夢の中の希望
エルピスが見る夢はいつも退廃的で恐怖を煽るものばかりだった。
見知らぬ場所でたくさんの化物に襲われて滅びる夢。都市に向かって歩き続けるが最後までたどり着けない夢。世界の全てが白に染まってなにもかもがなくなる夢。
どれも十歳くらいの少女にしては夢のない夢で、朝起きたら必ずと言っていいほど父親に甘えるように泣きついていたという。
毎日夢に怯える日々を送っていたエルピス。しかし、いつからか彼女の夢には希望の花が咲くようになった。
それが初めて現れたのは、いつもと変わらない陰湿と戦慄が混じり合った夢の中。
理由も分からず逃げ惑い、荒廃した迷路のような都市を駆ける。白い泥が至る場所から噴き出し、それを回避しながら必死にどこかを目指す。
世界から伝わってくるのは寂寞と絶望、全てを失ってしまったという虚無感。
それでも夢の中のエルピスは当て所なく走り続ける。
だが……
どれだけ全力で走ろうとしても体の動きは遅く、鉛でできているみたいに重い。一向に前へ進めないエルピスは、背後から迫る白い泥に手を掴まれてしまう。
それから侵食するように肌の表面を伝ってくる白い泥をなんとか振り払おうとするが、しつこく接着した泥は容易には取れない。
またいつものように世界が真っ白になる。どうせ夢なんだし、どうでもいい──
夢の中のエルピスがそう諦めたときだ。
その少女は現れた。
腰まで伸びた長ったらしい金髪に、澄んだ空のような深い青の瞳を持つ少女。
エルピスと同い年くらいのその少女は、神秘的な雰囲気を漂わせながらエルピスのそばに歩み寄り、白い泥の塊に拳をぶつける。
瞬間、泥は跡形もなく消し飛び、金髪の少女は呆然とするエルピスに優しく微笑む。
「イゥ・ケゥシュ? ユーンェ、エヴァ」
それはエルピスが聞いたことのない言語だった。
言語だけではない。エルピスにとっては顔立ちも馴染みがなく、二人の骨格には明確な違いが見られた。
「宇宙人? それとも異界人?」
そして金髪の少女もエルピスの言葉が分からない様子。
すぐに言葉が通じない相手だと気づいて、ジェスチャーを交えながら金髪の少女がもう一度自己紹介をする。
「エヴァ」
自分の顔を指差しながらたった一言だけそう言って、今度はエルピスのほうへ指を向けて首を傾げる。それは言葉が通じなくとも世界中の誰もが理解できる動作。
エルピスも金髪の少女がしたように、自分の顔を指差しながら一言だけ返した。
それからというもの、夢の世界には必ずと言っていいほどエヴァが出てくるようになり、ともに過ごすうちに友人のような関係になっていった。
それまで退廃的だったエルピスの夢は希望に溢れるようになる。