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案内人「白雪姫」  作者: 目くじら
第2章 白雪姫と或る野盗
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閑話 魔術師ふたり

 ──目を瞑る度に、あの日のことを思い出す。

 ──嵐の只中、生意気な小娘にしてやられた夜のことを。


 

 

 ※※※




 半年前。

 オレは──いや、オレたちは、ある小娘に出会った。

 

 日が昇る1~2時間前、街の人間が深い眠りについた頃、オレは部下数人と共に、ある屋敷に忍び込んでいた。

 事前に部下に任せておいた下調べでは、この時期、屋敷の主は出張か何やらで出払っており、数名の使用人がいるのみだった。

 その数名の使用人にすら出くわさないために、念を入れて、この時間帯に侵入したというわけだ。

 

 自慢じゃあないが、これでもオレは街では名の通った盗賊だった。

 ……やりたいようにやってたら、いつの間にか盗賊団の長に祭り上げられていたのは、正直あまり納得していないのだが。

 

 その日も普段通りに窓の鍵を壊し、館に侵入して、目当ての金品を奪取せしめんと動いていた。

 シミュレーション通りに。

 予定調和。

 何の問題も無いはずだった。


 風向きが変わったのは、金庫から金目の物を取り出し、バッグに詰め終わった直後の事だ。

 屋敷からとんずらしかけたタイミングで、そいつはオレたちの前に現れた。

 夜間ということもあり、光源は窓から差し込む月明りだけで暗く、そいつの顔はよく見えなかったが。

 給仕服を身にまとい、己の片腕を抱いた自信なさげな所作をとっていたことを覚えている。

 彼女はオレたちに気づくと、おずおずと訊ねてきた。


「えぇっと……当主様のお知り合いの方々でしょうか……? でも、こんな夜分にどうして……」


 鈴の鳴るような声音だった。

 年齢は10代後半から20代前半。

 この屋敷で働いている使用人だろう。

 

「お前、メイドか?」


 1人の部下からの質問に、彼女はこくこくと首を縦に振って応じた。

 質問した部下は、彼女の怯えた態度が気に入ったのか、生唾を飲み込み、舌なめずりした。

 暗闇で分からないがべっぴんさんに違いない、とぼそりと呟いて。

 それが聞こえていたのかどうかは分からないが──


「ひっ」


 彼女は肩を震わせ、後ずさりした。

 その仕草を見て、オレは顔に手を当て、ため息を吐いた。

 彼女を見る、部下の目の色が変わっていたことに気づいたからだ。

 

 彼女から伝わってくる恐怖心が逆にそそるのか、徹夜で盗みに入っているからなのか、理由は定かではないが。

 彼だけではない。他数名の部下も、同様の目つきをしていた。

 その内の誰かが訊ねた。


「ねぇ、お嬢ちゃん。今、この屋敷って、誰もいないのかい?」

 

 素直なのか、将又単なる世間知らずなのか、彼女は再度こくこくと首を縦に振った。

 その答えを受け、オレの部下は喜色満面を浮かべる。

 彼女が嘘をついていない事は、この場にいる誰にとっても明らかだった。

 ガタガタと震えて、怯え続ける彼女を前にすれば、おそらく乳飲み子にさえ分かっただろう。

 つまり、オレたちの身の安全は保証されたのだ。


「おまえらなぁ…………」


 欲望まみれの部下たちの暴走に、オレは肩を落とすが、それを止める理由も動機も、この時のオレは持ち合わせていなかった。

 むしろ、良い機会だとさえ思った。

 

 当事者には悪いが、部下共が溜め込んだ欲望を発散させるには、彼女はまさに適任だった。

 いかにも気弱で、若く、見たところ肉付きも良い。

 性欲の強い野郎共の事だ。「アレ」を突っ込めるなら、最悪カエルや犬畜生でも満足できるはずだが──できるなら人間の、それも美人のほうがいいだろう。

 

 今回の盗みも上手くいきそうなことだし、少し早めの前祝いだと思えば、安いくらいだ。

 若い女の1人程度。

 今回の仕事は既にほとんど終わったも同然。放っておいても大丈夫だろう。

 部下は労わってやらんとな。

 脳内でそう結論付け、オレは部下や彼女たちに背を向けた。



 

 オレたちの命運を決定付けたのは、この瞬間だった。




 直後、背後からドサリと何かの落ちる音が聞こえ、オレは反射的に振り返った。

 落下音に混じって、金属が擦れるような音がしていたからだ。

 恐らく、部下のうちの誰かが、盗品の入ったバッグを床に落としたのだろうと、この時のオレはそう思っていた。


「おい、金品は丁重に扱え! 大切な食い扶持だ──ぞ──…………」


 オレは注意しようと口を開き、次いでその目を見開いた。

 彼らにかける言葉を失ったのか。

 そうではない。

 声をかける相手そのものがいなかったのだ。


「──あぁ! どうしようどうしよう。やっちゃった、やっちゃったよ」


 オレの目の前に立っていたのは、メイド服の少女。彼女1人だけだった。

 彼女を取り囲んでいたはずの部下たちは、その全員がうつ伏せに倒れていた。

 倒れている部下らを前に、彼女は両手で口元を押さえ佇んでいた。

 オレは訊ねる。


「……お前が、やったのか?」


 オレの質問に、彼女はぴくりと肩を震わせ、ひっ、と小さく悲鳴を漏らす。

 まるで、今初めてオレの存在に気が付いたような態度で。

 オレはゆっくりと踏み出した。

 そして、何も答えない彼女に近づきながら、再度訊ねた。


「耳クソがたーっぷりと詰まっているのか──違うよな? ならさっさと答えろよ。私の部下をこんなにしたのは、お前じゃあないのか、って質問してるんだぜ」

「…………………………」


 彼女は何も答えなかった。

 数秒、沈黙がその場を支配した。

 

