三式機人(トリトス・マキナ)
ずらりと並ぶ人型ロボットと、それを繋ぐコードや謎スイッチや謎モニター。
マキナ専用ドックにてエルピスは修理を受けている最中だった。
「エーノシダス……長いからエーノって呼んでいい?」
台に腰掛けたまま、気さくに話しかけると、やはり機械的に音声が帰ってくる。
「構いません」
「エーノはいままでずっと一人? 他に仲間とかは?」
「いません」
「暇じゃなかった?」
「感情はありませんので」
瞬時に淡々と返ってくる言葉に、エルピスは気圧されていた。
というかエイドニアスでここで来るまでも、実は似たようなやり取りをエイドニアスのAIと繰り広げていたりする。
それでも修理中はエルピスのほうが暇だったので、世間話せざるを得なかった。
「じゃあ、なにもせずずっとじーっとしてたの?」
「いえ、この基地のメンテナンスをおこなっておりました」
「百年間?」
「十年間です」
「え? 文明が滅んだあとからずっとじゃないの?」
「私エーノシダスが構築されたのが十年前ですので」
なんとなく始めた会話の内容がとんでもないことになってしまい、エルピスは思わず体を乗り出す勢いだ。
「文明が滅んだのって、百年以上前だよね? どうして十年前にエーノが……誰が作ったの?」
「その質問にはお答えできません」
「コンコルディアって人が関係してる?」
「その質問にはお答えできません」
「私のパパが関係してる?」
「関係していません」
「やっぱりコンコルディアが関係してるんでしょ!」
「その質問にはお答えできません」
「コンじゃん……」
『バレたか……無能AIめ』
それからエルピスは尋問の相手をエーノシダスからコンコルディアに切り替える。
まるで余罪を追求する刑事のように、間髪入れずにどんどん尋ねる。
(エイドニアスがあの場所にあることを知ってたのも、この場所の存在を事前に知ってたのも、前にこの場所に来たことがあるからでしょ? 他にもなにか隠してることない?)
『仕方ないのう。一つ大きな秘密を明かしてやるから、それで堪忍してくれ』
(おお! なになに?)
コンが秘密にしていたことや、未だ秘密にしていることに対して別に怒っているわけではなく、エルピスは単純に好奇心から知りたいだけであった。
『百年以上前のこと……白い悪魔の襲来を予知した預言者がおってのう。マキナは元々軍用機じゃったが、それを人類存続のために転用することになった。
第二世代と違い、第三世代の三式機人は制御核と人間の精神を融合させることができた。それは言い換えれば機械の体への転生とも言うべきもの。
其方も知っての通り皚獣は機械を襲わない。その性質すらも預言者は予知し、人類をマキナに変える計画を進めたのじゃな』
(アタシみたいな人がまだいるってこと?)
『いや、残念ながら計画は失敗に終わった。絶望的に時間が足りなかった……。三式機人の量産は不可能じゃった。完成したのはたった一機だけ』
(それが、アタシ……?)
『正確には我、じゃな。其方の父アントラカがスリープ状態のマキナを保有していたのじゃが……それが我。自分の娘が死んだあと、我の機体を作り変え、娘の生き写しとした』
(じゃあ、本当はこの体はコンの体だったの?)
『そういうことじゃな……。まあ、其方が気にする必要はない。我はもう役目を終えたようなもの、あとは眠るだけでよい……ほれ、修理が完了したみたいじゃ』
金属の鏡面に反射するエルピスの姿は、完全に修復されたわけではなく、千切れた生体模造素材や、露出した機械部分の凹みや傷はそのままだった。
とはいえ、もげた右腕は再び使えるようになり、空の彼方に飛んでいった左手も替えのパーツを取り付けることで皮膚素材以外はほぼ元通り。脚も万全の状態となった。
そして自分を修理してくれた者へ心より感謝を述べる。
「ありがとう、エーノ! これでエヴァに会いに行ける!」
「どういたしまして」
返ってきたのは無感情に発せられた単語に過ぎないが、荒廃した世界で意思疎通が図れる存在は、エルピスにとっては機械だろうと嬉しかった。
友好的に笑みを浮かべ、エーノシダスにある提案をした。
「そうだ! エーノも一緒に行こうよ。こんな場所で一人っきりじゃ寂しいだろうし」
「感情はありませんので、寂しさは感じません。加えてこの施設での業務が残っております。同行はできません」
「うぅ……」
冷たく返されると、やはり気圧されてしまうエルピスだった。