第11話 本を買いに行こう! 後編
ダイデム──少々体格がよく、性悪の大男。
実のところ、彼はこのゴーリ村ではちょっとした有名人だ。
理由は単純。
彼が行商人だからである。
彼は商人としての仕事をこなすという名目で、定期的にこの村にやって来る。
辺境にも関わらず頻繁に足を運ぶため、村人とも顔見知りというわけだ。
ただ、商売をしている時間よりも、飲んだくれている時間のほうが長く、常に酒気を帯びている。
仕事道具でもある幌馬車には、2樽以上の酒樽が常備されていて、無論、それらは売り物ではない。
彼の私物だ。
「これが俺の生きがいなんだ!」と、所かまわず熱弁する程に、酒にご執心であり、老若男女問わずこの村に住む人で、彼の酒好きを知らぬ者はいない。
本当かどうかは知らないが、村民のほぼ全員が彼の飲みに付き合わされていると、以前、誰かから聞いた事がある。
しかし、このように非常にだらしない男だが、この村の住民は彼を認めている。
その理由も、実に単純。
仕事ができるからだ。
彼はこの村を訪れる度、顧客が真に必要とする物を用意している。
辺境であるゴーリ村では手に入りにくい医薬品や布類、保存法の限られる魚介類まで。
勿論、売り物としての酒類も。
そして、彼に依頼して、次の来訪までに用意できない品物は無いと聞く。
かくいう僕も、毎度彼には世話になっているうちの1人だ。
この日も、僕は彼の売りつける1冊を求めてきたのだから。
※※※
ダンデムは、僕が手に取った本を見ると、興味深そうに目を輝かせた。
「『ヤムラーイ冒険譚』……ねぇ、お前にしては珍しく年相応な話を読むんだなあ。へぇ~~ホントに珍しい……」
ダンデムの顔がにやにやと綻んでいるのが、癪に障った。
人を小馬鹿にしたような笑みだ。
「珍しい珍しいって、くどいですよ。それに、馬鹿な事言わないで下さい。読むのは、僕じゃないです。ティールさんです」
「ティール? ……って、そんな奴、この村にいたか?」
ダンデムは顎髭を弄りながら、虚空を見上げている。
彼が考え事をする時のクセだ。
「知らなくても無理ないですよ。つい最近、この村に来たばかりなんですから」
「へぇーー……女の子?」
「まぁ、女の子ですけど」
「若い?」
「まぁ、僕よりは年下だと思いますけど」
「かわいい?」
「……あの、さっきから何なんですか、その質問は?」
「……なるほど、察しがついたぜ」
「いや、だから勝手に話を進めないで──」
訳知り顔でうんうんと頷くダンデムに、僕が待ったを入れようとした時の事だった。
僕の言葉を訴えを遮るように、ダンデムが僕の鼻先に指を突き付ける。
くつくつと不敵に笑い、彼は高らかに宣言した。
「ずばり、その本は、愛しのティールちゃんへのプレゼントだ!!」
「……………………はぁ!?」
ダンデムの突拍子もない話に、僕の反応は数秒遅れた。
裏返った声を上げながら、一歩後ずさる。
「ち、違いますよ、僕と彼女は別にそんなんじゃあ──」
上肢を広げたダンデムが、一歩近づく。
「青い春が、リドリー君にも来たってわけだなぁ!?」
再び、僕は一歩後ずさった。
「だから違うと言っているでしょうが!!!」
僕の反論を受け、ダンデムは満足そうに頷いた。
彼は大きな口を開き、その巨体に似合わぬ微笑みを浮かべる。
白い歯をきらりと光らせ、少年の様な純真な眼差しを、僕に向けた。
「言い訳するところが、実にそれっぽいな!!」
「ぶっ飛ばしますよ、マジで!?」
……。
…………。
……………………。
数分かけて、僕はダンデムに事情を説明した。
ある日、森で彼女を見つけた事。
色々あり、行く当てのない彼女の身柄を引き取った事。
