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案内人「白雪姫」  作者: 目くじら
第2章 白雪姫と或る野盗
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第17話 バラバラの僕ら

「……よし、準備完了! じゃ、行ってきます!!」

「あ、あぁ……」


 玄関前で此方に軽く手を振るティールを眺めつつ、僕は力なく息を漏らした。

 それは、心配から来たものなのか、あるいは呆気にとられた故なのか。

 扉を開け放ち、どこか晴れ渡った表情のティールに対して、僕は掛ける言葉を持たなかった。

 

 ほんの数分前まで、彼女と先生は二言三言、会話を交わしていた。

 時折、例の指名手配書に目を通していたが、それもほんの数十秒前に終わっていた。

 僕が老婦人宅のトイレを借りている間に、2人の意見はまとまっていた。

 

 トイレを出て、ハンカチで手を拭いている僕にティールは「詳しい話は、先生から直接聞いてよ。私説明下手だから!」と言った直後、忙しない足取りで、この家の玄関から出立した。

 

 それから暫くの間──と言っても、10秒にも満たない短い時間だったが──僕はその場に縫い付けられた様に動けなかった。

 壁の隙間から僅かに差し込む陽光が、空気中の塵を照らすのを、ぼんやりと眺めていた。

 いい加減、鼻がむずがゆくなってきた頃、僕は背後から軽く頭を小突かれた。


「いつまで呆けてるつもりだ。真坂、便所に間に合わなかったんじゃああるまいな」


 振り向いた先にいたのは、哀れむような目を此方に向ける先生の姿だった。




 ※※※




「一体、どういう事なのか、説明してもらえますか」

「…………はいはい」


 居間に戻ってくるなり、僕は先生に詰め寄った。

 しかし、先生は面倒くさそうに息を吐き「朝飯がまだなんだよ」と、懐から握りこぶし大の携帯食を取り出した。

 それを二、三口で食べ切ると、先生は床に膝をついているクラウンに指して言った。

 

「どこから説明したものか……なぁ、何故こいつらはこの家へ盗みに入ったと思う?」

「はい? だから、それは食料目当てで──」

「あーいや、そういう意味じゃあなくてだな」


 僕が答えかけたところを、先生は顔の前で手を振って制止する。

 そして、腕を組んで、再び切り出した。

 

「そうだな……質問の仕方を変えよう。確かに、こいつらが盗みに入ったのは、食料を補充する為だった……それは、間違いじゃあないのかもしれない。けれどな、それが目的なら、別に他の家でも良かったとは思わないか?」

「……この家が建っているのは、村の端の方です。立地として、犯罪者が潜みやすい森に近く、村人にバレたとしても、逃げやすい。それだけでは?」

「かもな。けど、その条件なら、私の家もそうだ。お向かいさんだからな」

「…………」


 確かに、先生の言う通りだと思った。

 先生の自宅と、この家は目と鼻の先だ。けれど、一度たりとも、先生の家は盗みに入られてはいない。

 とは言え、それがティールを走らせた理由にどう繋がるっていうんだ──と、僕が疑問に感じていたのは、やはり先生にはお見通しだった。


「……こいつらの仲間は、あと何人いるんだったか? 10人? 20人? いや……恐らくもっと多い」


 言い切るや否や、先生はゆっくりと窓の奥を指した。

 あまりにも、意味ありげだったので、僕も釣られてその先に視線を移した。

 先生は、声を潜めて言った。


「この指の先にあるのは、私の診療所だ。で、其処は……いいや、それだけじゃあないか。この村全域が、こいつらのお仲間に見張られている」

「……………………は?」


 目を見開き、絶句する僕を置き去りに、先生は続ける。

 

「家ごとに数人の見張りを付けているイメージだ。多分、見張りごとに縄張り意識があって、この家を見張っていたのはそこの2人組だったんだろう。…………一応断っておくが、今、診療所には誰もいないからな。患者を放置してる訳じゃあないんで、そこんトコロよろしく」

「…………ちょ、ちょっと待って」

「勿論、確証はない。だから、嬢ちゃんを」

「待ってくれって言ってるでしょうが!!?」


 僕の叫びが、木霊した。


 

 

 ※※※


 

 

「いいいい、一旦落ち着きましょう? つまり、僕らはずっと盗賊連中に見張られてたって訳ですか!?」

「あぁ、そういう事だ。そして、この場で落ち着いていないのはリドリー、お前だけだ」

 

 たっぷり数分間、深呼吸を繰り返し続けて、僕は少しだけ冷静になる事ができた。

 そんな僕を眺めながら、先生はと言うと──くつくつと笑っていた。

 先生は笑いながら、どこからか取り出した生卵を、口の中に放り込んでいた。

 ……朝食の続きだろうか。

 

