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案内人「白雪姫」  作者: 目くじら
第2章 白雪姫と或る野盗
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第15話 我ら泥棒なり

 ※微下ネタ注意

 ──リドリー、ティール両名が老夫婦の住む家のドアを開くより、少し前。


「……どうしたもんかなぁ、これ」


 男は精根尽き果てた様子で顔を突っ伏し、途方に暮れていた。顔を埋めるテーブルの足元に、不安の種を転がしたまま。

 不安の種、もといそこにいたのは、2人の老人だった。

 

 1人は年齢の割に筋肉質な爺、片や腰曲がりの婆である。

 彼らは夫婦であり、この日リドリーとティールが依頼を受ける予定の人物でもあった。

 両名共に縛り上げられて、意識を失ってさえいなければ、今頃はリドリー達が訪れるのを今か今かと心待ちにしていたはずだった。

 ──尚、色々あって、依頼の件は有耶無耶になってしまうのだが、その事実を老夫婦らが知るのは、もう少しばかり後の話である。

 

 自分たちが気絶させ、縛り上げた老夫婦を前にして、男はこの日何度目かになる溜息を吐いた。

 

「……顔、見られたよなぁ」


 手で顔を覆い、自らの髪をくしゃくしゃにかき乱す。


「何を悩んでいるんだ。始末するしかないだろう」

「あぁ?」

 

 髪型が寝起き同然になるのも厭わずに手を動かしていると、頭上から声が降ってきた。

 顔を上げた先にいたのは男の相方だった。テーブルの向かいに立っている。


 相方は筋肉質で長身という恵まれた肉体を有していた。全身が丸太のように太く、熊のような体躯である。

 相方は椅子に座らず、仏頂面で仁王立ちをしていた。

 熊というより、戦士と称した方がしっくりくるな、と男は思った。

 それと同時に、先刻から頭を悩ませている自分と違って、何の悩みもなさそうで羨ましいな、とも男は思った。


「何だ、人の顔をじっと見て」

「いや、お前は悩みなんてなさそうで羨ましいな、って」


 男が思った事をそのまま口にするが、相方はフンと鼻息を吐いて、「お前が悩みすぎなんだ」と吐き捨てた。

 それを聞き、男は眉根を寄せる。

 そして、口にこそ出さなかったが、内心舌打ちした。


(いや、全部お前のせいだからな? 分かってんのか?)


 何も理解していなさそうな、筋肉バカの相方を前にして、男は再び頭を掻きむしった。




 ※※※




 事の発端は数日前、相方がこの家の住人に姿を見られた一件に起因する。


 男達は盗賊である。

 ここ数日、ゴーリ村周辺に潜伏していた集団こそが、男達の属する盗賊団だった。

 ザルバ・ド・ティーチという脱獄犯が頂点として君臨する団である。団の規模は総勢30名以上。

 中々の大所帯であり、その盗賊団は常に幾つもの問題を抱え込んでいた。

 

 その内の1つが、食糧問題である。

 団員は皆お尋ね者である。首領ほどではないにしろ、ほぼ全員が世間に顔を知られている。

 当然、表立って食料を購入する訳にはいかないし、そもそも金もない。

 野生の動植物を捕獲あるいは採取したり、女子供等から食料を奪うことで食いつないでいたが、それにも限界がある。

 

 基本的に、食料は調達後、メンバー内で奪い合いとなる。

 肉1つ手に入れるのに、血みどろの殺し合いが起きる事などザラだった。


 故に、他のメンバーに露見しないように、隠れて食糧を入手しようとする者が現れるのは、必然だったのかもしれない。

 否、申告していないだけで、誰もが当然のようにやっていた事だったのかもしれない。

 彼らは所詮、盗人の集まりなのだから。

 

 そして、遅かれ早かれ──今回のように盗みに入った先で、家主に悪事が露呈する事も。


 だからなのか。

 相方が青い顔をしながら相談に来た時も、男は一切取り乱す事なく、ただ呆れるのみだった。


 

 

 相方が気絶させた老夫婦を縛り上げ、床に転がした後で、男達は老夫婦の処遇で大きく揉めた。

 片や口封じに始末すべきという意見があれば。

 片や刃傷沙汰は極力避けるべきだとの意見も挙がったからだ。


 徐々に、男達の間に剣呑な空気が形成されつつあった。

 彼らは一般人ではないのだ。

 いざその気になれば、どちらかが再起不能になるまで、それは終わらないだろう。

 彼らにとって、そのハードルはあまりに低すぎたのである。

 

