船出
港に着いたとき、既にエルピスの体はボロボロだった。これから西大陸を出て東大陸に向かう──要するに旅はまだ半分も終えていないのに、旅の続行が不可能になっていた。
右腕と左脚は動かず、左手は紛失、頭部や腹部も一部えぐれている。これでは船の操縦はおろか、物一つ掴むこともできない。
『困っておるようじゃな』
(コン! いままでどこに行ってたの? アタシ大変だったんだよ!)
『済まぬ。其方の中にずっとおったが、少し熟寝していた……それより、肉体を修理するなら先に北大陸に向かうといい』
(この体じゃ……もう)
『然るはだな……其方はテレパシーのように機械を遠隔操作できる機能があってのう。そのハッキング機能を使い、動かせる船が折しも目の前に』
コンコルディアが言及した船などどこにもない。それらしい船がないという意味ではなく、一隻の船も見当たらないのだ。
そもそも白い悪魔の襲来によって人々は一目散に海に逃げたと言われている。船が残っているほうがおかしい。
(からかってる?)
『ここは騙されたと思って試しに呼んでみよ、船の名はエイドニアスじゃ』
水平線の彼方まで船影一つ見えないのに、一体どれだけ大声で呼べばいいのかと思いながら、大声で叫んでみる。
「おーい! エイドニアスー!」
沈黙。
それから潮風の音だけが虚しく通り過ぎていく。
「やっぱり嘘じゃん」
『判断が早い。この港は見た目よりずっと水深が深いのでな』
(船って……まさか……)
しばらくすると、海水を持ち上げるように海の中から巨大な金属の塊が姿を現した。
埠頭の脇に綺麗に停泊した状態のそれを見て、エルピスは子供のようにはしゃぐ。
「も、もしかして、もしかしなくても……潜・水・艦⁉」
『エイドニアスは見えざる者を意味する。海上を進んでいては皎童魔に目をつけられるかもしれぬが、これなら見つかる心配もなく安全に航行できる』
「これ、アタシなんかが操縦できるの?」
『其方はただ呼びかけるだけでよい。細かい命令や操作はCPUが自動的に変換し、請け負って……』
コンコルディアが説明している間にも、エルピスは待ちきれずに潜水艦へと走り出す。
左脚が曲がらないのにそれを苦とせず、体を労ることも忘れていた。
側面のハシゴを器用に登り、自動的に開閉したハッチから船内へ入る。まるで歓迎でもされているかのように自動でライトが点灯し、彼女が近づいた場所から順番に電源が入っていく。
コックピット前の厳重な扉でさえもあっさり彼女を迎え入れ、中に入った瞬間AIのアナウンスが鳴る。
「お待ちしておりました。キャプテン」
「しゃ、喋ったぁあ!」
「当艦、エイドニアス級潜水艦一番艦、エイドニアスはシステムオールグリーン。問題なく航行できます」
『行き先は北大陸、マルス帝国アムシス軍港跡じゃ』
エルピスは有頂天になり、壁にかけてあった艦長の帽子を手首で器用に持ち上げると、それを自身の頭に被せる。
「エイドニアスはっしーん!」
全く操縦方法が分からないまま、エイドニアスが潜航を始める。