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夢に咲くコンヴァラリア  作者: 音無哀歌
第一部 第一章『大陸横断編』
3/77

東の大地(ウルトゥヌス)

 エルピスの夢にエヴァが出てこなくなってからどれくらいの期間が経過しただろうか。時間音痴のエルピスには文字通り計り知れない時間だ。

 集落に同じ年代の子供がいないこともあり、エルピスの寂しさはそろそろ限界を迎えようとしていた。

 エヴァの似顔絵を描いて枕の下に忍ばせたり、寝る前にエヴァのことばかりを考えて入眠しても、エルピスの夢にあの金髪の少女が出てくることはなく、日々どうすればエヴァに会えるかを考えるようになる。

 そしてエルピスは思いつく。

「パパ! 外国語に詳しい人はいないの?」

 夢の中でエヴァが発していた言葉が、実はこの世界のどこかに存在している言語なのではないか。

 彼女が一つだけ憶えているフレーズ。

 エールズミー・ティーアクアル。

 夢の世界でエヴァが必ずと言っていいほど口にしていた言葉。

 別れ際に手を振りながら発していたため、エルピスも一緒になってその言葉を発していた。彼女の予想ではさよならを意味する言葉なのだが、もしこれが世界のどこかに存在する言語であれば、エヴァを再び夢に登場させる足がかりになる……

 かもしれない。

 エルピスは根拠のない動機に突き動かされ、集落中の大人たちに聞き回った。

 が、知る者は誰もいない。

 それどころか、たかだか夢に出てきた空想の産物にすぎないだとか、その言語を学習したところで夢にエヴァは出てこないし、万が一出てきても夢の中だから思ったように会話なんてできない、と足蹴にされてしまった。

 翌日、どうしてもその言葉の真の意味を知りたい彼女は再び父親にすがる。

「パパ! エールズミー・ティーアクアルってなに⁉」

 もちろん父親が知るわけもなく、困ったようにため息をつく。

「パパが知りたいよ。エヴァだっけ? その夢の中で友達になったって子。なんでそんなにその子にこだわるの?」

 何度も夢に出てきたから。というのもあるが、エルピスには確固たる理由があった。

「助けを求めてるような気がしたの……」

「夢なんて意味ありげに見えて、実際は記憶の整理をしてるだけなんだ。きっとエルピスは天使イヴの御伽噺を聞いたせいで、夢に金髪の女の子が出てくるようになったんだよ。子供は影響されやすいから」

 それにエルピスは首を横にぶるんぶるんと振り、

「違うもん。イヴのお話を聞いたのはエヴァが夢に出てきたあとだもん……」

 不満そうに反発し、ため息のような鳴き声のような、なんとも可愛らしい吐息を漏らす。

「へて~」

 エルピスが本当に行き詰まったときや、嫌なことがあったときに発動する謎の口癖。

 父親はやれやれと肩をすくめ、

「やっぱりエルピスは、エルピスだな」

 優しく微笑む。

「どういう意味?」

「なんでもないよ。それよりパパは少し用事が入ったから夜までお留守番しててくれるかい?」

 適当にはぐらかし、父親はエルピスを放置して家を出た。

 完全に心のやり場をなくしたエルピスは、部屋でひたすらエヴァの似顔絵を描く。最後に夢に出てきたのは相当前だが、似顔絵の精度は非常に高い。それだけ記憶に強く焼きついていたのだろう。

 だが、いくら記憶に焼きついていても夢に出ることはなく、彼女はそれを考えただけで気分が沈む。そして再び、

「へて~」

 脱力して机の上に頬をびたんと密着させる。さらに落書きのように紙にあの言葉を連ね、ため息をつく。すると……

『エールズミーは近い未来。ティーアクアルは私と会う。つまり、そのうちまた会いましょうというニュアンスの挨拶じゃな』

 若い女の声が響いた。それはエルピスにだけ聞こえる声で、第一に知的な印象を与えるような落ち着いた声音。そして気品を感じさせつつも傲慢な態度が滲み出た口調だった。

 エルピスは驚いて部屋中を見回す。

 だが、部屋の中にはエルピスしかいない。窓の外を見ても、部屋の外に出ても、人影すら見当たらない。

「誰⁉ どこにいるの?」

『我は其方(そなた)の運命共同体、名はコンコルディア。敵ではないので安心しなされ。姿が見えんのは気分が悪かろうが、そこは容赦じゃ』

 ただ声が響く。それもエルピスにだけ聞こえる声が。

 エルピスは鳥肌を立て、

「もしかして幽霊……?」

 布団にくるまり、両手で耳を塞ぐ。が、

『無駄じゃよ、我の声はテレパシーのようなもの。其方(そなた)もいちいち声を発する必要はない、我らは心で会話ができる……そう、心でな』

 エルピスは思った。

 そんな馬鹿なことがあるわけない。テレパシーなんて空想の産物である、と……

 だが、声の主──コンコルディアはそれをあっさり否定。

『それがあるんじゃ。信じられん話かもしれんが、この世界にもまだ魔法が使える者が残っとる。我やそのエヴァという名の少女のようにな』

 するとエルピスは布団をまくり上げてバッと立ち上がり、

「エヴァが魔法使い?」

 声に出して興味と驚嘆を示す。

 コンコルディアはまるで悪魔のようにエルピスの心に語りかける。誘惑と導引の言葉を。

『エヴァにもう一度会いたいんじゃろう?』

「会いたい!」

 エルピスはエヴァが実在する人物であると自然に受け入れていた。

 ひょっとすると、もっとずっと前から予感していたのかもしれない。エヴァが現実のどこかに存在しているのではないかと。

 だからコンコルディアの話を疑いもせずにずっと耳を傾け続けた。

『我ならば大方の居場所が分かる』

「本当?」

『この西の大地(ファオニウス)と真反対の大陸、ひたすら東に進んだ先にある東の大地(ウルトゥヌス)。おそらくその西端じゃろう』

「どうやったらそこに行ける?」

『もし行くなら、それなりに準備が必要。武器や道具を一式揃えたいところじゃ……そうそう、もう一度言っとくがわざわざ声に出す必要はないぞ。我らの心は繋がっておる』

 その後もエルピスは心の中でコンコルディアの指示に対して二つ返事で従った。

 それから夜になるまで、誰にも見られることなく、誰にも二人の会話が聞かれることもなく、着々と旅の支度を進めていく。

 ここのところ元気がなかったエルピスだが、ようやくエヴァに出会えるという希望を持つことができ、気がつけば自然と顔が緩んでいるほどだった。

 しかし、普通に考えれば彼女の父親が娘の旅立ちを快く思うはずがない。彼女の旅は一キロや十キロの話ではなく、約八千キロもの距離である。

 常識のある親なら絶対に許可しない。

 それを理解していないエルピスは父親の帰りを心待ちにしていた。

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