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赤夜 Sekiyo  作者: KIKP
夢想還魂
6/38

夢想還魂 6

駅へと一直線に向かって梓麻と鳶鷹が走っていた。

梓麻は札を両足に貼り、鳶鷹は事前に学んでいた強化で全身を強化させている。その足の速さというのも互いに少し違った。

鳶鷹は足の回転を早くする事で、梓麻は一蹴りを強くすることで遠くまで飛ぶようにして走っている。

恐らくスポーツ界のアスリートの全力と同等か少し早いかどうかの速度で走っているのだが、背後から聞こえてくる異形の足音が徐々に近づいてきているのが分かる。

デカく見た目も獣の姿とあって、やはり人よりも走るのに優れているのだろう。

すると、一瞬大きな足音が聞こえると共に先程まで聞こえていた走り迫る足音がポツリと消え止んだ。

走る足を緩めずに二人は半見するようにして背後を見るとそこに異形の姿は無かった。

何処に…と見ていると見ている先にポロっと小さな石が数粒上から落ちたのが見えた。

咄嗟に上へ視線を動かすと異形が羽を羽ばたかせて距離を稼ぎながら飛び降りてきていたのが見え二人は二手に別れるように左右に飛ぶと同時に、異形が先程まで二人のいたちょうど間に飛び降り、大きな揺れと着地音を鳴らすと共に地面がヒビ割れ、瓦礫が飛び散り二人に襲いかかった。


二人は頭部を守るべく両腕でそれを防ぐ。

そして異形は追撃とその屈強な前足で鳶鷹を横に払う。

それを手に持つ棒を強化させて受けながら根性で打ち返そうとするが、簡単に競り負け後ろに飛ばされなからも身軽に体を回し何とか姿勢を保つ。

更に異形は鳶鷹の方へと、まるで猫パンチをするかのように地面や壁を叩き割りながら迫り攻撃をしていくのをなんとか躱し続けながら、隙を見て攻撃を刺していく。だが分厚い異形の羽毛と皮のせいでダメージは全く感じられない。


「つぅ…そんなでかい図体しておっもいくせに身軽く早いなぁ」

戦闘経験が少ないからか、瓦礫が当たっただけでも結構痛いなぁ…。ワイでこれだけ痛かったんやったら梓麻は…というかアイツ足しか強化してなかった様な…。

「大丈夫か、梓麻!」

「…心配無用よ! Unlock Frame Flowering! 」

その詠唱と共に投げられた五つの紙が異形を囲い燃え尽きると光り、花火が次々と破裂していく。

二人からしたらただの小さな花火なのだが、異形は物珍しそうにそれに気を惹き付けられていた。


間近でそれを受けてなお、火傷のような反応を見せない所を見るに火、熱そのものに対する耐性を持ってる?

