第13話 レッツゴー〇〇屋敷
「……私が付いてきて、本当に良かったのかい?」
村の中を歩いていたところ、隣を歩くティールが、彼女らしくない遠慮がちな声音で訊ねてきた。
時刻は昼前。僕とティールは足並みをそろえて、村の中をぶらぶらと歩いていた。
澄んだ風が気持ちよく肌に触れては吹き抜けていく。
「どういう意味ですか?」
僕は指先で顎を撫でながら、彼女に聞き返した。
指先から、じょりじょりとした感触が伝わってくる。最後に剃ったのは一昨日……だったと思う。10代の頃よりも、伸びるのが早まったように感じる。
僕はティールと共に診療所を後にして自宅に戻り、荷物を片付けた直後、自宅を出ていた。
先生に任された依頼をこなすため、その目的地の家まで向かう最中だった。
「……ひょっとして、まだ体調が悪かったり?」
僕の疑問に、ティールは首を横に振って応じる。
珍しく陰鬱な表情を浮かべて、彼女が言う。
「いや、そういうことじゃなくて。自分から付いてきておいてアレだけど……私、邪魔なんじゃないかと思って」
「邪魔?」
僕が聞き返すと、彼女はより一層表情を歪めて言った。
「昨日、倒れた私を診療所まで運んでくれたんだろう。折角の休日なのに、面倒かけた」
彼女の発した言葉に、僕は目を見開いた。
普段おちゃらけてばかりの彼女から出てくるとは、到底思えない言葉だったからだ。
何より、今朝方の診療所で顔を合わせた時には、特に気にしている様子もなかったことだし……いや、この人は朝に弱いからな。半覚醒状態だったのなら、おかしくはないか。
それにしても──面倒とは。
「驚いたなー。そんな小さい事を気になさっていたとは。てっきりティールさんは、もっと神経の太い方だと思っていましたから」
「太!? ……一言余計だよ」
ティールは眉を大きく吊り上げ、こちらを睨んだ。しかし、それも一瞬の事で、すぐにまた目を伏せてしまう。
親や先生に叱られる寸前の子供のように、泣きそうな表情をしていた。
(……確かに、意外と繊細な人だ)
ほんの少しだけ、面倒くさいなと思った。
※※※
それから暫く、僕は目の前の泣きそうな女の子を宥めながら、目的地へと歩き続けていた。
時間として、10分弱といったところか。
その間、ティールは表情を変えることなく、「……そうかい」とか「あぁ」とか呟くだけだった。
正直、あと1分でも長く彼女のご機嫌取りを続けていたら、僕は舌打ちの1つでもしていたかもしれない。
そうしなくて済んだのは、僕の献身がなんとかギリギリで身を結んだためだろう。
普段よりはやや低血圧気味に、ティールが切り出した。
「……ねぇ、リド君」
「何ですか? ティールさん」
「さっきから疑問だったんだけどさ、どうして診療所に戻っているんだ? 忘れ物かい?」
「…………」
ティールからの質問に、僕は首を捻った。
質問の意図が判然としなかったからだ。
彼女の言い分では、まるで僕が何の説明もなしに連行してきたみたいじゃあないか。
「実際、行き先1つ教えてもらってないからね…………ちなみに、全て口に出てたよ」
「オゥ……」
両手で口を閉ざしながら、ティールから2歩だけ離れた。
彼女は溜息を吐きながら、僕の隣を緩慢とした所作で歩いている。
(……って、ちょっと待てよ──全て?)
彼女の物言いが、何故か引っかかった。嫌な予感がした。
ひくひくと震える口端を押さえつけながら、僕は訊ねた。
「あ、あの。ティールさん、まさか……」
「いやー悪かったねぇ」
額に脂汗を流す僕と対象的に、ティールは穏やかな表情をしていた。
いつの間にか、普段通りの飄々とした佇まいをして。
春風のように穏やかな顔に、太い血管を浮き上がらせていた。
穏やかな表情に、静かな怒りを内包していた。
「ご機嫌取りなんかさせて、本当に申し訳ないと思ってるんだよ」
僕は黙って頭を下げた。
※※※
「……とりあえず、これを読んでください」
懐から1枚のメモを取り出し、彼女に手渡す。
未だに、その手は震えている。
美人が怒ると怖いとはよく言うが、よもや自分が体感する羽目になるとは。
数カ月前の自分に言っても信じてもらえなかっただろうな。
「どれどれ……」
ティールは受け取ったメモに、早速目を通している。
今朝方、僕が先生から預かったメモだ。メモには先生の筆跡で、以下の文章が殴り書きされている。
──
・お向かいさん家
・時折、釘や食料等無くなる件
→椅子の礼!