 2つの相反する意見が衝突した結果。

 不可視の火蓋が切れる寸前の事だった。


 


「お邪魔しまーす。リドリーです。コールタール先生に頼まれてきましたーー」



 

 ──間もなく、その男女は彼らの前に現れた。




 ※※※



 

「決まってるだろう? こいつら吊るし上げて、ここでゲロさせるか──あるいは、どうせ人目ないんだ。殺しても誰も文句言わないよ!」


 その男女を前にして、男は何の感慨も浮かばなかった。

 自分の相方の不意打ちが、リドリーと呼ばれる青年にいとも容易く避けられた事にも。

 青年の背後に庇われたままの少女が、自分達を殺そうなどとほざいている件についても。

 不意打ちを失敗した相方が責任転嫁を目的としているのか、自分にねちっこい殺気を向けている事に対しても。

 

 男は目の前で起こっている光景を、どこか他人事のように感じていた。

 自分自身を俯瞰して、客観的に眺めているようなイメージだろうか。

 つまらない風景画を眺めている時のように、どこか現実味が湧かなかったのだ。

 ──そのためか、これから数秒以内に起こった事は彼にとって、無限にも等しい程に長く感じられた。


「どっちにしろ、僕も共犯じゃあないですか……」


 今のは、リドリー青年が発した言葉なのだろうか?

 男が視界の中に青年の姿を捉えるよりも、青年がその場を蹴り出す方が速かった。

 青年がゆっくりと駆けるのが、視界の端に見えた。


「──オラァ!」


 ゆっくりと過ぎ行く刹那の中で、相方のものと思わしき怒声がはっきりと聞こえた。

 次いで、何やら重量のあるような物体が、床に落ちる音がした。ゴトリという鈍い音。

 金属の類だろうか。

 

 男の視界には、青年も相方もまだ映っていない。

 意識だけが先走り、身体が追いついてこないのだ。

 何が起こっているのかを調べるためには、まだ時間が足りない。

 

 そう考えた矢先、今しがた聞こえてきた落下音よりも数段大きく鈍い音が、耳に入った。

 人間1人が倒れでもしないと聞こえないくらい、重量感のある音だった。


 その音を聞いて、加速していた男の意識は、ようやく元に戻った。

 果たして、男は全容をつかんだ。


 ──簡潔にいえば、リドリーという青年の勝利だった。


 青年は何事もなかったかのような涼しい顔で、目の前に倒れる相方を見下ろしていた。

 手には、男たちが老夫婦を縛り上げるのに用いたロープが握られている。

 

 男の相方はピクピクと痙攣しながら、うつ伏せであった。

 彼の武器の手斧は、部屋の入口辺りに落ちていた。

 青年に弾き飛ばされたのだろうが……あの一瞬で? 


「おい、何があ──」

 

 男は蹲る相方の傍に駆け寄ろうと、椅子から立ち上がった。

 慌てた男は、この部屋にはもう1人だけ、自由に動ける人間がいる事を失念していた。

 

 不意に、視界が黒く染まった。

 相方の傍に駆け寄ろうとした男は、何が起こったのか理解できないまま、その意識を失った。




 ※※※




「こっちは終わったよ、リド君。いやーそれにしても、人をシメる経験なんて、流石の私も初めてだよ……いや、でも昔の記憶がないからなぁ。どうなんだろう?」


 テーブルから立ち上がりかけた青年の首を絞めつつ、ティールが首を傾げる。

 床上で悶絶する色黒の大男を縛り上げ、ため息交じりに僕は答えた。

 

「至極どうでもいいんですけれど……その人、殺さないで下さいよ。聞きたい事が沢山あるので」

「分かってるって……。少なくとも、今の君よりは冷静さ。私は大した事してないからね。一時的に、この人の頸動脈を狭めただけだし」

「暴力行為は大した内に入ると思いますけど──って、ちょっとティールさん? あなたの言い方だと、僕に落ち着きがないように聞こえるんですが」


 僕が思わず待ったをかけると、ティールは「はあ?」とでも言いたげに、眉を細めた。

 そして、足元でぐったりしている大男に向けて、指を真っすぐ伸ばした。

 なんとなく、その指が示す先を、僕は目で追った。


「私、女だからさ。よく知らないけれど……急所なんでしょ」

「あ」

「痛いんじゃあないの? ……手加減したようには見えなかったなぁ」


 ティールが指していたのは、己の股間を両手で覆い隠す、大男の情けない姿だった。

 脂汗をダラダラ流しながら、嗚咽を漏らしているようだった。

 ……あれ、泣いてないか。コレ?

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