その隙に間を空けないように次の術式を紙に書きながら、三枚の紙を放つ。

「Unlock Gust Aqua Volt 」

三枚の紙がそれぞれ球体の核と変わり各属性を纏い宙を漂う。

「Shot」

異形は花火に気がいっていたのもあってかそれは命中し、魔力の衝突により煙が出る。

直ぐにその煙は晴れ異形の姿が現れるのだが、傷一つ見えず何事も無かったように立っており、余裕の現れか異形の顔が笑みを浮かべているのが見える。

「笑ってんじゃねーよ!」

助走をつけて高く飛び振りかぶった鳶鷹の渾身の一振りが異形の頭を捉えた。

異形の体が大きく崩れ倒れ行こうとする。

「よしっ」

だが直ぐに前足で踏みとどまり、その顔の笑みがより一層の大きく頬口が釣り上がる。

すると異形はその崩れる体勢を利用し背中に生える羽がグチュグチュと捏ねられるように形を変え肉塊の人の手を模した槌の形となる。

「な、なんや!そっ——」

まだ宙を漂う鳶鷹をお手玉のように二度その場ではたき、三度目の攻撃で叩き飛ばした。

その隙に数枚の紙を持って梓麻が接近して腹部を狙い寄っていた。


「Unlock Silっ——」

が異形はそれに気がついていたようでその短い尻尾が長く鞭のようにしなり梓麻の左半身を下から振り上げるように叩く。

梓麻の体の中で鈍い音とミシミシと音が鳴り響きながら足が浮き飛び、地面を二度跳ねながら駐車場を囲うフェンスに叩きつけられ捕まる様に止まる。


「んげ んぎぃぁ あ あ あ はぁ ぶっ ど ん だぁ ぶっど ん だぁ ボぉ う るぅ び だ い に ぶっ ど ん だぁ んぎぁ ばぁ ばぁ ばぁぁ」

その様子を見て異形の口がゆっくりと開かられると、この世の生物とは思えない気味の悪い笑い声が駅前の駐車場全体に鳴き響く。

それはまるで狂気、狂いはしゃぐ子供のように。

すると野球ボールサイズの岩が二つ異形の頭の左右に当たり地面に落ち、異形の笑い声が止みギョロギョロと目玉がそれぞれに動きそれを投げた主達を見る。

二人は痛みを堪え半身を抑えていた手を離し、異形を睨みつける。

「ゲラぁゲラぁって笑ってんじゃ…」

「気味の悪い笑い声あげてんじゃ…」

「ねぇよ!」「ないわよ!」

二人はそう荒い声を上げて手に持つそれらを構えながら異形へと走り迫る。

倒せなくても絶対泣かしてやる。と二人の異形に対する意思が一致した。

「いびゃ ひゃ ひゃ ひゃ ひゃ」


———————————————————————————


駅前で鳶鷹と梓麻が異形の気を引き時間稼ぎをしている間に唯一は大きく大回りして裏側の方の入口から駅の中へ入る。


「さっき大きな爆発する様な音が聞こえてきたけど…大丈夫かな…二人とも」


外から見た時、屋根上とかには見当たらなかったし、あの怖い獣さんがわざわざ駅の前に居座ってたのを見るとこの中にあるとは思うけど…一体どこにあるんだろう…。


駅の中はそこそこに広く、売店や空き部屋だけでなく、飲食店や服などを売っているスペースがある。

これまで玉石のある目印となるバス停看板のポールがある場所に法則性が全くない。

それは建築物の屋根の上から始まり、一軒家のベランダや公園の遊具の横、空き倉庫など。

だからこの駅中に上手く隠れているとなると、かなりの時間がかかってしまうだろう。

だが、二人の為にもそんな時間を割いている時間は無い。


だけど、どうしたら…。そういえばなんであの怖い獣さんは駅前で居座っていたんだろう…。この結界が重要なら、最後の玉石のすぐ側にいるものだと思うんだけど…。


そう考え思い浮かぶ自身の考え。

そもそもあの獣さんは玉石の事を気にしていないような…。ならこの玉石はなんの意味も…と少し最悪な事を考えてしまうも、首を激しく横に振る。


まだ何も意味が無いという訳じゃない、今はとにかく少しでも可能性があるのだから自分がすべき事をしないと。だけど、一体どこに…。そういえば。


そう何か気が付き、駅中を走り回り一階には無いと決め、二階へ駆け上がるとそれを見てすぐ側の壁に隠れる。

唯一が見たそれは、何十匹といる烏の群れが廊下に居座っている。


やっぱり…。

気にしない理由それは信頼における何かがそれを見張り守っている事。

きっとこの先に玉石があるんだろうけど、取りに行こうと進めば、烏達が一斉に襲いかかって来るだろう。

数匹程度ならそこにある棒で払ったりすればいいのだろうけど、三十匹強となるとそうはいかない。それに烏って鳥さんの中でも狂暴だったような…。

「どうしよう…」

そう怖気付いていると、外から大きな音が聞こえた。すぐ近くに窓があり、そこから様子を伺うと梓麻と鳶鷹がボロボロな姿になっても異形の怪物に立ち向かっていたのが見えた。

