第15話 我ら泥棒なり
※微下ネタ注意
──リドリー、ティール両名が老夫婦の住む家のドアを開くより、少し前。
「……どうしたもんかなぁ、これ」
男は精根尽き果てた様子で顔を突っ伏し、途方に暮れていた。顔を埋めるテーブルの足元に、不安の種を転がしたまま。
不安の種、もといそこにいたのは、2人の老人だった。
1人は年齢の割に筋肉質な爺、片や腰曲がりの婆である。
彼らは夫婦であり、この日リドリーとティールが依頼を受ける予定の人物でもあった。
両名共に縛り上げられて、意識を失ってさえいなければ、今頃はリドリー達が訪れるのを今か今かと心待ちにしていたはずだった。
──尚、色々あって、依頼の件は有耶無耶になってしまうのだが、その事実を老夫婦らが知るのは、もう少しばかり後の話である。
自分たちが気絶させ、縛り上げた老夫婦を前にして、男はこの日何度目かになる溜息を吐いた。
「……顔、見られたよなぁ」
手で顔を覆い、自らの髪をくしゃくしゃにかき乱す。
「何を悩んでいるんだ。始末するしかないだろう」
「あぁ?」
髪型が寝起き同然になるのも厭わずに手を動かしていると、頭上から声が降ってきた。
顔を上げた先にいたのは男の相方だった。テーブルの向かいに立っている。
相方は筋肉質で長身という恵まれた肉体を有していた。全身が丸太のように太く、熊のような体躯である。
相方は椅子に座らず、仏頂面で仁王立ちをしていた。
熊というより、戦士と称した方がしっくりくるな、と男は思った。
それと同時に、先刻から頭を悩ませている自分と違って、何の悩みもなさそうで羨ましいな、とも男は思った。
「何だ、人の顔をじっと見て」
「いや、お前は悩みなんてなさそうで羨ましいな、って」
男が思った事をそのまま口にするが、相方はフンと鼻息を吐いて、「お前が悩みすぎなんだ」と吐き捨てた。
それを聞き、男は眉根を寄せる。
そして、口にこそ出さなかったが、内心舌打ちした。
(いや、全部お前のせいだからな? 分かってんのか?)
何も理解していなさそうな、筋肉バカの相方を前にして、男は再び頭を掻きむしった。
※※※
事の発端は数日前、相方がこの家の住人に姿を見られた一件に起因する。
男達は盗賊である。
ここ数日、ゴーリ村周辺に潜伏していた集団こそが、男達の属する盗賊団だった。
ザルバ・ド・ティーチという脱獄犯が頂点として君臨する団である。団の規模は総勢30名以上。
中々の大所帯であり、その盗賊団は常に幾つもの問題を抱え込んでいた。
その内の1つが、食糧問題である。
団員は皆お尋ね者である。首領ほどではないにしろ、ほぼ全員が世間に顔を知られている。
当然、表立って食料を購入する訳にはいかないし、そもそも金もない。
野生の動植物を捕獲あるいは採取したり、女子供等から食料を奪うことで食いつないでいたが、それにも限界がある。
基本的に、食料は調達後、メンバー内で奪い合いとなる。
肉1つ手に入れるのに、血みどろの殺し合いが起きる事などザラだった。
故に、他のメンバーに露見しないように、隠れて食糧を入手しようとする者が現れるのは、必然だったのかもしれない。
否、申告していないだけで、誰もが当然のようにやっていた事だったのかもしれない。
彼らは所詮、盗人の集まりなのだから。
そして、遅かれ早かれ──今回のように盗みに入った先で、家主に悪事が露呈する事も。
だからなのか。
相方が青い顔をしながら相談に来た時も、男は一切取り乱す事なく、ただ呆れるのみだった。
相方が気絶させた老夫婦を縛り上げ、床に転がした後で、男達は老夫婦の処遇で大きく揉めた。
片や口封じに始末すべきという意見があれば。
片や刃傷沙汰は極力避けるべきだとの意見も挙がったからだ。
徐々に、男達の間に剣呑な空気が形成されつつあった。
彼らは一般人ではないのだ。
いざその気になれば、どちらかが再起不能になるまで、それは終わらないだろう。
彼らにとって、そのハードルはあまりに低すぎたのである。
2つの相反する意見が衝突した結果。
不可視の火蓋が切れる寸前の事だった。
「お邪魔しまーす。リドリーです。コールタール先生に頼まれてきましたーー」
──間もなく、その男女は彼らの前に現れた。
※※※
「決まってるだろう? こいつら吊るし上げて、ここでゲロさせるか──あるいは、どうせ人目ないんだ。殺しても誰も文句言わないよ!」
その男女を前にして、男は何の感慨も浮かばなかった。
自分の相方の不意打ちが、リドリーと呼ばれる青年にいとも容易く避けられた事にも。
青年の背後に庇われたままの少女が、自分達を殺そうなどとほざいている件についても。
不意打ちを失敗した相方が責任転嫁を目的としているのか、自分にねちっこい殺気を向けている事に対しても。
男は目の前で起こっている光景を、どこか他人事のように感じていた。
自分自身を俯瞰して、客観的に眺めているようなイメージだろうか。
つまらない風景画を眺めている時のように、どこか現実味が湧かなかったのだ。
──そのためか、これから数秒以内に起こった事は彼にとって、無限にも等しい程に長く感じられた。
「どっちにしろ、僕も共犯じゃあないですか……」
今のは、リドリー青年が発した言葉なのだろうか?