「……というか、じゃあティールさんが危険じゃあないですか!? 先生は何でそんなに落ち着いているんですか。いや、それよりも……どうして彼女を行かせたんですか!!」


 僕が矢継ぎ早に訊ねるも、先生は涼しい顔をしていた。

 そして、今度はカップに珈琲を淹れながら答えた。

 

「はあ? お前こそ何言ってんだ。あのティールちゃんだぞ」

「だからどういう──いえ、それはなんとなく予想が付きますけれど。そうじゃあなくて!」


 ティールが猪を追いかけて、森中を駆けずり回ったのは、ほんの数日前の事だ。

 足場の悪い山道でも損なわれない俊敏性と、一晩中でも走り続けられる無尽蔵の体力。

 調べ事に向かわせるのなら、確かに良い人材だとは思う。

 思うが……納得はできない。


 僕の怒り心頭に発した態度を見て、先生もなにか思うところがあったのだろう。

 バツが悪そうな顔で言った。


「念の為、異常があれば、何を置いても帰るように言ってある。無茶はするなと……言って聞かせた」

「でも……! いえ、誰かが行くしかなかったとは、思います」

 

 ──自分で言っておいてなんだが、この言い方は卑怯だったと思う。

 その事に遅れて気づいた僕は、意識して明るく振舞ってみせた。


「……襲ってきたのがクラウンさん達程度なら、何人来ても大丈夫だと、信じるしかないですね」

「あん? 馬鹿にしてんのか、お前」

 

 空気を読んでか、それとも面倒事に首を突っ込みたくなかっただけなのか。今まで沈黙を保っていたクラウンが、すかさず噛みついてきた。

 先生はその様子を目にして、小さく吹き出した。


「そういうこった。残された俺たちにできる事は、あの子の無事を神に祈るくらいだからな。祈って待つ。以上だ」

「はい、先生!」

「……まあ、今更追っかけても遅いってだけ――いえ、何でもありません」


 輪を乱さんとする共通の敵に、僕と先生は冷めた目を向ける。

 とはいえ、クラウンの言い分は的を得ていた。

 ティールが出立してから、既に10分以上が経過していた。今から僕が後を追っても、最悪の場合、入れ違いになるだけだ。

 なら、このまま大人しく、ティールの帰還を待つべきではないか。先生もそう言いたかったのだろう。


「しかしお前ら強かったなー。俺に関しては不意打ちだったけれど、あのデブは正面から倒したもんな。やるじゃねぇか」

「……煽てても、縄は解きませんからね」


 クラウンは、僕と先生の話し合いが終わるなり、分かりやすくゴマをすってきた。

 それを見た僕が溜息を吐いて呆れかえると、彼は大袈裟に首を振って。

 

「いやいやいや、つまんねー世辞は言わねぇよ。本心だよー。だってさお前、瞬殺だったじゃねえか。少し目を離した瞬間に、あの巨大が泡吹いて倒れてんだぞ? どうやったか教えてくれよ! なっ?」

「瞬殺って……別に、真正面から突っ込んでくるだけなら、どうとでもなりますよ。昔から、視力は良いと褒められてきたもので」

「へぇ! なら、その強さは自前なのか、いいじゃねーか、坊主。好きだぜ、そういうの」


 拘束されているにも関わらず、クラウンは呑気に笑みを浮かべていた。

 そんな彼だが、すぐに「……でもな」と顔をしかめる。


「残念ながら、うちのボスには勝てない。それどころか、この村から追い払う事もできない」

「何故だ」


 その言葉に真っ先に反応したのは僕ではなく、先生だった。

 先生は片眉を上げ、露骨にクラウンを睨みつけた。

 

「何故って――分かってんだろ? 確かに、坊主とあの嬢ちゃんはつえーよ。光るものがあるとは思う。けどな、数の差は覆しようがない。そうだろうが」

「……村人全員で逃げるか、立て籠れば良い。助けが来るまで」

「お前馬鹿か? さっきまでの名推理はどうしたよ。こんな辺境の村に公僕が到着するまで、老人共がもつはずがねぇだろうが。その内、村人の誰かが人質にでもされてみろ。それで、終わりだ」

「終わりって、どうなるんですか」

「よくて皆殺し。悪ければ、人質かな?」

「ちょっと待て。連中……お前らの目的は食料や金品だけのはずだ。なら極端な話、村人の生死はどうでもいいんじゃあないのか。皆殺しまでする必要が何処にある」


 言われてみればそうだ。

 盗賊連中と、この村に住む僕らとは、何の接点もない。ダイデムさんが手配書を見せてくるまで、存在すら認知していなかったのだ。

 殺されるような事なんて、何もしていないのに。


「俺もよく知らないけどよ、なんか復讐がどうとか言ってたぞ。村人の誰かがデケェ恨みでも買ったんだろうな、御愁傷様」

「他人事みたいに……」

「実際に他人事だからな、こいつにとっては」


 項垂れる僕の顔を見て、けらけらと笑いながら、クラウンはやはり他人事のように言った。

 

「ま、諦めるこった。よしんば物量の差をどうにか攻略できたとして、相手は魔術師。一般人に毛が生えた程度のお前らじゃあ、勝負になんねーよ」

「やってみなきゃ分からな──え」


 今、何と言った?