それを見て唯一は深く深呼吸をして覚悟を決める。

「ぼ、僕も…や、やらなくちゃ…」

手に持つその棒切れと体に強化を施し、壁の影から飛び出してその廊下を走り進んだ。


すると烏は唯一に気がつくなりバサバサとその場で羽ばたき五月蝿く鳴き出した。

それでも唯一は走り進むと烏の数匹が飛び、進ませまいと羽を羽ばたかせて唯一の顔を攻撃する。

だが、ただ羽ではたかれているだけなので痛くない。

これくらい我慢しないと。

目を守り、手に持つその棒切れで払いながら進んでいると、一羽の烏がゆっくりゆっくりと飛んで来て唯一の進む先の廊下へ降りた。

その瞬間、下から真っ黒な槍が金鳴り音を響かせ現れてその場に降り立った烏を串刺しにした。

「うわっ」

突然の事にびっくりして後ろに倒れ尻餅をつく。

串刺しにされた烏はビクッ ビクッと体を震わせ直ぐに息絶えたのか動かなくなった。

「な…何これ」

そしてその槍はゆっくりと何事も無かったようにただの廊下へと戻る。

残されたのは無惨な姿となった烏の遺体がそこに残されただけ。その周囲では近づこうとも出来ず悲しそうに数匹の烏が鳴いていた。

それを見て立ち止まる唯一を見て、烏達は唯一の前で羽ばたくのを止めて元いた場所へ戻って行った。


…もし、あの烏さんがそこに降りなかったら、ボクが串刺しになっていた…。だけどなんであの烏さんはわざわざあの場所に降りて…もしかしてこの烏さん達は僕に危険を知らせる為に邪魔をしていたのかな…。きっとそうなんだ…僕のせいで…。ごめんなさい…ごめんなさい。


そう後悔に押しつぶされ吐き出しそうになっていると一羽の烏が唯一の肩に乗り、まるで慰めるように頬ずりをして二度鳴いた。それはまるで君にはやることがあるだろうと言っているように聞えた。

「う、うんそうだよね…」


こぼれそうになっていた涙を拭い、よく見てみると烏さんがまとまって止まっている所に転々と空いた所が見える。それは恐らく先の罠を避けるための進むべき道を示してくれている様に見える。


