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夢に咲くコンヴァラリア  作者: 音無哀歌
第一部 第一章『大陸横断編』
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旅立ち

 エルピスは頬を膨らませ、もう何度目か分からない質問を父親に投げていた。

「なんで無理なのー?」

「だからね……」

 父親は困ったように言葉を詰まらせる。

 同じ説明を何度してもまるで効果がないからだ。子供の駄々に理屈など通じない。

 エルピスの暴走は続く。

「昔はあったんでしょ? テレポート技術とか、空飛ぶ乗り物とか。どうしても東の大地(ウルトゥヌス)に行きたいの!」

「そんな技術はこの世界にはもうない。そのエヴァって子が生きている確証もない。旅に出るなんて無茶だ」

「パパは天才技術者なんでしょ? 新しく作れないの?」

 すがるように上目遣いを見せる娘に、父親はまたも困った。

 テレポートは不可能でも、飛行ユニットは作れてしまうからだ。

「無理だよ、素材や部品が足りないんだ」

「それならアタシが集めてくるよ。いつもみたいに」

「山菜や獣とは訳が違う。その辺に落ちてなんか……」

 と言いかけたところで父親は妙案を思いつく。エルピスを納得させつつ、旅に出させない返答。

「分かった……必要な素材を教える。近くの山に必ず落ちているはずだ。すごく珍しいものだが、それさえ見つけてくれたら空飛ぶ乗り物を作ってあげよう」

「本当⁉ やったー!」

 嘘だった。

 いくら探しても絶対にあるはずのない素材を探させる。時間をかけつつ、そのうちエルピスに諦めさせる作戦だ。

 そうとも知らず、エルピスは毎日山に行っては目的の鉱石を探し歩くようになった。

 そんなある日のこと。

 いつものように山に探索に行っていたはずのエルピスが、いつもより遅く村に帰ってきた。既に日は落ちかけている。

 彼女は血の気が引き、なにかに怯えている様子で。

「ごめん……みんな逃げて!」

 村の広場で叫び、それを聞きつけた父親が、真っ先に何事かと飛び出してくる。

「どうしたエルピス? なにがあったんだ?」

「コンが……山を超えた先に絶対にあるっていうから……ごめんなさい」

「山を超えたのか? まさか……奴らに見つかったのか?」

「ごめんなさい……」

 泣きそうな顔で謝るエルピスを見て、父親は悟った。

 山を超えてはいけない理由はたった一つ。もはや顔面が蒼白するほどの緊急事態だ。

 さっきまで叫んでいたエルピスの代わりに父親が叫ぶ。

「みんな聞いてくれ! この集落はもう駄目だ。なにも持たずにいますぐここを離れる」

 それに村人の一人が憎しむをぶつけるように声を上げる。

「おい……奴らがここに来るのか?」

「ああ、みんなすまない……私の教育不足だ」

 肯定した瞬間、村中の人々が一斉に親子に向かって罵声を浴びせ始めた。

「ふざけるな! そのガラクタがわざわざこの村に帰ってきたせいで俺たちまで襲われるってのか? いますぐ引き返して一人で死んでこい」

「なにが教育不足だ、ちゃんとプログラムしておけばこうはならなかったはずだ」

「いまからでも遅くはない。そのロボットを足止めに使え! 俺たちはその隙に逃げる」

 父親は覚悟を決めたように宣言する。

「足止め役は私が請け負う。エルピスは集落復興のために必要だ。これまでだって……家を建てるのも、食料を調達するのも、彼女なしでは無理だっただろう? もう人間の力だけでは文明を存続させるのは不可能なんだ!」

 必死の説得も虚しく、彼に返されたのは悲鳴だった。

 森の奥から木々を薙ぎ倒して進んでくる無数の白い塊。それは動物ではなく明らかな異形のもの。

 それを見た瞬間、父親はもう村の人間などどうでもよくなっていた。一瞬で思考を切り替えた。いや、そもそも最初からエルピス以外の人物に興味などなかったのかもしれない。

 娘の両肩をガシッっと掴む。

「よく聞いてくれ、お前は特別なんだ。ただの機械なんかじゃあない。お前には確かに魂があるんだ」

「パパ……? 機械って……なんのこと? 白い怪物が来てるよ?」

 エルピスは整理が追いつかないことと迫りくる脅威とでパニックに陥っていた。

 それを宥めるように父親が真っ直ぐ彼女の目を見て、落ち着いた声音で言う。

「お前は死んだ娘の人格を組み込んだロボットなんだ。偽物だと罵る者もいたが、私にとってお前は正真正銘自慢の娘だ」

「ロボット? 嘘……だよね、ねえパパ?」

 信じられない、信じたくない。人間にしか見えない表情を浮かべる。

「色々話したいことがあったが、時間がない。こういうときのためにソフトウェアを開発しておいた。お前の記憶を都合のいいように書き換える。お前はエヴァを探しに旅に出るんだ」

 そう言って一本のUSB端末に似た機械をエルピスの背中に手を回して突き刺す。

「もしお前に過度の衝撃が加われば……いや、この説明は不要か」

 そしてそのまま背中に回していた手でエルピスを抱きしめる。

「愛してる……エルピス、私の希望……」

 父親は涙を流しながら思い思いに言葉を紡ぎ、それに娘は……

 なにも答えられなかった。今生の別れとなるであろうこの瞬間に、エルピスの意識は既になかった。

 迫りくる白い怪物の大群に、父親──アントラカは不敵に笑みを浮かべて言い放つ。

皚獣(キニグス)ども、お前たちが娘に手を出せないことは知っているぞ。私は死ぬ。だが希望は残る。コンコルディアから私、そしてエルピスへ……希望はいま紡がれた」

 津波のように押し寄せる皎童魔(フィリアス)の尖兵たる皚獣(キニグス)。数は多いが知能は単純かつ低能。

 彼ら獣たちがエルピスの重要性など知る由もなく、ただ災害のように森や村を破壊し尽くしていく。

 全てが終わったあと、エルピスは意識もなく自動的に動き、更地となった村を出立していた。

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