールに対して、ザルバは面倒くさそうな口ぶりで「いいからいいから」と、背後を指で示した。


「──チッ」

 

 ザルバに促されるまま、ティールは示された先を目で追った。

 そして、振り返ったティールが目撃したのは、全壊した幌馬車の陰から、1人の男が跳び出してくる瞬間だった。

 男は木製の棍棒を両手に持ち、それをティール目掛けて振り下ろさんとしていた。

 身体をよじって、棍棒をかわす時間は、既に無かった。

 彼女が気づいた時には、既に目と鼻の先まで、その棍棒が迫っていたからだ。


 ティールの視界が暗転する。




 ※※※



 

 ──それを声だと判別するまでに、実に数秒の時間を要した。

 

「ティールちゃん。オレの女にならないか?」


 ぼんやりと揺らぐ意識の中で、ティールはその声を聴いていた。声は彼女の頭上から聞こえてきた。

 頭部を強打した事により、意識が混濁していた彼女は、自力で立つ事すらままならなかった。殴られた側頭部を手で押さえながら、地面に膝をついている。

 酩酊状態にある様に、身体が言う事を効かなかった。

 痛みでどうにか意識を保っているものの、いつ気を失っても不思議ではなく。

 自身の下唇を血が滲むほど噛みしめ、どうにか堪えて、彼女は苦々しく吐き捨てた。


「なる訳ねーだろ、前科者がよ」


 くつくつと笑い、ティールは地面に唾を吐く。

 殴られた拍子に口の中も切ったらしく、吐いた唾には少量の血も混じっていた。


「……そうか」


 ザルバは静かにそう言うと、吐き出された唾とティールを交互に見た。

 道端の石ころを見るような、何の感慨もない表情を浮かべていた。

 

 その時になってようやく、ティールは周囲の異変に気付いた。

 別に、彼女のいる場所が変わった訳ではない。先刻と同じく、全壊した幌馬車の前にいる。それは変わらない。

 

 違うのは、彼女の周辺だった。

 

 いつの間にか、ティールの背後には、ザルバの部下が数十人単位で控えていた。よく見ると、先刻、ティールを棍棒で殴りつけた男の姿もあった。彼らは一様に、古びたボロ布を頭に巻いている。

 彼らは全員、同様の表情をしていた──喉元にナイフを突きつけられた兵士の様な表情を。

 尤も、身じろぎひとつままならないティールにとって、彼らがどんな表情をしているのか、確認する意思も、その理由もなかったが、何やら感じ入る物があったのだろう。ティールは自分が生唾を飲み込む音を聞いた。

 

 やがて、ザルバは数名の部下の肩を叩くと、ぼそりと呟いた。

 

「まずは1枚剥がしといて。とりあえず左ね」

「「「了解」」」


 命令を受けた男たちはすぐに、動き始めた。

 彼らにとって、ボスの命令は絶対だった。

 それが例え、人の道を外れる様な真似であろうとも。


「何を剥がすって──」


 この場で、ティールだけが未だにザルバの意図をくみ取れていなかった。

 自分が何やら大事な選択を誤ってしまったであろう事だけは、察しがついたのだが、その正体を掴めずにいた。

 

 一方で、命令したザルバは言わずもがな、彼の部下は1人たりとも、意にそぐわぬ真似をする者はいなかった。

 彼らは速やかにティールを地面に押さえつけ、左手を前に突き出させた。

 ティールは何の抵抗もできなかった。

 部下のうち、1人が懐からペンチを取り出した。その先端は黒く染まっていて、何回も使われてきた痕跡があった。

 それを目にして、ティールは驚愕に息を呑んだ。これから起こる事態を想像して、目を剝いた。


「ちょっと、まさか。止め──」


 制止の声を上げる直前の事だ。

 彼女の人差し指の爪が剥がされた。


「──ッヅアアァァアア!!?」


 眼前が明滅し、視界が赤く染まる。

 焙られる様な熱が、つい数秒前まで爪が残っていた部位に集中する。

 神経の集中した柔い肉を剥き出しにされ、痛みに悶えるティールの身体は、本人の意思を問わず、苦悶の声を上げさせた。

 反射的に、涙が零れ落ちる。


 しかし、それだけでは済まなかった。

 地に伏し、悲鳴を上げ続けるティールを見下ろすように、ザルバはしゃがみ込んでいた。

 そこにいた彼は、先刻までの人懐こい笑みではなく、暗く乾いた微笑を貼りつけていた。

 ヒトを害する事に慣れた人間特有の、倫理観というブレーキが外れた目。

 のたうち回るティールを見て、ザルバはさらに笑みを深めた。


「もう一度聞く。ティールちゃん、オレの女になる決心はついたかな? オレはあくまでも、君の自由意思を尊重するよ」

「難聴かい? ……同じことを二度も言わせるなよな、ボケ──づっ!」


 やや上機嫌なザルバを上目遣いで睨みつけ、ティールは嘲る様に言った。

 言葉を最後まで紡げなかったのは、ザルバの靴がティールの口の中に突っ込まれたためである。

 呼吸を阻害され、必死に靴を抜かせようともがくティールを前にして、ザルバは恍惚とした表情を浮かべた。

 

「涙目もかわゆいねぇ。最高だよ、ティールちゃん」


 言いながら、ザルバは空いた片手を振り下ろした。

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