 

「どんな魔術を使うのかは知らないが、伊達にならず者の元締めやってないからな。十中八九、攻撃用の魔術だね、うん。俺にはわかる」

「…………」

「お前やあの嬢ちゃんがどれだけ強いのか、正直な話、俺にはまだ判然としないが……兎に角、相手が悪すぎる。ネタの割れてない魔術師と戦おうなんて、裸に目隠しだけ付けて、悪魔と一騎討ちするようなモンだ。はっきり言って、自殺行為だぜ。分かったら――あれ、あいつは?」

「……リドリーなら、今出てったばかりだ」


 クラウンの話を聞き終えるより早く、僕は老夫婦宅を飛び出していた。



 

「しかしホント、驚いてばかりだったな。あいつ」

「あぁ、今日だけで何回ひっくり返るんだろうな? けれど、リドリーは昔からああいう奴だよ──そんなことよりも、だ」

「ん?」

「魔術師って何だ、聞いてないぞ」

「何だ。アンタもしっかり驚いてたんじゃねーか」




 ※※※




 ティール視点




 時は少し遡り、金髪の少女が村内を疾駆していた頃。

 少女──ティールは村に一時滞在しているダイデムという商人の元を目指していた。

 

 少女が厄介となっている青年の話によれば、商人は昨日の昼過ぎまでは無事だったそうだが、今も無事である保証はない。

 彼の所有している馬車には、長期保存可能な食料が山の様に積載されている。

 食糧難の盗賊連中には、神々しく輝く財宝のように見えるだろう。

 

 故に、速やかに彼の安否を確認する必要があった。

 その為に、少女の存在は誰よりも適任と言えた。

 十二分な体力があり、スピードも兼ね備え、そして何よりも、深く物事を捉えない──単純さが。

 もっとも、ティール本人は何故選ばれたのか、知らされていなかったのだが。


 ダイデムの幌馬車が留めてある、村のはずれ。大木の根本には、3分と掛からずに到着した。

 そして、彼女を選んだコールタール医師の嫌な予感は、不幸にも的中した。

 

 馬車は横転し、破れた幌布から積み荷が溢れていた。

 否、荷車としての機能を失った、ただの残骸をそう呼ぶべきではないのかもしれない。

 馬車だったソレは、鋭利な刃物で切断された様に、バラバラに分解されていた。

 その切断面は、刃物に関する知識の浅いティールでさえも、見入ってしまう程に、美しいものだった。


「どうだい? そんなに気に入ったかい? オレの妙技」


 ティールは声を掛けられるまで、背後に立っていた男の存在に気づかぬ程、その断面に集中していた。

 彼女自身も、何故そこまで心惹かれたのか定かではなかったが、すぐに意識を切り替える事はできた。

 動揺を声に出さないよう努めつつ、彼女は訊ねる。

 

「……誰かな? この村では、聞き覚えのない声だ」

「まぁ、そうだろうね。最近この辺に越してきたモンだからさ。よろしく!」


 男の声は、飄々としたものだった。

 よく言えば、古い友人とでも喋っているかの如く、親しみのある声音。

 悪く言えば、馴れ馴れしい。

 その雰囲気は、少女が先刻までリドリーやコールタールらと囲んでいた、小柄な盗賊を想起させた。


「ねェ……君さ。ひょっとして、こういう者じゃあないかな」


 少女は念の為にと持たされていた手配書を、地面に放り捨てた。


「? 似顔絵?」

「そうそう。有名人の……さっ!」

 

 男の視線が手配書に向いた瞬間、少女はその場から大きく前方に跳んだ。

 背後の男から距離を取るように跳躍し、空中で半回転。

 少女はようやく、男の顔を正面から見る事が叶った。


 その顔は、少女の予想通りのものだった。

 手配書に書かれていた似顔絵は、細部まで正確だった。

 それも当然。男はつい先日まで、檻の中に居たのだから。

 やや狐顔に、肩までかかる程の長髪。大きな三白眼を持つ男。

 

「いやぁ。有名人は照れるなァ~~」


 ザルバ・ド・ティーチが其処にいた。

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