機械王国の姫
エヴァがやってきたのは軍事基地。戦車や戦闘機の残骸が転がる廃墟になってはいるが、メカ好きが住まうには絶好の場所かもしれない。
そしてこの基地には敵の空襲を受けたときに上層部の人間が身を隠すためのシェルターがあり、メカニックが潜んでいるのはまさにその場所。
ドローンに先導され、昇降口から件の部屋の前までやってくる。
「ここがメカニックの拠点かー、私のいたシェルターより頑丈そう……」
『そりゃそうだ。民間用と軍人用じゃあな』
鋼鉄製の扉が駆動音とともにゆっくり開く。
中に招き入れられたエヴァの視界に入ったのは、数多くの装置に囲まれ、ベッドに腹ばいになった裸──ではなく裸エプロンの少女。前側が下になっているせいでパッと見は全裸に見えるが、一応前は隠している。
彼女は寝転んだまま顔をエヴァのほうに向け、一言。
「いらっしゃい、自己紹介がまだだったね。ボクはペリッペ、キミはエヴァだったか」
そう言って手に持っていたリモコンのスイッチを押し、扉を閉じる。
そしてモニターを見ながらテレビゲームのコントローラーを操作し、その場に浮いていたドローンを部屋の隅にある離着陸場に着地させた。
一段落ついたところでエヴァは一番気になっていることを尋ねた。
「その、頭の上に浮いてる……というか、髪にくっついてるのなに?」
「ん? ドローンだけど」
エヴァが指差した先に浮遊しているのは、確かにドローンなのだが、そのドローンはペリッペの長く伸びすぎた頭髪を持ち上げている。
「なんで髪の毛吊り下げてるの?」
「邪魔だから」
「切ればいいんじゃない?」
「もったいない」
「へ?」
「このご時世だ。貴重な栄養素が使われている体の一部を切り離すのは……なんか勿体ない」
「はあ……」
栄養素が貴重というのは分かるが、無駄に伸びた髪の毛に利用価値があるとは思えず、エヴァは呆然と吐息を漏らす。
そんな彼女に、逆にペリッペが尋ね返す。
「ボクも聞いていいかい? そのダサ──ステキなサングラスは……」
「ああ、これね……」
エヴァは答えながら鏡を見つけ、自分の姿を目にしてしまう。
「うわ、ダサ」
わざわざサングラスのデザインを選ぶような余裕がなかったとはいえ、初めて見る自分のグラサン姿に思わず吹き出した。
「しばらく暗いところにいたから、目の保護にね。デザインは……選ぶ余裕がなかっただけで……」
「ふーん……。誰かの忘れ形見ってわけじゃないのな」
「まあ、見ず知らずの誰かの形見ではあると思う」
「お互い仲間を失った者同士、仲良くやろう」
「う……」
哀愁漂う表情を見せるペリッペだが、エヴァは別に仲間を失った経験はない。
言い知れぬ気まずさに声量が小さくなる。
「私は、集落から逃げ出したから、仲間を失ったわけじゃないけど」
「逃げ出した? ああ、さては輪姦されたか」
「まわされた?」
上手く伝わらなかったため、ペリッペは直接的な表現に変えていく。
「男たちにレイプされたんじゃないのか?」
「レイプ……?」
「うん、だからチンコをだな……」
「チンコ……」
「もういいや……言ってるこっちが恥ずかしくなる。そっちの集落は随分と言語の劣化が進んでたみたいだな」
「うん。文化は次第に失われつつある。もう植物や生物の大半の名称が分からないほどに」
残念がりながらそう返すと、それにペリッペはニヤリと笑う。
「知りたいか? 人類の叡智の全てを」
「へ?」
「インターネットという禁断の魔導書をお見せしよう。人類の叡智はデータという形でこの世に現存している」
エヴァには半分なに言っているか分からなかったが、ペリッペが伝えようとしていることは十分に理解できた。学校など存在しない世界で、人類が蓄積してきた知識を好きなだけ得ることができるというのは、これから禁断の果実を口にするような感覚だった。