神のいる島
艦首でぐったりと座り込むエルピス。なにか面白いことはないのかと、むしろハプニングを期待している体たらく。
すると、エイドニアスがこんなアナウンスを。
「付近の孤島に無数の生体反応を確認。生存者です」
「え……生存者? 人がいるってこと?」
「断定はできませんが、極めて確率は高いと思われます」
さっきまで死にかけたように項垂れていた少女が急に生気を取り戻す。
「生存者なら助けに行かないと! コン、聞いてた? 人がたくさんいるって!」
返事はなく、コンコルディアは未だ眠っているようだった。
「仕方ない……アタシ一人でも救助しに行く。エイド、できるだけ船を島に近づけて」
「かしこまりました。しかし、文明崩壊から百年経過し、それほど面積のない島で恒久的に生存し続けていると仮定した場合、救助が必要な可能性は極めて低いと思われます」
「それでもなにか困ってるかもしれないでしょ」
AIの提言を一蹴してエルピスは小型の船艇を用意して島へと向かう。
船を島に寄せたとはいえ、まだそこそこの距離があり、肉眼では人影が確認できるような距離ではない。が、エルピスなら遠方でも正確にその像を捉えることができる。
確認した限り、間違いなく集落と呼べるものがあり、複数の人間の姿もあった。
「生存者だ……大陸から離れてるから皚獣にも見つからずに生活できてるんだ」
エルピスは希望一杯の笑顔で小舟のエンジン出力を上げる。
島に近づくに連れて、海岸線に集まる人だかりが増えていく。
みな見窄らしい格好をしているが、体にはしっかり肉がついており、間違いなく安定した生活を送っているように見受けられる。
そして無事に砂浜に着くと、一人の若い男が声をかけてくる。
「遭難者か? どこから来た?」
その言語は西大陸では使用されていないもので、以前のエルピスなら意味不明でしかなかった言語。だが、ロボットとしての自覚を取り戻し、機能制限が解除されたいまのエルピスならこの世にある全ての言語を理解できる。
「いえ、旅人です。西大陸から船に乗って来ました」
「西大陸? そこは安全なのか? 何人が暮らしてる? どんな場所だ?」
「えーと……アタシの故郷はもう……」
「そうか……やはり安寧の地など存在しないか……」
一瞬なにかに期待したような男の表情がすぐに陰る。
「この島は……見たところ平和に暮らしてるように見えるけど……」
「ああ、相対的に見れば平和と言ってもいいのかもしれない。だから君もこの島に居着くといい。もし安寧の地を探して旅をしてるのなら、おそらく地球上でこの島より安全な場所はないだろう」
そう発言する男の表情はとても重苦しく、いまにも泣き崩れそうなほどに体も震えていた。
これはなにか問題を抱えている。なにか助けになれることがあるかもしれない。そう思ったエルピスは、自分の目的をあえて伏せた。
「じゃあ一日だけ住んでみる」
「ああ、そうするといい。村のみんなから話を聞いて、じっくり考えてくれ……この島に居座るか……それとも島を出ていくか……」
男の言い草に、なにか底知れぬ恐怖を感じた。
周囲を見渡せば、心配そうに様子を窺う女子供たち、健康的に問題はなさそうだし、島はたくさんの果樹や畑に溢れている。
違和感はあるものの、あくまでも思考回路が子供であるエルピスにとって、その違和感の正体は分からなかった。
それから男に案内されるがまま、村の中央へと赴く。
子供が遊具で遊んだり、ボール遊びしたり、追いかけっこしたり、平和な光景が広がっている。
若い女が洗濯物を干したり、編み物をしたり、その様子を見ているだけで自分の故郷のことを思い出す。
エルピスは一人の女性に目をつけ、声をかけた。
無意識的に選んだものの、実は村にいる女性で唯一その女性だけが妊娠していなかった。他の女性は一人の例外もなく妊婦なのだ。
「こんにちは」
「どなた? 外から来たの?」
「うん、旅人なの」
「そう……」
ベンチに座る女性はとても暗い表情を浮かべている。真っ直ぐ雑草を見つめて放心状態だった。
「元気ないみたいだけど、なにかあったの?」
「あなた、外から来たって言ってたよね……?」
「うん、船に乗って来たの」
瞬間、女性の目がカッと見開き、エルピスの肩を力強く掴む。
「お願い! 私を島の外に連れてって! 私、まだ死にたくない!」
鬼気迫る形相で訴えてくる女性は、もはや正気にすら見えないほどに目が全開に見開き、歯茎を剥き出しにして鼻息まで荒れていた。
「死にたくないってどういうこと? もうすぐ死んじゃうの?」
「神の生贄にされるの……私、子供を産むことができないから」
「生贄?」
「お願い! これもなにかの運命。今日死ぬくらいなら明日死ぬほうがマシ」
ついには泣き出す女性。
元々島の住人を助けるのが目的だったエルピスはどんと胸を張って。
「大丈夫、アタシが助けるから。だから、詳しく話を聞かせて」
その女性は嗚咽をこらえながらこの島の神と繁栄について語り始める。