第10話 本を買いに行こう! 前編
ゴーリ村──それが僕の住んでいる村の名称。
500~600人余りの小さな山村。
牧歌的な家屋が立ち並び、そこに住む人々は自然と共に生きている。
村の外には森があり、川があり、まさに絵に描いたような田舎が広がっていた。
山のふもとに位置するため、しばしば野生動物が餌を求めて降りてくる。
慢性的に若い男手は足りておらず、年々、力仕事の担い手は減少傾向にある。
ある程度の年齢になれば、大概の若者はこの村を出ていく。田舎を飛び出して、仕事を探しに行くからだ。
実際、僕がこの村に来てかれこれ数年は経ったが、知人友人が旅立って行くのを、何回も見送ったものだ。
──じゃあな、リドリー!
──また、会いましょうね……リドリーさん。
──お互いジジイになるまでには、また会いたいッス!!
その度、彼らとは再会を誓うのだが、それが叶ったことは、今の一度もない。
僕もいつか、彼らのように──見送られる側になる日が来るのだろうか。
※※※
正午を1~2時間過ぎた頃、僕は村のはずれの方を訪れていた。
額を押さえて歩いていると、やがて目的地の大木が見えてくる。
そこに停めてある幌馬車の前に、1人の男が立っていた。
僕の存在に気が付くと、彼はこちらに手を振って、白い歯をみせて笑った。
「いらっしゃーい──って、リドリーじゃねえか、久々だな」
「……ご無沙汰してます」
彼の名はダイデム。馴染みの行商人だ。
日に焼けた浅黒い肌に、白いハチマキを巻いた中年。ハチマキが巻かれている頭部はツルツルの禿頭で、鏡の様に光を反射している。
日々森の中を練り歩いている僕よりも、一回り以上も大きい体躯。
身長だけでなく、肩幅や筋肉量すらも、熊みたいに鍛えられている。
何でも、幼少期の頃から、喧嘩に負けた事は一度もないとか。
才能だろうね。
これは本人に言うと調子に乗るので、いつも内心に留めておくだけだが……行商人というよりも、格闘家の方が向いていたのではなかろうか。
僕は軽くお辞儀しながら、やはりこの瞬間も、そう思った。
「それで今日は──って、何ですか。そんなに僕の顔をじっと見て……あの、怖いから止めてもらって良いですか」
再び視線を上げた時、ダイデムが何やら首を傾げて、僕の顔を覗き込んでいた。
ただでさえ強面かつ、筋骨たくましい大男なのだ。
……覗き込まれる身にもなってほしい。
正直、心臓が飛び出るかと思った。悲鳴を上げなかった事を褒めてほしいくらいだ。
ひょっとすると、顔にゴミでもついているのか。そう考えた僕が自分の顔面を擦っていると、唐突に彼が言った。
「なあ、どうしたリドリー。元気ないじゃねーか。顔色悪いしよ、風邪か?」
「……あぁ」
……なるほど。
端から見て、出会った直後にでも分かるくらい、今の僕の顔色は悪いのか。
「別に、風邪をひいたわけでは……これはただの二日酔いで──」
「二日酔い!? お前が!?」
僕の言葉を遮って、ダイデムが血相変えて身を乗り出した。
……少しだけ、頭が痛くなってきた。
僕が余計な事を喋ったということが、取り乱した彼の様子からは、あからさますぎる程に明らかだったからだ。
「そうですよ。何かおかしいですか?」
「いやあ、おかしいっていうかさ。お前が酒を飲む事が意外だなーって……ほら、お前あんまり酒強くないって、自分で言ってたじゃあねえか」
「……そういえばそんな事を言ったような気もしますねぇ」
「気もする──ってか、確かに言ってたんだよ! 半年前、飲みの席でよ!!」
「………………会うたびに昔の話を蒸し返したがりますよね、ダイデムさんは」
彼が数か月前の話を逐一覚えていることに、僅かに面食らった。
(僕も年を取ったら、こんな風になるのだろうか……いやいやいや!)
嫌な考えを頭から追い出すように、頭を振り払う。
強く揺り動かしたせいで僕の身体はバランスを崩し、思わず前のめりにつんのめっった。
昨日しこたま酒を飲んだせいで、吐き気と頭痛が絶え間なく襲ってきているのだ。
今日は元々体調が悪かったのに加えて、無理矢理に頭を振れば、そういう事もあるだろう。
「しかし二日酔いとはな。お前からそんな言葉を聞く日がくるなんて思わなかった……あんなにチビだったのに、大人になったんだなあ」
「あんた、僕が子どもだった頃知らないでしょうが」
「俺からしてみりゃまだまだガキだけどな──ほれ」
ダイデムは馬車の荷台に腕を突っ込むと、其処からある物を取り出して、僕に向かって放り投げた。
握りこぶし大程度のそれをどうにか取り落とすことなく、僕はなんとか手中に収める。
受け取ったのは、何の変哲も無いフルーツ。1玉の──
「──林檎?」
「ちゃーんと水も飲んどけよ。そんで大人しくしとけば、すぐに良くなる」
「あ、ありがとうございます──って、何ですか。その手は」
「何ですか、って……早く代金よこせ。買い物したなら金を払う。人として当然の義務だろ」
「……………………………………」
あんたが勝手に押し売りしてきたんだろう、という心の声をぐっと飲み込んだ。
押し黙る僕に、性悪の大男が訊ねる。
「買わんのか? じゃあ今日は冷やかしにでも来たのか? そりゃないぜ、何か買って行けよ」
「言われずとも、買い物に来たんですよ。そうでもなければ、他に何もないこんな場所に、それも真っ昼間に来る訳が無いでしょう。僕も暇ではないので」
「……なんだ? 今の皮肉か?」
じとりと半眼を向けてくるダイデムに、僕は苦笑する。
「よく分かってるじゃあないですか」