だけど、い、一応自分の目でも確認しなきゃ…やらなくちゃ…。

唯一はしばらく迷いながらも固唾を飲み両目を閉じ深い呼吸をした後、震えるその両手で右側を抑えゆっくりと僅かに光の溢れるその右目を開きその場を見る。

その目に映る世界は真っ白と薄らと透け見える輪郭の世界。そして先の槍が出てきた所には真っ黒に濁る大きな渦。それが転々として有るのが見えた。

やはり烏達は安全な道を記してくれているようだ。

そのことにほっとするのだが、急に唯一は顔が真っ青になり急いで壁の方へ向かい込み上げたそれを吐き出した。

急な動きに肩を離れるも、その様子を見て唯一の横を羽ばたき心配そうに鳴く。


「だ、大丈夫だよ。な、何でもないから。そ、それでそこを飛び移って行けって事何だよね」

口を拭い聞くとその通りだと返事を返すように肩に乗る烏が鳴く。

「よ、よし。急がなきゃ」


僅かに開かれたその烏達の導きの隙間を頼りに飛び移りながら進み何とか階段を上り、駅のホームへ辿り着く。

周囲を見渡すが看板のポールらしき物の姿は見えない。

すると烏達が続いて道を教えるかのように地面に並ぶので先の通りそれに従って進んで行くと、線路の少し進んで行くにつれて周囲の景色が変化しながら目的のモノを発見した。

「あ、あった…けど…」

そこは空間が歪んでいるのか(いびつ)に広くなっている。

下を見るとまるでそこには地獄の入口、黒く真紅の底の見えない深淵へと続く様な穴が開いており、その中心に浮島の如く足場の殆どない浮岩の上にポールが聳え立っている。

そこから先は烏達もどうしようもないようで、ただ唯一を見守っていた。


距離からして4、5メートル。助走をつけたとしても僕じゃ手を伸ばしてギリギリ届くかどうか…それに届いたとしてもあの足場じゃ…戻ってくることは…。


そう迷っていると再び背後、気を引き付けているであろう二人のいる方から激しい音が聞こえてきた。

「だ、大丈夫…大丈夫…大丈夫」

そう胸元を握りしめ、自分に言い聞かせたあと、深い呼吸をして覚悟を決める。

階段の入口まで戻り、そこから勢いよく助走をつけて走りギリギリの所で飛んだ。上半身を前に出して腕と指先を伸ばし、ギリギリ両手が届くも、自分の体重に引っ張られ片手が離れてしまい落ちゆきそうになってしまう。


「あわわっお、落ちる…」

焦りながらも素早く離れたもう片方の手を地に引っ掛け、何とかその浮き島にぶら下がり、激しくなっている動悸と呼吸を落ち着かせる。

そして焦らずゆっくりと上半身を上へ上げ、ポールに身を預けるようにしてその浮島に立つ。

そのポールはまるでその地と繋がってるかのように安定しており体重をかけても動かない。

ゆっくりとしゃがみながら最後の玉石を手に取り、梓麻から預かった玉石達を取り出す。


「お願い…何か起こって」

そう祈りながら見ていると玉石が光反応を見せた。

光は赤くどんどんと眩しく光って行く。その光がうっすらと弱まっていくとその玉石達はいつの間にか混ざりでもしたのか、手の中には一つの大きく綺麗な赤い宝玉があった。

それを綺麗だと思いながら見ているのだが、結界に何か起こる気配は感じられない。


「な、何も起こらない…そ、そんな…」

そう落胆していると手に持つの宝玉が動いた気がした。

何…?と期待する様にそれを直ぐに見ると、宝玉の中で黒い靄のようなものが溢れ赤黒く変色していく。

するとそれを見ているうちに何かが目の中に、頭へと入ってくる。

それは見覚えのない景色。

気味の悪い何かの鳴き声達が頭に響きながら、黒い空、黒く暗い森、そして真っ黒に染った湖などの景色が激しく点滅しながら頭の中へ入り込んでくる。

すると唯一のその宝玉を持つ手がだらりと下へ下がり、宝玉がその穴の中へ落ちていった。

どうしたのだろうと烏が唯一の顔を伺うと、唯一は既に気を失っており、その体がフラフラと揺れながらその手がポールから離れ、穴へと落ちそうになる。

気を失っていると気がついた烏が鳴くと周りの烏達が慌てて飛び唯一の元へ集まって服などをその足でうまく掴み落ちぬ様にとするのだが、意識を失ったその体は重く、ゆっくりゆっくりと傾き唯一は烏達と共に穴へと落ち行く。


もうダメかと共に落ち行く烏達が諦めかけていた、その瞬間その落下がゆっくりとなり、空中で漂うように落下が止まる。

一体何が起こった?と考える様に烏達がキョロキョロと見渡していると、まるで白い霧が漂い始める。


上を見上げると一人の人影がタバコを咥えながら見下ろしていた。

タバコをふかすと、その霧はより濃く煙となり、唯一を包みゆっくり浮かび上がるように上へ上がり始めた。

ゆっくり、ゆっくりと上へ上り行き、その男の立つ横に優しく下ろされ、唯一を包んでいた霧がゆっくりと霧散し、消えていった。



———————————————————————————


巨大な衝突音と共に駐車場を囲うフェンスが宙を舞った。

駅前にある駐車場内で逃げ走る鳶鷹を異形が鬼ごっこをしているように追いかけていた。

鳶鷹はその場の地形を上手く扱い、異形の攻撃をかわし続け、隙を見ては周囲に落ちている物に魔力を通して反撃をするのだが、やはり効果は見られず、攻撃を受けないように左右へ視界から外れ再び鬼ごっこが始まる。