──
「……何だい、これは」
メモを受け取ったティールは眉根を寄せて、そのメモを睨みつけながら言った。
恐らく、芋虫が這ったが如き難解な文字を読んでいるせいだろう。人殺しの様な目つきになっていた。
先生の字は達筆だからな。
決して、僕へ殺気を向けている訳ではない──と思いたい。敵意はビンビンに感じるけれど。
ティールから顔を背けつつ、僕は言う。
「コールタール先生のお向かいには、ある老夫婦の住む一軒家があります。今回の依頼は、その内の旦那さんからですね……僕、あんまり旦那さんの方とは話した事ないんだよなぁ…………」
「…………」
「……えと、すみません。脱線しました、はい……。その旦那さん、大工を生業にしている職人なんですが、最近になって、度々仕事用具が無くなる事が増えたらしいんです。彼は御年84歳。つまりは御高齢なので──あの、聞いてます?」
「……聞いてる。続けてくれ」
「は、はい。御高齢なので、すぐに痴呆症を疑ったそうですが、先生曰く、健康体そのものだったと。で、問題はここからです。ある日の晩のこと、奥さんがトイレに立った際に、見てしまったのです。旦那さんの仕事部屋をこそこそ漁る──怪しい人影を」
「…………人影?」
隣を見ると、ティールが目を丸くしてこちらを見ていた。
既に、彼女は先程までのような敵意を持ってはいなかった。
彼女の目には、純粋な好奇心だけが宿っていた。
朝に先生から聞いた話を思い出しながら、僕は舌を回し続ける。
「えぇ。その人影がこれまでの事例に関係あるかは不明ですが、万が一ということもあります。なので、今回の依頼は」
僕がそこまで説明した時だった。
みなまで言うなとでも言わんばかりに、彼女は僕の眼前に掌を掲げたのだ。
そして、したり顔を浮かべた。
「人影の正体を見破り、そいつが悪い奴らなら、とっちめようって話だな」
ティールは僕に顔を近づけて、口角を僅かに上げていた。
先程までよりも嬉しそうな表情をしているのは、気のせいではないはずだ。
……まぁ、機嫌が良いに越したことはない。
退治までは依頼にはなく、あくまでも紛失物の調査が主目的なのだが……それをわざわざ訂正する必要も無いだろう。
どうせ、依頼主に会って直接話を聞けば、すぐに分かる話なのだ。
焦る必要性は皆無だ。
「え、えぇ……まぁ。そういうことになるんですかね?」
「そうか、楽しそうじゃないか。早く行って、そいつらさっさと退治しよう!」
「あっ、はい」
(悪い奴らがいるかどうかを調べる事も、依頼のうちではあるけれど……)
僕は肩を落として上目遣いで、隣を歩く少女をみる。
ティールは、ほんの数分前まで意気消沈していた人物とは思えない程、屈託のない笑顔を浮かべていた。
※※※
「到着! 泥棒屋敷!」
すっかり機嫌を直したティールと僕は、老婦人宅の玄関前まで来ていた。
彼女が乗り気になってからは、速いもので。
進行スピードは3倍近くとなり、僕は付いていくので精一杯だった。
僕は息を切らして、ティールの後ろから駆け寄り言った。
「ちょっとティールさん! 泥棒屋敷って呼ぶのは止めてもらえると……」
「えー! なんで駄目なんだい!? かっこいいじゃあないか、泥棒屋敷!!」
僕が訴えると、ティールはぶうぶうと文句を言い始めた。
「格好いい……? いや、そういう話じゃあなくて……」
「じゃあ、どういう話なんだよ」
「……まいったな」
いまいち煮え切らない僕の態度に、ティールはずいと顔を詰め寄らせ、再び抗議の意を示す。
僕は数秒押し黙り、目線を左へ右へとゆっくり逸らした後、苦笑して言った。
「……いや、だって、恥ずかしいじゃないですか、連れがそんなこと言ってたら」
「恥ずかしい?」
「…………」
「……あぁ、なるほど」
ぽん、と手を叩き、腑に落ちたような表情をして、ティールが言う。
「まぁ確かにね。何となく理解できたよ。アレと同じか」
「分かってもらえてなによりです。では中に…………ん?」
今、何か違和感がなかったか?
僕が首を傾げていると、ティールが眉根を寄せ、口をへの字に曲げた。
何かあったのか、とでも言わんばかりの顔だ。それとも、早く扉を開けろ、と文句をつけたいのだろうか。
僕は訊ねる。
「あの、アレってなんですか」
僕の質問に、ティールはきょとんとした顔で「アレと言ったら、1つしかないだろう」と言った。
だから、何の事だよ、と思った。
恐らく、顔に出ていたのだろう。
ティールはこんな事も分からないのか、とでも言いたげに、僕に憐憫の視線を向けた。
物分かりの悪い僕にも、何となく理解できた。
──馬鹿にされていることは。
やがて彼女は深い溜息と共に吐き出した。
「君がやっている執筆活動についてだよ。それしかないだろう?」
「…………は?」
数秒、呼吸の仕方を忘れた。
絶句する僕をよそに、ティールは扉へと歩みを進める。
「君は毎晩こっそりと机に向き合い、私小説やらすかしたポエムやらを書いてるだろう。初めてそれをを知った日には、私だって、顔から火が噴き出るかと思う程、恥ずかしかったよ」
「…………」
「他人事なのにね。不思議なモンだ。つまりは、共感性羞恥というやつだね」
「……いつから、知ってたんですか」
「そんな事より早く入ろうよ、泥棒屋敷」
「そんな事で片づけないで下さい! ……っていうか、泥棒屋敷って言うのも止めて下さいってば!」
抗議する僕を、まるで羽虫にそうするように、彼女は手で払い除けようとする。
薄目で、僕に鋭い視線を飛ばしながら。
「何だい、耳元で大声上げるんじゃないよ。私の鼓膜は高くつくよ」
「知りませんよ! そんなことよりも、いつから小説の事を知ってたんですか!?」
「それこそどうでもよくないかい? でも、強いていうなれば……そうだなあ、君の家にお世話になって3日くらいかなぁ。たまたま見えちゃって」
「ほとんど最初からじゃあないですか…………」
絶望して肩を落とす僕に、ティールは平静な口調で言った。
「まぁ、最初は驚いたけどね。見てはいけないものを見てしまったなーって。いや、でもね。私は良いと思うよ、うん。面白かったし。ちょーっと作者の願望が入り混じっていて、目を瞑りたくなる箇所もいくつかあったけれど。うん。応援するよ、私は」
「……もう、入りましょうか…………」
僕は半泣きで、玄関の扉を叩いた。
いつか絶対復讐してやるからな、とティールを横目にねめつけながら。




