60 付き合ってみる
ついに……
奏人の胸のあたりが洗われ始める。最近は筋トレをしていなかったりするので筋肉が少し落ちていた。そのままお腹へ下がっていき、そこに到達した。
奏人はいくら男とはいえど、鋼の精神でなんとか目立たないように抑えた。栞は一息ついてからそこを洗った。
二人の間に静寂が訪れた。
そして、栞が泣いた。
「栞?ど、どうしたの?やっぱごめんね。自分で洗うから。」
やはり栞がいいと言っても断っておくべきだったのだ。逆にここまで何もなかったのが珍しいのかもしれない。
「い、いや。違うんです。ごめんなさい。奏人くん。私の一方的な勘違いなんです。ごめんなさい、ごめんなさい。」
「いいから。なんでもいいから言って?大丈夫だから。ね?」
栞に極力優しい声で言った。今の反応をみる限り、俺に関係があるのだろう。すると栞は言いにくそうな顔で静かに語りだした。
「私が奏人くんと最初に会ったのは中学生のときです。会ったのはこのへんじゃないので覚えていないかもしれません。中学1年生のときの福岡の公園でした。たまたま、私は公園で遊んでいたんです。そのときはその近所に住んでいたんです。その日は運が悪かったんです。近所に銀行強盗が現れ、多額の現金を盗んで逃走していました。その近くは結構入り組んでいて慣れている警察には勝てないと思った犯人たちは人質を探していました。私はちょうど友達と別れて一人で都合が良かったんです。そんなタイミングで来たのが奏人くんでした。」
「ま……まさか」
「ここまでいえば分かるかもしれませんね。奏人くんは私の前をちょうど通りかかってしまったことで連れ去られてしまいました。ほんとに混乱しました。明らかに私を庇いましたよね、奏人くん?私のいた公園じゃなくて明らかに別の方向に行こうとしていたのに怪しい車を見て来てくれました。あのときすごく嬉しかったんですよ?お礼も言いたかったのに……奏人くんが連れて行かれてから誘拐された人が無事だったっていうニュースを聞くまでずっと……ずっと心配だったんですからね?」
「あ、ああごめん。あのときはいろいろいっぱいでさ。栞が大丈夫かすごく心配だったけどそれどころじゃなくて……」
「まあそれでなんとか奏人くんがこの学校を希望していることを知って私も来たんです。」
「あの……当然のように個人特定しないでください笑」
「これでもいろいろ頑張ったんですよ?勿論スタイルや顔もきちんとしておきたいので頑張りました。お勉強を教えれるように勉強も頑張りました。料理も美味しいものが作れるようになりました。数年ぶりに見た奏人くんは昔とぜんぜん変わってなかったです。あまり興味がなさそうなのにさり気なくフォローしていたり、いつも遠くをみていたり。そんな奏人を眺めているだけの私にもチャンスがやってきました。しかし、年数が経っているし、何より一回しか見ていないので覚えられてることはありませんでした。しかし、私はそれなりに距離が近くなれたと思っていました。でも……奏人くんは私のこと、特になんとも思ってなかった。全部私の……私の……」
そこで栞は声が出なくなってしまった。実際のところ、その時のことは今でも鮮明に覚えている。しかし、何より見た目がかかり変わりすぎていてわからなかった。
「奏人は……私のことどう思ってくれてたんですか?私は嫌いですか?」
栞はとても苦しそうな顔で聞いてきた。せっかくのきれいな顔も涙でぐちゃぐちゃだった。
ここまで好きな女の子を泣かせてしまったのに、慰めることも、告白することもできないのか。という自己嫌悪に陥りそうになった。しかし、これ以上無理させるわけにはいかない。
「栞、まずは言わせてくれ。ごめん。俺が悪いんだ。俺は無責任な人間なんだ。女の子一人のことを気遣うことも上手じゃない。でも、ひとつだけ勘違いしないでほしい。俺は……俺は栞のことが大好きだ。興味がないなんてありえない。万に一つもない。だから、そんなこと言わないでほしい。」
そう言うと、泣きながら栞は顔を上げた。
「う……うそ。だって……反応してなかったし……」
「そ、それは流石に嫌かなと思って耐えてた……洗ってもらうわけだし。」
「い嫌じゃないですよ。」
「そ、そうなのか。お互いもう少し楽に、深く考えなくても良かったのかもね。」
そういってお互いクスクスと笑いあった。そしてしばらく沈黙が流れた。しかし今度は気まずいものではない。先に口を開いたのは栞だった。
「では奏人くん、よろしくおねがいしますね。」
栞さん、奏人くんおめでとう!!