このヒット&アウェイが上手くいっているのは三つの点があるからだ。

一つ、鳶鷹に当たりそうな攻撃が来るときに梓麻が異形の目の間に小規模の爆発魔術を放ち、危機を逃れている事。

二つ、異形は梓麻を何時でも仕留められると考えているために見向きもせず、完全に鳶鷹にターゲットが向いている事。

三つ、それは異形がまだ遊んでいる事だ。


だが、それももうすぐ終わってしまうだろう。

それは異形が暴れ続けたために駅前の建物は殆どが崩れ開けた土地へと変わり果てているからだ。

これまで鳶鷹が逃げられていたのは先の三つのこともあるが、それに加えて上手く視界から外れることのできる遮蔽物があってのことだ。

つまり遮蔽物のない完全に開けてしまえば鳶鷹は上手く異形の攻撃を避けることはできないだろう。

そしてとうとう最後の遮蔽物へと向ってかけ走る。

その建物は古いトタン板で簡易的に建てられた小さな小屋で、異形が暴れはじけ飛んだ瓦礫のせいで所々に穴が空いている。

鳶鷹はその空いた下の穴へすべるように入り込むと同時に異形の足がその小屋を横から弾き飛ばし破壊する。

その小屋の瓦礫と、中にあったであろう青色の長い椅子が歪に歪み宙を舞う。

だが、そこに鳶鷹の姿は無い。

奇妙にその目玉を左右へ向けるも逃げる人の影は無い。


「あ で …  ど ご にっ!? 」

異形は急に来たその激痛に飛び跳ねて、背中から地面に叩きつけられた。


「い だ あ あ あ あ あ あ い だ い い だ い」

先ほどまで余裕は完全に消え異形はそんな悲鳴を上げながらのたうち回る。


「はぁ…はぁ…体の構造がいぬっころとかとあんま変わらんのや…ならお前もそこが弱点やろ」

鳶鷹は小屋へ滑り込むと同時に地面に指を引っ掛け勢いを止め、異形が小屋を弾き飛ばす前に入ってきた穴を再び通り異形の腹へと潜り込み、戦いの差中で鋭利に尖った棒に魔力をこれまでないほどに流し、その腹に刺したのだ。


「Unlock Collar Restraint Chain!」

間髪入れず梓麻が詠唱を告げ四枚の紙と魔力の入った缶を二つを放る。

その紙が燃え尽きると巨大な拘束具の様な物が現れ、のたうち回るその異形を身動きできないように首と足を拘束具が抑え付け、巨大なリングから三つから延びる鎖がその拘束具を繋ぐ。