 オレは歩きながら、倒れ伏す部下らをじっと眺めていた。

 飽きもせず、彼らは床に寝転がったままだ。

 彼らの身体には目立った傷も、抵抗した痕もない。

 蝋燭の灯りを吹いて消すように、突然、ぷつりと意識が途切れたとしか言い表せない有様だった。

 

 こんな真似ができるのは、せいぜい「魔術」くらいのものだろう。

 そして、それができるのは、現状目の前の女と──このオレくらいのものだ。

 

 やがて、目と鼻の先までオレと彼女の距離が肉薄した頃、もうごまかしきれないと踏んだのか。

 蚊の鳴くような小さな声で、彼女が言った。

 

「……はい。私がやりました」


 彼女の真摯な告白を受けて、オレは思わず吹き出した。

 別に、彼女を馬鹿にするつもりは無かった。

 その反対だ。

 彼女に訊ねるまでもなく、そんな分かり切ったことをわざわざ口にした自分自身にである。

 

 手塩に掛けて育てた部下共を打破されたからか?

 それとも、盗賊稼業というルーティンに紛れ込んだ、魔術師という異分子に対する拒絶反応からか?

 どちらにせよ、仮にも一日の長があるオレが、目の前に立つ敵を排除しなければならないのは確かだ。

 オレは片手をズボンのポケットに入れながら、口端を上げる。


「そっか、じゃあ殺すしかねーな」


 彼女が息を飲む音を聞きながら、オレは自分のポケットを探る。

 ざらざらとした感触が、掌に伝わる。

 数は3発……いや、4発。

 ポケットに入っていたのは、それだけだった。

 

 とはいえ、1発あれば充分なくらいだけれど。

 なにせ、お互いの息遣い1つ聞こえる距離なんだ。

 万が一にも、オレの魔術で打ち漏らすなんてあり得ない。

 あとは、コレに魔力を流し込むだけ。

 勝利はオレのものだ、と──。

 


 



 

 しかし、その考えは瞬く間に打ち崩された。

 言い訳のようになるが、別に油断したわけではない。

 相手が女だからと、オレは躊躇せずに殺すつもりで魔術を使った──否、使おうとした。

 

 だが、使えなかった。

 単純な話だ。

 オレが自分の手札を準備する一方で、彼女もオレを倒す算段を付けていたらしい。

 オレが魔力を流し込む寸前に、オレたち2人は視線を交わしていた。


 暗く深い、夜の静寂そのもののような黒い瞳。

 それを見た直後、オレの意識は途絶えた。




 ※※※




「ハァー、ハァー」

 

 眠りから覚める時は、誰しも身体を重く感じがちだ──と思う。

 さっさと起きて、こなさなければならない仕事は沢山あるのに、身体は言うことを聞かない。

 下へ下へと沈みゆくものだと。

 

 幼い頃からその問題に悩まされてきたせいで、オレには或る「癖」が深く根付いている。

 この「癖」は精神衛生上、いつの間にか習慣づいてしまったものだ。


「ハァー……ハァー……」


 その「癖」とは、起床直後、目の前に映るものをとりあえず殴る。

 拳を振るうことで、脳細胞に新鮮な血が巡らせ、活性化させる。

 単純かつ明快な、オレの早朝のルーティンだ。

 

「ハァー、ハァー……」


 この日も既に、1人の男を伸した後だ。

 オレの足元で、ぜぇぜぇと息を切らしている。

 唇を切ったのか、地面を血で塗らした状態で。


「ハァーー、ハァアーーーー…………」


 しかし、この男。実に殴りやすい身体をしている。

 焦げた丸太のように、黒く太ましい肉体。

 鍛え上げられたその身体は、サンドバックに丁度良い。

 特に素晴らしいのは、粗雑に扱っても早々壊れない点だ。

 タダで拾ったにしては、えらく出来の良い拾い物だと思う。


 そう言えばこの男。

 山道を一人で移動していたのだが、何者だ?

 1人旅にしては、馬車に積んでいた荷物が多かったことだし、商人だと思うのだが……。

 ただ、商人にしては少々ガタイが良すぎるような気もする。

 多少は腕に覚えもあったようで、奇襲を仕掛けたオレの部下たちを2、3人は返り討ちにしていたことだしな。

 ……まあ、オレからしてみれば、取るに足らない雑魚だったが。

 

 それよりも、偶然だろうか。

 オレたちがこの村近辺に潜伏し始めてわずか数日、人通りも滅多にないこの場所に、食料や日用品をたんまり詰め込んだこの男が立ち寄るなんて……。

 

 もうちっとばかし、神様も忖度ってやつを覚えてもいいんじゃあねぇか?






 

 何はともあれ、オレたちは今日も、じっとこの村を見張っている。

 オレと、オレの部下たちをブタ箱にぶちこんでくれたあのクソ女の故郷。

 

 ――ゴーリ村を。


 あの小娘への復讐のために。

 あの小娘の表情を苦悶に歪ませるためだけに。


 いつまでも、オレはチャンスを待っている。

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