それから、既に2週間の月日が経過している事。
彼女が記憶喪失である点を除き──大体のあらましを説明した。
僕の話を真面目に聞いていたのか否か、話を聞き終えるなり、彼は言った。
「そうかそうか、つまり新入りか~~じゃあ彼女と一緒に飲もう!!」
「は……? 何言ってるんですか」
「何って、野暮な事言うなよ~~、新入りが来たらお祝いしなきゃあ。寂しいじゃあねえか。俺も仲間に入れてくれよ」
「いや、ただ飲みたいだけだろ、アンタ」
「まぁ、ぶっちゃけそうだけどよ……いいじゃねえか。細かい事気にしなさんな──……って、あーーーー…………」
ダンデムは片目を瞑ると、僕の顔を1回見て、ちらりと馬車の方に視線を向け──再び僕の顔を正面から見た。
そして、深いため息。
がっくりと肩を落として、顔の前に片手を挙げた。
「すまんが、やっぱり今日は無理だ。また今度誘ってくれ」
「別に誘っていませんが……珍しいこともあるもんですね。僕としては、変に茶化されるよりはマシですけど」
「……日頃の行いのせいか? 俺ってそんなに信用なく見える?」
「見えますね」
「あ、そう……」
ダンデムは苦笑して、幌馬車の荷台からある物を取り出した。ぼろっちい紙切れだった。とてもじゃあないが、売り物には見えない。だが、彼は商品を適当に扱う人物ではない。
そして、紙切れの中心には、でかでかと似顔絵が描かれていた。
と、なるとこれは──
「手配書?」
「あぁ、ある賞金首のな」
その紙片に描かれていたのは、人相の悪い男性の似顔絵だった。
やや狐顔に、肩までかかる程の長髪。大きな三白眼。
紙面の中心に描かれていたその顔の下方には、こう記されていた。
『ザルバ・ド・ティーチ』
「ティーチ──大層な名前ですね」
「知らないか? 最近、ここら辺で出るんだってよ。盗賊団「ザルゴード」の首領──いや、正しくは、元、首領だな」
「元?」
僕の質問に、ダンデムは「あぁ」と返して、空いた手で再度、自身の顎髭を弄りだした。
「王都では、名の売れた盗賊だったようだな。王都の周辺を根城に、あらゆる盗みを繰り返していたらしいが──半年か、1年前だったかな。盗みに入ったお屋敷で返り討ちにあったらしい。住み込みで働いてたバイトにしばかれて、盗賊団全員、一晩のうちにお縄になったんだとよ」
「……一晩? バイト?」
舞台のような話だと思った。
脳裏にかすりもしない新情報に僕が首を傾げている様子を見て、ダンデムは肩を落とした。
「何だ、マジで知らなかったのか。結構有名な話だぞ、これ……」
「すいませんね、一般常識が足りないようで──って、それじゃあさっきの手配書、意味なくないですか? 犯人は今、塀の中にいるんでしょう?」
「いいや、ちがう」
ダンデムは首を横に振る。
「ちがうって──いやいや、逮捕されてるんですよね。そいつ……というかそいつら。じゃあ、何で……って、まさか」
「おう、察しがいいな。そのまさかさ──」
僕が目を見開くのを見て、ダンデムは満足そうに頷く。
さながら、出来の良い生徒に教師が向けるような笑顔をもって。
手配書をパシンと叩き、彼が言う。
「ほんの1か月と少し前、盗賊団の首領であるザルバ・ド・ティーチだけが、刑務所から脱獄した。加えて、つい最近、そいつによく似た人物が、この周辺で目撃されている」
彼は呆気にとられている僕に一歩近づくと、内緒話でもするように、声を潜めて告げた。
「奴さん、この村かその近くを潜伏先として選んでいるかも、って話だ」
※※※
「盗賊団の首領とはね、流石に驚いた……」
ダンデムに別れを告げてから暫く経ち、息をついて出た言葉は重々しく、地に溶けて消えていった。
まだ日も明るいうちから、僕は自宅までの帰り道を1人寂しく歩いていた。