「Unlock Silver Stake!」

更にその詠唱とともに一つの缶を放る。

するといつの間にか仕掛けていたのか、異形を中心に囲う様に設置された四つの紙が燃え尽きると、異形の真上に巨大な銀の杭が現れた。

それはまるで狙い澄ますようにあるリングの中心、異形の腹の真上。


「あ あ あ… あ」

それを見て次に何が起こるかを察し、声が漏れ出る。

異形は無理やり頭を動かし、そこに立つ梓麻を見る。

「ゆ ゆ る じ で」

そう許しを請うのだが。


「くたばれ」

と梓麻の容赦ないその声と同時にその銀の杭が異形の腹へ落ち、貫いた。


「————————」

異形は襲い来るその激痛に声にならない甲高い悲鳴を鳴き響かせる。

それはまるで先ほどまでの声からは想像のできない、子供、男児の泣き叫ぶような悲鳴だった。


二人はその異様な事に戸惑うも、すぐにその悲鳴は鳴き止みんだ。

「終わったんか?」

鳶鷹が少し近寄り様子を伺うも、その異形はピクリとも動く様子はない。

そして異形から発せられていた異様な気配も徐々に薄く消えて行っている。


倒したのだと、安心し梓麻の膝が崩れ座りつくす。

防御力を高める身体強化を施していないあの体で戦っていたんや。あん時、腕を抑えてたんは、あのしっぽの攻撃を受けた時に恐らく折れたんやろうな…。

動けないから手を貸してやろうと鳶鷹が梓麻の方へと歩んでいく。


そう、異形の横を通り始めようとしたその瞬間。

視界が横に激しくズレ、いつの間にか視界が変わり、暗くぼやけていた。


あん…?なんや…これ…暗いなぁ…。つーか、全身がごっつ痛い…特に左の横腹が…それに…めっちゃねむ…。


「うそ…」

梓麻の目に映るそれは、異形の体から生えた幾つもの触手がのたうち暴れていた。

激しく激しく周囲を鞭打ち、瓦礫が弾け飛ぶ。

鳶鷹はそれに巻き込まれ弾き飛ばされ、瓦礫に叩きつけられた。

腹を少し抉られたのか、出血している。

早く助けて、ここから離れて、どこかで唯一と合流して そして そして…。

次々に思考するも、体が上手く動かない。


「動け 動け 動け」

自分のその足を見つめその手で叩くのだが、まるで自分の脚ではないかのように感覚が無い。

怪我や疲れのせいではない。

そう、これは恐怖で動けないのだ。

異形から発せられるその得体の知れない気配と周囲から内側を覗き込まれる様な気味の悪い視線のせいで。


そして何かに気が付きゆっくりと梓麻が視線を、顔を上げると、目の前には太い血管に顔を包まれた異形がすぐ傍に来ていた。

異形のその姿は既に獣から遠ざかり、一層この世の生物とは思えない得体の知れない怪物へと変わり果て、その異形の何かが梓麻を潰そうと頭上へ持っていく。

それは正に先のお返しとばかりに。


ああ…。流石にこれはダメかな…。私はここで…。

絶望的なその状況に諦めるように頭を下げ行く。


終わり…?いや、私はまだやり遂げてない。ここには探しに来たんだ…。だから私はまだ終われない!許しを乞うなんて惨めな事はしない!

下がりつつあったその顔を上にあげ、異形の怪物を睨みつける。

その瞬間何かが聞えた。

それは背後から声が…人の気配を感じる。

ゆっくりとその方向を見ると六人の人影がそこに立っていた。

その六人は彼女と同い年位から、恐らく親くらいと年齢の幅が少し広い。

「うるさい…うるさい…うるさい…消えろ」

彼女はその人影達から何か言われているのか耳を塞ぎ呟くもそれが止む気配はなく、徐々に彼女の見る世界は黒く真っ暗になり何も見えなくなる。

そして異形は嘲笑い少しして無慈悲に頭上にあるそれが容赦なく振り下ろれその場を叩き潰した。


これで終わり。と異形は先程弾き飛ばした男の方を片付けようと顔を向ける。

だが、そこに先の男の姿は無くなっていた。

何処に?とキョロキョロと辺りを見渡して首を傾げると今さっき叩き潰した所のすぐ横から物音が聞こえた。

急いで振り向いて見ると見慣れない人影がそこに居た。

その人影は今さっき潰されたと思われた梓麻を守るように間に位置取って抱えており、優しくその場に下ろす。

異形は急に現れたその姿か、それとも何かを感じ警戒して距離を取るように後ろへ飛んだ。


「ふぅ…ギリギリ間に合った」

その声が聞こえたとたん、真っ暗になっていた視界に亀裂が入りガラスが割れるように彼女の視界は元に戻った。

梓麻の目に映るその人影、いやこの光景には見覚えがある。

白いタンクトップと黒いパンツと動きやすそうな服装を身にまとい、両手にバンテージを巻き付けていた。

赤く長いカーテンの様な髪がなびいている。凛として鋭くも優しい目をして異形の方を見ていた。

忘れるはずがない。だってこの光景に似たモノを今朝見ているのだから。

赤上赤華が異形から守るようにそこに立っていた。

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