男が視界の中に青年の姿を捉えるよりも、青年がその場を蹴り出す方が速かった。
青年がゆっくりと駆けるのが、視界の端に見えた。
「──オラァ!」
ゆっくりと過ぎ行く刹那の中で、相方のものと思わしき怒声がはっきりと聞こえた。
次いで、何やら重量のあるような物体が、床に落ちる音がした。ゴトリという鈍い音。
金属の類だろうか。
男の視界には、青年も相方もまだ映っていない。
意識だけが先走り、身体が追いついてこないのだ。
何が起こっているのかを調べるためには、まだ時間が足りない。
そう考えた矢先、今しがた聞こえてきた落下音よりも数段大きく鈍い音が、耳に入った。
人間1人が倒れでもしないと聞こえないくらい、重量感のある音だった。
その音を聞いて、加速していた男の意識は、ようやく元に戻った。
果たして、男は全容をつかんだ。
──簡潔にいえば、リドリーという青年の勝利だった。
青年は何事もなかったかのような涼しい顔で、目の前に倒れる相方を見下ろしていた。
手には、男たちが老夫婦を縛り上げるのに用いたロープが握られている。
男の相方はピクピクと痙攣しながら、うつ伏せであった。
彼の武器の手斧は、部屋の入口辺りに落ちていた。
青年に弾き飛ばされたのだろうが……あの一瞬で?
「おい、何があ──」
男は蹲る相方の傍に駆け寄ろうと、椅子から立ち上がった。
慌てた男は、この部屋にはもう1人だけ、自由に動ける人間がいる事を失念していた。
不意に、視界が黒く染まった。
相方の傍に駆け寄ろうとした男は、何が起こったのか理解できないまま、その意識を失った。
※※※
「こっちは終わったよ、リド君。いやーそれにしても、人をシメる経験なんて、流石の私も初めてだよ……いや、でも昔の記憶がないからなぁ。どうなんだろう?」
テーブルから立ち上がりかけた青年の首を絞めつつ、ティールが首を傾げる。
床上で悶絶する色黒の大男を縛り上げ、ため息交じりに僕は答えた。
「至極どうでもいいんですけれど……その人、殺さないで下さいよ。聞きたい事が沢山あるので」
「分かってるって……。少なくとも、今の君よりは冷静さ。私は大した事してないからね。一時的に、この人の頸動脈を狭めただけだし」
「暴力行為は大した内に入ると思いますけど──って、ちょっとティールさん? あなたの言い方だと、僕に落ち着きがないように聞こえるんですが」
僕が思わず待ったをかけると、ティールは「はあ?」とでも言いたげに、眉を細めた。
そして、足元でぐったりしている大男に向けて、指を真っすぐ伸ばした。
なんとなく、その指が示す先を、僕は目で追った。
「私、女だからさ。よく知らないけれど……急所なんでしょ」
「あ」
「痛いんじゃあないの? ……手加減したようには見えなかったなぁ」
ティールが指していたのは、己の股間を両手で覆い隠す、大男の情けない姿だった。
脂汗をダラダラ流しながら、嗚咽を漏らしているようだった。
……あれ、泣いてないか。コレ?




