古の悪魔
祭壇の上には気を失った女性。
広場には大勢の人が集まっているが、篝火などはなく真っ暗。
エルピスは話し声が聞こえる距離まで近づき、茂みに身を隠していた。
すると一人の男が座り込んだままブツブツと喋りだす。
「豊穣の大御神よ、本月の馳走をご用意致しました」
呼びかけに応じてなにかが現れた。暗視機能を有するエルピスにも目視できないが、暗闇の中から確かに異様な気配を放つ存在が出現したのだ。
そのなにかが甲高い声を発した。
「指名した贄、確かに頂戴した。次の一月の稔りを約束しよう」
次の瞬間、祭壇に寝かせられた女性が宙に浮く。
いや、違う。
黒いなにかが持ち上げている。
暗闇に溶け込んでいて目視できなかったが、女性の白い肌に絡みつくような手指が見えたことで、ようやく神の姿を拝むことができた。
神は真っ黒なのだ。新月の宵闇に溶け込んでいるせいで全容が把握できないが。
しかし、その情報だけで十分だった。エルピスにはその神の正体が分かってしまった。
神はそのまま女性を持ち上げたまま移動を始める。どうやらここでは人間を喰らわないらしい。
森の奥地へと消えていく女性をエルピスは追いかける。
やがて過去に座礁したと思しき船の残骸の一部が見えてくる。
植物が絡みついてほぼ原型を留めていないが、全体のシルエットは船の形を保っていた。
壁面にあいた穴から中に入っていくところで、中に入られる前に奇襲をかける。
神に鋼鉄の蹴りを入れ、吹っ飛ばすと同時に女性を救出。
突然の攻撃に神は狼狽えていた。
「な、なんだ⁉ ニンゲンの膂力じゃない、何者だ」
だが、そこにエルピスはもういない。
全力で走り村に戻ったエルピスは、村の隅に置いてあった小さなランプを拾い上げ、至るところに設置された篝に火を灯していく。
何事かと村人たちが騒ぎ始めたところで、最初にエルピスが会った村の男が声をかけてくる。
「これは一体どういうつもりだ? 儀式が終わるまで村には来るなと警告したはずだ……しかも……その手に抱えているのはなんだ? なぜ生贄がここに……」
怒号にも近い文句に、エルピスもつい声を大にして叫ぶ。
「神なんかじゃない。あれは悪魔だよ」
「悪魔……? 白い悪魔のことか?」
エルピスは首を横に振る。
「黒いほうの悪魔。この世界に大昔から存在した在来種」
世界を滅ぼした悪魔が白い悪魔と呼ばれている以上、白くない悪魔もいるわけで、それが先ほど女性を喰らおうとした神の正体。
やけに詳しいのは、もちろんエイドニアスのデータベースを閲覧したからである。
以前、エルピス自身も黒い怪物に襲われたことがあったが、航海中暇だったので気になって調べたのだ。
コンコルディアに促されたというのもあるが、悪魔についてはかなり知識を深めている。
悪魔は不死の存在とされているが、存在を構成する核を破壊すれば容易に倒せること。そしてその核を参考にして作られたのがマキナに使用されている制御核であること。様々なことを潜水艦の中で学んだ。
「この島にいる神の正体は単なる下級悪魔。捕食収奪型という種類で、人間の持つ魂のようなものを吸収することで存在を保つ。神とはなんの関係もない化け物」
それを聞いた村人たちがざわつきだす。
「そんなデタラメを信じろというのか? 外から来た子供がなにを根拠に……。いいから生贄を神に返すんだ」
男は全く相手にしていない。エルピスから生贄の女性を奪おうと、数人の大人たちが迫ってくる。
未だ意識のない女性を大人しく放し、エルピスは篝火を根本からもぎ取って、再び森へと走った。
(なにも知らない人々を騙すなんて許せない……あの悪魔はアタシがやっつけないと……)
使命感が彼女を突き動かす。