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夢に咲くコンヴァラリア  作者: 音無哀歌
第一部 第一章『大陸横断編』
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エルピスの夢

 六日目の夜。

 エルピスが野営地に選んだのはタワーマンションの上階付近だ。

 眺めがいい。ただそれだけの理由で候補に上がった場所だったが、コンコルディアが強く推すものだから、深く考えずにこの場所に決まったという。

 地上六十メートル以上はあろうかという高所だが、登るだけでも一苦労。

「バカなことしたなー」

 エルピスはベッドで横になりながら深く溜息をついていた。

『そう気に病むな。下りるときは上るときより楽なはずじゃ……それこそ一瞬じゃろう』

「野生の動物さんたちに邪魔されない最適な場所だと思ったけど、こんな高い場所にまで上る必要なかったじゃん」

『しかし、朝になれば街の景色も一望できる。それを目にすれば其方(そなた)の考え方も変わる。心解いて休むがよい』

 そう、景色が楽しめると思って二十階近く上がってきたのだ。いまは夜中なので外は真っ暗だが、朝になれば街全体が一望できる。

 そのはずだった。

「オグエ、ニルゼ、ダ?」

 嗄れた、獣のような声。

 それとともにテーブルに置いておいたランプが勢いよく吹き飛び、窓ガラスを突き破って外に放り出された。

 ベランダの柵は壊れており、ランプはそのまま地上へと落下。

 しばらくして地上からパァンと小さめの衝撃音が響く。

 呆気にとられていたエルピスは、その音で我に返ったように慌てて飛び起き、部屋の中をキョロキョロと見回すが、暗闇でなにも見えない。

「なに? 動物さんじゃ……ないよね?」

「ガグラ、メテシルマキナ? ディンア……」

「こ、こんにちはー」

 どこか知的生命体の言語のように思えたので、怯えながら挨拶をしてみるも、返事はない。代わりに返ってきたのは暴力という名のコミュニケーション。

 エルピスの頭部をなにかが殴打した。ベッドから弾き出され、そのまま先ほどのランプと同じように窓から真っ直ぐ放り出される。

 このままではベランダを通り越し、地面に真っ逆さまだが、寸前でカーテンを掴んだことでなんとか勢いを殺す。

 カーテンはすぐに窓枠から外れてしまうが、もう片方の手でベランダの縁を掴むことには成功する。

「ふぐぅ……助けて、コン」

『無理を言うでない。我は声をかけてやることしかできぬ』

「そんなー」

 なんてやり取りをしているうちにも敵が襲ってくるかもしれない。

 追撃を回避するべく、掴んでいた手を放し自ら落下を選択する。

 スタッ。

 と、彼女が着地したのは一個下の階のベランダだ。

 これでなんとかなっただろうと一安心し、腕時計に搭載されているライトを点灯させる。

「住人がいたのかな……? でも攻撃してくるなんて……」

 そう言いながら前を向くと、部屋の中には黒く巨大な塊。いくつもの口といくつもの目が付着して蠢くナメクジみたいな化け物がそこにいた。

 そして、ライトで照らされた箇所が蒸発するように黒い煙を上げ、化け物がもがき苦しむ声を轟かせる。

 そして、エルピスは理解する。この化け物は上の階にいたわけではなく、長い触手を伸ばし、下の階から攻撃してきていたのだと。

 次の瞬間、化け物は天井に突き刺していた触手を引き抜き、それをエルピスに向けて伸ばす。

 それは運動能力の高いエルピスでも避けられない速度だった。

 命綱として掴むものもなく、今度こそ彼女は地上六十メートルの高さから落下を始めた。

「この感覚……どこかで……」

 これから死ぬかもしれないという恐怖より、なぜかデジャヴに意識がいってしまう。

「そうだ、あのときだ」

 生命の危機が迫っていても回避することができない。この状況には身に覚えがあった。

「建築の手伝いをしてたとき、木が倒れてきてるのが見えて……でも」

 動けなかった。

 エルピスはそのまま……

 ガゴン。

 鈍い音を立て、地面に頭を打ちつけた。

 彼女は見るも無惨な状態となっていた。顔の一部は砕け、右腕はもげ、両足も変な方向に曲がっている。

「パパ……会いたいよ……」

 エルピスは急に父親のことを思い出した。

 いや、父親だけじゃない。いままで忘れていた旅に出るまでの経緯を全て思い出してしまった。落下の衝撃によって。

「感情はあるのに、涙を流す機能はない……涙を流せないのが、さらにまた悲しい」

 彼女は目を瞑り、そのままスリープ状態へと移行を始める。

「アタシはもう引き返せない。引き返す場所もない……。エヴァだけが最後の希望。彼女だけは救わないと……それがエルピスの夢だったから」

 機械でできた体が一瞬で眠りにつく。もちろん、彼女の夢にエヴァが出てくることは、もうない。

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