本来なら今頃は、何処か適当な場所でダンデムから買った本を読み、夕暮れまで時間を潰す腹積もりだったのだが──とても、そんな気分にはなれなかった。
久方ぶりの休日だというのにこのまま何もせず、ベッドに身を預けて泥の様に眠ってしまいたい、と思うほどには。
「とはいえ、盗賊なんぞがこんな田舎に何の用事だ? 王都と違って、金目の物なんて無いだろうに」
さしものダンデムも、ティーチがこの近くに来た理由までは知らなかった。
どうせ、王都の連中にビビッて尻尾を巻いただけさ、と彼は言っていたが……。
「──って、あれ」
考え事をしていたせいだろうか。
気づけば、わずか十数メートル先に、僕の家があった。
ダンデムの所有している幌馬車からあの家までは、甘く見積もっても、徒歩なら20~30分は掛かるはずだが……あっという間に到着してしまった。
体感時間としては、5分程度も歩いていない。なんなら、まだ歩き足りないくらいだ。
……それだけ、盗賊の存在に参っているのだろうか。
「はぁ~~……」
思わず道の真ん中でへたり込み、情けない声を上げた僕を誰が非難できるだろう。
この村には、若い人間が少ない。
高齢者ばかりのこの限界集落に、国の首都で幅を利かせていたベテランの犯罪者が乗り込んできたとしたら……などと想像するだけで、頭が痛くなってくる。
ただでさえここの所は、件のお転婆娘──ティールのことだ──の世話で胃を痛めているというのに……。
あの子、一向に記憶を取り戻す気配すら無いのだ。
手に握る本の表紙を撫でつつ、僕は今日何度目かの溜息をついた。
(記憶喪失に効く薬があったら良かったのに)
※※※
「ただいまー」
僕が玄関の扉を開いたのは、道の真ん中にへたり込んでから、すぐの事だった。
自分の家の前で、何やら不審な行動をしていたと、ご近所さんに噂される訳にはいかないしな。
人から人へと噂が広まるのは、あっという間だ。
まして、それが娯楽の少ない田舎であれば、尚更である。
「ただいま、帰りましたよー……って、あれ?」
二度目となる、帰宅時の挨拶。それで、僕は漸く気が付いた。
家の中が真っ暗である点に。
それだけではない。窓際のカーテンが閉じられていた点にも、である。
光源は、カーテンの隙間から僅かに漏れるものと、今しがた僕が開いた玄関扉から差し込むものだけだった。
室内はしんと静まり返っていた。物音ひとつ、気配ひとつしなかった。
ティールは出かけているのだろうか。
そう思った僕が、リビングに足を踏み入れた時だった。
──何かが、靴越しに触れたような気がした。
咄嗟に、僕は足元を見下ろした。暗くてよく見えなかったが、目を凝らせば、すぐに分かった。
そこに何かがあり、それが生き物であることは。
「何だ……こ、れ…………獣の肉? どうしてこんな所に……」
しゃがみ込んで、床に落ちているソレに触れる。
ソレは柔らかく、弾力があった。
瑞々しく、確かなハリもあり──猛烈に、嫌な予感がした。
「いや、違う、これは──」
予感というより、半ば確信に近いものだった。
「う、嘘だ」
どれくらいそうしていたのか。やがて、暗闇に目が慣れた頃、眼前の光景が露わになり、僕は言葉を失った。
たっぷり10時間以上も熟睡した後のように、口の中がパサパサに乾いていた。
頭の奥で、がんがんと警鐘が鳴っていた。
いつの間にやら、僕は本を床に取り落としていたが、そんな事にさえ気づくことなく、ただ瞠目するのみであった。
其処には──
「──嘘でしょう、ティール、さん……?」
──あの日、初めて会った時と同様に倒れ伏す彼女の姿と、その傍に、ぬらりと黒光りする1本のフォークが落ちていた。




